転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第86話 いたのは誰だ(4)

公開日時: 2021年1月4日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 16:30
文字数:3,235

   

 首から下は、赤い装飾のある白色鎧を着た『カトック』の姿。だが、そこに乗っているのは人間の顔ではなかった。いや、首から上そのものがなかった、と言い表すべきだろうか。

 とはいえ、全く何もないわけではない。顔のような物質的な存在ではなく、雲のように曖昧なもの。楕円形の黒いモヤモヤが、人間の頭部の代わりに、胴体に乗っているのだった。

 僕はふと、ニーナの話――本物のカトックが消失した際のエピソード――に出てきた『黒い空間』という言葉を思い出す。あの時ニーナは「空間の歪みだから『黒い塊』ではなく『黒い空間』」と言っており、僕は頭では理解しながらも、絵として思い浮かべることは出来なかったのだが……。

 なるほど、こんな感じだったのだろう。

『おい、バルトルト。お前、この魔族の顔を「黒い」と言ってるが……』

 わかっている。

 この偽カトック――自称『機械屋メカ・アーティスト』――の顔は、完全な暗黒とは違う。

 夜空で弱々しく輝く星々のように、真っ暗な中にポツポツと、小さな光点が浮かんだ状態。それが、僕の目に映る見え方だった。

 でも、あくまでも『僕の目に映る見え方』に過ぎない。おそらくダイゴローには強力な光点に見えて、逆にカトック隊の仲間たちには、真っ暗闇のように見えているのではないだろうか。

 つまり。

 かつて『回復の森』で倒した黒ローブの怪人――『毒使いポイズン・マスター』――と、同様の顔だったのだ。


『バルトルトの想像通りだ。女の子たちはわからんが、少なくとも俺の方はそうだぜ。キラキラ光る星みたいに見える』

 ダイゴローが、僕の意見を肯定してくれた。

 ちょうどこのタイミングで、クリスタが小さく呟く。

「まるで首なし騎士デュラハンね……」

 首から上だけでなく、偽カトックが仮面を手にしている点にも、クリスタは注目したらしい。その仮面は、見た目だけならば、本物のカトックの顔そのものなのだ。自分の首を抱えているという首なし騎士デュラハンを連想するのも、理解できる話だった。

 同時に、彼女の発言は、僕の想像に合致するものでもあった。頭部が完全に暗黒のモヤモヤだからこそ、クリスタは「首から上がない」と感じたはず。

『そうだな。気配も見た目も同じなんだ。この偽カトックは、本人が言うように、この間の黒い怪人と同族で間違いない。つまり、魔族ってことだ』

 ならば、伝説の存在であるはずの魔族と、僕たちは二度も遭遇したことになる。しかも今度の魔族は、完全に人間のふりをして、人間の街に潜り込んでいたのだ。

『魔族にとっちゃ、気配を隠す仮面が必須だった、ってわけだな』

 僕の考えを引き継いで、ダイゴローが要点をまとめた。

 それにしても……。

 偽カトックのような魔族がいるのだから、他にも人間社会に溶け込んでいる魔族がいるのだろうか? 街中まちなかの店や冒険者組合などで普通に顔を合わせている人間が、実は魔族だったりするのだろうか?

 僕は怖い想像をしてしまう。

 いや、僕だけではない。他の者たちも、黒衣の怪人を思い出したり、悪い可能性を考えたりしているのだろう。

 偽カトックの異様さに圧倒されて、全員が言葉を失っていた。クリスタも、あの呟きの後は無言のままだった。

 そんな中、例外が一人。

 僕たちカトック隊のリーダー、ニーナだ。

「答えてないじゃない……」

 それまで座り込んでいた彼女が、ゆらゆらと立ち上がったのだ。


「私たちの質問に答えるとか言って、一番大切な問題を無視してるわ! 彼はどこ? 本物のカトックは、今どこにいるの?」

 つい先ほど崩れ落ちた時とは違って、彼女の表情に、もはや絶望の色はなかった。「魔族はカトックの死体を使って化けているのではない」と判明したことで、「カトックは生きている」と思えるようになったらしい。

「申し訳ない。そうですね、それが後回しになっていました」

 魔族の声が、少し曇る。それまでは、自慢話を披露する子供のような態度だったのに。

「安心してください、ニーナさん。彼は生きていますよ」

「じゃあ教えて! どこ? 今どこにいるの?」

 たたみかける勢いで、質問を繰り返すニーナ。

 偽カトックの口から「生きている」という言葉が――想像を裏付ける証言が――出てきたのは、一つの進展だろう。だが「どこにいるのか?」という質問の回答には、まだ程遠ほどとおい。はたから見ても、はぐらかされているように思えた。

「まあまあ、そう慌てずに」

 ニーナを落ち着かせようという、優しい手振り。だが、モヤモヤ顔の魔族が人間じみた仕草を見せるのは、むしろ僕には気持ち悪く感じられた。

「私としても、答えを渋るつもりはないのです。でも……」

 魔族には顔など存在しないのに、困った表情が見える気がする。

「……残念ながら、教えられないのです。彼の現在の居場所は、私も知りませんから」

 と言った後で、魔族は再び声を明るくした。

「ですが、他の質問なら、いくらでもどうぞ! 答えられる範囲内で、何でもお答えしますよ!」


「そっか。カトックは、確かに生きてるのね。でも、どこにいるかは不明……」

 かみしめるように、ニーナは魔族の回答を改めて口にする。

 続いて、

「ならば今は、それで十分だわ。これ以上の質問や答えは、もうらない。いいえ、聞きたくもないわ!」

 声を荒げながら、魔族『機械屋メカ・アーティスト』に対して、ビシッと指を突きつけた。

「許せない! カトックを騙り、その名をけがした魔族! 彼に代わって、ここで私たちが成敗するわ!」

 そう言い切る彼女は、今回の事件で何度も見てきた、弱々しいニーナではなかった。男の反応に一喜一憂する乙女のような、みっともない姿ではなかった。

 カトック隊というパーティーを率いる冒険者の、決然たる態度だった。

「魔族なんて伝説の存在は、伝説の中に戻してあげる!」

 ニーナの言葉は、魔族に対する宣戦布告であると同時に、僕たちカトック隊メンバーを鼓舞するものでもあった。僕はそう感じたのだが……。

「ハッハッハッ、これは面白い冗談だ。私を成敗する、ですって? それこそ、大言壮語ではないですか!」

 ひときわ大きな声で、偽カトックが笑い飛ばす。

「魔族なのですよ、私は。人間ごときが倒せるわけないでしょう?」

 伝説の存在だけあって、魔族には魔族なりの矜持があるらしい。

 しかし、これに真っ向から反論する者がいた。

「俺たちは、お前の言う『毒使いポイズン・マスター』を倒している。あれも魔族なのだろう?」

 ずっと黙っていたカーリンだ。

 いつの間にか、彼女はニーナよりも前に出ていた。

 素早い動きで距離を詰めて、一気に勝負を決めようと、魔族に向かって槍を突き出したのだ!


 グサリと魔族を貫く、カーリンの槍。

 そうした光景を、僕は思い描いたのだが……。

 現実にはならなかった。

「おやおや。せっかちですねえ、カーリンさんは。まだ私は、ゴブリンたちにも自警団の面々にも『待て』と命じたままなのに」

 余裕の発言を口にする偽カトックは、全くの無傷。カーリンの槍は、一ミリも刺さらなかったようだ。

 一方カーリンは、攻撃が無駄に終わったと悟った途端、大きく後ろに跳んで、距離を取った。槍を魔族に向けたまま、ジリジリと僕たちの近くまで下がってくる。

 そんな彼女の動きは無視して、偽カトックは言葉を続けていた。

「『毒使いポイズン・マスター』と一緒にしないでください。私には、魔王様の加護があるのですから」

 改めて銀色のペンダントに手をやりながら、魔族は思案げな声を出す。

「『毒使いポイズン・マスター』には困ったものだ。あいつのせいで、人間でも魔族を滅ぼせるなどと思われるのだから……」

 ここまでは独り言だったのだろう。元の口調に戻してから、再び僕たちに語りかけてきた。

「よろしい。あなたがたが、そこまで言うのであれば……。ここにいる連中だけでなく、私の最高傑作をお見せしましょう!」

 宣言と共に、高々と両手を掲げる魔族。

 呼応するかのように、キーンという不快な音が、僕たちの耳に聞こえてきた。複数の方向からであり、しかも、だんだん大きくなっていく。

「嫌っ! 何これー?」

「みんな! 周囲を警戒!」

 アルマの悲鳴や、ニーナの指示が飛び交う中。

 驚くほどのスピードで、僕たちの前に飛来した物体は……。

   

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