それは、四つの異様な飛行物体だった。
それぞれ違う方角からやってきて、まるで魔族の盾になるかのように、偽カトックの前へ集合する。
サイズも形状も異なるが、だいたい人間の子供くらい、あるいは半分程度の大きさだろう。細長い箱や筒を複雑に組み合わせたデザインであり、球体やアンテナ状のパーツが組み込まれている部分もあった。
見るからに金属製とわかる、銀色の光沢だ。『機械屋』を名乗る魔族が「私の最高傑作」と誇るくらいだから、彼が作った機械に違いない。
『油断するなよ、バルトルト。ただの機械じゃねえぞ。あの『毒使い』ってやつも、ヴェノマス・キングとかいう怪物を連れてただろ? それと同じで、おそらくこいつも……』
僕の心の中で、ダイゴローがそう言いかけた時。
プカプカと宙に浮いていた銀色の物体が、ガシャンガシャンと音を立てながら、形を変えて、一つに合わさって……。
怪物の姿となった機械は、二本の足で大地を踏みしめるのだった。
『変形合体しやがった!』
僕の中でダイゴローが叫ぶのと重なって、
「これぞ完璧な機械人形! まさに王者たる存在! 名付けて、キング・ドールです!」
魔族の朗々とした声が、その場に響き渡る。
「『怪物いじり』と共同開発した改造ゴブリンは、あなた方も見たのでしょう? でも、あれとは根本的に違いますよ。姿形は似ていますが、モンスターの生体部品は一切使用していません。私がゼロから作り上げた、生きた機械人形なのです!」
メカ巨人ゴブリンを引き合いに出すのだから、あれの上位互換なのだろうか。
人間サイズよりは一回り大きいものの、メカ巨人ゴブリンよりは明らかに小型だった。
二本ずつの手足があって、中心部の胴体の上には、頭部らしきパーツがある。目や口に見える球体もはまっており、一応は人型モンスターのつもりらしい。人間そのものとは似ても似つかないので、それよりはモンスターの方が近いと思えるが……。それでも、この怪物機械――キング・ドール――を見て、一目で「ゴブリン系モンスターをモデルにしている」と見抜ける者は、誰もいないだろう。
『もう一度言うが、油断するなよ。デザインセンスは愚かだとしても、性能は優れものと考えた方がいい』
ダイゴローに言われるまでもない。
少なくとも、メカ巨人ゴブリンそっくりの点が一つあった。あれの体を部分的に覆っていた、強固な装甲だ。色だけでなく、おそらく材質も同じものが、今度は全身に使われているのだ。
あの時、転生戦士ダイゴローに変身した僕でさえ、メカ巨人ゴブリンの硬さには苦労している。だから今回も、みくびるわけにいかないのは、戦う前から明白だった。
「どうです? 私のキング・ドールの素晴らしさに、声も出ないでしょう? ほら、キング・ドール。あなたも挨拶してあげなさい」
「クヮン、クヮン、クヮン……!」
生みの親である魔族に促されて、怪物機械が甲高い機械音を発する。これが、このキング・ドールの鳴き声なのだろう。
先ほどの飛来音と同じく、思わず耳を塞ぎたくなるような不快な響きだったが……。
「ハッタリだわ! 鳴くしか芸がないハリボテ人形なんて、私たちが倒してあげる!」
むしろそれこそハッタリかもしれない、ニーナの堂々とした宣言。
見れば、既に彼女は武器を構えていた。慌てて僕も、耳へやろうとしていた手を、ショートソードへと伸ばす。
一方、魔族は不快そうな口調で、ニーナに応じていた。
「言葉では何とでも言えますが……。私の最高傑作に対する、その態度! 万死に値する!」
もしも顔があるならば、クワッと目を見開いていたのではないだろうか。魔族が発した怒気の強さは、その場の禍々しい空気が急激に濃くなったことにより、肌で感じられるのだった。
「行きなさい、お前たち!」
偽カトックの号令に従って。
周りで待機していたモンスター集団――特殊な鎧衣ゴブリン――と自警団メンバーが、僕たちに襲いかかってくる!
「みんな! 殺しちゃダメだよ!」
「わかってる! 自警団の連中は、操られてるだけの人間だからね!」
ニーナの叫びに声を出して反応したのは、マヌエラただ一人。しかし当然、他の仲間たちも理解していた。
モンスターは普通に返り討ちにして構わないが、自警団の者たちは、なるべく傷つけない。無傷は無理だとしても、回復不能な重傷は絶対に避けて、おとなしく戦線離脱させるに留めるのだ。
例えば。
鎧と鎧の隙間を狙って、早速ゴブリンの一匹を斬り伏せたニーナ。続いて襲ってきた自警団の者に対しては、横向きに寝かせた剣で――いわゆる剣の腹の部分で――叩くようにして、対処していた。
カーリンは槍の向きを変えて、使い分けている。モンスターにはいつも通り、穂先の刃を突きつけて、斬ったり刺したり。でも自警団メンバーが来たら、くるりと半回転させて、反対側の石突を当てていた。
『あの娘の槍、そっち側には刃物はついてないし、それほど尖ってもないからな。こういう時、便利だぜ!』
ダイゴローの言う通り、ほとんど殺傷力はないはずだ。それでもカーリンに襲いかかった連中は、一撃で失神させられていた。ちょうど、棒術の達人から棍を叩き込まれた対戦相手のように。
この二人は良いのだが……。
モンスターに人間が混じったことで、一番苦労しているのは、アルマだったのかもしれない。
「あっち行ってー!」
モンスターの動きを止めるために、いつもならば地面を叩く鞭。それを彼女は、目の前で振り回していた。いつも通りの使い方では、モンスターには効くとしても、人間である自警団メンバー相手には何の効果も得られないからだ。
闇雲に鞭を振るうアルマを見ていると、ふと、微笑ましい光景を連想してしまった。小さな子供同士の争いで見られる、泣きながら腕をグルグル回す姿だ。もちろん今は『微笑ましい』などと思えるような、悠長な場合ではないのだが……。
僕がそんなことを考えてしまったのは、アルマの小柄な外見のせいだけでなく、マヌエラの発言も聞こえたからに違いない。
「小さな女の子いじめるなんて、あんたたち、みっともないよ!」
マヌエラが位置取っているのは、かなりアルマに近いポジションだった。自分に襲いかかる相手だけでなく、アルマの方へ向かおうとするモンスターや自警団も殴りつけている。
『いくつもの冒険者パーティーを渡り歩いてきただけあって、さすがのフォロー上手だ。それに年齢も一番上だからな。経験豊富な姉ちゃんだぜ!』
いつの間にか、マヌエラの右手には、黒い武具が装着されていた。突起の多い形状であり、僕も知識としては知っている。武闘家が好んで使う、鉤爪と呼ばれるタイプの武器だった。
単純な武器ではあるが、素手でも戦える武闘家にとっては、攻撃力を格段にアップさせる優れものだ。マヌエラは今、その鉤爪をモンスター相手に叩き込み、自警団の人間は左の生の拳で殴る、というように戦い分けていた。
「シュラーク・ヴィント!」
武器の使えぬクリスタは、もちろん魔法で対処していた。
強力な攻撃魔法を駆使する彼女は、まともに戦えば、自警団の人間を深く傷つけてしまう。だから、風の魔法で吹き飛ばすことにしたらしい。
風系統の魔法は、単なる突風ではない。かまいたち現象のように、気流が巻き起こす風の刃も含まれており、威力が強ければ相手を切り裂くことも出来る魔法だった。
ただし彼女が唱えているのは、風系統でも最下級の弱風魔法。これならば、せいぜい切り傷を与えるくらいのはず。それすらも術者のイメージ次第で弱めることが出来るだろうし、あるいは「この際、切り傷程度ならば仕方がない」と考えているのかもしれない。
どちらにせよ、この場合、風系統を選ぶのは最善策。僕にもそう判断できた。
しかし。
自警団の中には、この魔法の風に耐え切って、さらに向かってくる者もいる。そういう相手に対しては……。
「ブリッツ・シュトライク!」
クリスタは、雷の魔法を放っていた。
こちらも、最も低ランクの弱雷魔法だ。以前に僕も見たように、クリスタは強雷魔法も撃てるのだが、そんなもの人間に用いたら、相手を黒焦げにしてしまうだろう。弱雷魔法だって相当な殺傷力があるはずだが、巧みにイメージして、威力をグンと弱めているはず。
しかもクリスタは、それを相手の脚だけに命中させていた。部分的に痺れさせて転ばせる、という上手いやり方だった。
このように、仲間たちが奮闘する間。
もちろん僕も、ただ彼女たちの戦いぶりを眺めていたわけではなく……。
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