『ちょっ! おい!』
僕は、また森の緑に囲まれていた。
戻ってきて最初に頭の中で鳴り響いたのが、ダイゴローのツッコミだ。
『ダイゴローは俺自身の個人名だ! ヒーローの名前じゃねえ!』
「え? でもダイゴローの能力でヒーローバージョンに変身するのだから、そう叫ぶのが妥当ではないかと……」
先ほどの彼の発言の中には転生戦士という単語もあったから、そういう肩書きだと思って『転生戦士ダイゴロー』と繋げてみたのだけれど。
何か問題あったのだろうか?
『ああ、もう! だったら、それでいいや! いいから、今は敵に集中しろ!』
そうだった。
確かに、目の前の巨人ゴブリンは、既に立ち上がっていたのだが……。
「……あれ?」
なぜか、以前よりも小さく見えていた。
『当たり前だ。お前自身が、大きくなってるからな』
言われて気づいたが、巨人ゴブリンだけではない。森の木々も少しスケールダウンした感じだ。なるほど、僕自身のサイズが変わったのだ!
『変身によって、筋肉や骨格が盛り上がってるだろ? だから体も、ひと回りかふた回りくらい大きくなるのさ』
鏡がないから完全には確認できないが、わずかに視線を落とせば、自分の姿が部分的に見えてくる。
薄茶色の皮鎧という装備だったはずなのに、今の僕は、ぴったりと体にフィットした全身スーツを着込んだ状態。赤と青と銀の三色からなる、明らかに異様なスーツだ。
こんなものに包まれているのであれば、それだけで正体を隠すには十分なのでは……?
『いや、鏡がないからわからんだろうが、顔の部分は剥き出しで、元通りの肌色だぞ。目鼻立ちも変わってないからな。髪の色は変化したが、それくらいじゃ十分じゃないだろ?』
と、僕の思考を読むダイゴロー。
ならば、確かにアイマスク装着が必須なわけだ。
『ちなみに、アイマスクは今、顔に張り付いている』
ああ、変身アイテムというのは、そういう意味なのか。変身後は肉体と一体化するらしい。
『おう、アイマスクは顔の一部です、ってやつだ。激しく動いても落ちる心配はないから、安心して戦え!』
そう、目の前には敵がいるのだ。
いつもの習慣で、腰からショートソードを引き抜こうとしたが……。
剣がない!
皮鎧が消えて全身スーツになった時点で、そこにぶら下げていた武器も消えているのだ!
『体術と魔法で戦え!』
いやいや、体術と言われても困る。僕は武闘家ではないのだから!
それに、魔法剣士とはいえ、魔法も未熟で……。
『おい、何のための変身だ? 体力も魔力も、大幅にパワーアップしてるに決まってるだろ! 魔法なんて、呪文も要らず、意識するだけでいい! 魔法の発動以前に、魔力そのものを武器に出来るはずだ!』
ちなみに、こうしたダイゴローとのやりとりは、あくまでも同じ肉体に宿る精神体との話し合い。脳内会話だから、普通に話をするのとは違って、瞬時に行われるものだったが……。
それでも、アドバイスはギリギリのタイミングだったらしい。
巨人ゴブリンが、一度ザザッと大地を蹴ってから、僕を目掛けて突進してきたのだ!
こうなると、呪文詠唱の時間も惜しい。悠長に話をしていたくせに、と言われるかもしれないけれど。
とにかく、ダイゴローの言葉を信じて、
「えいっ!」
僕は弱炎魔法をイメージしながら、右手を前に突き出してみた。
すると飛び出したのが、大きな炎の球。
「えっ? これは……!」
そもそも僕の魔法は普通の人より弱めだったはずなのに、むしろこれ、弱炎魔法ではなく強炎魔法、いや超炎魔法の威力じゃないか!
「グワッ?」
直撃を食らった巨人ゴブリンは、押し飛ばされるようにして、少し後退り。
一瞬だけ、体をかがめるような姿勢になったのは、ダメージを受けて痛がっていたからだろうか。胸から腹部にかけて広範囲に渡り、緑色の体毛は焼け焦げて、地肌も火傷で爛れている。
それでも。
「ガーッ!」
雄叫びと共に、威嚇するように棍棒を振り回しながら、再び向かってくる巨人ゴブリン。
「えいっ! えいっ!」
僕は弱炎魔法の連打で、その突進を押し止めていたが……。
あくまでも、足止め程度の効果しかなかった。これでは、巨人ゴブリンを倒すことは出来ない!
ここで再び、頭の中に鳴り響く声。
『なあバルトルト、お前、なんでさっきから弱炎ばかりイメージしてるんだ?』
それはもちろん、僕が発動できる魔法は、せいぜい弱炎魔法くらいだから……。
『いやいや。変身状態の今なら、もっと使えるはずだぞ?』
……え?
それならそうと、先に言って欲しかった!
『言ったつもりだったんだがなあ。ほら、色々とアップしてる、とか、意識するだけでいい、とか……』
ダイゴローの呆れ声を聞き流しながら、今までと同じように、僕は右手を前に突き出した。
ただし、
「ええいっ!」
イメージとしては、今度は超炎魔法を思い浮かべて!
放たれたのは、今まで見たことがないレベルの巨大な火球。人間の体より大きいサイズだった。
当然、モンスターに与えるダメージも、先ほどとは桁違いで……。
「グエエッ!」
巨人ゴブリンは、炎に包まれて絶叫する。握力を失ったらしく、凶悪な棍棒も取り落としていた。
「おおっ!」
勝った、と思った僕の口からは、歓喜の声が漏れる。
しかし。
巨人ゴブリンは手脚をバタバタと振り回し、その勢いで、炎を消し止めようとしていた。
その甲斐あって、やがて鎮火。残ったのは……。
全身が真っ黒に焦げて、ぷすぷすと煙を上げながらも、二本の脚でしっかりと立っている巨人ゴブリン。
僕を睨みつける瞳は怒りに燃えており、まだまだ生命力に満ち溢れていた。
「ひっ!」
『おい、お前がビビってどうする……』
思わず上げた僕の声に、ダイゴローがツッコミを入れる間にも。
怒り狂った巨人ゴブリンは、今まで以上の勢いで、こちらに突進してきた。
魔法をイメージして迎撃する間もなく、僕は咄嗟にジャンプしてかわそうとしたが……。
「……え?」
今日これで何度目だろう。またもや驚愕する。
いや、回避そのものは成功したのだ。それは良いとして、僕が驚いたのは、自身の跳躍力だった。
まるで空を飛んでいるかのように、モンスターの遥か頭上、空中にいたのだから!
見下ろせば、僕を見失った巨人ゴブリンが、キョロキョロと左右に首を振っている。
『言ったろ。体力もアップするから、体術で戦える、って』
ああ、そういう意味だったのか。
もちろん、本当に飛んでいるわけではなく、あくまでも跳んだだけ。だから、最高点まで達した後は、自由落下するだけ。
でも、この勢いは活かせる!
僕は加速しながら、全体重を乗せて、蹴りを叩き込んだ!
「急降下キック!」
ちょうど巨人ゴブリンは、ようやく僕を見つけて、上を向こうとするところだった。
僕のキックが炸裂したのは、その眉間。
「ギッ……!」
悲鳴すら途中で飲み込むほどの、強烈な痛みだったのだろう。巨人ゴブリンは、苦痛に悶えて倒れこみ、地面を転がり回るしかなかった。
『今だ、バルトルト! 止めを刺せ!』
止めを刺す、という言葉で思い出すのは、少し前の、エグモント団における失敗。
でも、もうあの時とは違う。今の僕ならば……。
『そうだ! 今のお前は、転生戦士ダイゴローだ! だから今ならば可能なはず。いいか、よく聞け! おそらくお前にとって、最大の必殺技は……』
僕を励ますような言葉に続いて、さらにアドバイスまでくれるダイゴロー。
「うん、わかった!」
それを受け入れた僕は……。
右腕に炎、左腕に氷の魔力をイメージしながら。
二本の腕を、バツ字状に交差させた!
かつて冒険者学院で、魔法についての講義に、こんな話があった。
熱いガラスをすぐに冷やすと割れるのは、誰でも知っている常識だろう。急激な温度変化によって、一つの物体の中で温度分布に歪みが生じるからであり、似たような現象は、ガラス製の器具でなくても起こり得る。
自然現象では熱すると同時に冷やすことは出来ないが、もしも同時に行えたら、この『歪み』は最大になるはず。魔法でも通常、炎系統と氷系統は打ち消し合うものだが、伝説に残るレベルの魔法士ならば、その二つの攻撃力を相殺しないように保ちつつ、両極端の魔法を同時にぶつけることで、極大の破壊力を発揮できるかもしれない……。
僕の理解がどれほど正しいのか、少し自信はないが。
とにかく、そんな感じの理論だった。
一応は魔法が使える、というレベルの僕には、無縁の話だったけれど……。
転生戦士ダイゴローとなった今ならば! 魔力そのものを放出できる今ならば!
「ダイゴロー光線!」
無意識のうちに、そんなセリフが口から飛び出していた。
ダイゴローが『最大の必殺技』と言っていたからだ。ならば名称が必要、という気持ちによる発言だった。
交差する僕の腕から放たれたのは、両腕の魔力が一つに合わさった、青白い光線。それは渦を巻きながら、光のドリルとなって、巨人ゴブリンへと向かっていく!
「ギエエエエエ!」
巨人ゴブリンの絶叫。
破壊的な魔力に飲み込まれたモンスターは、粉々に砕けて、塵と化したように見えた後……。
跡形もなく消滅した。
「……」
終わった、とか、勝った、とかの声も出ない。
戦闘後の、心地よい疲労感に包まれながら……。
必殺技の構えを解いた僕は、そのまま少しの間、何も言えずに立ち尽くすばかりだった。
(挿絵として用いた画像は、それ用に上下の余白をカットしたものなので、こちらに未カット版も掲載します。変身前後の身長差が反映されています)
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