ガサゴソと音を立てて、左右の茂みから一匹ずつ、ゴブリンが飛び出してきた。鎧衣ゴブリンでも槍ゴブリンでもない、ただの最下級のゴブリンだ。
二匹が両手を広げて並ぶだけで、僕たちの進路は塞がれてしまう。それくらいの横幅しかない、細い小道だった。
とはいえ、カトック隊にとっては、最下級のゴブリン二匹なんて、一瞬で片付けられる程度の雑魚に過ぎないわけで……。
そう思ってしまった僕は、ニーナの言葉に驚かされる。
「ここは魔法剣士二人がメインで! 他の者はサポートに回って!」
僕とカーリンで一匹ずつ倒す。それがリーダーの指示だったのだ!
『新調したショートソードの使い勝手を見せてみろ、ってことだろ?』
ニーナの意図を解説するダイゴロー。さすがに、僕を馬鹿にし過ぎではないだろうか。それくらい、言われなくてもわかる。
『おお、そうかい。それじゃ、お手並み拝見だ』
ダイゴローが僕をからかう間に。
「ヴェルフェン・アイス!」
弱氷魔法を唱えたカーリンが、槍に冷気を込めて、左側のゴブリンに斬りかかっていく。
僕は右のゴブリンへ向かいながら、彼女を真似て、弱炎魔法を詠唱した。
「ファブレノン・ファイア!」
ゴブリンを狙った火炎弾ではなく、魔法剣を試みたのだ。
すると。
刃の先端に火が灯る!
『おおっ!』
僕の喜びを代弁するダイゴロー。
しかし刀身全体に行き渡る前に、炎はシュッと消えてしまった。
残念。
でも落ち込んではいられない。
両手で勢いよく、ショートソードを振り下ろした。
「えいっ!」
「ギギ……!」
小さなナイフを頭上に掲げて、受け止めようとするゴブリン。これに対して、僕は途中で左手だけに力を入れて、微妙に斬撃の角度をずらす形になった。意識した行動というより、体が咄嗟に反応した、という感じだ。
「ギェッ?」
驚愕によるものか、あるいは苦痛か。悲鳴を上げるゴブリンは、握ったナイフごと、右手を手首から斬り落とされていた。
しかも僕の剣は止まらず、その勢いのまま、モンスターの頭に食い込んで……。
頭蓋骨をカチ割られたゴブリンは、叫ぶ暇もなく、あっけなく絶命するのだった。
「ふうっ……」
一息ついた僕の耳に、後ろからの声が聞こえてくる。
「バルトルトくん、がんばったー!」
「今回は、援護の必要もなかったね」
振り返ると、アルマとニーナの明るい顔。特にアルマは、ニコニコというよりニヤニヤといった感じの表情だ。
さらに、
「魔法剣は、まだ無理だったみたいだけど……。それについては、後で修行かしら?」
「うむ。剣術のセンスには、わずかではあるが、上達が見られたかもしれん」
と言ってくれる、クリスタとカーリン。
カーリンは言葉に加えて、僕の背中をポンと叩いた。彼女なりの、労いのアクションだったのだろう。
『よかったな、バルトルト。褒められたようだぞ』
急に剣技がアップするはずもないが、目に見えない形で、日々の経験が反映されているに違いない。特に、転生戦士ダイゴローに変身して凶悪なモンスターを相手にした戦闘経験。数量的な経験値ではなく、質的な意味で、これが大きいのだと思う。
また、転生戦士ダイゴローについて考慮するのであれば。
変身状態では、拳に炎や氷を纏わせることが出来たのだ。だから素の状態でも、同じ要領でショートソードに炎を込められるのではないか。そんな淡い期待もあって、今回、魔法剣を試したのだが……。
そこまで現実は甘くなかったようだ。
カトック隊の女の子たちは、本当にタフだと思う。
朝早くから『回復の森』に入ったにもかかわらず、結局、夕方まで森の中でモンスター・ハンティングを続ける形になった。
いつも通り、ゴブリン系やウィスプ系。鎧衣ゴブリンや緑ウィスプが混じることはあっても、それより上級のモンスターは現れず、基本は最下級のゴブリンや青ウィスプばかりだった。
メカ巨人ゴブリンのような怪物と遭遇することもなく、目当ての黒ローブの怪人を見かけることもなく……。
「そろそろ、終わりにしようか」
リーダーの合図で、この日の冒険は幕を閉じた。
翌日も、基本的には同じだった。
少し違うのは、
「バルトルトくん、朝だよー!」
起床時間になっても僕は目覚めず、アルマに叩き起こされたこと。それだけ疲労が激しく、深々と眠り込んでいたという証だった。
そして『回復の森』では、泉を見張っていても、誰も現れなかったこと。黒い怪人だけでなく、エグモント団の四人も出てこなかったのだ。
最初の日は、彼らの出現を機に、見張りを終わらせたわけだが……。
二日目は結局、全部で六時間くらい粘ることになった。
アルマとコンビで周囲の警戒という役割を、四人全員が一時間ずつ。さらに僕とクリスタが二度目のターンを済ませたところで、
「つまんなーい! もう今日も諦めようよ、ニーナちゃん!」
とアルマが騒ぎ出し、他の者たちも同意。
それから、やはり夕方まで『回復の森』を徘徊して、ゴブリンやウィスプを狩って過ごすのだった。
「あと二、三日くらい、続けてみようか。それでもダメなら、方針変更!」
ニーナの決断に従って、泉の張り込み三日目。
ちなみに、やはりグッスリ眠り込んだものの、早くも現状に肉体が順応してくれたらしい。今朝は起こされることなく、一人で自然に目が覚めた。
昨日は少し体が怠いと感じながら『回復の森』へ入ったが、今日は大丈夫。スッキリ清々しい気分だ。深緑の森を朝から歩くのは心地よい、とすら思える。
「昨日とは違って元気そうね」
隣のクリスタから、そう言われるくらいだった。
「ははは……。すっかりお見通しですね」
「うむ。そもそも昨日は、剣のキレも悪かったからな」
と、反対側のカーリンにも言われてしまう。
『当たり前だろ。雑魚のゴブリン相手でも、かなり手こずってたじゃないか。ニーナの斧に助けてもらったり、クリスタの魔法で援護してもらったり……』
まるで追い討ちをかけるような、ダイゴローの言葉。
『いや、そんなつもりじゃねえよ。ただ事実を言ってるまでだ。バルトルトが思ってる以上に、昨日は疲労感いっぱいだったんだぞ? メカ巨人ゴブリンみたいなバケモノが現れたらどうしよう、ちゃんと変身できるんだろうか、って心配になったくらいだ』
おいおい……。
あまりに大袈裟な物言いに、絶句したくなる。そこまで言うのであれば、今日になってからではなく、昨日その時に指摘してほしかったが……。
『言えるわけねえだろ。肉体的に弱ってるお前を、さらに精神的にも弱気にさせたら、それこそ大ピンチじゃねえか。気力だけでも保ってもらわないと困る。そう思って、みんなも黙ってサポートしてくれたんだろ?』
ああ、そういうことか。
ならば。
「昨日はご迷惑をおかけしました。その分、今日はがんばります」
歩きながら、カトック隊のみんなに対して頭を下げる。
「あら、いいのよ。昨日は昨日、今日は今日だから」
優しい言葉をかけてくれるクリスタ。
続いて、前を歩くニーナも振り返り、
「調子の悪い時くらい、誰にでもあるからね。そういう時はお互い様。でも……」
まるで悪戯を思いついた子供のように、笑みを浮かべる。
「『昨日の分もがんばる!』って宣言するなら、今日は一人で戦ってもらおうかな? リーダー命令として」
「いやいや、ニーナ、冗談は止めてよ。僕の『がんばる』は、出来る範囲内で『がんばる』って話に過ぎないからね?」
早朝探検も三日目ともなれば、この時間帯はモンスターも寝ているから比較的安全に森ダンジョンを進める、と体感できていた。だからといって油断したわけではないが、僕たちは軽口を交えながら、泉へ向かって足を進めるのだった。
その先に何が待っているのか、想像もしないまま……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!