転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第70話 再会、カトックよ(8)

公開日時: 2020年12月17日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 16:15
文字数:3,583

   

「やっぱり! もう帰ってきた!」

 僕たちが家に近づくと、リーゼルが出迎えに飛び出してきた。

 ただし、建物の中からではない。おそらく、外で畑仕事をしていたのだろう。灰色の作業着――つなぎ服と呼ばれるタイプ――であり、ところどころに土も付着していた。

 彼女はタオルで手をぬぐいながら、

「広場の方で一悶着あったんだろ? 噂は聞いてるよ」

「耳が早いねえ、リーゼル」

「ハハハ……。こういう話の、田舎の伝達速度を舐めないでおくれ」

 マヌエラと二人、従姉妹いとこ同士で言葉を交わす。

 続いて、

「早く帰ってくると思ってさ。簡単なもんだけど、昼食は用意しといたからね!」

 と、僕たちに向かって告げるリーゼル。

「ありがとうございます、わざわざ……」

「ああ、そんなたいそうな御馳走じゃないから。気にしないでいいよ」

 カトック隊を代表してニーナが礼を述べるが、リーゼルは軽く手を振って遮る。

「それじゃ、あたしは仕事に戻るから。あんたたちだけで、勝手にやっておくれ」

「おや、リーゼルは一緒に食べないのかい?」

「あたしは別だよ。畑で作物の世話しながら、旦那と二人で食べるのが日課さ」

 立ち去ろうとしたところで、マヌエラに呼び止められて、少しだけ足を止めるが、

「世話になってばかりも悪いし、何か私たちに手伝えること、ないかしら?」

「いや、本当に気にしなくていいからね。みなさんは、我が家の大事なゲストだよ」

 クリスタの提案も笑顔で却下して、農作業の続きへと戻っていく。

『さっきの広場じゃ戦いの手伝いを断られたし、今日はよく断られる日だな!』

 僕の心の中では、戦闘と畑仕事を一緒くたにして、ダイゴローが笑うのだった。


 昼食の後は、それぞれ自由に過ごすことになった。

 といっても、今さら一人でブラブラと出かける者はいないだろう。アーベントロートの入り口にある広場から、街の中を突っ切る形で、帰ってきたばかりなのだ。街を散策する気があるならば、途中で寄り道していただろうし、あるいは、日を改めてみんなで出かけた方が楽しいに違いない。

 だから、のんびりと部屋で休むだけであり……。

「ふう……」

 皮鎧を脱いでラクな格好になってから、僕はベッドに横になる。

『どうした? ちょっと戦っただけで、もう疲れたのか?』

 いや『戦った』と言うほどでもないし、そんなはずはないのだが。

 でも、妙な疲労感はあった。

 精神的なものだろうか。いざ剣を抜いて立ち向かおうとしたところで、カトックに「待った」をかけられた形になり、気持ちがモヤモヤしたのかもしれない。

『カトックに参戦を拒否された件か……。帰り道でも、カーリンやクリスタと話してたな?』

 ダイゴローの言葉の響きからすると、彼は彼で、何か思うところがあるらしい。

『ああ、うん。だいぶ前の話だが、俺の世界の変身ヒーローについて話したの、覚えてるか? ほら、寮の部屋から追い出されて、旅人の宿屋に泊まった時のことさ』

 だいぶ前も何も、ほとんど最初の頃の――出会ったばかりの頃の――出来事だ。

 でも、忘れるわけがない。変身時間が十分間だけとか、正体がバレたら終わりとか、その辺の理由に関わる話だったのだから。

 一応これまでの変身では、十分間ギリギリになったり、誰かに知られそうになったりというピンチはなかったが……。それでも、注意し続ける必要があった。

『そう、それだ。カトックの話で思い出したのが、特に「正体がバレたら終わり」の方だ』

「……それとカトックの件と、どう繋がるんだ?」

 あまりにも意味がわからなくて、声に出して聞き返してしまった。

『ああ、噛み砕いて話さないと、伝わらないよなあ。いいか、よく聞け。前にも言ったが……』


 ダイゴローの世界の変身ヒーローは、あくまでも空想の物語。正体バレは最終回の定番パターンの一つであり、その結果みんなの前から立ち去る、という形で物語の幕を閉じるのが一般的だった。

 ……という話は既に聞かされていたが、詳しくハッキリと覚えていたわけではない。改めて、記憶の中から掘り返される感覚だった。

『ここまでは大丈夫だな? じゃあ、さらに細かい話に行くぞ。そうやって変身ヒーローが去っていく最終回では、ヒーローの最後の戦いが描かれないこともあってな。最終回の敵は、変身ヒーローではなく他の者たちが倒す、というパターンだ』

「ええっと……。変身ヒーローの物語なんだよね? そんなラストだと、なんだかモヤモヤするんじゃないの?」

『まあ、カタルシスは弱いかもしれんが……』

 声に出して尋ねた僕に、ダイゴローは苦笑する。

『……でも、物語としての筋は通ってるからな。ほら、変身ヒーロー抜きでも、残される者だけで敵を倒せるようになっておかないと、ヒーローが安心して立ち去れないだろ? もう自分がいなくても大丈夫と納得して、主人公は物語の舞台から降りるのさ』

 この展開は、何かを彷彿とさせるような……。

『そう! よく似てるだろ? カトックの言ってた、お前たちの協力は不要、って理屈とさ』

 ああ、なるほど。

 つまり、今の物語の『変身ヒーロー』を『カトック隊』に、『残される者』を『アーベントロートの人々』に置き換えるわけだ。

『前の方はともかく、後ろの方は置き換える必要もないぜ。バルトルトたちが去った後で、まさにこの街の連中は「残される」わけだから』

 というダイゴローのツッコミは、聞き流して構わない部分だった。

 それよりも。

 この話のポイントは……。

 カトックが僕たちに手伝わせなかったのは、あの場で何となく納得した以上に、合理的な判断だったということだ。

『ああ、そうだ。俺が言いたかったのは、そこなんだ。帰り道での会話だと、昔のカトックとは違うから怪しい、みたいな雰囲気だったが、一応は筋が通ってるから……』

「いや、誰も『怪しい』とまでは言ってないよ」

 と僕は笑うのだが。

『そうか? 少なくともクリスタは、何やら不審に思ってる感じだったぞ……』

 相変わらずダイゴローには、僕が気づかなかった一面まで見えていたらしい。

 ならば、少し詳しく教えてもらいたい。

 そう思ったタイミングで。

 トントンと、ドアをノックする音が聞こえてきた。


『誰か来たようだな。話の続きは今度にしよう』

 心の中の声に対して、ひとつ頷いてから。

 僕は大きな声で叫んだ。

「どうぞ! 鍵は掛かってませんから!」

 それに応じて、ガチャリと扉を開けて入ってきたのは……。

 いつもの緑色のローブを纏った、クリスタだった。

 アーベラインのカトック隊の家とは異なり、部屋着姿ではない。他人の家なので、あまりラフな格好はしたくないのだろう。ここでの彼女は、食事の時もローブを着たままだった。

『さすがに眠る時はローブを脱いで、中のシャツだけになるんだろうな。それを目で確認する機会は、バルトルトには来ないだろうが』

 ダイゴローが僕をからかうが、構っている暇はなかった。

「あら。もしかして、お昼寝中だった? 邪魔しちゃったかしら」

「いいえ! ただ横になってただけです!」

 微笑むクリスタに対して、僕は慌てて飛び起きる。

「じゃあ、いいかしら? ちょっと話をしようと思って来たんだけど」

「もちろんです! どうぞ座ってください」

 まさに「どうそ」という手つきでソファーを指し示すと、クリスタが少し表情を変える。

「座ったらいいのよね? 寝るんじゃなくて?」

 そう言われて、改めてソファーに目を向けると……。

 しまった!

 昨日ダイゴローにソファーベッドだと示す意味で、背もたれを倒したままだった。つまり、ベッドのような状態だったのだ。

「はい、座ってください! これ、ソファーですから!」

『落ち着け、バルトルト。クリスタもわかった上で、からかってるだけだ』

「あら、そんなに慌てないで。軽い冗談よ。あなたの部屋でいきなり横になるなんて、そんなつもり、私にはないから」

 僕が手を出すまでもなかった。クリスタ自身で背もたれを引き起こし、ソファー状態に戻す。それから、ベッドに座る僕と向かい合う形で、彼女は深々と腰を下ろした。

 この段階で、ようやく僕は一つの事実に気づく。

「そういえば……。クリスタ一人なのですね。カーリンと一緒じゃなくて」

「ええ。彼女は一人で、庭を散策してるわ。腹ごなしの軽い運動ね」

 食事の後で横になっていた僕とは大違いだ。

 というよりも。

 カーリンが一人で運動ということは……。

『ほら、あれじゃねえか? 朝早くに見たことあったろ。裏庭で鍛錬してる姿を』

 ダイゴローに言われて、頭の中で曖昧だった光景が、明確な形になる。

「なるほど。カーリンは一人で、槍を振るっているのですね? ここだと勝手が違うから、早朝訓練というわけにもいかず、今頃……」

「あら! あなた、彼女の習慣、知ってたのね?」

 クリスタは少し驚いたようだが、すぐに表情が変わる。

「ちょうど良かったわ。やっぱりあなた、案外、細かいことに気が付くのね。それなら……」

 彼女の口元に、ニンマリとした笑みが浮かんだ。

   

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