「ヴェルフェン・アイス!」
店の剣を、淡々と魔法剣に変えていくカーリン。
『まさに「やめられない、止まらない」って感じだな』
向こうの世界の慣用句か何かなのだろう。ダイゴローの口調からは、この状況を面白がっている、というのがよく伝わってきた。
僕の両手に一本ずつ、クリスタにも左と右で一本ずつ持たせて、カーリン自身も一本。魔法剣の数が全部で五本になったところで、一時的に作業はストップする。
さすがに、片手で魔法剣を持った状態では、反対側の手でもう一本さらに増やす、というわけにはいかないようだ。武器に魔力を込める際、別の魔法剣を持っていると狙いが定まらない可能性もあり、危険なのだろう。
『傍から見ると簡単に作ってるようでも、案外、集中力のいる作業なのか』
門外漢のダイゴローでも気づいた通り、魔法剣というものは、そう簡単に出来るものではないのだ。
『……と、魔法剣の作れぬ魔法剣士が言うと、説得力あるなあ!』
僕とダイゴローが、そんな言葉を脳内で交わしているうちに。
ズラリと用意された五本の魔法剣を前にして、作成者本人であるカーリンが呟く。
「うむ。やはり俺の魔法が続く時間は、この程度だな」
ちょうど、僕が右手に持つ剣――最初の魔法剣――の刀身から、スーッと冷気が消えていくところだった。今の今まで凍っていたのが嘘のように、氷の煌めきは失われて、刃本来の輝きが蘇っていく。
「よし。では、お前はこれを持て」
元に戻った剣と、自分が手にしていた魔法剣とを交換して、カーリンは僕に尋ねる。
「どうだ、今度の剣は? 手に馴染むか?」
「素晴らしい剣なのはわかりますが、どうも僕には……」
「そうか。焦ることはない。まだまだ候補はたくさんある」
ショーケースの中へ一本戻すと同時に、また新しい剣を取り出して、
「ヴェルフェン・アイス!」
カーリンは、魔法を唱えるのだった。
こうして。
流れ作業のようにカーリンが魔法剣を生み出す間、クリスタは店主との会話を続けていた。
「まあ! あの泉に、毒を投げ入れた人がいるんですか? では、その人が元凶で決まりですね!」
「いや、そこまで確実な目撃談ではない。だから、話半分に聞いてくれ。そもそも、見たのは一人だけだったらしいし……」
店の主人が教えてくれたところによると。
その目撃者というのは、何度も買いに来ている客であり、名前は知らないものの、顔は見覚えのある女性だった。普通、冒険者はパーティーの仲間と一緒に武器屋を訪れる場合が多いのに、彼女はいつも一人だったから、妙に印象に残っていたという。
「だけど、単独パーティーの冒険者ってわけでもないんだぜ。一人でダンジョンに入れるほどの強者オーラは感じないからな。買ってく武器も、初心者向けとか、せいぜい中級レベル程度だった」
『なるほど! 装備のレベルから、武器屋は冒険者の力量を見抜けるわけか! さすがは武器の専門家だな!』
変な部分に反応して、僕の頭の中で喚き立てるダイゴロー。
そちらは聞き流して、店主の話に集中する。
「まあワケありなんだろう、って勝手に俺は思ってた。パーティーの中で孤立してるとか、あるいは、いくつかのパーティーを転々としてるとか……。どちらにせよ、客の事情は詮索すべきじゃないからな。店にとって重要なのは、買いに来てくれる、ってことだけだ」
「へえ。でも、そういう話を聞くと、何か助けてあげたくなるわね」
クリスタの顔に浮かぶのは、慈悲深い微笑み。
一見、彼女の優しさから出た発言のように思えたが……。
「見かけたら声をかけてみるから、外見的な特徴を教えてくださる?」
と続けたので、鈍感な僕にも、彼女の真意が見抜けた。
孤独で寂しい冒険者に救いの手を差し伸べよう、というのは建前に過ぎない。かりに半分は本気だとしても、そちらはメインではなかった。
武器屋の主人から泉の不審者について聞き出した後で、その不審者を見たという冒険者とも直接、話をしたいのだ。だから、その冒険者の『外見的な特徴』が必要なのだろう。
「おいおい、あまり余計なおせっかいはするなよ? そっとしといてやれ」
と言いながらも。
店主は、問題の女性の見た目を教えてくれた。
年齢は二十代前半で、装備から判断する限り、ジョブは武闘家。ウェーブのかかった紫色の髪が美しく、その髪色より少し淡い紫の武闘服を身に纏っている。女性の武闘家がよく着る、裾の長いタイプだという。
「昨日聞いた話だと、何人かの冒険者と一緒に『回復の森』へ入ったらしい」
彼女の目撃談を、店主が語り始める。『何人かの冒険者と一緒に』というのだから、彼が睨んでいた通り、ソロ冒険者ではないようだ。
「泉の異変については、もちろん承知している連中だった。だから問題の泉は避けて、一つ隣の小道を通るようにしていたそうだが……」
誰も泉の方には目も向けない中、女性武闘家だけは、妙な胸騒ぎがして、そちらへ視線を向けた。
すると視界に入ってきたのが、泉の辺りでうずくまる、怪しげな人物。フード付きの黒ローブ――裾を引きずるくらいに大きめのサイズ――を頭からスッポリと被っているから、全身が真っ黒で、顔も隠れている。なんだか不気味な雰囲気だったという。
「視界に入ったとはいえ、かろうじて木々の隙間から見えた、という程度だ。何をしているのか、ハッキリとはわからんかったらしい。ただ、泉に何か入れているようだった、という話さ」
「では、一緒にいた冒険者たちは何も見ておらず、目撃したのは、その武闘家さんだけなのですね……?」
確かめるクリスタに、店主が頷く。
「ああ、そうだ。泉がおかしいって話は、少し前から俺の耳にも入ってたが、そこで不審者を見たなんて話は、昨日が初耳だ。しかも同行者すら見てない、って話だろ? だから最初に言ったように、眉唾な目撃談なのさ」
「もしかしたら、その黒ローブの人、普通に泉を使おうとしていた冒険者かもしれないわね」
「ああ、その可能性は俺も思った。毒を投げ入れる犯人を見た、って話より、よっぽどありそうな話だろ?」
「ええ。どちらにせよ、興味深い話でしたわ。ありがとう」
と、武器屋の主人に礼を述べてから、クリスタはカーリンの方へ振り返った。
「それで、あなたの方はどうかしら? 良さそうな剣、見つかった?」
「うむ。とりあえず、ここにある剣は、どれも魔法剣として使えそうだが……」
カーリンは手を動かして、ガラス棚の最上段から真ん中の段くらいまでを指し示した。
「……最終的に決めるのは、使い手自身だからな。お前はどうだ、バルトルト?」
「ええっと……」
いきなり話を振られて、言葉に詰まる僕。
今まで彼女から渡された剣は、どれも微妙に重くて、扱いづらそうだった。僕ではなくクリスタが持たされた分もあるが、そちらも見た感じ、似たようなものだろう。
『結局バルトルトには、これまで使ってきた安物のショートソートがお似合いなんだろ?』
ダイゴローの言葉には揶揄するような響きも感じられたが、冗談ではなく、彼の言う通りだと思う。
これまで僕は、きちんと分相応の武器を使ってきたのだ。いくら魔法剣には適さない安物とはいえ、やっぱり使いやすい武器の方がいい気がする。ある意味、冒険者は武器に命を預けているのだから。
しかし。
今の状況では、どうしても一本、選ばないといけないようなプレッシャーも感じてしまう。
カーリンの視線から逃げるような気持ちで、改めてショーケースを見たところで。
僕の目に留まるものがあった。
「これは……?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!