転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第30話 武器屋と武闘家(5)

公開日時: 2020年10月31日(土) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:13
文字数:3,263

   

 ガラス張りの陳列棚の中で、一番下の段に寝かされている剣。

 それは他の剣と比べて明らかに短く、分類としてはショートソードと呼ばれるはずの武器だった。

 刀身の長さも太さも、僕が使っているショートソードと同じくらい。握りの部分だけは、少し大きめだろうか。

「気になる剣があるのか? ならば、自分で取り出して、確かめてみろ」

 カーリンに促されて、ガラス棚から出してみる。

「なるほど……」

 自分でも何に納得したのかわからないけれど、そんな声が自然に、僕の口から漏れた。

 長剣でも大刀でもないので、片手でも持てるくらいだ。やいばそのものは、色も形も僕のショートソードとよく似ているにもかかわらず、その輝きだけは、明らかに格上という雰囲気を漂わせていた。純粋に剣としての切れ味も、優れているに違いない。

 パッと見た時に感じた「柄が少しだけ大きい」というのも、実際に握ってみると、より実感できた。ほんのわずかな違いのはずなのに、安定感が大違いだった。

「ほう。その剣に心惹かれるとは、お客さん、お目が高い」

 クリスタとの雑談を終わらせた店主が、僕に声をかけてくる。

「そいつは、うちの人気商品だ。軽くて丈夫で扱いやすい、って評判だぜ」

 材質が違うのだろう。同じサイズでありながら、僕の使っていた剣よりも明らかに軽い。その分、扱いやすいのは間違いないと思えた。

 人のいない方向に、軽く剣を振ってみる。うん、確かに、これは良いものだ。

 改めてショーケースを見直すと、ほとんどの剣は同じものが何本か並んでいるのに、このショートソードは、僕が取り出した一本だけ。同型の剣は見当たらなかった。

 店主の言葉を信じるならば、売れ残っているわけではなく、売り切れ間近だった、という状況なのだろう。

「そうですね。本当に素晴らしい剣ですね、これ」

「ようやく、バルトルトの気に入る剣が見つかったか」

 カーリンの呟きを耳にしながら、今さらのように、値札に目を向ける。

「あっ……」

 今まで使っていたショートソードと比べたら、はるかに高額だった。十倍とまでは言わないが、それに近いくらいだ。文字通り、桁違いの金額だった。

「気にすることはないわ。その程度なら、想定の範囲内よ」

 僕の表情に気づいて、そう言ってくれるクリスタ。カーリンも頷いている。

「では、一応チェックしておこう。バルトルト、その剣を貸してみろ」

 最後にカーリンが、また弱氷魔法を唱えて……。

「うむ。魔法剣としての使用も問題ない」

「では、ご主人。こちらの剣をいただくわ」

「へい、お買い上げありがとうございます!」

 笑顔を浮かべた店主に、クリスタが代金を支払う。

 こうして、僕は新しいショートソードを手に入れたのだった。


 店を出たところで、クリスタとカーリンが言葉を交わす。

「良い買い物だったわね」

「そうだな。バルトルト自身が納得できる剣だ。そういう武器を買えたのだから……」

「あら、私が言ってるのは違うわ。貴重な情報が得られたので、必要経費としても割に合う、ってこと」

 クリスタがこちらを振り返り、同意を求めるような目を向ける。僕は大きく頷いてみせた。

「幸先の良いスタートですね。この調子で一軒ずつ、武器屋や防具屋を回る度に新しい情報を得られたら……。凄いことになりますね!」

「さすがに、それは期待し過ぎでしょうけど」

 と笑うクリスタの横では、カーリンがポツリと一言。

「そもそも、もう買う物はないぞ。武器屋にしろ防具屋にしろ、冷やかしの客には、あまりしゃべらんだろう」

「あ……」

 いきなり最初の武器屋で剣を選んでしまったのは、少し失敗だったのかもしれない。


 二軒目の武器屋では一応、適当に武器を買う素振りは見せたものの、店の者から有益な話は引き出せなかった。

 とはいえ、情報を出し渋っている、という様子でもなかった。泉がおかしくなっている件は聞いていても、それ以上は何も知らないようだった。

『最初がラッキー過ぎたんじゃねえのか?』

 と、僕の中のダイゴローは、冷静なコメントを述べていたが……。

 続いて、三軒目の店――今度は武器屋ではなく防具屋――に入った途端、

『ほう! 武器屋よりも品揃えが豊富だな!』

 初めて武器屋の店内を見た時と同じく、感動の声を上げる。

『そういやゲームでも、防具って言葉がカバーする範囲は広いもんな! 頭に被るものから、体に着るもの、足に履くもの、手に付けるもの……。場合によっちゃ、アクセサリーだって防具だよなあ』

 ダイゴローの世界は、モンスターも冒険者も実在しない世界だったはず。でも、それを模したような競技ゲームは存在するのだろう。

『いやゲームというのは、そういう意味じゃないんだが……。まあ、いいや。それよりバルトルト、あっちにあるのは、盾だよな?』

 カウンターの手前にあるコーナーが、気になるらしい。

 確かに、そこにはシールド類がまとめて置かれていた。特に、最も安価な革の盾とか、それよりは頑丈だがまだ薄型の金属製シールドとか、目立つ位置に並んでいる。

『この世界にも、ちゃんとあるんだな。カトック隊の女の子は誰も使ってないし、エグモント団の連中も持ってなさそうだったから……。てっきり、盾なんて存在しないのかと思った』

 ダイゴローのコメントに、心の中で苦笑する僕。

 冒険者だけ見ていると、そう考えてしまうのも、仕方がないのかもしれない。


 僕たちの常識としては、盾を持つくらいならば、右手にも左手にも武器を持つか、あるいは、いざという時のために片手は空けておくものだった。

 冒険者学院で「攻撃は最大の防御なり」と教わっているからだ。防具に金をかけてガチガチに身を固めるよりも、武器を優先した方がいい、という考え方だ。

『おいおい、ずいぶんと無鉄砲な話じゃねえか。まさか、冒険者なんてドンドン死んでくれた方が、次から次へと新しいのが出てきて学院も儲かる、って魂胆なのでは……?』

 いやいや、それはない。冒険者がそんな危険な職業だと思われたら、まず成り手がいなくなって、冒険者学院に入る子供も少なくなってしまう。

『なるほど。そう言われると、そんな気もするが……。じゃあ、誰が盾なんて買うんだ?』

 おもにシールドのたぐいを購入するのは、冒険者ではなく一般市民だ。

 例えば、今回の『回復の森』の異変。もしも冒険者を雇わず、行政府の方だけで解決しようとしたならば、調査のために役人たちが森に立ち入る事態になっていただろう。

 そういう場合に備えて、冒険者でなくてもダンジョンに踏み込む可能性のある者たちは、最低限の装備一式を用意しているらしい。彼らは「攻撃は最大の防御なり」というほど攻撃力に自信がないから、むしろ防具を重視する形になるのだ。

『じゃあ、ここにある盾は、全て普通の市民向け、ってことか……?』

 厳密には、少し違う。冒険者ではない、という意味では、確かに『普通の市民』だが……。

 庶民とは別に、貴族や王族に仕える騎士たちも、盾を使うはずだった。右手に剣、左手に盾というのが『騎士』の伝統的なスタイルであり、彼らは何よりも伝統を重んじるからだ。

 とはいえ。

 この店の場合、目立つ場所に安物の盾が置かれているのだから……。メインの客層は、明らかに騎士ではなく庶民なのだろう。

 そもそも、冒険者が使わないような盾を大々的にアピールしている時点で、この防具屋は冒険者よりも一般市民向け、ということになりそうだ。そういう店では、それこそアクセサリーだって、対モンスターを想定したものではなく、単なる装飾品の場合があり……。

『つまり、防具屋というよりは何でも屋。雑貨屋とか小物屋とか、女の子たちがウィンドウ・ショッピングを楽しむような店だな?』

 その通り。

 ほら、もう防具でも何でもない、剣や鎧を模した小型のぬいぐるみまで売られているくらいだ。

 ダイゴローに示す意味で、そうした小物が置かれているコーナーに視線を向けると。

「あら、これ、可愛いわね。武器のぬいぐるみですって!」

「戦いと関係ないものは、自分の小遣いから買ってくれ。共同資金は使わせんぞ」

 目を輝かせるクリスタに対して、カーリンが顔をしかめていた。

   

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