転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第15話 ひとりでできるかな(4)

公開日時: 2020年10月18日(日) 05:30
更新日時: 2023年5月6日(土) 16:05
文字数:2,684

   

 翌朝。

 ゆっくり朝食をとってから、僕は宿を引き払った。

 わざと遅めにしたのは、昨晩遠慮したのと同じ理由だ。

 女の子だけの家を訪れる以上、あまりに朝が早いと迷惑に違いない。普通に宿屋が営業を始めて、宿泊客も出立しゅったつするような時間帯になれば、もう大丈夫だろう、という判断だった。


 昨日の別れ際、おおよその方角をニーナが指し示していたし、また「丘の上の一軒家」「赤い屋根が目印」という言葉もあった。だから迷うことはなく……。

『おお、あれが昨日の娘たちのアジトだな! おしゃれな家じゃねえか!』

 南の丘を少し登ったところで、ダイゴローの弾んだ声。

 視界に入ってきたのは、赤い屋根を持つ、二階建ての木造家屋だった。

 こじんまりとしているが、冒険者四人が生活するには十分すぎるくらいだ。緑の芝生が美しい庭もあって、白い木の柵で囲まれた敷地は、それなりの広さがあるように思えた。

 柵の一部はスイング式の扉で、そこから建物までは、緑ではなく土が剥き出しの小道が続いている。

 勝手に敷地に立ち入るのは気が引けるけれど、とりあえず玄関まで進んで、

「ごめんくださーい!」

 大声で叫びながら、ドアをノックした。


 何の反応もない。

 というより、よく見たら呼び鈴らしきベルが設置してあり、紐がぶら下がっていた。引いてみると、カランコロンと来客を告げる音が鳴り響く。

『これ、二階の部屋で寝てたりしても、ちゃんと聞こえるのか?』

 大丈夫だろう。こういうドアベルは、ここで音がするだけでなく建物の奥でも同時に鳴るような、魔法器具になっているのが普通だから。

『なるほど。俺の世界の、電気的なインターホンみたいなものか……』

 と、ダイゴローが納得してくれたのは良いのだが。

 肝心のニーナたちは、誰も出てこなかった。

「この様子だと……。まだ寝てるというより、もう出かけてしまった後かな?」

 自然に口から出た言葉は、後悔の響きを伴っていた。下手に気を使ったりせず、もっと早く来るべきだったらしい。


 困った顔で立ちすくんでいると、背後から声が聞こえてきた。

「こちらのおうちに、何かご用ですか? カトック隊の方々なら、いつも通り冒険へ行きましたよ」

 ハッとして、僕は振り返る。

 二十代後半くらいの女性が、小さな女の子の手を引いて、立ち止まっていた。近所の若いお母さんが散歩の途中で声をかけてくれた、という様子だ。

「ええ、ちょっと……。彼女たちに借りっぱなしのものがあって、返しに来たのですが……」

 冒険者の記章とかパーティーの紋章とか、具体的に話してもわからないだろうから、お茶を濁すことにした。

「私が預かっておきましょうか? それとも、他人には任せられない、大切な品ですか?」

「ご親切に、どうも。冒険者同士の用事ですから、直接の方が……。また出直すとします」

 相手の好意を無にするようで悪いが、こう言っておけば失礼には当たらないだろう。預けられないのは、信用していないからではないのだ。

 頭を下げて、カトック隊の家から立ち去ろうと歩き出す。

 敷地の柵を越えて道路に出たところで、ちょうど二人の前を横切る形になったが、ここで幼女の方にも声をかけられた。

「お姉ちゃんたち、今日も森へ行く、って言ってたよ!」

「おや、ありがとう! それは貴重な情報だ!」

 子供の親切心に応える意味で、大げさに感謝を伝える僕。

「貴重?」

「役に立つ、ってことさ」

「チーちゃん、よかったわね。チーちゃんのお話が、このお兄ちゃんの役に立つんですって」

 母親にも言われて、幼女はとても嬉しそうだ。

「役に立つの? それって、ご褒美もらえるくらい?」

「こら、チーちゃん! それは……」

「ああ、いいんですよ。本当に有益な情報ですから……」

 母親が子供をたしなめようとするので、慌てて止める。続いて、子供の方に向き直り、少し頭を下げて――子供の目線に合わせて――、微笑みかけた。

「こんなものでいいかな?」

 携帯食の中には、甘い物もあったはず。

 そう思いながら、鎧の内側のポケットから飴玉を一つ取り出して、幼女に手渡した。

「ありがとう、お兄ちゃん! バイバーイ!」

 元気に手を振って、母親と共に歩き去る幼女。

 二人の後ろ姿を見送ってから、僕は冒険者組合へと足を向けた。


『ん? カトック隊の娘たちを追いかけるんじゃねえのか? 森ってことは、昨日の場所だろ?』

 少し不思議そうなダイゴロー。

 いくら思考が筒抜けとはいえ、はっきりと僕が意識しなければ、考えも伝わらないらしい。

 そう、僕は無意識のうちに、冒険者組合へ行こうとしていたのだが……。

「きちんと理屈付けるなら、こういう事情になるのかな?」

 まず、カトック隊を追って『回復の森』へ行かねばならない、というのはダイゴローの言う通りだ。

 早く紋章を返して一連の手続きを済ませないと、また今晩も旅人の宿に泊まる羽目になってしまう。

 だが今の僕は、生活用品一式の入ったバッグ――昨日『赤天井レッド・ルーフ』の受付窓口で渡されたあれ――を背負った状態だ。大荷物を抱えて森ダンジョンに突入するのは、どう考えても無謀だった。

 だから、とりあえず荷物を預けたい、というのが理由の一つ。

 そして、もう一つが……。

「運が良ければ、そこで彼女たちに会えるかもしれないからね」

 冒険から戻った後だけでなく、冒険へ行く前に組合へ立ち寄る、という冒険者もいる。特にカトック隊の面々は、昨日の夕方に行かなかったのだから、その可能性もある、と期待したいのだ。

「あくまでも『期待したい』というレベルであって、可能性は高くないだろうけど」

『なるほど。まあ、そっちの理由はオマケみたいなもんだな』

 そう、期待は薄い。でも、もし冒険者組合で出会えたら、手続きのためにニーナをそこまで連れて行く手間も省けるし、僕としては好都合なわけで……。


 実際に『赤天井レッド・ルーフ』に着いた僕は、昨日と同じように、入り口付近で周りを見渡した。ダイゴローに紹介する目的だった昨日とは異なり、今日の場合は、ニーナたちを探すためだ。

 しかし、掲示板の近くにも、受付窓口の辺りにも、彼女たちの姿はなかった。夕方と違って窓口も混んでいない朝だから、目当ての者がいないのは、一目瞭然だったのだ。

 一応、その横を通って、奥の食堂ホールも覗いてみる。でも、遅めの朝飯という冒険者や、朝から酒を飲んでいる――今日は冒険へ行く気がない――連中ばかり。真面目な冒険者パーティーであるカトック隊は、いるはずもなかった。

「やっぱり、もう今頃は『回復の森』で戦っているのか……」

 仕方がないので、パーティー関連の手続きは、また今度。とりあえず荷物だけ預けることにして。

 預かり賃の銅貨五枚を用意しながら、僕は窓口へ足を向けた。

   

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