転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第101話 ゴブリンの村(8)

公開日時: 2021年1月22日(金) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:04
文字数:3,308

   

「いや、私たちは……」

「やめなさい、カール! 冒険者の方々が困っているじゃありませんか!」

 再びニーナが男の言葉を否定しようとしたところで、今度も邪魔が入った。

 既視感のある展開だ。叫びながら宿屋に駆け込んできた者がいる、という点までは同じだが、今度の乱入者は女性だった。

 若干カールより若く、二十代後半か三十前後だろう。外見的な特徴の一番は、眼鏡をかけていること。女性の眼鏡は、見ようによってはチャームポイントにもなるが、彼女のそれは少し違う。キツネ目のように、レンズの目尻側が吊り上がった形状であり、賢そうというより「教育熱心を他人に押し付けそう」というイメージだった。

『わかるぜ、バルトルト。俺も「教育ママ」って言葉が頭に浮かんだからな』

 僕とダイゴローがそんな第一印象をいだく間に、振り向いたカールが彼女を目にして、表情を変えていた。

「またあんたか……」

「『あんた』とは失礼ですね。これだから粗野な男の人は……」

「じゃあ言い直さそう。パトリツィア、また持論を振り回すつもりか? あのゴブリンは無害だから退治の必要はない、って」

 無害なゴブリン。

 こちらの方がカールの主張よりも、今まで聞いてきた話に合致しているが、

「当然でしょう? あなたのところと違って、うちの子は、問題のモンスターとも仲良くしていますからね」

 村の子供がモンスターと親しくする、というのは、僕の想像を超えていた。

 驚いたのは、僕だけではない。アルマに至っては、目を輝かせながら声を上げていた。

「モンスターと仲良く?」

 アルマはテイマーなだけに、聞き逃せない発言だったのだろう。

 カールと口論していたパトリツィアは、横から会話に割り込まれた形にも嫌な顔ひとつせず、アルマに微笑みを向けた。

「そうですよ、冒険者のお嬢さん。うちのパウラちゃんは、誰とでもすぐ打ち解ける、本当に優しい娘でねえ。だからモンスター相手でも……」

 こうした会話のかたわらで、ニーナは宿屋の女将おかみさんに笑顔を向ける。少し苦笑の混じった、皮肉な笑みにも見える表情だった。

「次々と人が入ってきて、賑やかな宿屋じゃないですか。繁盛してるんですね」

「でも客じゃないからねえ。繁盛とは言えないよ」

 肩をすくめてから、女将おかみさんは、大きくパンと手を叩く。

 その場の面々が思わず黙り込む中、彼女は宣言した。

「カールもパトリツィアも、商売の邪魔はしとくれ。こちらの冒険者の方々は、うちのお客さんだ。今から私が、二階の客室へ案内するんだよ。話があるなら、そのあとにするんだね!」


「それじゃ、ごゆっくり!」

 僕たち五人を残して、女将おかみさんが部屋から立ち去る。

 この宿屋には五人部屋は用意されていないらしく、案内された先は六人部屋だった。入ってすぐに室内を見回したが、ブロホヴィッツの宿屋とは異なり、冒険者の男女同室を想定した衝立ついたては置いていないようだ。

『いいじゃねえか。きベッドが仕切りみたいなもんだろ?』

 視覚的には衝立ついたてほどの仕切りにならないが、ベッドひとつ分、離れるだけでも精神的な効果はあるだろう。

 そう思いながら、一番奥のベッドを確保していると……。

 ニーナの声が聞こえてきた。

「じゃあ早速、夕食へ行こうか!」

「わあ、珍しい! ニーナちゃんも、お腹ペコペコ?」

「そうじゃなくてね」

 笑顔で首を横に振りながら、アルマに意図を説明する。

「さっきの二人、今ならまだ下にいるでしょ? この村のゴブリンの話、聞かせてもらわなきゃ!」

「カールとパトリツィアと言ったかしら? モンスターに対する見方も正反対のようだし、二人から同時に聞けたら、ちょうど良いでしょうね」

 と、クリスタも補足。

 こうして僕たちは、部屋で一休みするもなく、階下へ戻るのだった。


「だいたい、あなたは過保護なのですよ。男の子なのだから、そんなに神経質にならずとも……」

「よそはよそ、うちはうちだ。俺の教育方針に口出しするのは、やめてくれないか?」

「そうは言ってもねえ。男手ひとつで育てられてる息子さんが、なんだか不憫で……」

「それはパトリツィアのところも同じだろ? シングルマザーなんだから」

 カールとパトリツィアの二人は、まだ同じ場所で言い争いを続けていた。ただし議題はモンスターではなく、それぞれの家の教育問題のようだ。

 僕たちには関心のない話であり、同じ村の住人である女将おかみさんにとっても同様らしい。彼女は受付カウンターに肘をついて、退屈そうに、二人へ視線を向けていた。

 僕たちが降りてきたのに気づくと、少し驚いた顔をする。

「おや、お客さんたち! 『ごゆっくり』って言ったのに、もう来たのかい!」

「ええ、早く食事にしたくて」

 ニーナに続いて、

「お腹ペコペコー!」

「もう食べられます?」

 アルマとクリスタも女将おかみさんに声をかけた。

「もちろんさ! 厨房は私じゃなく旦那の担当でね、美味しい料理がいつでも出来てるよ! あっちが食堂だ」

 女将おかみさんは、受付カウンターの右側を指し示す。少し前に小型馬車の御者が消えていった通路があり、意識すると確かに、食欲をそそる匂いがそちらから漂ってきた。

「それで、カールさんとパトリツィアさんでしたっけ? 二人にお願いがあるのですが……」

 ニーナは女将おかみさんの言葉に頷いてから、カールとパトリツィアの二人に話しかける。僕たちが来たことで、二人とも既に口論を中断していた。

「……この村のモンスターの話、聞かせてもらえます? 食事でもしながら、ゆっくりと」

「ああ、喜んで! あの恐るべきゴブリン、やっつけてくれるんだな?」

「あらあら、カールったら大袈裟な物言いを……。冒険者の方々、どうか騙されないでくださいね。この村のゴブリンは、子供たちの友だちです。本当に平和な個体で……」

「お前こそ嘘を吹き込むなよ、パトリツィア」

「まあ、また! 『お前』だなんて!」

 こういう相性なのだろうか。二人の口喧嘩が再開のきざしを見せるので、ニーナが軽く両手を前に出しながら――「おさえて、おさえて」といった感じで――、仲裁に入った。

「まあまあ。ここで立ち話を続けたら、この宿屋にも迷惑でしょうし……。続きは食堂で、ってことにしません?」


「おお、カールじゃないか! 酒でも飲みに来たのか?」

「あれ? パトリツィアも一緒なのか! どういう風の吹き回しだ?」

 二人と一緒に食堂ホールへ行くと、早速カールに話しかけてきた者たちがいる。宿屋に泊まる客ではなく、村人が食事をしに来ているのだろう。

 そもそも小さな村なのだから、僕たち以外に今晩の宿泊客がいるのか、それすら疑わしいものだ。

 一方、僕たちカトック隊に反応する者もいた。ブロホヴィッツからクラナッハ村まで送り届けてくれた御者だ。

 長テーブルの端に座って、ポツンと一人で食事中らしい。僕たちに気づくと、軽く手を振ってきた。

「あっ、御者のおじさん! 美味しそうなステーキ食べてるー!」

 アルマが笑顔で手を振り返し、その様子を見て、クリスタが提案する。

「せっかくだから私たちも、同じテーブルに座らせてもらおうかしら? 人数的にも、ちょうどいいだろうし」

 馬車の中で色々と話しかけてもらって、特にアルマは親しみを感じているはず。一緒に食べるとなれば、アルマは喜ぶだろう。

 クリスタは、そう考えたに違いない。

『それだけじゃないぞ。いくら話好きの御者とはいえ、カールやパトリツィアが大事な話を始めたら、口は出さないだろう? でも……』

 と、僕の中で解説を始めるダイゴロー。

『……ここの村人が話すのを聞くだけで、乗客に語る噂話のネタがまた増える。つまり、あの御者にとってもオイシイ状況だ。クリスタのことだから、そこまで考えてるだろうさ』


 僕たちの目の前には、宿泊客用のディナーセット。アルマが「御者のおじさんが美味しそうに食べている」と目ざとく見つけた仔牛のステーキも、メニューに含まれていた。

 カールはビールとポテトフライ程度のおつまみで、パトリツィアは葡萄酒ワイン一杯のみ。二人とも、食事そのものは家でするつもりらしい。

「わあ、美味しそう! いただきまーす!」

 いつものようにアルマの言葉が合図になって、僕たちは食べ始めた。

 すると早速、カールが語り始める。

「それじゃ、食べながら聞いてくれ。村にやってきたゴブリンは……」

   

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