転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第42話 泉のひみつ(4)

公開日時: 2020年11月14日(土) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:16
文字数:3,559

   

「どうやら邪魔者は去ったようだな。しかし、邪魔者といえば……」

 黒い怪人の言葉が、僕の耳に飛び込んでくる。

 雑魚ゴブリンと斬り結んでいた最中なので、怪人の方を見る余裕はないが――どうせ見たところで顔がないから表情はわからないはずだが――、ニヤリと笑っているような口調だった。

「……ワシの笛には、その音も邪魔になるのう。ゴブリンどもを、思ったように操れなくなっておる」

 その発言に、僕はハッとする。

 対峙していた一匹をバッサリと袈裟斬りで始末してから、慌てて怪人に視線を向ける。

 黒ローブの怪人は、右手で笛を口にあてがったまま、左手でアルマを指し示していた。

 正確には、アルマ本人というより、彼女が地面に叩きつけている鞭なのだろうか。モンスターたちには効いていないように見えたが、相手のコントロールを妨害する程度の影響はあったらしい。


『おい! あのが狙われてるぞ!』

 ダイゴローに言われるまでもなかった。

 僕はキョロキョロと辺りを見回し、怪人がアルマに差し向けるゴブリンはどれなのか、見当をつける。

 ちょうどニーナが、新たに一匹を倒したばかりで、また次のゴブリンに斬りかかろうとしていた。アルマから最も近い一匹を狙っているので、おそらく僕と同じ考えなのだろう。

 そちらはニーナに任せて、二番目に近いゴブリンへ向かって行く。

 しかし怪人は、笛を吹こうとはしなかった。モンスターを操る代わりに……。

 アルマに向けていた左腕が、まるでゴム紐か何かのように、ブーンと物理的に伸びていく!

『チッ! やっぱり、こいつは人間じゃねえ! モンスターだ!』


 思いっきり伸ばした左腕を、怪人は横薙ぎに振るう。

けろ、アルマ!」

 カーリンが叫ぶが、に合わなかった。

 脇腹を強く叩かれて、アルマが悲鳴を上げる。

「きゃあっ!」

 彼女が小柄だからか、あるいは、怪人の力が強かったゆえか。アルマは体全体でポーンと弾き飛ばされ、大きく宙を舞った。

「アルマ!」

 仲間の悲痛な叫びが、いくつも重なる中。

 アルマの体は、泉の中央くらいまで投げ飛ばされていた。

 そこに浮かぶ紫色の怪物――ヴェノマス・キング――が、主人あるじである黒衣の怪人を見習うかのように、その体毛の一部を伸ばす。岩の塊に付着した長い藻みたいだ、とダイゴローは言っていたが、こうした使い方を見ると、むしろ触手なのだろう。

 その怪物の触手によって、アルマは叩き落とされ、ボチャンと大きな音と共に水没した。

「……!」

『まずいぞ、バルトルト! ありゃあ、毒の泉だ! ただ溺れるだけでなく、少しでも口に入れただけで……』

 誰よりも早く僕が行動に移れたのは、ダイゴローの言葉のおかげだったのかもしれない。

「僕が助けます! 泳ぎは得意ですから!」

 叫びながら駆け出した僕は、毒々しい泉に向かって、両手を揃えて飛び込むのだった。


『おい、バルトルト。お前……』

 本当は。

 僕は別に、水泳に自信があるわけではなかった。人並みに泳げる、という程度に過ぎなかった。

 しかし。

 巨人ギガントゴブリンの足止めを試みているクリスタやカーリンはもちろんのこと、最下級のゴブリン相手とはいえ、一人で次々とモンスターを屠っているニーナも、この戦場には欠かせない冒険者たちだ。ならば持ち場を離れることが出来るのは、戦力的に一番弱小の、僕しかいないではないか!

『おいおい。いつもは弱気なくせに、無茶しやがって……。そういうのは自己犠牲っぽくて、俺は嫌いだぜ』

 自己犠牲というほどではないが。

 そもそも僕は、昔々、自分が直接モンスターから被害を受けたわけでもないのに、モンスターを駆逐して世界平和に貢献したいと考えていたのだ。モンスター相手に命懸けで戦う、冒険者になりたいと思っていたのだ。

 ならば子供の頃から、そういう傾向――犠牲的精神――も、少しはあったのかもしれない。


 そんなことを考えながら、泉の中を泳ぐ。

 紫色に濁った毒の水は、とても『水』とは言えないような、ベタベタした感触だった。もしも泥の中を泳いだら、こんな感じなのではないだろうか。

 泳ぎにくいだけでなく、視界も悪かった。目を開けているのが辛くて、頭も朦朧としてくる。

『毒にやられたな? しっかりしろ、バルトルト!』

 ダイゴローが呼びかけてくれるが……。ぼやけた頭に浮かんでくるのは、むしろ今ではなく、少し前の彼の言葉。黒衣の怪人に対する『こいつは人間じゃねえ! モンスターだ!』という発言だった。

 顔がないという時点で人間と違うのは当然なのだが、あの時まで僕は、怪人をモンスターとは認識していなかった気がする。今さら理由を考えてみると、おそらく、怪人が人間の言葉を発していたからだ。

 いくらモンスターも生き物とはいえ、さすがに話すはずがない。犬や猫だって話せないというのに……。アルマのように動物と意思疎通できるのは例外であり、誰にでも理解できるレベルで『話す』となれば、それは動物でもなければモンスターでもないはず。

 ならば、あの怪人は、いったい何者なのか……?

『雑念でもいい! 何でもいいから、とにかく考え続けろ! 意識を保つために!』

 と、ダイゴローのアドバイスが脳内に鳴り響く。

 さらに。

『見えにくくても、少しでも目を開けておけ! 俺が補正して、ガイドしてやる!』

 言われた通り、閉じかけた目で頑張って、アルマの姿を探すが……。

 毒水の紫色に阻まれて、僕には全く見えてこなかった。

『そのまま真っすぐ……。いや、少し右! ああ、行き過ぎた! 今度は左で……。そう、その方向に進めばキャッチできるぞ!』

 頭の中のナビゲーションに従って、僕は泳ぎ続ける。


 苦しさもあって体感時間としては長かったが、実際には、それほどでもなかったのだろう。

 やがて僕は、アルマの姿を視界に捉えた。ブクブクと泡を吐き出しながら、泉の底へと沈んでいくところだった。

 かろうじてに合ったらしい。僕は腕を伸ばして、彼女を抱きかかえて……。

『あとは、ここから脱出するだけだぜ!』

 ダイゴローは簡単に言うが、ここから浮上するのは一苦労で……。

 いや、違う!

 僕は気づいた。

 脚力を高めて、湖底を強く蹴ればいいのだ!

『思い出したか、自分のジャンプ力を!』

 そうだ。

 こういう時のための――人助けのための――力ではないか!

 意識のないアルマを左手で抱きかかえたまま、右手を自分の懐に入れて……。

 取り出した銀色のアイマスクを、顔にあてがう!

「変身! 転生戦士ダイゴロー!」


 三色の全身スーツに包まれて、一回り大きくなった体には、力がみなぎってくる!

 変身状態の跳躍力を活かして、泉の底を両足で勢いよくキック。水の抵抗に負けることなく、僕の体は、グングン水面に近づいていく。

 そして。

 ザバーッと泉から飛び出した僕は、そのまま、近くの岸辺に倒れ込んだ。

「はあ、はあ……」

 変身さえすれば楽勝かと思いきや、かなり息が上がっている。変身直前に、毒の中を泳ぐという無理をしたせいだろう。

『俺もウッカリしてたぜ。毒の泉に入ってすぐ変身しておけば、ここまでの負担はなかったはずだが……』

 後悔するのは、この状況から脱した後にしよう。

 とりあえず、周囲を見回せば。

 反対岸というほどではないが、仲間たちからは、かなり遠いところに飛び出してしまっていた。泉の水際まで低木が生えていて、ちょっとした茂みになっている辺りだ。

『いいじゃねえか。ここなら戦場から遠いから、アルマを休ませておけるだろ?』

 本当は、すぐに仲間たちのところまで連れて行き、クリスタに――回復系の魔法を使える彼女に――預けるべきなのだろう。しかし、今の状況では難しい。そのためには、あのモンスターたちを一掃しなければならないからだ。

 今ここで、僕一人で出来る処置は……。

『人工呼吸とか、胸骨圧迫とか……?』

 と、ダイゴローは言うが。

「けほっ、けほっ!」

 意識はないまま、アルマは本能的に、毒水を吐き出していた。とりあえず、どちらも必要なさそうだ。

 ならば!

 改めて、僕は仲間たちの方へ視線を向けた。


 三人とも、必死に戦っている。

 泉に浮かぶ怪物と、司令塔である怪人は、やはり後回し。そちらを攻撃する余裕はなく、まずは差し迫ったモンスターから相手する、という方針を続けていた。

 ニーナとカーリンが最下級のゴブリン相手に剣や槍を振るって、クリスタが一人で二匹の巨人ギガントゴブリンの足止めをしている。僕とアルマが抜けた分、こういう配置になったのだろう。

 ちょうど、クリスタの呪文詠唱が聞こえてきた。

「ブリッツ・シュトライク・シュターク! キース・シュタイン・シュターク!」

 強雷魔法と強礫魔法だ。炎系統だけでなく、使える限りの攻撃魔法を用いているようだ。

『悠長に見てる場合じゃねえぞ!』

「わかってる! もう十分、戦況は把握した!」

 戦いから離れたこの場所に、アルマを静かに寝かせたまま。

 泉の岸辺に沿って、僕は仲間たちの方へと駆け出した。

   

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