転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第76話 街の空気(5)

公開日時: 2020年12月24日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:24
文字数:3,320

   

「まだそんなこと言ってるのかい、ジルバ! あんた、前にも……」

 ジルバの非難に対して真っ先に反応したのは、ニーナでもカトック隊の仲間たちでもなく、この街の人間であるリーゼルだった。

 彼女の『前にも』という言葉で、僕は改めて思い出す。

 以前にアーベントロートがモンスターに襲われた際、それをカトックのせいだと言い張ったのが、このジルバだった。しかし彼は考えを改めて、今では逆にカトックの信奉者になったくらいだが……。

「それとこれとは話が違うぜ、リーゼル」

 キッパリとした口調で言い切ってから、ジルバは表情を曇らせる。

「……いや、違わないか。いいか、よく聞けよ。きっちり説明してやるから」

 ニーナだけでなく、リーゼルやフランツも視界に入れながら。

 ジルバは、独自の理論を語り始めた。


 薬草が採取できる森には時々モンスターが出現するものの、それが街まで襲ってくるという出来事は、かつては想像すら出来なかった事態だ。ところが、カトックがアーベントロートで暮らし始めたら、そのような大事件が発生した。

「だから俺は、それら二つを結び付けて考えてしまった。街を救ってくれたカトックさんを責めるのは、俺も心苦しかったけどな」

 よほど『心苦しかった』のだろう。当時の心境を思い出したらしく、ジルバは激しく顔を歪めた。

「でも、ジルバ。あんた、その主張を取り下げたじゃないか。誰に説得されたのか、そこまではあたしも知らないけど」

 その後の経緯を見てきたリーゼルが、反論を口にするが……。

「ああ、取り下げたよ。だが勘違いするな、俺は他人ひとから『それはおかしい』と言われたわけじゃない。自分で気が付いたのさ」

 本当にカトックの存在がモンスターを呼び寄せるのだとしたら、彼が街に居続けている間は襲撃が続くはず。それがなくなったのは、どうにも理屈に合わない。だから一度は考えを改めた。

「そもそも、カトックさんとモンスターを結び付けるにしても、どうしてカトックさんがいたらモンスターが襲ってくるのか、その点は説明できなかったからな。でも……」

 ここでジルバは、むしろリーゼルに向けていた視線を、再びニーナへと戻す。その目には、憎悪の色すら浮かんでいるように感じられた。

「……今回のことで、ハッキリしたぜ。モンスター襲撃の原因は、冒険者の存在だ」


 モンスターの襲撃という『かつては想像すら出来なかった事態』が二度も発生した以上、その原因を追求しなければ、また同じ事件が起きかねない。だから自警団の一部で話し合ったところ、共通する要素が見えてきた。

 一度目はカトック、二度目はカトック隊を名乗る冒険者パーティー。どちらも冒険者が街に滞在中に起こった事件である、という点だ。

「いくらアーベントロートが小さな街とはいえ、時々は旅行者だって訪れる。でも、そん時はモンスター襲撃事件なんて起きやしない。モンスターが来るのは、決まって冒険者がいる時だけだ」

 しかも。

 冒険者という点に着目すれば、相変わらずカトックは街にいるのに何故モンスターの襲撃が再発しなかったのか、そこも説明できる。

「カトックさんに返り討ちにされて懲りた、というのもあるかもしれないが……。それより大きな理由は、もうカトックさんが余所者の冒険者じゃないからだ。今のカトックさんは自警団の一員、つまり街の人間になったからだ!」


『このジルバって男……』

 彼の雄弁に対して、僕の脳内では、ダイゴローが感心した響きを出していた。

『……乱暴者っぽいイメージに見えるが、きちんと頭は回るらしい。話の筋は通ってるぜ』

 カトックが来る前まで自警団を率いていたのは、伊達ではないようだ。

 そこまで計算の上なのか、たまたまなのか、定かではないが……。ジルバの理屈は、モンスター襲撃云々の説明とは別に、改めて「もうカトックは自警団の一員だから、アーベントロートから連れ去ろうとするな」とニーナにアピールする形にもなっていた。

 そう納得する僕たちとは対照的に。

「ちょっといいかしら。あなたのお話、なかなか興味深いけれど……」

 不思議そうな顔で、クリスタが冷静な疑問を差し挟む。

「……でも、なぜ冒険者がいると、モンスターが街を襲うの?」

「そりゃあ決まってるだろ。あんたたち冒険者は、侵略者だからだ」

 即答するジルバ。

「俺たち人間は街や村で暮らし、モンスターはダンジョンで生きていく。そういう住み分けが出来てるのに、あんたたち冒険者は、モンスターの領域であるダンジョンに入り込んで、彼らを狩る。モンスターにとっちゃ迷惑な話だし、そりゃあ、報復行為を考える個体も出てくるだろうさ」

 何を言っているのだろう、この男は。

 先ほどの説得力も吹き飛ぶような、とんでもない論理展開だった。

『馬車の中でバルトルトが説明してくれたよなあ。人間にもモンスターにも、それぞれ縄張りがある。でも野外フィールドのように、両者が出くわす危険性のあるエリアも存在している。だから発生源であるダンジョンに乗り込んで、モンスターを駆除する……。それが、この世界の大自然の掟なんだろ?』

 そうだ。別の世界から来たダイゴローでさえ、きちんと理解しているではないか。いくら冒険者でないとはいえ、ジルバたち自警団はこの世界の人間なのだから、この辺りの事情がわからないはずもないのだが……。

『そもそも自警団の連中は、そういう感覚、一般市民より冒険者に近いはずだろ? ダンジョンじゃないがモンスターが出るという森へかよって、モンスターと戦ってるんだからさ』

 ダイゴローの言う通りだ。

 呆れて物も言えない、という言い回しがあるが、まさに僕は絶句してしまう。ジルバに反論する気にもなれなかった。

 カトック隊の仲間たちも同じだったに違いない。そんな中、

「……まるでモンスター側の立場の代弁ね」

 クリスタが小さく呟くが、その声は、近くにいた僕たちにしか聞こえなかったようだ。

 あるいは、耳には入ったものの、敢えて聞き流したのだろうか。どちらにせよジルバは、これを無視して、話をまとめようとしていた。

「つまり、あんたたち冒険者の存在自体がこのアーベントロートを脅かしてる、ってことだ。だから、早く街から出てってくれ。もっとも……」

 結論としては、今までの主張の繰り返しに聞こえる。

 だが、それだけではなかった。

 ニヤリと笑ったジルバは、新しい提案を持ち出したのだ。

「……もしも冒険者を辞めてアーベントロートに定住する気があるなら、俺は歓迎するぜ。自警団の一員になれば、またカトックさんの仲間になれるんだ。あんたたちにとっても、悪い話じゃないだろ?」


 驚くべき申し出だった。

 目を丸くした僕は、その表情のまま、ついニーナの方を見てしまう。

 カトックと合流することしか頭にない彼女ならば、ジルバの話を「悪くない」と受け入れるのではないか。そう心配してしまったのだ。

 しかし、それはニーナに対して失礼な、過小評価だったらしい。

「冗談じゃないわ!」

 僕の目に映ったのは、毅然とした態度のニーナ。『回復の森』で出会って以来何度も見てきた、カトック隊の立派なリーダーの姿だった。

「冒険者には冒険者のプライドがあるの! そう簡単に辞められるなんて思わないで!」

 はたから見たら伊達や酔狂に思えるかもしれないが、実際には、命懸けでモンスターと戦っている者たち。それが冒険者なのだ。

 ニーナの発言により、僕の胸の中でも誇りが呼び覚まされる。さらに、

「無理を言うんじゃないよ、ジルバ!」

 冒険者ではなく一般市民に過ぎないリーゼルが、僕たちのために一喝してくれた。

 ジルバに対してだけでなく、彼の後ろでざわめく人々を見回して、彼女は続ける。

「みんなもみんなだよ。一体どうしちゃったんだい? ジルバに扇動されたわけでもないだろうに……」

 彼女は同じアーベントロートの住人なだけに、これは群衆を刺激する発言になってしまった。

「リーゼル! こいつらの肩を持つのか、お前は?」

「街に害をなす連中だぞ! かくまうつもりなら、お前も同罪だ!」

「そうだ、そうだ!」

「裏切り者め!」

 彼らの口から次々と飛び出したのは、強烈な非難の言葉。

 同時に、ヒュッという風切り音が聞こえてくる。

 群衆の中の誰かが、こちらに向かって、何かを投げつけてきたのだ!

   

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