「それでバルトルトくん、本当はどう思ってるの? 私と同じじゃないのかな、って言っちゃったけど」
歩きながらの会話は続く。
アルマとしては、少し話題を戻したつもりだったかもしれないが、僕は最初、質問の意味がわからなかった。
「これから魔族のアジトに乗り込む、って話かい? それなら、今も言ったように……」
「そうじゃなくてね」
アルマは首を横に振って、僕の言葉を遮る。
「今回のクラナッハ村の話じゃなくて、これから先のこと。もしかしてバルトルトくん、ニーナちゃんたちのカトックくん探しに、あんまり乗り気じゃないのかなー?」
「いや、そんな気持ちはないよ。ニーナがカトックとの再会を心から望んでいるのはわかるし、それは僕も応援したいから」
「うん、応援したいのは私も同じ。でも、手がかりを得るために魔族から情報を、ってところ。そこはどうなのかな、って思ったの」
こうしてアルマと話をしてみると、彼女がカトック探しそのものには反対していないものの、魔族と関わる危険性を強く感じている、というのが伝わってくる。ある意味、カトック隊の中で一番の慎重派だと言っていいかもしれない。
そして僕は僕で、つい今しがた「魔族のアジトに乗り込むのは、カトック隊みんなで行くとしても怖いかも」と口にしたわけだ。ならば僕もアルマと似たようなスタンスなのではないか、と彼女は想像したらしい。
「ああ、それについては……」
どう答えるべきか、少し考えてしまう。
そもそも。
魔族を怖がる気持ちがあるのは嘘ではないけれど、それほど強い気持ちではなかった。
いざとなれば転生戦士ダイゴローに変身すればいい、と思ってしまうのだろう。一種の甘えかもしれない。
『いいじゃねえか。せっかくの変身能力なんだし、魔族相手ならドンドン使えよ』
相棒のダイゴローがそう言ってくれるのは、僕にとっては心強い。
アルマだって今回、転生戦士ダイゴローの助太刀を計算に入れているくらいだ。ただし彼女の場合、それが今回に限った話ではなく今後も期待できる、とまでは知らないのだけれど。
『仕方ないぜ、正体は言えないんだから……。でも幸い「ダイゴローも魔族を追っている」って解釈になってるから、今後いつ出てきても不自然じゃないんだろ?』
もちろん僕も理解している。
ただ、今こうしてアルマと歩きながら話す中で、二人きりだからこそ腹を割った話が出来ている、という感覚があるのだ。せっかくだから、可能な限り正直に話してみたい、と思ってしまうのだった。
そう、可能な限り。
ならば……。
「……うん。さっきは魔族を怖がるみたいなこと言っちゃったけど、実は、魔族と戦いたい気持ちもあるんだ」
「えー。バルトルトくん、そんなこと思ってたのー? 意外だー」
驚きの表情を浮かべると同時に、アルマは目を輝かせている。
「怖いもの見たさってやつ?」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、バルトルトくんもカーリンちゃんみたいに、強い敵と戦いたいの? 男の子の本能?」
先ほどの「怖いもの見たさ」と比べたら理解しやすいが、これはこれで言い方に問題あるだろう。「カーリンちゃんみたいに」と言っておきながら、それを男の本能として説明するのは、女性であるカーリンに失礼ではないか。
でも、その点は敢えて指摘せず、他の部分で素直に答える。
「それも違うなあ。笑わないで聞いて欲しいんだけど……。もともと僕が冒険者になったのは、悪いモンスターを一匹でも多く駆逐して、少しでも世界を平和にするためなんだ」
なんだか恥ずかしくなって、自然に声が小さくなった。
「それで、魔族が実在するとわかった以上は、魔族こそが悪いモンスター以上の悪いやつだからね。だったら倒さないと、って気持ちかな」
僕自身が、すっかり忘れていた初心。ダイゴローのおかげで思い出した気持ちであり、僕とダイゴローの「いつの日か魔王を倒してみたい」という最終目標に繋がる話だった。
ただし魔王云々は変身能力があるからこそ考えられる望みであり、一人の冒険者としては、間違っても口に出来ない。だから「魔族を倒す!」くらいまでが、正直に言える限界だった。
『正直に言えるけど、言うのは恥ずかしい、ってやつか。「世界平和のため!」なんて口にするのは、そりゃあ照れるよなあ』
心の中ではダイゴローが揶揄するし、目の前ではアルマがニヤニヤ笑いを浮かべていた。
「おもしろーい! ダイゴローくん、そんな大きなこと考えてたんだー。じゃあ、もっと強くならないとねー」
「うん、そうだね。今の僕の実力では、ちょっと大言壮語だよね……」
「目標を高く持つのは、いいことだよー。がんばろうね、バルトルトくん!」
珍しいものを見た、という目で、僕を面白がるアルマ。
そんな彼女から視線を逸らして、遠くを見つめると……。
ようやく、出発地点である広場が視界に入った。
ドライシュターン隊の残り二人、赤髪の戦士と紺色ローブの魔法士は、既にいなくなっていた。二人を乗せてきた荷馬車も、御者台に座っていたオーラフやデニスごと、姿を消していた。
残っているのは、ニーナ、クリスタ、カーリンの三人と、通行人のみ。広場を歩く村人たちは、表情も態度も、平和そのものに見える。ここで冒険者パーティー同士の激突があったことなど、まるで嘘のように穏やかな光景だが……。
あの戦いが嘘ではなかった証拠に。
カーリンが傷ついた姿で、広場の石畳に座り込んでいるのだった。
『あの浅黒肌の武闘家にやられたとはいえ、思ったよりは元気そうだな。良かったじゃねえか』
もしかするとダイゴローは、彼女のことを僕以上に心配していたのかもしれない。
広場に近づくにつれて、三人の様子も、さらにハッキリ見えてきた。
石畳の上に直に腰を下ろしているカーリンは、いわゆる女の子座りではなく、胡坐をかいた状態。男性的なポーズだが、むしろカーリンには似合っているように思えた。
両手を膝の上に置き、顔には不満の色が浮かんでいる。戦いが大好きな彼女にしてみれば、一対一で負けたことが悔しいのだろう。
そのカーリンに対して、
「ほら、おとなしくしていてね」
半ば身を屈めるようにして、クリスタが手をかざしていた。回復魔法で怪我を治している最中らしい。
そんな二人の様子を、ニーナが心配そうに見守っていた。治療となると彼女の出番はなく、手持ち無沙汰だったようだ。その分、周りがよく見えており、僕たちの接近に真っ先に気づいたのはニーナだった。
「あっ、戻ってきた!」
「あら、本当ね」
クリスタも顔を上げる。
カーリンは目だけをこちらへ向けて、無言で小さく頷いた。
「ただいまー!」
明るく元気に駆け寄っていくアルマと、軽く手を振りながら続く僕。
僕たちの態度を見て、ニーナが笑顔を浮かべる。
「その感じだと、大丈夫そうだね」
「うん! ギギちゃん、一人でお家へ帰っていったよー!」
「ニーナたちの方は大変そうだね。どうだった?」
問いただすつもりはないが、僕は一応、尋ねてみた。
するとニーナが、簡単に事情を説明してくれる。
「まあね。三対三だから、何とかなると思ったんだけど……」
戦力が均衡していたのは、序盤の攻防のみ。カーリンが武闘家に打ちのめされた後は、その武闘家を止められなかったという。ニーナもクリスタも、それぞれ戦士と魔法士の相手をするだけで手一杯だったのだ。
「私とあっちのリーダーは、どっちが優勢ということもなく、ずっと戦い続けて……。結局、痛み分けって感じかな。クリスタと向こうの魔法士も、互いに魔力が空っぽになるまで、魔法の撃ち合いだったみたい」
「それで、向こうは退いてくれたのか」
「うん。まあ、あっちにしてみれば、少なくとも武闘家一人は送り込めたからね。ゴブリン一匹始末するには十分、って判断したみたいだよ」
話を聞き終わった僕は、改めてクリスタとカーリンの方に目を向ける。
ニーナが赤髪の戦士と、クリスタが紺色ローブの魔法士と戦っている間、カーリンは加勢できなかったようだから、完全に倒れていたに違いない。だが今は、それほどボロボロには見えないのだから、クリスタの回復魔法の効果なのだろう。戦いで魔力が空に近い状態なのに、クリスタはさらに頑張ってくれたのだ。
「でもニーナちゃん、こっちはこっちで大変だったんだよー。バルトルトくん、あんまり役に立たなくて……」
今度は、こちらの事情をアルマが語る番だった。
いきなり「あんまり役に立たなくて」と言われて、僕は肩身が狭くなる。クリスタに申し訳ない、と思ったのだ。アルマとゴブリンの警護を僕に託して、期待して送り出してくれたのだから。
彼女の顔色を窺うような、卑屈な思いでクリスタの方を見ると……。
アルマが説明し終わったところで、クリスタは微笑みを浮かべて、意外な言葉を放つのだった。
「あらあら。役に立たないどころか、十分な働きを見せてくれたじゃないの。今の話だと、もしもバルトルトがいなかったら、アルマとギギちゃん、あの武闘家に捕まっていたのよね?」
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