朗々と響くだけではない。聞く者に安心感を与えるような、温かさも感じられる声だった。
心をグッと掴まれた気がして、思わず振り返ると……。
僕たちのすぐ後ろに立っていたのは、凛々しい若者。赤い装飾の入った立派な白鎧がよく似合う、カトックだった。
「あっ!」
僕は小さく、驚きの声を上げてしまう。
確かに彼は「支度をして、なるべく早く追いかける」と言っていたが、まさか、もう追いつくとは……。
既にカトックは腰から剣を引き抜いており、それを掲げながら、
「アーベントロートの街を守るのは、アーベントロートの自警団の仕事です。残りは私たちに任せて、あなた方は、どうぞ休んでいてください」
と言い切るのだった。
「でも、カトック。せっかく私たちもいるんだから……」
ニーナが何か言いかけたが、カトックは聞こうともしなかった。
僕たちの横を駆け抜けて、単身、モンスターに斬り込んでいく。
その様子を見て、自警団の者たちが、口々に騒ぎ始めた。
「カトックさんだ!」
「カトックさんだ!」
「やっぱり来てくれた!」
銀髪の男の指示で、鎧衣ゴブリンから少しだけ離れた位置まで、彼らは下がっていたが、
「カトックさんの言う通りだ! 街を守るのは俺たち自警団だ! さあ、カトックさんに続くぞ!」
「おう!」
その銀髪の男の号令に応じて、再び鎧衣ゴブリンに立ち向かうのだった。
「じゃあ、私たちも……」
自警団に続けとばかりに、カトック隊のリーダーであるニーナも動こうとするが、
「その必要はないぜ」
彼女の肩に手を置いて、制止する者がいた。
濃紺の皮鎧を着た男、ブルーノだ。
『そういえば、こいつ。道案内の後、バルトルトたちの近くに留まったままだったな……』
呆れ気味の声で、今さらのように呟くダイゴロー。
当然ブルーノには聞こえないので、彼の顔には、さわやかな微笑みが浮かんでいた。
「カトックさんが言っただろ? 俺たちの問題だ。これ以上、客人の手を煩わせたくはない。だから……」
表情を引き締めると共に、持っていた鉈を、改めてグッと握る。
「……あんたたちの代わりに、俺が行くぜ! 俺だって、自警団の一員だからな!」
そう宣言して、ブルーノは戦いの中に身を投じるのだった。
ブルーノの行動は、いかにカトックの参戦が自警団を勇気づけたか、その好例だったに違いない。
他の者たちも、まるで別人のような働きを見せていた。独力ではなく複数が協力した上での話だが、見事に鎧衣ゴブリンを屠る者まで出るくらいだった。
『カトック効果は凄いな。まさにゲームでいうところのバフじゃねえか……』
あちらの世界の用語を使って、ダイゴローも感心している。
一方、
「ねえ、ニーナちゃん。私たち、本当に見てるだけでいいの?」
「どうしよう? でもカトックが、ああ言ってる以上……」
アルマの質問に対して、煮え切らない態度のニーナ。先ほどまでの、決然としたリーダーぶりが嘘のようだった。
そして。
肝心のカトックに目を向けると……。
標的のモンスターに駆け寄ったカトックは、足を止める間もなく、剣を一閃。それだけで、鎧衣ゴブリンは地に倒れ伏し、微動だにしなくなった。
己の成果を見届けることもせず、カトックは次の個体へと向かう。そこでも同様に、たった一振りで、鎧衣ゴブリンを死に至らしめるのだった。
風が吹き抜けるかのような、素早く、自然なリズム。モンスターとはいえ、生き物の命を奪っているはずなのに、血生臭さは全く感じられない。むしろ、美しい剣舞を見せられている気分だった。
「……凄いものだな」
マヌエラがポツリと呟く。
彼女はフリーの冒険者として、いくつものパーティーを転々としてきた女性だ。誰よりも多くの冒険者を、間近で見てきたことだろう。
カトックの動きは、そのマヌエラの目にも、驚異的なものとして映ったらしい。
ニーナがマヌエラに対して、誇らしげな顔を見せる。
「そうでしょ? これがカトックの実力なの!」
「さすがね。昔と変わらない、剣の冴えだわ。でも……」
クリスタもカトックを褒めたが、何か引っかかる点があるようで、眉間にしわを寄せる。
「……気のせいかしら? 前とは違う部分もあるみたい。具体的にはわからないのだけれど」
「変な言いがかりは止めてよね」
「あら、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて……」
ニーナに言われて、すぐに謝るクリスタ。
しかし、
「クリスタの感覚は悪くないぞ、ニーナ」
ここで会話に加わったカーリンが、クリスタの肩を持つ。
「同じく剣を扱う者として、ニーナは気づかないか? 明らかに……というほどではないが、かつてのカトックとは、少し太刀筋が違うだろう?」
カーリンの言葉に、ニーナは改めてカトックの戦いぶりを観察するが、
「……ごめん。私にはわからない」
と、アッサリ白旗を上げる。
以前のカトックを知らない僕には、どちらが正しいのか、判断できないが……。
この手の話に関しては、カーリンが最も詳しいはず。記憶を失えば武器の使い方が変わってしまうこともあるかもしれない、と僕は勝手に納得していた。
それに、昔はニーナたち冒険者と一緒に戦っていたが、今は自警団のような素人連中を率いているのだ。その意味でも、戦闘スタイルが変わるのは当然であり……。
僕は、さらに考えてしまうのだが、
「みんな、議論してる場合じゃないよ! 見て!」
というアルマの叫びで、改めて意識を戦いの場へ向けるのだった。
カトックが次から次へと斬り捨てたことで、モンスターは、とうとう最後の一匹になっていた。
これまでの鎧衣ゴブリンと同じように、カトックは剣を振るったのだが……。
「ギギ……!」
鳴き声を上げたモンスターは、カトックの一撃に耐え切った。
いや、正確には、その鎧が『耐え切った』と言うべきだろうか。
鎧衣ゴブリンの皮鎧程度ならば、鎧ごと一刀両断できるのが、カトックの斬撃の威力だったはず。しかし今度のモンスターは、鎧に一筋の跡こそ残ったものの、肉体そのものは無傷だったのだ。
どうやら着ている鎧が、他の鎧衣ゴブリンとは少し違うらしい。初めて見るタイプであり、この広場に到着した際に僕が感じた違和感の正体は、おそらくこれだったのだろう。
『なあ、バルトルト。こいつも、一応は鎧衣ゴブリンなのか?』
わからない。
普通の皮鎧とは違うにしても、どう見ても金属甲冑ではないのだから、騎士ゴブリンとは言えないはず。
こうしてカトックとの戦いを見る限り、かなり独特の鎧だった。モンスターの動きから判断すると、金属のような重さを感じさせない、軽くて動きやすい材質なのだろう。それでいて頑丈というのは……。
考えれば考えるほど、不思議に思えてきた。
そして、普通とは違う点がもう一つ。
鎧衣ゴブリンや最下級のゴブリンは、小型のナイフを武器にするはずなのに、このモンスターが手にしているのはショートソードだ。
『ちょうどバルトルトの剣と同じタイプだな』
ダイゴローは冗談のつもりだろうが、僕には笑えなかった。
それどころではなかったのだ。
僕の視線の先では……。
反撃に転じたモンスターが、今まさに、そのショートソードでカトックに斬りかかる場面だったのだから。
「カトック!」
ニーナの叫び声。
僕と同じく、彼女も「危ない!」と思ったのだろう。他にも同じように感じた者がいたとしても、見守る僕たちの中に、カトックを助けようと駆け寄る者はいなかった。今さら走り出したところで間に合わない、と理解していたからだ。
カトック隊の面々だけではなく、自警団の連中も、誰一人として戦いに加わろうとしなかった。もはやモンスターは最後の一匹であり、彼らも手は空いていたけれど、遠巻きに眺めるだけ。自分たちが加勢したらかえって足手まといになる、と判断したのかもしれない。
そんな状況の中。
「ハッ!」
カトックの気合の声が、ここまで届いてくる。それほどの気迫を込めて、彼は剣を振るうのだった。
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