「それで、ニーナちゃん、その後どうしたの?」
アルマがダイレクトに、話の続きを促す。
確かに、これでカトックが消えた経緯については理解できたが……。今の話だけでは、ニーナたちがアーベラインに来た説明にはなっていなかった。
かりに「森ダンジョンで消えたから別の森ダンジョンを探す」と考えたのだとしても、ダンジョンとなっているような――たくさんのモンスターが出没するような――森は、世界中にいくらでも存在するのだ。探索の候補地は、アーベラインに限らなかったはず。
さらに、先ほどアルマが指摘したように、そもそもこの考え方に対しては「なぜ同じ森ではなく別の森から現れると思ったのか」という疑問が生まれてしまう。
「うん。その先のことも、順を追って話すね……」
口元に小さく笑みを浮かべた、悲しげな表情で。
ニーナは、再び語り始めた。
ザルムホーファーに住んでいた当時も、カトック隊の料理担当は現在と同じで、クリスタとカーリンの二人。だから食事の時は、料理が出来るまでの間、ニーナはカトックと話をしながら待つことが多かったのだが……。
「そのカトックが消えちゃったからね。でも一人でいると、ますます気持ちが落ち込んじゃうから、その日はクリスタに言われて、私も作るのを手伝ったの」
「すごーい! ニーナちゃんも料理できるんだー!」
明るい口調で、言葉を挟むアルマ。
少しわざとらしいかな、と思いつつ、僕も何か言ってみる。
「へえ。それじゃあ、たまにはニーナの手料理も食べてみたいな……」
「やめてよ、二人とも。変な茶々入れないでね? 私はクリスタの指示通りに、野菜の皮むきとか、食べやすい大きさに切ったりとか……。ただそれだけ。火を通すのも味付けも、クリスタとカーリンに任せっきりだったんだから」
自嘲気味な笑みを浮かべてから、ニーナは話を続ける。
「だから、その日のメニューも、普通に美味しかったはずだけど……」
いざ夕食の席に着くと、あまり喉を通らなかったのだという。
四人で座っていたテーブルに、三人しかいない。その現実が、重くのしかかってきたらしい。
「そもそも私、少し勘違いしてたのよね。あの時のカトック、黒い空間に吸い込まれて、跡形もなく消えたもんだから……。消滅しちゃったんじゃないか、って思ったの」
「ああ、なるほど……」
思わず呟いてしまう僕。『消滅』という言葉を聞いて頭に浮かんできたのは、ダイゴロー光線に飲み込まれて消える、巨人ゴブリンの最期だった。
慕っていたリーダーが、あんな感じで『消滅』したと思い込んだならば……。さぞかしニーナは悲しかったに違いない。
「でもね。三人しかいない夕食の席で、クリスタが、建設的な意見を出してくれたの。あの黒い空間はワームホールだったんじゃないか、って」
『おいおい! ブラックホールの概念は存在しないくせに、ワームホールはあるのかよ!』
呆れたようなダイゴローの声が、僕の頭の中で響き渡る。
ダイゴローの世界にもあるのだろうか。ワームホールというのは……。
『二つの離れた場所を一瞬で繋ぐような、時空のトンネルだろ? でも俺の世界だと、理論に過ぎない架空の穴だけどな』
と、僕の説明を先取りするダイゴロー。
そういう理解であるならば、話が早い。
僕たちにとっても、もともとワームホールは、自然現象として実在するものではなく、概念だけの存在だった。しかし、ワームホールの理論から転移魔法が編み出された時点で「魔法として発動するということは、どこかに現象として存在していてもおかしくない」と考えられるようになっていた。
『なるほど。転移魔法が、人工的に作ったワームホールに相当する、ってことか……』
ダイゴローは納得したようなので、僕は再び、ニーナの話に意識を向ける。
「あれがワームホールだとしたら、自然発生した転移魔法に巻き込まれたようなものだからね。森の中を探してもカトックの痕跡すら見当たらない、というのは、むしろ希望に繋がったの」
消滅説の頃のニーナは、カトックの死を想定していたはず。探索中も「死体あるいは遺品の一部を発見するのではないか」と、ビクビクしていたに違いない。
そうした『一部』を見つけてしまえば、それこそ「残りは消滅した」という考えを裏付ける形になっただろうが……。見つからなかったが故に、転移説を信じる気持ちになったわけだ。
「だから、捜索範囲を広げて、改めてカトックを探すことにしたのよ!」
ニーナの顔が、パッと明るくなる。
「もしかしたら、遥か遠くに飛ばされたのかもしれないけど……。それならそれで、逆に彼の方から私たちに連絡を寄越してくれるかも、って思うよね。だからザルムホーファーの街に留まったまま、焦らず慌てずカトックを探そう。それがクリスタの提案だった」
聞いているだけで、クリスタの穏やかな笑顔が目に浮かぶ。落ち込んでいる者を慰めるのは、彼女の十八番だろう。
「それでね。次の日から……」
モンスター・ハンティングに出かける頻度を減らして。
街の人々や冒険者たちに、カトックを見かけなかったか、聞いて回ったのだという。もちろん有名人ではないから、『カトック』という個人名で探すのではなく、彼の背格好や装備などで説明したようだが……。
カトックの行方を知る者は、誰一人として現れなかった。
「やっぱり転移先は遠い遠い場所なんだろうな、って思ったよ。だったらクリスタの言う通り、私たちが動き回るより、カトックからの連絡を待つ方が早いんじゃないか、って」
毎日のようにカトック探しを続けるのではなく、そちらは週に一日か二日。残りの日々は冒険者らしく、またダンジョンに通うようになった。
探し方そのものも、少し変更。遠くへ飛ばされたという前提で、別の街から来た旅人や、新しくザルムホーファーに移ってきた冒険者から、話を聞くようにしたそうだ。
「でも、いくら待っても、カトックからの便りはなくてね……」
ニーナの表情が、また暗くなる。
「ザルムホーファーに私たちがいるって知ってるはずなのに、連絡してこない。それって、つまり、連絡できないような事情がある、ってことだよね? 大怪我とか意識不明とか、心配したんだけど……」
「だったら、ニーナちゃん。マヌエラちゃんの言ってた記憶喪失の話、むしろ朗報だね!」
「うん、そうだね」
アルマの明るい口調に釣られたように、ニーナは笑顔を取り戻していた。
なるほど、普通に考えれば、尋ね人が記憶喪失というのは困った話だ。でも想定していた『大怪我とか意識不明とか』に比べたら、無事だっただけでも喜べるのだろう。
『それだけじゃないぜ、バルトルト。その前に、記憶喪失ならば連絡できなかった説明になるんで、事情が合致するだろ。マヌエラの言ってたカトックと、ニーナたちの探してるカトックは同一人物。そういう状況証拠が、また一つ増えたわけだ』
と、ダイゴローが指摘する。
そう考えると、ニーナにとっては、確かに大きな『朗報』だったに違いない。
「それはそれとして……。話を戻すね」
希望が見えてきた現状を、改めて実感したのだろう。再びザルムホーファー時代を語り始めても、ニーナの表情に、もう暗い影は見られなかった。
「カトックが消息不明なまま、一ヶ月以上が過ぎた頃。ついに、手がかりが得られたの!」
馬車で旅をしている商人からの情報だった。東の方で、それらしき人物について聞いたことがある、という話だ。森で活躍しているソロ冒険者の噂だという。
「その行商人、カトックという名前までは覚えていなかったけど……。でも『そんな感じの名前だった気がする』と言ってくれたし、カトックの背格好とか装備とかを私たちが説明したら『たぶんその人だろう』って……」
かなり曖昧な話ではあったが。
ニーナたちは三人で相談して、この情報に賭けてみよう、と決めたそうだ。
「『森で』ってところが、一つのポイントだったのよね。ならば、あのワームホールは森と森を繋ぐものだったのかもしれない、ってクリスタは考察したの」
「ようやくわかったよ、ニーナちゃん! だから同じ森ではなく別の森なんだね!」
「うん、そういうこと。もしかしたらカトックは、また同じワームホールが発生すると信じて、それを使って戻ってくるつもりで、向こう側の森で頑張ってるんじゃないか……。その時は、そんなふうに想像したわ」
その商人の話によれば、問題の森は、アーベラインという街の近くに存在するという。
「カトックがアーベラインの森で、ワームホールの発生を待ち続けてるのだとしたら……。いっそのこと、私たちがアーベラインまで旅した方が早いんじゃないか。私は、そう思ったの!」
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