転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第110話 ゴブリンは友だち(6)

公開日時: 2021年2月1日(月) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:07
文字数:3,086

   

 ニーナの「せーのっ!」という掛け声に合わせて。

 馬小屋のゆかに触れている手を介して、魔法陣にグッと魔力を注ぎ込んだ。

 例えば魔法灯のように、潜在的な魔力を必要とする道具は日常の中にありふれており、魔力を流し込むという動作は、一般市民でも日頃から無意識のうちにおこなっている。それと同じ要領だが、特に意識するのであれば、僕の場合、魔法剣士として魔法を唱える時の感覚に近いのかもしれない。

 今回は僕だけでなく、凄腕の魔法士であるクリスタも含めて、五人分の魔力だ。これで転移装置が発動して……。

 エグモント団にいた頃のシモーヌの転移魔法とか、転生戦士ダイゴローに変身した際の瞬間移動テレポーテーションとかみたいに、僕は一瞬のうちに別の場所へ移るはずだった。

 それなのに、

「あれ……?」

 いつまで経っても、視界に入ってくる景色は変わらない。使われなくなった馬小屋のままだった。


「もしかして、転移装置じゃなかったのかな……?」

「それは変だよ、バルトルトくん」

 僕が口にした言葉は、ただちにアルマに却下される。

「実際にギギちゃん、いなくなってるもん。ここから別の場所へ転移したのは確実だよ!」

 言われてみれば、その通りだった。この魔法陣とは限らないが、少なくとも、この建物の中に転移装置があるのは間違いない。

『埃の乱れた様子から判断すれば、ここが頻繁に使われてるみたいだが……。これ以外にもあって、今回はそっちからジャンプした、って可能性はあるもんな』

 僕が考え足りなかった部分を、補ってくれるダイゴロー。

 仲間たちも同じ考えのようで、

「他のところも一応、調べてみようか?」

 ニーナの提案に従って、馬小屋全体を再捜索することになり……。

 残りの二つのブースからも、ゆかに刻み込まれた幾何学模様――おそらく魔法陣――が見つかるのだった。


「よし! こっちも試してみよう!」

 ニーナの号令で、最初の魔法陣と同様、僕たちは魔力を流し込んでみる。だが新たに見つかった二つも、やはり全く反応しなかった。

「残念ね。転移装置なのは確かだと思うけど、私たちが考えていたものとは違うみたい」

「魔力を注ぐだけでは作動しない装置か……」

 クリスタとカーリンの言葉を聞いて、僕も意見を口にする。

「人間が使う魔法器具と同じと思ったのが、間違いだったんですね。でもこれはこれで、人間が作った装置じゃない、つまり魔族が関わっている、という状況証拠が増えたことになりませんか?」

「いいこと言うわね。そういう前向きな考え方、私は好きよ」

 クリスタに笑顔を向けられて、少し嬉しくなってしまった。

 明るい雰囲気を感じる中、アルマが僕以上に『前向き』な可能性を持ち出す。

「人間には使えないにしても、ギギちゃんには使えたんだよね。じゃあ、ギギちゃんに頼んで、一緒に連れてってもらったら良かったのかな?」

 今回の僕たちは、ゴブリンには内緒で、そのあとをつけたわけだが……。最初からゴブリンに了解をとって同行させてもらう、というのが可能であれば、その方が確実だっただろう。

「ゴブリンと一緒だからといって、本当に一緒に転移されるかどうか、そこはまだわからないけど……」

 これがモンスター用に調整された転移魔法陣だと仮定した場合。モンスターさえいれば装置が発動するから一緒に転移される、という可能性だけでなく、そもそもモンスターしか転移されないから僕たち人間は弾き出される、という可能性もある。

 そう解説した上で、クリスタは、希望に満ちた視線をアルマに向けた。

「……でも、試してみる価値はあるわね」

「どう? あのゴブリンに頼めそう?」

 指示や命令ではなく、疑問混じりのニーナ。それに対して、

「うん、お願いしてみる! ギギちゃんのおうちに連れてって、って。きっと大丈夫だよ!」

 自信満々の笑顔で、アルマは請け合うのだった。


 翌日。

 二日連続でゴブリンが現れるとは思えないが、それでも部屋に閉じこもっているよりは良い。そう考えて、僕たちは朝食後、宿屋を出たのだが……。

「おはようございます、冒険者の方々」

「やはり今日も現れたか」

 既視感のある光景だった。二日続けて、パトリツィアとカールの二人が、僕たちを待ち構えていたのだ。

『「やはり今日も現れたか」は、こっちのセリフだよなあ?』

 と、ダイゴローが言うくらいだった。

 でも考えてみれば、昨日の別れ際、パトリツィアは「また明日、よろしくお願いします」と言っていたような気がする。だから、二人がいるのは当然なのかもしれない。

 そんなことを思い出していると、カールが厳しい表情を見せた。

「ヨゼフィーネから聞いたぜ。あんたたち、昨日は手ぶらで戻ったそうだな。あのゴブリンはどうした? 捕獲するんじゃなかったのか?」

 一瞬「ヨゼフィーネって誰だっけ?」と思ってしまうが、確かカールが宿屋の女将おかみさんをそう呼んでいたはず。

 僕がどうでもいいことを考えている間に、リーダーであるニーナが真面目に対応していた。

「捕らえるだけなら、簡単だったんですけどね。昨日は、わざと泳がせることにしました。ただ捕獲するだけじゃなく、ゴブリンが村へ来る背景まで、調べたいですからね」

「ああ、再発防止のため、という話か。前にも、そんなこと言ってたな」

 一応は納得した様子を示すカールだが、それだけでは収まらなかった。

「でも、原因追求だったら、それこそ捕まえて聞き出せばいいじゃないか。拷問しろ、とまでは言わないが……」

「まあ、なんて乱暴な!」

「ひどーい! ギギちゃんは悪いモンスターじゃないよー!」

 彼の『拷問』という言葉に条件反射で反応して、叫び出すパトリツィアとアルマ。

 これにはカールも困った顔を見せる。

「待て待て。『拷問しろ、とまでは言わないが』って言ったろ? そうじゃなくて、平和的に聞き出せないのか、って話だ」

 期待に満ちた目で、カールはアルマを凝視した。昨日、アルマとゴブリンが仲良くしている姿を見ているから、「この少女ならば」と思ったのだろう。

「うん! 今度は直接、頼んでみるつもりー!」

「今度は……?」

「昨日は、こっそり調べようとしたのが裏目に出ちゃいましてね」

 聞き返すカールに対して、苦笑いするニーナ。ある意味、こちらのミスを認めた形であり、カールの表情が変わる。

「つまり、失敗したわけか」

 別に依頼人というわけでもないのに、そこまで言われる筋合いはないだろう。そう思って、僕も口を出した。

「でも、それなりの成果はあったんですよ。少なくとも、どこからゴブリンが村に入ってくるのか、そこは突き止めましたから。秘密の出入り口と言ったら、少し大袈裟かもしれませんが……」

「そうなのか! どこだ、それは?」

 思った以上の勢いで、カールは食いついてきた。彼は単なる村人に過ぎないのに、その迫力には、冒険者である僕が少し気圧けおされるほどだった。

「そこを叩き潰せば、もうゴブリンは、村へ入って来れなくなるんだろう?」


 まさか、こんな展開になるとは……。

『迂闊な発言だったな、バルトルト』

 僕の中で響くダイゴローの言葉は、呆れ声のようにも聞こえた。

『下手に教えでもしたら、あの馬小屋、村人たちで取り囲んで壊されちまうぜ』

 それは困る。

 クラナッハ村としては問題解決だろうが、僕たちの目的は違うのだから。せっかく見つけた手がかりを台無しにされたら、魔族のところまで辿り着けなくなってしまう!

「まあまあ、そう早急に考えずに……。その件は、私たちに任せてもらえませんか? 村のみんなで騒ぎ立てたら、必要以上に大事おおごとになっちゃいそうですから」

 ニーナが、すかさずフォローに入ってくれた。

 自分の軽率さを申し訳なく思って、僕は内心、深々と頭を下げて謝罪するのだった。

   

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