転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第143話 モンスターな英雄(17)

公開日時: 2021年3月12日(金) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:16
文字数:3,448

   

 翌日の朝。

 僕たちは同じ場所に来ていた。

 つまり、クラナッハ村の南に位置する森の中、その奥にある広場。『怪物いじりマッド・ドクター』やレッドメカ巨人ギガントゴブリンと戦ったところだ。

 時間帯も同じくらいであり、開けた場所なので、やはり午前中の太陽の光が届いている。昨日同様、空は明るい、という証だった。

 ただし昨日とは違う点が一つ。

「俺も小さい頃、この森で遊んだ記憶はあるが……。こんな広場があるのは知らなかったな」

「私もですわ。子供の足では、ここまで来るのも大変そうですもの。もっと手前で満足してしまったのでしょうね」

 カトック隊とドライシュターン隊の他に、クラナッハ村の人々も一緒に来ている、ということだった。


 もちろん、大勢が来たわけではない。

 もうすっかり村人代表のようになってしまった、カールとパトリツィアのコンビ。それと玩具屋のオーラフ、合わせて三人だけだった。

「それで、ここであのゴブリンは死んだのだな?」

「そうです」

 と、ドライシュターン隊のリーダーが、雇い主の言葉を肯定する。

 昨日のうちに、彼らはオーラフに説明したそうだ。

 ゴブリンのギギが、冒険者の女性をかばって死んだこと。彼女を殺そうとしたのは、ギギの保護者的な立場の人型モンスターだったこと。その人型モンスターは、冒険者たちで始末したこと……。

 多少の嘘は含まれているが、魔族の介在を説明できない以上『人型モンスター』という言い方になるのは仕方ないし、転生戦士ダイゴローも冒険者のようなもの――ただし突然現れて突然去っていく――と思えば『冒険者たちで始末した』も、それほど間違っていないだろう。あまり話を複雑にしたくないから、転生戦士ダイゴローの関与を省略したに違いない。

『その解釈は、ちょっとお人好しだな。おそらく彼ら自身の都合だぜ』

 相棒ダイゴローの考えでは、事件の黒幕は自分たちで倒した、と言っておかないと報酬がもらえないから、という理由らしいが……。

 その点は大きな問題ではない、というのが僕の考えだった。

 僕に言わせれば、この事件ではドライシュターン隊も十分に働いてくれたのだから、たとえ雇い主の思惑おもわくとは合致しないとしても、ある程度の報酬を得ても良いではないか、と思えるのだ。

『バルトルトはお人好しのくせして、案外わるよのう。それじゃ依頼主から報酬を騙し取るみたいではないか』

 ずいぶんと芝居がかった口調なので、ダイゴローの言葉が冗談なのは、僕にもすぐに理解できた。


「見てください。あそこに葬られています」

 赤い髪のリーダーが指し示したのは、広場の右端。こんもりと土が盛られた場所だった。その土の山の上には、そこら辺に落ちている木で作った、簡単な十字架も刺さっている。

 ギギの墓だった。

 墓銘も何も刻まれていないが、埋葬したという事実が重要なのだろう。これだけで気持ちの整理がついたとは思えないが、それでもアルマは、もう態度にも表情にも、悲しみを出さないようにしていた。

 ギギの墓の前で話し込む、ドライシュターン隊の三人とオーラフ。彼らをチラリと横目で見ながら、いつも通りの明るく元気な姿で、アルマはニーナに話しかける。

「私たちの目当ては、ギギちゃんのおうちの方だよねー?」

 口調も昨日とは違う。内心では無理しているのだとしても、表面上は上手く隠していた。

「うん。何か少しでも残ってるといいけどね……」

「大丈夫よ、ニーナ」

 ニッコリと笑いながら、クリスタが指さす。

 吹き飛んだ小屋の跡地にある、一枚の扉。玄関ドアのように立っているのではなく、土の上に落ちている木板のような状態であり、キッチンの床下収納をイメージさせる扉だった。

「建物の地上部分はなくなっても、地下構造は無傷でしょうね。いくらダイゴローでも、そこまでは消し去れなかったみたい」


 問題の扉を開くと、地下室への階段が現れた。

「これが魔族のアジトか……。俺たちが足を踏み入れるのは、ちょっと抵抗あるな」

「そうですね。この目で事の顛末を確かめるためにも、ついてきましたけど……。私たちは、ここで待たせてもらいましょう」

 カールとパトリツィアの二人が、そんな言葉を交わしている。この場で見聞きしたことを村人たちに報告するつもりで来たはずだが、事件の背後にいたのは人型モンスターではなく魔族だ、と知っている二人だ。その魔族が滅んだ今でも、魔族関連の施設の中まで入るのは嫌なようだった。

 ドライシュターン隊の三人とオーラフは、相変わらずギギの墓の近くで話し続けている。

 だから僕たちカトック隊の五人だけで、地下へと降りていくと……。


「ギギちゃん、ここで暮らしてたのかなー? ここで生まれたのかなー?」

「そんな感じではなさそうね」

 クリスタの言葉に、僕は思わず頷いていた。

 なんといっても『怪物いじりマッド・ドクター』は、モンスターの生体実験を専門としていた魔族だ。明るくオープンなイメージのある地上部分より、陰鬱で秘密の匂いの漂う地下こそが、研究の舞台に相応しい。勝手にそんな偏見をいだいていたのだが……。

 実際には、逆だったのかもしれない。

 魔族の研究所の地下は、まるで普通の人間が使う書斎だった。

 壁際の棚には色々な書物が収まっており、部屋の中央には大きなテーブル。その上には書類が散らかっているが、僕たちには読めない文字で書かれていた。

「ここにスイッチがあるぞ」

 とカーリンが見つけたように、魔法灯も設置されている。これは転移魔法陣とは異なり、魔族やモンスター専用ではなかった。入り口付近にあるパネルに魔力を注ぐだけで、室内が明るくなった。

 これで調査がしやすくなったので、何か落ちていないか探してみたり、棚の本を手に取ってパラパラとページをめくってみたり、僕たちはそれぞれ頑張ってみたが……。

 特に収穫はなかった。本の中身は、机の上の書類と同じで、意味不明の記号としか思えない。もしもカトックに関する情報が書かれているとしても、人間には読み取れない状態だった。

 そうこうしているうちに、

「どうだい? 何か見つかったかい?」

 ドライシュターン隊の三人が降りてきた。

 後ろにはオーラフも続いている。カールやパトリツィアとは違って、この地下室のあるじが魔族とは知らないだけに、臆する気持ちもないのだろう。

「ダメだわ。紙はたくさんあるけど、何て書いてあるのか、全く読めなくて……」

「おそらくモンスター専用の言語なのでしょうね」

 肩をすくめるニーナに続いて、すかさずクリスタが『モンスター』という言葉で説明する。

「そうか。だが今は読めずとも、将来は読めるようになるかもしれないぞ。どこかでモンスター言語の専門家に出くわせば」

「うん。でも全部は持ち運べないし、いくつか適当に見繕って、もらっていこうかな……」

 赤髪の戦士もニーナも、本当はモンスターではなく魔族だと知っている以上、そうした言語に明るい専門家と出会う可能性などゼロに等しい、と理解しているはず。だがオーラフの前なので、こんな会話を交わす形になっていた。

『だけど、そもそも魔族の存在だって、この世界では信じられてなかったんだろ? それが実在したくらいだ。世の中、何があるかわからない。魔族言語の専門家も、どこかにいるかもしれないぜ?』

 前向きなダイゴローの意見は、ある意味、ニーナに聞かせてやりたい言葉だった。

 いや言われずとも、彼女自身がそう思っているのかもしれない。

「これと、これと……」

 本当にいくつか持って帰るつもりで、ニーナは本や書類を重ね始めていた。全く読めない以上、どれが彼女にとって有益でどれが無意味なのか、取捨選択も困難なはずだが……。

 たとえ記号にしか見えないとしても、同じ文字が多く含まれている本は似たような内容であり、二冊も必要ない。そんな判断基準だろうか。


「オーラフさん、構わないですよね?」

 ニーナの作業を見ながら、ドライシュターン隊のリーダーは、雇い主に伺いを立てていた。

 討伐対象だったモンスターとその保護者がいたアジトだから、そこで発見された物も、まずはオーラフに権利がある、という考え方らしい。

「もちろんだ。モンスターの言葉など、私にも読めん。それに、興味もない」

 吐き捨てるように言うオーラフ。

 ゴブリンのギギには店を荒らされたのだから、そのゴブリンと仲の良かったカトック隊にも良い印象はないはず。しかし彼は、僕たちの方に向き直り、意外な言葉を口にするのだった。

「問題のモンスターが死に、その親玉も始末された以上、私の気も収まった。あんたたちには、親玉始末の際、うちの冒険者たちが世話になったそうだな? だったら……」

   

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