ガラス張りの陳列棚の中で、一番下の段に寝かされている剣。
それは他の剣と比べて明らかに短く、分類としてはショートソードと呼ばれるはずの武器だった。
刀身の長さも太さも、僕が使っているショートソードと同じくらい。握りの部分だけは、少し大きめだろうか。
「気になる剣があるのか? ならば、自分で取り出して、確かめてみろ」
カーリンに促されて、ガラス棚から出してみる。
「なるほど……」
自分でも何に納得したのかわからないけれど、そんな声が自然に、僕の口から漏れた。
長剣でも大刀でもないので、片手でも持てるくらいだ。刃そのものは、色も形も僕のショートソードとよく似ているにもかかわらず、その輝きだけは、明らかに格上という雰囲気を漂わせていた。純粋に剣としての切れ味も、優れているに違いない。
パッと見た時に感じた「柄が少しだけ大きい」というのも、実際に握ってみると、より実感できた。ほんのわずかな違いのはずなのに、安定感が大違いだった。
「ほう。その剣に心惹かれるとは、お客さん、お目が高い」
クリスタとの雑談を終わらせた店主が、僕に声をかけてくる。
「そいつは、うちの人気商品だ。軽くて丈夫で扱いやすい、って評判だぜ」
材質が違うのだろう。同じサイズでありながら、僕の使っていた剣よりも明らかに軽い。その分、扱いやすいのは間違いないと思えた。
人のいない方向に、軽く剣を振ってみる。うん、確かに、これは良いものだ。
改めてショーケースを見直すと、ほとんどの剣は同じものが何本か並んでいるのに、このショートソードは、僕が取り出した一本だけ。同型の剣は見当たらなかった。
店主の言葉を信じるならば、売れ残っているわけではなく、売り切れ間近だった、という状況なのだろう。
「そうですね。本当に素晴らしい剣ですね、これ」
「ようやく、バルトルトの気に入る剣が見つかったか」
カーリンの呟きを耳にしながら、今さらのように、値札に目を向ける。
「あっ……」
今まで使っていたショートソードと比べたら、はるかに高額だった。十倍とまでは言わないが、それに近いくらいだ。文字通り、桁違いの金額だった。
「気にすることはないわ。その程度なら、想定の範囲内よ」
僕の表情に気づいて、そう言ってくれるクリスタ。カーリンも頷いている。
「では、一応チェックしておこう。バルトルト、その剣を貸してみろ」
最後にカーリンが、また弱氷魔法を唱えて……。
「うむ。魔法剣としての使用も問題ない」
「では、ご主人。こちらの剣をいただくわ」
「へい、お買い上げありがとうございます!」
笑顔を浮かべた店主に、クリスタが代金を支払う。
こうして、僕は新しいショートソードを手に入れたのだった。
店を出たところで、クリスタとカーリンが言葉を交わす。
「良い買い物だったわね」
「そうだな。バルトルト自身が納得できる剣だ。そういう武器を買えたのだから……」
「あら、私が言ってるのは違うわ。貴重な情報が得られたので、必要経費としても割に合う、ってこと」
クリスタがこちらを振り返り、同意を求めるような目を向ける。僕は大きく頷いてみせた。
「幸先の良いスタートですね。この調子で一軒ずつ、武器屋や防具屋を回る度に新しい情報を得られたら……。凄いことになりますね!」
「さすがに、それは期待し過ぎでしょうけど」
と笑うクリスタの横では、カーリンがポツリと一言。
「そもそも、もう買う物はないぞ。武器屋にしろ防具屋にしろ、冷やかしの客には、あまりしゃべらんだろう」
「あ……」
いきなり最初の武器屋で剣を選んでしまったのは、少し失敗だったのかもしれない。
二軒目の武器屋では一応、適当に武器を買う素振りは見せたものの、店の者から有益な話は引き出せなかった。
とはいえ、情報を出し渋っている、という様子でもなかった。泉がおかしくなっている件は聞いていても、それ以上は何も知らないようだった。
『最初がラッキー過ぎたんじゃねえのか?』
と、僕の中のダイゴローは、冷静なコメントを述べていたが……。
続いて、三軒目の店――今度は武器屋ではなく防具屋――に入った途端、
『ほう! 武器屋よりも品揃えが豊富だな!』
初めて武器屋の店内を見た時と同じく、感動の声を上げる。
『そういやゲームでも、防具って言葉がカバーする範囲は広いもんな! 頭に被るものから、体に着るもの、足に履くもの、手に付けるもの……。場合によっちゃ、アクセサリーだって防具だよなあ』
ダイゴローの世界は、モンスターも冒険者も実在しない世界だったはず。でも、それを模したような競技は存在するのだろう。
『いやゲームというのは、そういう意味じゃないんだが……。まあ、いいや。それよりバルトルト、あっちにあるのは、盾だよな?』
カウンターの手前にあるコーナーが、気になるらしい。
確かに、そこにはシールド類がまとめて置かれていた。特に、最も安価な革の盾とか、それよりは頑丈だがまだ薄型の金属製シールドとか、目立つ位置に並んでいる。
『この世界にも、ちゃんとあるんだな。カトック隊の女の子は誰も使ってないし、エグモント団の連中も持ってなさそうだったから……。てっきり、盾なんて存在しないのかと思った』
ダイゴローのコメントに、心の中で苦笑する僕。
冒険者だけ見ていると、そう考えてしまうのも、仕方がないのかもしれない。
僕たちの常識としては、盾を持つくらいならば、右手にも左手にも武器を持つか、あるいは、いざという時のために片手は空けておくものだった。
冒険者学院で「攻撃は最大の防御なり」と教わっているからだ。防具に金をかけてガチガチに身を固めるよりも、武器を優先した方がいい、という考え方だ。
『おいおい、ずいぶんと無鉄砲な話じゃねえか。まさか、冒険者なんてドンドン死んでくれた方が、次から次へと新しいのが出てきて学院も儲かる、って魂胆なのでは……?』
いやいや、それはない。冒険者がそんな危険な職業だと思われたら、まず成り手がいなくなって、冒険者学院に入る子供も少なくなってしまう。
『なるほど。そう言われると、そんな気もするが……。じゃあ、誰が盾なんて買うんだ?』
主にシールドの類いを購入するのは、冒険者ではなく一般市民だ。
例えば、今回の『回復の森』の異変。もしも冒険者を雇わず、行政府の方だけで解決しようとしたならば、調査のために役人たちが森に立ち入る事態になっていただろう。
そういう場合に備えて、冒険者でなくてもダンジョンに踏み込む可能性のある者たちは、最低限の装備一式を用意しているらしい。彼らは「攻撃は最大の防御なり」というほど攻撃力に自信がないから、むしろ防具を重視する形になるのだ。
『じゃあ、ここにある盾は、全て普通の市民向け、ってことか……?』
厳密には、少し違う。冒険者ではない、という意味では、確かに『普通の市民』だが……。
庶民とは別に、貴族や王族に仕える騎士たちも、盾を使うはずだった。右手に剣、左手に盾というのが『騎士』の伝統的なスタイルであり、彼らは何よりも伝統を重んじるからだ。
とはいえ。
この店の場合、目立つ場所に安物の盾が置かれているのだから……。メインの客層は、明らかに騎士ではなく庶民なのだろう。
そもそも、冒険者が使わないような盾を大々的にアピールしている時点で、この防具屋は冒険者よりも一般市民向け、ということになりそうだ。そういう店では、それこそアクセサリーだって、対モンスターを想定したものではなく、単なる装飾品の場合があり……。
『つまり、防具屋というよりは何でも屋。雑貨屋とか小物屋とか、女の子たちがウィンドウ・ショッピングを楽しむような店だな?』
その通り。
ほら、もう防具でも何でもない、剣や鎧を模した小型のぬいぐるみまで売られているくらいだ。
ダイゴローに示す意味で、そうした小物が置かれているコーナーに視線を向けると。
「あら、これ、可愛いわね。武器のぬいぐるみですって!」
「戦いと関係ないものは、自分の小遣いから買ってくれ。共同資金は使わせんぞ」
目を輝かせるクリスタに対して、カーリンが顔をしかめていた。
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