「なるほど、そういう事情でしたか……」
ジルバが語り終わると、カトックは悲しそうにため息をついた。
そう、彼はきちんと最後まで、ジルバの話に耳を傾けたのだ。ニーナの言葉を聞こうとしなかったのとは対照的であり、これではニーナが可哀想に思えた。残酷とも言えるくらいだ。
『ニーナと違ってジルバは信頼してる、ってことだ。同じ自警団の仲間だからな』
改めて「現在のカトックはカトック隊の一員ではなくアーベントロートの人間である」と思い知らされる形だった。
「もう私は冒険者ではないし、その冒険者だった頃の記憶もないので、断言は出来ませんが……」
カトックはハッキリとした言葉で、自身の立場を強調してから、僕たちを擁護する側に回った。
「……冒険者の方々の存在が、モンスターに街を襲われる理由になる。その考え方は、さすがに言いがかりではないですか?」
「でも、カトックさん。こいつらが街に来たら、モンスターも現れたんだから……」
「それは偶然に過ぎないでしょう」
反論しようとするジルバを、一言で切って捨てるカトック。
「そもそも、モンスターが冒険者を襲いに来る、という理屈がおかしい。そんな話が成り立つのであれば、冒険者組合があるような街は、絶えずモンスターに襲われることになりますよ?」
「いや、カトックさん。それは……」
「……冒険者が大勢いる街ならば、モンスターも恐れて近寄らない。冒険者が少数の場合のみ、怖くないから襲ってくる。そう言いたいのですか?」
カトックがジルバの発言を先回りしたので、ジルバは黙って頷く。
「ならば、他の街や村はどうでしょう? アーベントロートのように、いつもは冒険者なんていない土地でも、旅の途中に立ち寄る機会は出てくるでしょう。しかし、そうした街や村がモンスターに襲われたなんて噂、聞いたことはありません」
「それは……。ほら、アーベントロートが特殊なんじゃないか? この街は近くにおかしな森があるだろ。ダンジョンでもないのにモンスターが生息してる……」
「だから、そこからモンスターが来る、と言いたいのですか?」
今度もジルバは、無言で首を縦に振る。
「でも、それもおかしいですよ、ジルバさん。街の外の野外フィールドだって、ダンジョンではないのにモンスターが出現します。あの森も、それと同じです。そもそも……」
カトックの口元に、奇妙な笑みが浮かぶ。苦笑とも冷笑とも見える笑い方だった。
「……あなたの理屈の前提にあるのは、人間とモンスターの住み分け。モンスターの領域であるはずのダンジョンを冒険者が侵犯するから、その報復や妨害の意味で、人間の領域にいる冒険者を襲撃する。そうでしたね?」
「ああ、そうだが……」
今度は無言ではなく、口に出して反応するジルバ。微妙な口調なのは、カトックに指摘されて、ジルバ自身「理屈に合わない」と思い始めたのかもしれない。
「ならば、森からモンスターが来るのは変ですね。あの森は『ダンジョンではない』、つまりモンスターの領域ではありません。住み分けの話とは、もう矛盾します」
おかしな前提から始まった話であり、矛盾と言い切るほどハッキリしているようには感じられなかったが……。
それは僕の受け取り方に過ぎない。少なくともジルバは、カトックの言葉を受け入れたらしく、完全に黙り込むのだった。
これもカトックのカリスマなのだろうか。
彼とジルバの問答の間、僕たちカトック隊の仲間たちも、アーベントロートの人々も、どちらも話に割り込もうとせず、静かに聞き入っていた。あれだけ騒いでいた群衆がおとなしいのは、むしろ不気味なくらいだった。
「ジルバさんは納得してくれたようですから……」
カトックが、こちらに顔を向ける。
「……次は、あなた方ですね」
彼に見つめられて、ビクンと小さく体を震わせるニーナ。
そんな彼女に対して、優しい口調でカトックは告げた。
「どうでしょう? あなた方に予定がないのであれば、明日一日、私と一緒に街の外で過ごしませんか?」
「うん! もちろん!」
二つ返事で頷くニーナは、まるで意中の男性からデートに誘われた乙女だった。満面の笑みで、僕たちに確認する。
「いいよね? 明日はカトックも加わって、本当の意味でのカトック隊、復活だよ!」
こんなに嬉しそうなニーナを見るのは、いつ以来だろうか。そう思ってしまうほど、彼女は上機嫌だったが……。
「勘違いしないでくださいね」
当のカトックが、その幸せ気分に水を差す。
「私一人ではなく、自警団のメンバーも一緒です。それに……」
ここで再び、先ほどジルバに対して見せたような笑みが、カトックの口元に浮かんだ。
「……私は、あなた方の仲間に戻るつもりはありません。だからこそ、あなた方を連れて森へ行くべきだ、と考えるのです」
今回の騒動において、街の人々が僕たちカトック隊をアーベントロートから追い出したい理由は二つあった。
一つ目は、僕たちがモンスターを引き寄せる、という考え方。これは濡れ衣だと理解してもらえたはずだが、頭ではわかったとしても、感覚としてはスッキリ受け入れられないかもしれない。ならば、とりあえず明日一日だけでもカトック隊が街の外に出てしまえば、その日は街がモンスターに襲われる心配はなく、アーベントロートの人々も安心して過ごせるだろう。
「これが、あなた方を森へ案内する理由の一つです。さらに……」
僕たちがアーベントロートから去る時にはカトックを連れて行く、という話もあった。街の人たちに嫌われた理由の二つ目だ。
「こちらに関しては、誤解でも何でもなく、本当にあなた方はそのつもりのようですが……。私には、応じる気持ちは全くありません。私はアーベントロートの人間であり、この街に骨を埋める覚悟でいます」
ハッキリと言い切るカトック。これまでニュアンスとして匂わせることはあっても、ここまで断言したのは今回が初めてだろう。
『ただ何となくアーベントロートに居続けるんじゃなく「この街に骨を埋める覚悟」だからな。こいつは凄いぜ』
僕の心の中ではダイゴローが少し驚いているし、現実の人々も、それぞれの反応を示していた。
「そんな……」
ニーナの悲しそうな呟きと、
「おおっ!」
街の人々の歓喜のざわめきが重なる中。
それらをかき消すかのように、カトックは言葉を続けた。
「だからこそ私は、あなた方に見せておく必要があるのです。この街の自警団の一員である、私の姿を。私たち自警団の日常、つまり森のモンスターと戦う様子を」
カトックの戦う姿ならば、昨日のモンスター襲撃事件において、既に見せてもらっている。カトックを強く慕うニーナだけでなく、戦闘関連が大好きなカーリンや、フリーの冒険者として経験豊富なマヌエラがコメントするくらい、惚れ惚れするような戦いぶりだった。
『でもあれは、あくまでもイレギュラーだからな。今度は「自警団の日常」を見せつける、ってことだ』
僕の部屋で昨日ダイゴローが解説したように、カトック隊抜きでもモンスターと戦えることを、改めて示したい気持ちもあるのだろう。ただ自警団だけで戦えるのではなく、カトックがいるからこそ戦える、という彼の必要性を見せつけたいのだ。
「……わかった。カトックの気持ちは、よくわかったよ。それじゃ、明日は私たちカトック隊も同行させてもらうね」
言葉の主旨は同じ「一緒に行く」なのに、ニーナの声の響きは、先ほどとは全く異なっていた。天国から地獄とは、まさにこのことだろう。カトックの方に向けた彼女の顔は、僕の位置からはよく見えないけれど、そこに絶望の色が浮かんでいるのは容易に想像できた。
ここまで言われれば、さすがにニーナでも理解できたに違いない。
この街の自警団の一員として、カトックは完全に溶け込んでいるのだ、と。
そして、さらに明日はその様子を目に焼き付けることになるのだ、と。
『この旅の目的は、カトックと会って、カトックを連れ帰ることだったんだろ? 最初の方は果たせたが、後の方は無理だと諦めたんなら……。もう終わりだな』
ダイゴローに言われるまでもなかった。
旅立ちは明後日の朝になるかもしれないが、実質的には、明日がアーベントロート滞在の最終日。僕は、そう確信するのだった。
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