転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第1章 泉のひみつ

第1話 ダイゴロー大地に立つ(1)

公開日時: 2020年10月13日(火) 05:30
文字数:2,937

   

「ダイゴロー光線!」

 僕の腕から飛び出した魔法は、光のラインとなって敵へ向かっていく。

 人間の三倍サイズという巨躯を誇る、緑色の怪物。巨人ギガントゴブリンは、恐るべきモンスターのはずだったが……。

「ギエエエエエ!」

 青白い魔力の光に包まれて、断末魔の叫びと共に消滅する。

 そのあっけない死に様を見届けながら、僕は手の構えを解いて、少しの間、茫然と立ち尽くしていた。

 自分が凶悪なモンスターを屠ったという事実が、ちょっと信じられないくらいだった。どうしてこのような事態に至ったのか、つい思い返してしまう。

 話の始まりは、ほんの少し前の出来事で……。


――――――――――――

――――――――――――


「そっちへ行ったぞ、バルトルト!」

 耳に引っ掛けた通信魔具を通して、ゲオルクの野太い声が聞こえてくる。エグモント団のリーダー直々の指示だ。

 続いて、

「今度は上手くやりなよ」

「これが最後だからな!」

「頑張ってね、バルちゃん」

 と、他の仲間からの激励も届いた。

 いや『激励』とは少し違うニュアンスも混じっていたようだが……。少なくとも、パーティーの紅一点であるシモーヌは、優しい声色こわいろだった。それだけで、僕は心が温かくなる。


 僕たちが拠点としているアーベラインの街から、少し離れた位置にある深緑のエリア。『回復の森』と呼ばれるこの場所が、今日のエグモント団の、モンスター・ハンティングの場所だった。

 木々の青々とした葉っぱが、広々と生い茂っていることで知られる『回復の森』。中心にある特別な泉――飲むと体力や魔力が回復するという――の影響で、その水を吸って育つ植物が、異様に活発になるらしい。

 だがそんな理屈よりも重要なのは、大きな葉っぱのせいで森の中には日の光が届きにくく、昼でも鬱蒼としている、ということ。その状態で僕たち人間がモンスターと戦うのは不利であり、今回エグモント団は、小道が少し太くなっている開けた場所――ちょっとした広場のようなところ――へ、ゴブリンたちを追い立てていた。

 追い立て役は、細身のザームエル。彼のジョブはシーフだから、すばしっこい動きが特徴であり、まさに適任だった。

 広場で待ち構えるのは、リーダーである武闘家ゲオルクと、戦士のダニエル。シモーヌも一緒だが、彼女は魔法士、しかも攻撃魔法はほとんど使えない。回復系と補助魔法がメインだから、完全に後衛だ。

 そして、三人が討ちもらしたモンスターにとどめを刺すのが……。

 広場の一番奥、再び道が狭くなる辺りで茂みに隠れている、僕の役目だった。

 冒険者のジョブとしては一応、僕は魔法剣士に分類される。ただし、剣も魔法も得意、という意味ではなかった。どちらも中途半端で、戦士とも魔法士とも呼べないから魔法剣士として扱われている、というレベルだ。

 いつも普通に正面からモンスターと戦っても、なかなか勝利に貢献できないので、今回は伏兵として配置されたわけだが……。


 今。

 ゲオルクたちがゴブリン三匹の相手をしている隙に、深手を負いながらも逃げ出した残りの一匹。そのゴブリンが、僕の潜む茂みに近づいてきた。

「えいっ!」

 気合を込める意味で叫びながら、僕は思い切って飛び出した。

 ゴブリンは、いきなり逃走経路を塞がれて、驚いたように立ち止まる。

 今だ!

 弱炎魔法を詠唱する僕。

「ファブレノン・ファイア!」

 本職の魔法士と比べたら弱々しいけれど、それでも一応の火球が飛び出して、傷ついたゴブリンに襲い掛かった。

「グゲッ……!」

 ゴブリンの口から、苦痛の叫びが飛び出す。

 しかし。

 僕の魔法が焦がしたのは、茶色の体毛と肌の一部のみ。絶命には至らず、ゴブリンは僕を睨みつける。

 モンスターの表情なんて僕にはわからないが、その瞳に宿るのは憎悪の色に思えた。とどめを刺す役目のはずの僕が一瞬、怯えてしまうくらいに、深い恨みのこもった目付きだ。

「……!」

 後退あとずさりしたい気持ちに駆られるけれど、そうもいかない。腰からショートソードを引き抜いた僕は、

「えいっ!」

 再び気合の雄叫びをあげながら、今度は剣で斬り掛かっていく。

 ゴブリンというモンスターは、小さなナイフを手にしている場合が多いのに、目の前の個体は何も持っていなかった。ゲオルクたちとの戦いで、得物を取り落としたのだろう。

 これならば、いくら僕の剣技が拙いとはいえ、斬撃を受け止められる心配もない。

 今度こそとどめだ!

 そう思いながら、勢いよくショートソードを振り下ろしたのだけれど。

「……え?」

 思わず僕の口から飛び出す、間抜けな声。

 なんと問題のゴブリンは、ヒョイッと体を捻って、紙一重で避けたのだ。しかも、僕が勢い余って、つんのめりそうになる隙に、その横を駆け抜けて……。

 ゴブリンの姿は、森の奥へと消えてしまった。


「そりゃないよ……」

 苦い顔で呟きながら、ガックリとしゃがみ込む僕。

 すると、

「それはこっちのセリフだ!」

 上から降ってきたのは野太い声と、ゲオルクの拳骨げんこつだった。

 顔を上げると目の前には、青い袖なし武闘服のゲオルクと、白銀の鎧に身を包んだダニエル。

 ゲオルクの顔に浮かんでいるのは、明らかに怒りの色だった。一方、ダニエルは呆れたような表情で、冷静な言葉を口にする。

「正直、バルトルトにとどめ役は無理だと思ったけど……。僕たちが駆け付けるまでの時間稼ぎくらい、可能だと思ったんだけどなあ」

 ああ、そうか。

 僕一人で手負いのゴブリンを倒せなくても、ほんの少し足止め出来たら、他の三匹を屠ったゲオルクたちと挟み撃ちに出来たのか……。

 今さらながらに『伏兵』の意味を悟る僕だったが、

「バルちゃん、最終テストに落ちちゃったのね……」

 続いてやってきたシモーヌが、温かい声色こわいろのまま、何やら不穏な言葉を口にする。

 白ローブを着た彼女の隣には、黒い軽装鎧のザームエル。

「俺がリーダーに進言したのさ。バルトルトは足を引っ張ってばかりだから、次に失敗したら、もう終わりにしよう、って」

 その言葉の意味は難しくないけれど、頭が理解するのを拒んでいた。

 僕はポカンとしてしまい、念のために聞き返そうと思ったが、その前にゲオルクが行動で示してくれた。

 こちらの胸元に手を伸ばし、首から下げていたペンダントを引きちぎったのだ!


「お前はクビだ、バルトルト。だから、これは返してもらう」

 彼の手に移ったそれは、このエグモント団というパーティーに所属する証。冒険者の記章を兼ねた、青い紋章だった。

「この先は一人で行動しろ」

 そう言い捨てて、ゲオルクは、僕の耳から通信魔具も毟り取る。

 リーダーのそうした行動を見届けてから、

「さようなら、バルちゃん」

「達者で暮らせよ」

「足手まといが消えて、せいせいするぜ」

 という仲間たちの声。

 いや、もう『仲間』とは言えないのだろう。

「ゾフォルト・ベヴィーグン!」

 シモーヌが転移魔法の呪文を唱えて、四人の体が魔法の輝きに包まれ始めても、僕の体は全く光らなかった。

「ちょっと待って! 置いてかないでよ!」

 慌てて腕を伸ばしても、

「悪いな、バルトルト。もうパーティー・メンバーじゃないから、君は一緒に転移できなくて……」

 冷静に語るダニエルの声は、途中で途切れてしまう。

 彼ら四人は白い光になって、消えていったのだから。


 こうして。

 パーティーを追放された僕は、一人、深い森の中に取り残されたのだった。

   

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