転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第99話 ゴブリンの村(6)

公開日時: 2021年1月20日(水) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:04
文字数:3,428

   

 この街から派遣される討伐部隊。

 聞いた瞬間は驚いてしまったが、よく考えてみると、当たり前の話かもしれない。

 アーベントロートもそうだったが、小さな村ならば、冒険者は常駐していないはず。何か事件が起きれば、一番近いブロホヴィッツの冒険者組合に依頼が舞い込んでくるのは、不思議でも何でもなかった。

「ここだけの話だよ。貴重な情報だろ? まだ他の冒険者たちも知らないはずさ」

 宿屋の主人は、顔を近づけたまま、僕たちを見回す。意味ありげな笑顔が浮かんでいた。

「まあ『近いうちに』といっても、今日明日の話かどうかは保証できない。クラナッハ村でも、モンスターだから始末してもらおうって連中だけでなく、無害だからほうっておこうって連中もいるらしい。両者の意見が衝突している状態だそうだ」

「だとしても、たった一匹に『討伐部隊』は大袈裟ね」

 小首を傾げるクリスタに対して、主人はニヤリと笑う。

「だからこそ、だよ。みんなで寄ってたかってゴブリン一匹やっつける。お客さんたちには簡単な仕事だろ? しかも依頼主は個人じゃなく、クラナッハ村そのものだから、報酬も悪くないはず。つまり、ラクに稼げる冒険仕事ってわけだ」

 これで話は終わり、ということなのだろう。

 宿屋の主人は席を立ち、

「そういう事情だからね。とりあえずクラナッハ村から冒険者募集の貼り紙が来るまでの間、ここの冒険者組合にかよっておくのがオススメだよ」

 最後にそう言い残して、僕たちのテーブルから去っていくのだった。


『結局、最後のところを言いたかっただけじゃねえか』

 彼の姿が見えなくなった途端、ダイゴローが呆れたような声を上げる。

『割の良い依頼がある、ってエサぶら下げて、バルトルトたちをこの街に引き留めたいわけだ。商魂たくましい親父だぜ』

 一泊ではなくのんびりする、というのは、チェックインの際にニーナとアルマがハッキリと口にしていた。しかし確実な予定ではないから、こうやって僕たちを長々と宿に滞在させよう、という魂胆らしい。

『そうなると、本当にそんな依頼が来るかどうか、そこも少し怪しいなあ』

 それくらいのことは、仲間たちも考えたのだろう。ニーナは苦笑いしながら、僕たちを見回した。

「宿屋のおじさんの思惑はともかくとして……。今の話、みんなはどう思った?」

「ひどい話だよ! 悪いことしてないモンスター、殺しちゃおうだなんて!」

 プンプンした顔を見せるアルマ。

 ゴブリン討伐に反対するのは、冒険者らしくない意見かもしれない。だがアルマはテイマーなので、こういう見方になるのだろう。彼女にしてみれば、ゴブリンだって『仲間』になり得るモンスターなのだ。

「うん、それもあるね。でも、もっと大切なのは……」

 アルマの話を些細な点として流すニーナに、クリスタが応える。

「問題のゴブリンが『いつの間にか村の中にいる』という部分ね。私たちが気にすべきポイントは」


 彼女の言葉を耳にして、僕は自然に頷いていた。

 宿屋の主人は妖怪ナマズ男を引き合いに出していたが、そんなものは怪談に出てくるお化けなのだ。いくらモンスターとはいえ、『怪談に出てくるお化け』みたいな振る舞いをするのはおかしい。ありえない話だった。

「誰にも気づかれないというのは……。それだけ完全に気配を消している、ということですよね。アーベントロートの森で出てきた、あの特殊な鎧衣アーマーゴブリンみたいに」

 みんな同じことを考えているだろうと思いつつ、敢えて僕は言葉に出してみた。

 クリスタは首を縦に振って、話を続ける。

「バルトルトの言う通りね。でも、それだけじゃないわ。そもそも……」

 クラナッハ村の人々は一般市民だ。冒険者ではないのだから、モンスターの気配を察知する能力は、それほど高くない。

 とはいえ、たとえ気配は感じられなくても、ある程度まで近づけばわかるはずだった。少なくとも姿は見えるのだから、村の中に入り込むまで誰も気づかない、というのは、きわめて異常な話なのだ。

「つまり、気配どころか姿も消している、という理屈になるわ。アーベントロートの事件で見たゴブリンの特別な鎧、あれを上回る遮蔽ステルス性能ね」

「あるいは、転移魔法か何かで直接、村の中まで送り込まれた、って可能性もあるよね?」

 横からニーナが挟んだ言葉にクリスタが頷くと、今度はカーリンが発言する。

「どちらにせよ、人間がゴブリンを送り込むはずもなく、そのような高度な遮蔽ステルス装備を作れるはずもない。だが俺たちは、それが出来そうな存在を知っている」

 いったん区切ってから、彼女は一言でまとめた。

「つまり、魔族だ」


 僕たち五人の間に、重苦しい沈黙が広がる。

 あくまでも僕たちのテーブルに限った話であり、他は賑やかだった。自分たちのところが静かになった分、今さらのように、食堂ホール全体の喧騒が目立って聞こえてくる。

 そんな周囲の騒がしさに埋もれてしまうからこそ、平気で『魔族』という言葉を出せたのだろう。一般的には実在を知られておらず、真剣に話しているのを聞かれようものなら、馬鹿にされそうなたぐいの話でもあるが……。

 実際に魔族相手に苦戦した僕たちは――むしろその戦いを楽しみにしているカーリンは例外として――、困難な事態が待ち受けていると想像。黙り込んでしまったのだ。

 しかし、その魔族こそがカトック捜索の手がかり。そして、僕やダイゴローの「魔王を倒す」という最終目標にも繋がっているはず。ひるむわけにはいかなかった。

 短い沈黙を破って、

「じゃあ、決まりだね。その『ゴブリンの村』、やっぱり行ってみる価値あり!」

 リーダーであるニーナが、キッパリと宣言するのだった。


「ええっ? もうチェックアウトするのかい!」

 翌朝の受付カウンターにて。

 僕たちが旅立ちの支度をして手続きに行くと、宿屋の主人は、驚いた顔を見せた。

「はい、お世話になりました。予定より短い滞在になっちゃったけど……」

「教えてもらった『ゴブリンの村』、行ってみるのー!」

 挨拶するニーナの横で、アルマがニコニコしながら告げる。

「そうかい。お客さんたち、早速クラナッハ村へ……」

 彼の口元が微妙に歪んだのは、苦笑いなのだろうか。僕には「しまった!」という表情にも見えた。宿泊期間を引き延ばすつもりで持ち出した話が裏目に出た、という後悔だ。

 どうやらニーナも、同じように感じたらしい。微笑みを浮かべて、言い訳がましいセリフを口にする。

「ブロホヴィッツの冒険者組合で待っていれば、依頼されて村を訪れることも出来るんでしょうけど……。それだと、この街の冒険者の仕事、横取りする形になりますからね。ほら、しょせん私たち、余所者の冒険者ですから」

「なるほどねえ。冒険者には冒険者なりの、通すべき筋があるわけか」

「まあ、そんなところです。だから仕事じゃなくて、純粋に好奇心で見に行くだけで……」

 これで説明は終わり、という意味なのだろう。ニーナの口調が変わった。

「……クラナッハ村から戻った時には、またこちらに泊まらせていただきます。その際は、よろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそ! またのお越しを!」

 こうして。

 営業スマイルの主人に見送られて、僕たちは、ハーブティーの美味しい宿屋を後にするのだった。


 アーベントロートへ向かった時は、前の日のうちに小型馬車を確保しておいたが、今回のクラナッハ村行きは、昨日の夜に決定したばかりの話だ。馬車の予約までは出来なかった。

 ただし、ブロホヴィッツで小型馬車を借りるのは、これで二度目。前回の経験から、朝の広場には十分な数の小型馬車が待機しているだろう、という予測は出来ていた。つまり、予約なしでも借りられるはず、と想定していたのだ。

 実際、花壇を中心とする広場へ行ってみると……。

「うん、これなら大丈夫そうだね」

 何台もの小型馬車が停まっているのを見て、安心した顔を見せるニーナ。

 早速アルマが駆け寄って、

「おじさん! クラナッハ村まで行きたいんだけど、お願いできる?」

「悪いねえ、お嬢ちゃん。この馬車は、もう予約済みでね。約束したお客さんを待ってる状態だから、他を当たっておくれよ」

 一台目には断られたものの、二台目の馬車は、快く引き受けてくれた。

「クラナッハ村? ああ、いいよ! さあ、乗っておくれ!」

「よろしくー!」

「お世話になります」

 アルマやニーナに続いて、他の三人も乗り込んで……。

「それじゃ、出発だ!」

 御者が手綱を振ると、カトック隊の五人を乗せた馬車は、クラナッハ村――通称『ゴブリンの村』――へと走り出すのだった。

   

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