冒険者組合『赤天井』を出て、アーベラインの街も出て。
午前中の清々しい青空の下、僕は『回復の森』目指して、一人で黙々と歩いていた。
「仲間も無しでダンジョンに突入するって……。なんだか今頃になって、緊張してきたよ」
『どうした、バルトルト。武者震いか?』
いや、さすがに震えてはいない。でも、いつもと違うというだけで、ドキドキしてしまう。
『一人で戦うの、そんなに怖いか? さっきまで、あれほど一人パーティー設立なんて騒いでたのに……』
一人パーティー計画は、そもそも、寝床の問題を解決するために出てきた発想だ。でも僕一人のパーティーということは、僕一人で部屋を借りられるだけでなく、僕一人でモンスター・ハンティングをしたり、冒険仕事を請け負ったりしなければならないわけで……。
その点、すっかり忘れていた。いや『忘れていた』というより、なるべく考えないようにしていた、という方が正しいかもしれない。
だが、こうして森に向かって草原地帯を歩けば、現実感が強くなってくる。否が応でも、モンスターを意識せざるを得ない。ダンジョンに近づいているだけでなく、ここだってモンスターが出没するエリアなのだから。
一応、この草原地帯を進む間は、遠くまで見渡せる。いきなりモンスターが飛び出してくる心配はないけれど、それでも身構えておく必要があり、油断は出来なかった。
『おいおい、大丈夫か? 今から、そんな心構えで……。だいたい、一人で戦うのは初めてじゃないだろ? 昨日バルトルトだけで、巨人ゴブリンを倒したじゃないか!』
「あれは『転生戦士ダイゴロー』に変身できたおかげだから……」
などと、無駄口を叩いている場合ではなかった。
ちょうど『回復の森』が見えてきて、しかも森の入り口から、二匹のゴブリンが飛び出してきたのだ!
『早速、変身するか?』
「いや、まだ転生戦士にはならない」
僕は、きっぱりと首を横に振った。
昨日ダイゴローに説明されたように、融合したことで僕自身の体力や魔力も上昇している、というのであれば。
ゴブリンの二匹や三匹くらい、変身せずに倒せるはず!
昨日みたいな、カトック隊の女の子たちの援護なんてなくても!
それくらいでなければ、一人パーティーなんて無理だろう!
「まずは僕自身の力で戦ってみる。危なくなったら、変身するよ。どの程度のモンスターなら変身せずに相手できるか、一度その限界を見極めておきたいからね」
『偉いぞ、バルトルト! それでこそ、俺が見込んだ相棒だ!』
もしも体があったら手を叩いて喜びそうな勢いで、ダイゴローが騒ぎ始める。
『変身できるからって、最初から変身しちまうのは、甘えでしかない! ギリギリまで頑張って、踏ん張って、それでもどうしようもない時だけ変身する! それが変身ヒーローってもんだ!』
「わかったから、少し静かにしててよ、ダイゴロー」
心の中の相棒と話し合うのは後回しだ。
今は、敵モンスターに集中しなければ!
二匹のゴブリンは、どちらも愛用のナイフを手にして、こちらへ向かって走ってくる。まだ十分に距離は離れているが……。
「ファブレノン・ファイア! ファブレノン・ファイア! ファブレノン・ファイア!」
先制攻撃として、弱炎魔法の三連打をお見舞いした。二匹まとめてではなく、右側の一匹に集中する形だ。
いくら魔力がアップしたとはいえ、ゴブリン一匹、僕の弱炎魔法では始末できないはず。そこまではカトック隊と一緒の昨日、確認済みだった。
しかし、立て続けに三発打ち込んだら……?
その結果は今、目の前にあった。真っ黒に焦げたゴブリンは大地に倒れ込み、ピクリとも動かなくなったのだ。
「今だ!」
自分に気合いを入れる意味で、一声叫んでから。
僕は走り出した。
もちろん目標は、残った一匹。
隣にいた仲間をやられて、ゴブリンは全身で驚きを表現しつつ、その死体を凝視。棒立ちになっていた。
その隙に。
「えいっ!」
一気に距離を詰めた僕は、ショートソードを振りかざして斬りかかる。
「ギギッ……?」
ゴブリンもナイフを突き出してきたが、ワンテンポ遅かった。
一刀両断……とまではいかないものの、モンスターは頭を断ち割られて、呆気なく絶命するのだった。
「ふう……」
『ゴブリン二匹くらいなら変身の必要はない、ってことだな。油断さえしなければ』
「うん、そうみたいだね」
額の汗を拭いながら、ダイゴローに返して、
「じゃあ、いよいよ『回復の森』に突入だ」
僕は深緑の森へと足を踏み入れた。
当然のことながら、『回復の森』の中は一本道ではない。いくつかのルートに分岐している。
カトック隊がどの方向に進んだのか定かではないが、出会ったのは泉の先だったから、今日も同じ辺りだろうと見当をつけて、とりあえず泉を目指すことにした。
根拠は薄かったが正解だったようで、僕の進む先には、モンスターの死体がゴロゴロ転がっていた。
『やられたモンスターって、勝手に消えたりしないのか?』
「そんなわけないだろ。モンスターだって、生き物なんだから」
ダイゴローの世界ではどうなのか知らないが……。
動物であれ植物であれ、自然界に放置された死骸は、いずれ虫や微生物などによって分解され、大地に還る。人間だって未踏の地で行き倒れたら、同じ運命を辿るだろう。
『俺の世界でも、それは同じだぞ。ただ俺の世界には、モンスターなんていないからなあ』
ああ、そうだった。ならば、説明しておく必要がありそうだ。
この自然の摂理には、モンスターも逆らえない。ただし人間や動物と違うのは、『分解』のスピードが驚くほど速い、ということ。詳しい理屈は知らないが、モンスターの分解に特化した微生物が存在するらしい。
『なるほど……。ならば、死体が早く腐るか、ゆっくり腐るか。そこがモンスターと野生動物の線引き、って話になるのか?』
その通り。ダイゴローは理解が早いので、説明が簡単で助かる。
死後だいたい半日か一日くらいで消えてなくなるのが、モンスターという存在。だから、こうして死体が残っているのは倒されたばかり、という意味になるのだ。
もちろんカトック隊とは限らないけれど、少なくとも冒険者が通った直後なのは確実だった。
ちょうど露払いをしてもらった形になり、僕が『回復の森』に入ってから遭遇するモンスターは、かなり少なかった。
特に、数匹以上のモンスター集団とは一度も出くわすことなく……。
『とりあえず、ゴブリン三匹あるいはウィスプ二匹までなら、変身の必要はないみたいだな』
「うん。ここまでの手応えだと、ゴブリンが四匹以上出てきた場合は、変身した方がいいかもね」
そんな相談をしながら、周囲の警戒も怠らずに、僕は歩き続ける。
やがて。
なにやら争っているような物音とか、気配とか……。
『おい、バルトルト。これって……』
「ああ。おそらく、カトック隊だ!」
ダイゴローに頷いて、僕は走り出した。
獣道のように細くなった小道をかき分けて、開けた場所に出たところで、僕の視界に入ってきたのは……。
「……!」
思わず絶句してしまう光景だった。
桃色、青色、緑色、黄色というカトック隊の四人。そのうち二人――ピンクのニーナと青いカーリン――が倒れており、動けなくなっていた。
その横では、金髪のアルマが、何度も地面を鞭で叩いている。敵対するモンスターの動きを抑えようと試みて、失敗しているらしい。
そんな三人を背にして、両手を前に突き出しているのがクリスタだった。
手のひらに沿う形で、緑色の四角い光壁が展開している。大きさは、縦も横も二メートルくらい。初めて見る魔法だが、知識としては僕も知っていた。かなり高レベルなモンスターの攻撃も防げるという、防御魔法だ。
「あっ、バルトルトくん!」
僕の接近に気づいたアルマが声を上げ、クリスタも叫ぶ。
「来ちゃダメよ! 逃げて!」
彼女には、僕の方を見る余裕はなかった。それどころか、いつもの優しげな笑顔すら浮かんでおらず、険しい顔つきになっていた。
そこまでクリスタが必死になる相手とは……。
カトック隊と対峙しているのは、巨人ゴブリンだった。
ただし、普通の巨人ゴブリンではない。体は胸から腰まで金属で覆われており、それも「鎧を着込んでいる」という雰囲気ではなく、肉体に直接ネジ止めされているように見えた。
頭部も右半分が機械でカバーされ、右目の赤いレンズは怪しく光っている。腕や脚の一部も鉄板で補強されており、特に左腕は、肘から先が筒状の武器になっていた。
その左腕から絶え間なく撃ち出される光弾を、クリスタが防御魔法で受け止める、というのが現在の戦況らしい。
「こんな巨人ゴブリンが存在するなんて……」
『そうか。バルトルトから見ても、イレギュラーなモンスターなのか』
僕の中のダイゴローが、何やら思い詰めたような口調で呟く。
『サイボーグ化された巨人ゴブリン……。バルトルトが倒したやつとは別の個体だとしても、さしずめ「メカ巨人ゴブリンの逆襲」といった様子だな』
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