午前中の太陽の光が届く森の中、広場と呼べるほどではないが、いくらか道幅が広がっている場所にて。
戦いの位置関係としては、僕の正面に敵であるメカ巨人ゴブリンが一匹、そのすぐ背後に二匹、さらに離れた向こう側に仲間たち。そんな状況になっていた。
ある意味、僕と仲間たちとで、三匹のメカ巨人ゴブリンを挟み撃ちにする格好だ。この挟撃のことを、ダイゴローの世界では『ランバージャック・デスマッチ』と呼ぶのだろうか。
『いや、違うぞ。ランバージャック・デスマッチというのはだな、プロレス……と言ってもわからないか。格闘技の試合形式の一種だ。戦いの舞台を人々が取り囲み、舞台から外に飛び出した選手を押し戻すやり方で……』
わかった、わかった。聞いた僕が悪かった。厳密には『聞いた』というより、軽く疑問を思い浮かべた程度なのだけれど。
とにかく、そういうことを熱っぽく語るのは後にしてくれ。
まさに今、僕が『戦いの舞台』にいる真っ最中なのだから!
メカ巨人ゴブリンは、さすがに並のモンスターではない。三匹とも、一時的に足をよろけさせたとはいえ、すぐに体勢を立て直していた。
「グワーッ!」
怒ったように咆哮するモンスター。
他の二匹が再び魔法攻撃にさらされる中、僕と対峙する一匹は、両腕を振り回しながら、こちらへ突進してきた。
蹴り飛ばされて少し距離が出来たのだから、左腕から光弾を撃ち出せば良いはずだが、冷静さを失っているのだろうか。
そんなモンスターの直進をかわすのは簡単であり、ヒョイッと避けた僕は、カウンター気味に、右の拳を叩き込む。
「グワッ?」
強固な金属装甲に覆われているメカ巨人ゴブリンとしては、予想以上の衝撃だったに違いない。今度は背後の二匹にはぶつからなかったものの、また少し後退りしていた。
『そりゃあ、ただのパンチじゃないもんな!』
ダイゴローの言う通り、既に僕は魔法拳を使っていた。
炎の魔力を込めた右ストレートに続いて、左の拳に氷の魔力を乗せて、同じ場所をパンチ。
「グワッ!」
今度はメカ巨人ゴブリンも踏み止まり、殴り返してくる。
こうして、僕とモンスターの殴り合いが始まった。
確かに、メカ巨人ゴブリンは強敵だ。体をカバーする金属装甲の防御力に加えて、攻撃力だって決して低くはない。かつてアーべラインの『回復の森』で初めてメカ巨人ゴブリンと殴り合った時には、その一撃一撃に重みを感じたものだった。
だが、あれから僕は、魔族との戦いも経験している。特にアーベントロートの魔族――偽カトックこと『機械屋』――が呼び寄せたキング・ドールは、凄まじい攻撃力を有しており、とても比べものにならなかった。
だから、こうしてメカ巨人ゴブリンとパンチの応酬をしていても、僕には案外、余裕があって……。
三匹のモンスターの向こう側にいる仲間たちの方へ、チラリと視線を向けるのだった。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ! ヴェルフェン・アイス・シュテークスタ!」
一匹のメカ巨人ゴブリンに対して、相変わらずクリスタは、超炎魔法と超氷魔法を連発しているし、もう一匹に対しては、
「ヴェルフェン・アイス・シュターク! ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
「ファブレノン・ファイア・シュターク! ファブレノン・ファイア・シュターク!」
カーリンとドライシュターン隊の魔法士が、氷と炎を交互に浴びせている。
三人ともまだ魔力が続いており、頑張っている証だった。
それはそれで安心したが、むしろ僕を喜ばせたのは、ドライシュターン隊のリーダーの発言。仲間への呼びかけだった。
「なるほど、あれが手本になるわけか。おい、よく見ておけよ」
メカ巨人ゴブリンたちが邪魔で見えにくいだろうけれど、それでも僕の戦いぶりに注目してくれていたのだ。
朝食の席でカーリンが目撃談を語ったから、ドライシュターン隊の三人も、転生戦士ダイゴローがどうやって一人でメカ巨人ゴブリンを倒したのか、話には聞いている。一昨日のカトック隊による攻略法も、同じく聞いている。実際に後者を参考にして、紺色ローブの魔法士が今、クリスタやカーリンの魔法攻撃に参加しているくらいだった。
だが、直接その目で見られる実例は、多ければ多いほど良いはず。転生戦士ダイゴローが実際にメカ巨人ゴブリンを倒す様も、ぜひ見ておいてほしかった。
それでこそ、わざわざ僕が戻ってきた甲斐があるというものだ!
『いや、そうじゃないだろ? バルトルトがメカ巨人ゴブリンを倒しに来たのは、そうしないと一手足りないからだろ?』
ダイゴローのツッコミだけでなく、メカ巨人ゴブリンの攻撃もかわしながら――あるいは受け止めながら――、炎と氷のダブルの正拳突きを、モンスターに食らわせていく。
これも以前の戦いと同じく、メカ巨人ゴブリンの装甲が割れてポロポロと剥がれ落ちていくのが、ハッキリと見てとれた。
さほど時間も経たぬうちに、モンスターを覆う金属板の大半が失われて……。
『バルトルト、そろそろ頃合いだぜ! ……これは冗談でもツッコミでもないから、無視するなよ?』
「わかってる!」
ダイゴローのアドバイスに一言だけ返してから、その場でジャンプ。空中で体を捻って、モンスターに回し蹴りを叩き込む。
向こうで今、僕の戦いに注目しているはずの、ドライシュターン隊の武闘家から学んだムーブだった。
『おおっ、またローリングソバットか! ……って、もうダイゴロー光線のタイミングだったんじゃねえのか?』
珍しくダイゴローの方が、僕より考えが浅いようだ。
あのまま必殺技を放てば、標的である一匹の後ろで、二匹のメカ巨人ゴブリンまで巻き添えになる可能性があった。それ自体は嬉しい出来事であり、思わぬ副産物となるだろうが、問題は二匹のさらに向こう側。そこに仲間たちがいることだった。
魔族やその眷属ならば爆発するみたいだが、普通のモンスターにダイゴロー光線を浴びせた場合、モンスターは光に飲み込まれて消滅する。いくら魔族に改造されたメカ巨人ゴブリンとはいえ、この点では、一般的なモンスターの範疇に留まっていた。
そうなるとモンスターを消し去った光線は、そのまま進んで、背後の者まで巻き込みかねないわけで……。
『そういうことか。頭が回るようになったな、バルトルト』
ドロップキックのような正面からの蹴りではなく、回し蹴りだったので、メカ巨人ゴブリンは今、横方向へ吹っ飛ばされていた。木々の茂みに叩きつけられて倒れ込み、頭を左右に振りながら、ゆっくりと立ち上がろうとしている。
もはやメカ巨人ゴブリンの後ろにあるのは、森の木々ばかり。残りの二匹のモンスターもいなければ、僕の仲間たちもいない。
だから僕は、安心してそちらへ向き直り……。
魔法拳と同じく右腕に炎、左腕に氷の魔力をイメージして、その両腕をバツ字状に交差させる。
「ダイゴロー光線!」
目の前のモンスターは、かつて僕に敗れたメカ巨人ゴブリンと同じだった。
二つの魔力が重なった、青白い光線。渦を巻きながら迫り来る光からは逃げられず、
「グゲエエエエエ!」
ただ絶叫だけを残して、粉々になって消滅するのだった。
残った二匹に目を向ければ、今まで通りの状況だった。クリスタたちの魔法攻撃で、一方的に押し込まれている。
この分ならば、やがて二匹の装甲も崩されて、ニーナたちに始末されるだろう。
『もうバルトルトがいなくても大丈夫そうだな』
心の中でダイゴローに頷いてから、僕の方へ目を向けているニーナたちに対しても一応、一言だけ残す。
「じゃっ!」
そして今度こそ本当にアルマを追いかけるつもりで、その場から走り出した。
「あっ、待って! キミは……」
僕の背中にニーナが呼びかけるが、全速力で走る中、すぐに彼女の声は聞こえなくなるのだった。
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