転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第133話 モンスターな英雄(7)

公開日時: 2021年2月28日(日) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:14
文字数:3,418

   

「ギギッ?」

 謎の声に反応するゴブリン。所有物と言われたせいだろうか、その鳴き声には、嬉しくない響きが感じられた。

 続いて、ドライシュターン隊のリーダーが叫ぶ。

「誰だ? 姿を見せろ!」

 背負っている戦斧バトルアックスに、早くも手をかけていた。声の主を、即座に敵と認識したようだ。

 僕も仲間たちも、キョロキョロと辺りを見回す。するとアルマの近くに、ユラユラとした影が見えてきた。

 こんな内側まで敵に入り込まれたのかと思い、ギョッとした僕は、腰のショートソードに手をやろうとしたが……。

 誤解だった。

「ギギちゃん!」

 と再びアルマが叫んだように、姿を現したのは、ゴブリンのギギだったのだ。

 こうして透明化の効果が切れるさまは、昨日も目にしたばかりだが、少し雰囲気が違う。あの時のギギは楽しそうに見えていたのに、むしろ今日は、怯えているような様子だった。

 仲良しのアルマにしがみつく姿は、動物的な怯え方ではなく、大人に叱られるのを怖がっている子供みたいだ。

「おやおや。もしかして『ギギちゃん』というのは、その実験体モルモットの呼び名ですか? 困りますねえ、勝手に名前をつけられては。私の所有物であり、八三七号という呼び方が……」

「あんたが『怪物いじりマッド・ドクター』ね!」

 姿の見えない声を、ニーナが遮った。聞こえてくる方角へ、ビシッと指を突きつけるポーズだ。だが正確な場所はわからず、当てずっぽうで指し示しているだけだから、ちょっとさまにならないようにも感じられた。


「ほう。私の名前まで、八三七号から聞き出したのですか?」

 感心したような響きも含まれていたが、それを聞いて、僕たちの間に緊張が走った。

 声の主は認めたのだ、ニーナの指摘を。『怪物いじりマッド・ドクター』であることを。

 カーリンは槍を構えて、僕も今度こそショートソードを引き抜く。ドライシュターン隊の方でも、赤髪の戦士が戦斧バトルアックスで、青い鎧の武闘家がこぶしで、それぞれ身構えていた。

 そんな中、武器を持たないクリスタが、鋭い推理を突きつける。

「『怪物いじりマッド・ドクター』という名前の通り、この森の中で、あなたは研究していたのね。作ろうとしていたのは、人間に近い性質を備えたモンスター……。その成功例が、ギギちゃんなのでしょう?」

 視覚的に姿を消せるのはカメレオン・パウダーが理由だとしても、自然に子供たちの間に溶け込んだのは、ギギ自身の特性だったはず。モンスターの生体改造を専門とする魔族が、それらしき要素をギギに組み込んだのだ。

『俺の世界で言うところの、遺伝子組換えみたいな話だな。この魔族がやってるのは』

 僕の心の中ではダイゴローがそのようにまとめて、目の前ではクリスタが魔族への言葉を続けていた。

「ギギちゃんは穏やかでおとなしいゴブリンだけど……。将来的には、モンスター特有の攻撃性を残したまま、気配だけギギちゃんみたいに消すつもりだったのね? そんなモンスターを大量に用意して、こっそり人間社会へ送り込むつもりだったのでしょう! 魔王の手先として!」


 クリスタの解釈は、理にかなっていた。

 例えばカールは、カトック隊とドライシュターン隊が話し合う場に同席したために、今回の事件に魔族が関わっていると知ってしまい「ギギは尖兵として送り込まれたのではないか」と言い出している。

 しかし僕から見れば、たとえ『尖兵』程度の役割であっても、ギギというモンスターには荷が重いように思えた。だから、あくまでもギギは「人間社会に溶け込めるかどうか」を確かめるだけの試験体プロトタイプ。後々『尖兵』用のモンスターを別に作り出すつもりだったに違いない、と考えられたのだ。

 このように、心の中で僕はクリスタに同意していたのだが、

「何を言っているのです? 私が様々な実験体モルモットをいじるのは、大袈裟な理由からではなく、ただの純粋な好奇心ですよ。もちろん八三七号も、その中の一体に過ぎず……」

 当の魔族によって、彼女の推測は否定されてしまった。

『純粋な好奇心だと? 目的も無しに、ギギみたいなゴブリンを生み出したのかよ! まさに「怪物いじりマッド・ドクター」の名前に相応しい、狂気の科学者マッドサイエンティストじゃねえか!』

 呆れ声の中に怒りも混じったような、ダイゴローの口調。それが聞こえたはずもないが、『怪物いじりマッド・ドクター』は言葉を途中で飲み込んでしまった。

 そして、ポンと手を叩くような音が響く。

「なるほど、それは良い考え方ですね。採用させていただきましょう。ありがとうございます」

 姿が見えないから想像に過ぎないが、その場でお辞儀をしたのではないか、と思えるような言い方だった。

「そう、人間界へ紛れ込ませるために作った実験体モルモット。単純な攻撃力とは異なる観点から、人間界へ侵攻するための研究。そのような計画に私は従事していたのです。魔王様には、そう報告しておきましょう」

 悪びれた様子もなく『怪物いじりマッド・ドクター』は、後付けの研究理由を魔王に告げる、と宣言したのだ。同じ魔族でありながら、前回の『機械屋メカ・アーティスト』とは、えらい違いだった。

 アーベントロートの事件で出てきた『機械屋メカ・アーティスト』は、魔王の加護とやらを重視して、それを与えてくれるペンダントを大事そうに扱っていた。ちょうど、篤い信仰心で神に祈りを捧げる宗教家を彷彿とさせる感じだった。

 アーべラインの『回復の森』で僕たちが戦った魔族――『毒使いポイズン・マスター』――について話す時も、そのペンダントを持っていなかったせいで人間に滅ぼされたのだ、と決めつけていたくらいだ。あの『機械屋メカ・アーティスト』の口ぶりでは、魔族の世界において魔王に対する忠誠や敬意は、さぞや激しいもののように思われたが……。

 案外『機械屋メカ・アーティスト』が特別なのであって、魔族の間でも、それほど魔王信仰は大きくないのかもしれない。


 そんなことを僕が考えている間に、肝心の魔族の口調が変わっていた。

「でも不思議ですね。どうしてあなたがたが、魔王様の存在を知っているのです? 人間界では確か、魔王様は実在しないもの、と言われているのでしょう?」

「それを言うなら、あんたたち魔族も同じ。伝説の中の存在だわ」

 ニーナの指摘に対して『怪物いじりマッド・ドクター』は、興味深そうな声を返す。

「ほう。魔王様のことだけでなく、私が魔族であることまで知っている……。ますます不思議ですね」

 この魔族は今まで、たとえ僕たちが『怪物いじりマッド・ドクター』という名前を聞いたところで、その意味までは理解できない、と思っていたらしい。

「どちらも実験体モルモットごときでは知らない情報ですから、八三七号から聞いたわけではない。では、あなたがたは……」

 ここで再び、ポンと手を叩く音。

「なるほど。私の同族と関わったことがあるのですね?」

「そうよ!」

 間髪入れずに答えたニーナが、質問をぶつける。

「私たちは、魔族であるあんたに聞きたいことがあって、この森へ来たの。ねえ教えて、カトックについて何か知らない?」


 いきなりだった。

 急に話題が変わったように、僕は感じてしまうが……。

 考えてみれば、これが元々の理由だったのだ。このために僕たちカトック隊は、魔族に接触しようと試みていたのだ。

 中でもニーナは、カトック探しに一番執着しているのだから、この質問をもっと早く口にしても不思議ではなかったくらいだ。

 見れば、ニーナは複雑な表情をしていた。手がかりが得られるかもしれない、という期待の色も浮かんでいるが、それだけではなかった。その可能性は低いのではないか、という心配もあるし、そもそも魔族と対話するのはいかがなものか、という今さらの気持ちもあるようだ。

 そんなニーナに対して、

「カトック……? はて、どこかで聞いたような名前ですが……」

 期待を持たせるような言葉に続いて、またもや、ポンと手を叩くような音が聞こえてきた。

「ああ、『機械屋メカ・アーティスト』が言っていた人間のことですね。それでしたら、私はよく知らないのですが……」

 よく知らない。

 魔族がそう言った瞬間、ニーナが大きく肩を落とした。思わず慰めの言葉をかけたくなるほど、彼女の落胆の表情は深いものだったが……。

 それどころではなかった。

 ちょうど、魔族の姿が見え始めるタイミングだったからだ。

「……確か、こんな顔だったのでしょう?」


 ゴブリンのギギと同じく、カメレオン・パウダーを自分に振りかけていたのだろう。その効果が切れて、ようやく姿が見えてきた魔族は、僕たちから数メートルの距離に立っていた。

 まるで人間の魔法士のように、フード付きの白いローブを着込んでいる。だがフードは後ろへ垂らしているので、ハッキリと顔が見えていた。

 アーベントロートの魔族――偽カトックこと『機械屋メカ・アーティスト』――と全く同じ、カトックの顔だった。

   

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