「さっきは言いそびれたけど……」
泉の異変について証言した冒険者たちの名前や連絡先など、ベッセル男爵からのリストに記載された情報によると。
ほとんどは『赤天井』の冒険者寮に住んでいるが、それこそカトック隊のように、自分たちで住まいを借りて街で暮らす者も含まれていたらしい。後者に関しては、大通りの露店を回った帰りに立ち寄って、すでに聞き込みを済ませているのだという。
「だから、ここの二階と三階で聞いて回った時点で、リストの証言者の確認は終わり。でも、新しい情報は得られなかったわ」
結局のところ、ベッセル男爵邸で聞いた内容の繰り返し。泉の状態は日々変化しており、少しずつ悪化してきた、という話を改めて聞かされただけだった。
「……というわけで、こっちの話は、これでおしまい。今度はクリスタたちの方を聞かせてよ。『収穫はあった』と言ったわね?」
「ええ。驚かないで聞いてね。泉で怪しげなことをしていた怪人物というのは……」
ニーナに促されて、クリスタが語り始める。
話を聞いて、二人がどんな態度を示すのか。興味があって、僕はニーナとアルマに注目した。
「早起き鳥! 私も見てみたーい!」
本題とは違う部分に反応するアルマ。
一方ニーナは、いかにもリーダーらしく、真剣に考え込む表情を見せていた。
「顔のない怪人、か……」
「ええ。あなたはどう思う?」
「モンスター……なのかな? 首なし騎士みたいな?」
クリスタの問いかけに、ニーナは疑問混じりで答えてみせた。「じゃあ、決まり!」という決定口調が多い彼女にしては、少し珍しい態度だろう。それほど『顔のない怪人』が不可解な存在である、という証だった。
……と、僕は納得したのだが。
僕の頭の中では、ダイゴローが納得なんて出来ないようで、喚き立てている。
『おい、バルトルト! 話が違うじゃねえか。モンスターも生き物だ、人型モンスターなら顔があるのは当然だ、って言ってたよな? 名前に「騎士」って入ってるくらいだから、首なし騎士は人型だろ?』
それとこれとは、それこそ話が違う。ニーナの言う『首なし騎士』というのはアンデッド系モンスターであり、もう『アンデッド系』という時点で、生き物ではない。怪談に出てくるお化け――例えばのっぺらぼうのような――と同じで、実在するはずのない、空想上のモンスターだった。
少なくとも、冒険者学院では、そう終わったのだが……。
ニーナが話の引き合いに出すということは、実は存在しているモンスターなのだろうか。クリスタが女性武闘家の話を信じたのも、首なし騎士の例があるからなのだろうか。
弱いゴブリンばかりのはずの『回復の森』で巨人ゴブリンが出てきたり、それと似ているが見たこともないタイプ――とりあえず勝手に『メカ巨人ゴブリン』と呼んでいるモンスター――が現れたり……。最近、冒険者としての自分の常識を揺るがす事態が立て続けに起こっているので、なんだか自信がなくなってきた。
『おいおい、しっかりしてくれよ。そんなんじゃ困るぞ。この世界の「常識」を俺に叩き込んでくれるのは、相棒のお前だけなんだからな?』
とはいえ『自信がなくなってきた』のは、僕だけではないのかもしれない。
ニーナは、まるで自分の発言を否定するかのように、頭を横に振っていた。
「だけど見たのは木々の隙間からで、しかも遠目だったのよね? じゃあ、見間違いの可能性も高いのかな……」
「黒いフードですものね。その影になったら、顔が真っ暗に見えるのも当然でしょう」
と、ニーナの言い分を認めるクリスタ。
女性武闘家に対しては「信じる」と言っていたが、あの場の方便に過ぎなかったのだろうか。
……という僕の疑問は、すぐに打ち消された。
「でもね、ニーナ。ほら、私たちだって、おかしなモンスターに遭遇したでしょう? 私たちのは、首なし騎士ほどじゃなかったけど……」
僕も思い浮かべたばかりの、メカ巨人ゴブリンだ。
「うん、あの巨人ゴブリン。金属板を肌に縫い付けてた感じで、普通じゃなかったね」
頷いたニーナは、僕とカーリンに目を向ける。
「二人の意見は? その女の人の話を聞いた時、どう感じた? 直接の印象、教えて」
「冒険者たるもの、狭い常識に囚われるべきではない。それが、俺の意見だ」
カーリンは、持って回った言い方をする。
対照的に、僕は素直な感想を口にした。
「判断できないよ。まだ冒険者としては経験不足だから」
とはいえ、これでは、回答を放棄しているようなものだ。そう思われるのも嫌だから、もう少しだけ言葉を加える。
「……でも、頭ごなしに否定するつもりはないかな。ほら、びっくりするほど斬新な出来事に遭遇するのも、冒険の醍醐味だよね。新種のモンスターも、その一種かもしれない」
僕たちの言葉を聞いて、ニーナも考えを固めたらしい。
「わかった。他に手がかりないもんね。それじゃ、決まり! 明日は朝早くから『回復の森』に入って、その黒い怪人を捕まえよう!」
それから僕たちは、カトック隊の家に帰って夕食。
「時間がないから、メニューは簡単なものになるけど、勘弁してね」
とクリスタが宣言した通り、鶏肉入り野菜炒めとコンソメスープという、ヘルシーなメニューだった。
カトック隊にしては少食に思えるが……。明日のために早く寝なければならないこと、また、ニーナとアルマは聞き込みがてら屋台でそれなりに食べていたこと。それらを考え合わせれば、これくらいでちょうど良かったのかもしれない。
そして、翌朝。
まだ夜が明ける前に、『回復の森』へ向けて出発だ。
こんな時間から食事の支度や後片付けをするのは大変なので、朝食も昼食同様、泉に着いてから携帯食で軽く済まそう、という話だったが……。
「えー? 何も食べずに行くのは、体に良くないよー! だって森ダンジョンへ入るんでしょ? エネルギー不足じゃ、モンスターに負けちゃう!」
とアルマが言い張り、他の者たちも「一理ある」と再考。少しだけ計画変更して、果物とミルクだけ胃に収めてから、出かけることになった。
シーンと静まり返った街中を抜けて、森に至る草原地帯を進む。
少しずつ空も明るくなってきたが、まだまだ視界は悪い。いつもと違って、あまり遠くまで見渡せないので、少し緊張したけれど……。
モンスターたちも寝ているのだろうか。一度も遭遇することなく、『回復の森』に辿り着く。
「さあ、森へ入るよ! みんな、気をつけてね!」
前を行くニーナが振り返り、注意を喚起した。昼間でも薄暗い森なのだから、この時間帯に突入するのは、カトック隊のような経験ある冒険者パーティーにとっても、不慣れな探検になるらしい。
カーリンやクリスタはもちろんのこと、能天気なくらいに明るい態度が標準のアルマでさえ、とても真剣な表情をしているように見えた。
「いつもよりもっと、周囲を警戒してね」
「任せて、ニーナちゃん」
テイマーであるアルマが真っ先にモンスターを発見する、というのが、通常のカトック隊の布陣だ。リーダーであるニーナも前衛にいる以上、普通ならば、アルマと一緒に気を配るのだろうが……。
今日のニーナは、女性武闘家に書いてもらった地図を手にしている。道を間違えないための案内役だから、そちらに専念したいのだろう。
後列にいる僕たち三人も、もちろん周りに注意を向けていたが……。
「あっ、あれ!」
少し進んだところで声を上げたのは、やはりアルマだった。
他の四人は動きを止めて、彼女が指差す方向へ、一斉に視線を向けた。
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