転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第29話 武器屋と武闘家(4)

公開日時: 2020年10月30日(金) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 15:35
文字数:3,022

   

「ヴェルフェン・アイス!」

 店の剣を、淡々と魔法剣に変えていくカーリン。

『まさに「やめられない、止まらない」って感じだな』

 向こうの世界の慣用句か何かなのだろう。ダイゴローの口調からは、この状況を面白がっている、というのがよく伝わってきた。


 僕の両手に一本ずつ、クリスタにも左と右で一本ずつ持たせて、カーリン自身も一本。魔法剣の数が全部で五本になったところで、一時的に作業はストップする。

 さすがに、片手で魔法剣を持った状態では、反対側の手でもう一本さらに増やす、というわけにはいかないようだ。武器に魔力を込める際、別の魔法剣を持っていると狙いが定まらない可能性もあり、危険なのだろう。

はたから見ると簡単に作ってるようでも、案外、集中力のいる作業なのか』

 門外漢のダイゴローでも気づいた通り、魔法剣というものは、そう簡単に出来るものではないのだ。

『……と、魔法剣の作れぬ魔法剣士が言うと、説得力あるなあ!』

 僕とダイゴローが、そんな言葉を脳内で交わしているうちに。

 ズラリと用意された五本の魔法剣を前にして、作成者本人であるカーリンが呟く。

「うむ。やはり俺の魔法が続く時間は、この程度だな」

 ちょうど、僕が右手に持つ剣――最初の魔法剣――の刀身から、スーッと冷気が消えていくところだった。今の今まで凍っていたのが嘘のように、氷の煌めきは失われて、やいば本来の輝きが蘇っていく。

「よし。では、お前はこれを持て」

 元に戻った剣と、自分が手にしていた魔法剣とを交換して、カーリンは僕に尋ねる。

「どうだ、今度の剣は? 手に馴染むか?」

「素晴らしい剣なのはわかりますが、どうも僕には……」

「そうか。焦ることはない。まだまだ候補はたくさんある」

 ショーケースの中へ一本戻すと同時に、また新しい剣を取り出して、

「ヴェルフェン・アイス!」

 カーリンは、魔法を唱えるのだった。


 こうして。

 流れ作業のようにカーリンが魔法剣を生み出す間、クリスタは店主との会話を続けていた。

「まあ! あの泉に、毒を投げ入れた人がいるんですか? では、その人が元凶で決まりですね!」

「いや、そこまで確実な目撃談ではない。だから、話半分に聞いてくれ。そもそも、見たのは一人だけだったらしいし……」

 店の主人が教えてくれたところによると。

 その目撃者というのは、何度も買いに来ている客であり、名前は知らないものの、顔は見覚えのある女性だった。普通、冒険者はパーティーの仲間と一緒に武器屋を訪れる場合が多いのに、彼女はいつも一人だったから、妙に印象に残っていたという。

「だけど、単独パーティーの冒険者ってわけでもないんだぜ。一人でダンジョンに入れるほどの強者オーラは感じないからな。買ってく武器も、初心者向けとか、せいぜい中級レベル程度だった」

『なるほど! 装備のレベルから、武器屋は冒険者の力量を見抜けるわけか! さすがは武器の専門家だな!』

 変な部分に反応して、僕の頭の中で喚き立てるダイゴロー。

 そちらは聞き流して、店主の話に集中する。

「まあワケありなんだろう、って勝手に俺は思ってた。パーティーの中で孤立してるとか、あるいは、いくつかのパーティーを転々としてるとか……。どちらにせよ、客の事情は詮索すべきじゃないからな。店にとって重要なのは、買いに来てくれる、ってことだけだ」

「へえ。でも、そういう話を聞くと、何か助けてあげたくなるわね」

 クリスタの顔に浮かぶのは、慈悲深い微笑み。

 一見、彼女の優しさから出た発言のように思えたが……。

「見かけたら声をかけてみるから、外見的な特徴を教えてくださる?」

 と続けたので、鈍感な僕にも、彼女の真意が見抜けた。

 孤独で寂しい冒険者に救いの手を差し伸べよう、というのは建前に過ぎない。かりに半分は本気だとしても、そちらはメインではなかった。

 武器屋の主人から泉の不審者について聞き出した後で、その不審者を見たという冒険者とも直接、話をしたいのだ。だから、その冒険者の『外見的な特徴』が必要なのだろう。

「おいおい、あまり余計なおせっかいはするなよ? そっとしといてやれ」

 と言いながらも。

 店主は、問題の女性の見た目を教えてくれた。

 年齢は二十代前半で、装備から判断する限り、ジョブは武闘家。ウェーブのかかった紫色の髪が美しく、その髪色より少し淡い紫の武闘服を身に纏っている。女性の武闘家がよく着る、裾の長いタイプだという。


「昨日聞いた話だと、何人かの冒険者と一緒に『回復の森』へ入ったらしい」

 彼女の目撃談を、店主が語り始める。『何人かの冒険者と一緒に』というのだから、彼が睨んでいた通り、ソロ冒険者ではないようだ。

「泉の異変については、もちろん承知している連中だった。だから問題の泉は避けて、一つ隣の小道を通るようにしていたそうだが……」

 誰も泉の方には目も向けない中、女性武闘家だけは、妙な胸騒ぎがして、そちらへ視線を向けた。

 すると視界に入ってきたのが、泉の辺りでうずくまる、怪しげな人物。フード付きの黒ローブ――裾を引きずるくらいに大きめのサイズ――を頭からスッポリと被っているから、全身が真っ黒で、顔も隠れている。なんだか不気味な雰囲気だったという。

「視界に入ったとはいえ、かろうじて木々の隙間から見えた、という程度だ。何をしているのか、ハッキリとはわからんかったらしい。ただ、泉に何か入れているようだった、という話さ」

「では、一緒にいた冒険者たちは何も見ておらず、目撃したのは、その武闘家さんだけなのですね……?」

 確かめるクリスタに、店主が頷く。

「ああ、そうだ。泉がおかしいって話は、少し前から俺の耳にも入ってたが、そこで不審者を見たなんて話は、昨日が初耳だ。しかも同行者すら見てない、って話だろ? だから最初に言ったように、眉唾な目撃談なのさ」

「もしかしたら、その黒ローブの人、普通に泉を使おうとしていた冒険者かもしれないわね」

「ああ、その可能性は俺も思った。毒を投げ入れる犯人を見た、って話より、よっぽどありそうな話だろ?」

「ええ。どちらにせよ、興味深い話でしたわ。ありがとう」

 と、武器屋の主人に礼を述べてから、クリスタはカーリンの方へ振り返った。

「それで、あなたの方はどうかしら? 良さそうな剣、見つかった?」

「うむ。とりあえず、ここにある剣は、どれも魔法剣として使えそうだが……」

 カーリンは手を動かして、ガラス棚の最上段から真ん中の段くらいまでを指し示した。

「……最終的に決めるのは、使い手自身だからな。お前はどうだ、バルトルト?」

「ええっと……」

 いきなり話を振られて、言葉に詰まる僕。

 今まで彼女から渡された剣は、どれも微妙に重くて、扱いづらそうだった。僕ではなくクリスタが持たされた分もあるが、そちらも見た感じ、似たようなものだろう。

『結局バルトルトには、これまで使ってきた安物のショートソートがお似合いなんだろ?』

 ダイゴローの言葉には揶揄するような響きも感じられたが、冗談ではなく、彼の言う通りだと思う。

 これまで僕は、きちんと分相応の武器を使ってきたのだ。いくら魔法剣には適さない安物とはいえ、やっぱり使いやすい武器の方がいい気がする。ある意味、冒険者は武器に命を預けているのだから。

 しかし。

 今の状況では、どうしても一本、選ばないといけないようなプレッシャーも感じてしまう。

 カーリンの視線から逃げるような気持ちで、改めてショーケースを見たところで。

 僕の目に留まるものがあった。

「これは……?」

   

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