「あら、わかるのね」
「当たり前だ」
クリスタとカーリンの会話は、前を歩く二人――アルマとニーナ――には聞こえない程度の、ごく小さな声で行われていた。
しかし。
二人に挟まれている形なので、もちろん僕の耳には入ってくるわけで……。
キョロキョロと左右の二人を見比べながら、つい聞き返してしまった。
「魔族関連って、どういう意味です?」
「魔族探しだ」
「馬車の中で話したでしょう? カトック捜索のための手がかりよ」
端的すぎるカーリンの回答を、クリスタが補足する。
「ああ、なるほど」
と、僕も理解して頷いた。
アーベントロートからブロホヴィッツまでの車中で、そんな会話があったのを思い出す。
カトック隊が――特にニーナが――探しているカトックは、一時期、魔族に捕らえられていた。逃げ出した彼を今でも魔族が追いかけているとは限らないが、少なくとも一度は確保していたのだから、何らかの関わりがあるはず。魔族ならばカトックのことを何か知っているかもしれない、という理屈だった。
「つまり、魔族を探すことがカトックを探すことに繋がるのですね」
「そういうこと。でも……」
そもそも魔族なんて伝説の存在であり、どこに魔族がいるのか、情報が簡単に得られるとは思えない。普通にカトックを探す以上に、魔族を探すのは難しいわけだが……。
「アーべラインの『回復の森』の泉を汚そうとしていた魔族と、今回のアーベントロートに入り込んでいた魔族。俺たちは、二つ続けて魔族関連の事件に出くわしたのだ。ならば、案外どこにでもいそうだろう?」
カーリンが珍しく饒舌に語る。クリスタの説明を遮る勢いだった。
なるほど、彼女の言う通りだ。もしも、魔族の関わる事件が世界に二つだけだとしたら、その二つに立て続けに遭遇するのは、確率的に起こり得ない偶然だろう。
それよりは、僕たちが知らないだけで実は様々な場所で魔族が暗躍している、と考えた方がまだ納得できる。
『俺の世界には「犬も歩けば棒に当たる」ってことわざがあるぜ。野良犬みたいにうろつき回ると思わぬ災難に遭う、って意味だったり、逆に予想外の幸運に出会えるかもしれない、って意味だったり……』
ダイゴローの言い回しは少しピント外れな気もするが、それくらい魔族なんてありふれた存在なのかもしれない。
「でも、手がかりもなしに、魔族探しの旅に出るわけにはいかないでしょう?」
クリスタの言葉に、再び僕は頷く。
「だから、せめて、こうして遠出した機会を利用しよう、というのですね。少しでも多くの街や村に立ち寄って、魔族の活動らしき噂話を集めようと……」
「そういうこと」
クリスタが笑顔でまとめて、この話題は終わりかと思いきや、
「楽しみだと思わないか、バルトルト」
反対側から、カーリンが僕の肩に手を回してきた。
見れば、彼女はニヤリと笑っている。
「『回復の森』の魔族は、俺とニーナで倒した。今回の魔族は、ニーナが止めを刺した。つまり、魔族そのものは、それほど強敵ではない。一方、魔族が連れている怪物は違う。前回も今回も、俺たちだけでは倒せなかった」
「そうですね」
黒ローブの怪人が泉で飼っていたヴェノマス・キングと、偽カトックが森に呼び寄せたキング・ドール。それらを思い出しながら、僕は相槌を打った。
「だから今度こそ、だ。次に魔族と出会った時は、あのダイゴローというやつに助けてもらわず、今度こそ俺たちカトック隊だけの力で倒してみたい! そうは思わないか?」
「ははは……」
乾いた笑いを返すしかない。僕こそが『あのダイゴローというやつ』の正体なのだから、面と向かってこう言われるのは、複雑な気分だった。
「やめなさい、カーリン。バルトルトが困ってるわ」
「そうか? バルトルトだって、俺と同じ魔法剣士なのだぞ」
クリスタに注意されて、ようやく僕を放してくれるカーリン。
「魔法剣士ならば、魔法でしか倒せない敵でも、逆に魔法は効かず物理攻撃が必要な敵でも、どちらも相手できるからな! 魔族やその配下のような未知の強敵相手に、腕が鳴るというものだ!」
豪快に言い放つカーリンにとって、魔族と出会って戦うことは『災難』ではなく『幸運』と思えるに違いない。ダイゴローの世界のことわざに当てはめるならば。
そのダイゴローが、
『アルマの自信ない態度とは正反対だな、カーリンは!』
と言うので、つい僕は、前を歩くアルマに視線を向けてしまう。
今のアルマは、ニーナと明るく談笑しているようだが……。
ブロホヴィッツの冒険者組合では、予定通り、マヌエラのパーティー離脱手続きを行った。既にマヌエラからの手紙は届いていたので、カトック隊のリーダーであるニーナからも報告したことで、手続きは完了。その瞬間、マヌエラは正式にカトック隊から抜ける形になった。
続いて、アーベントロートで戦った分の換金。最終決戦まで僕たちは手出しさせてもらえなかったから、モンスター襲撃事件の際にクリスタが超炎魔法で倒した一匹と、最後に森で始末した特殊な鎧衣ゴブリンたちの分なのだが……。
「……?」
誰も口には出さないものの、みんなは少し釈然としない顔になっていた。魔族からは経験値も討伐料も得られないと知っているのは僕だけであり、彼女たちは「おそらく前回と同じで巨人ゴブリン二匹分に相当するはず」と思っていたに違いない。
『でもハッキリ「少ない」と文句言ったりしないんだな』
それはそうだろう。あの場で倒したモンスターの数も正確にカウントしておらず、大雑把な計算なのだ。「案外そんなものか」と納得してくれたに違いない。
クリスタだけは、意味ありげにチラリと僕の顔を見ていたが……。その『意味』までは、僕には読み取れなかった。
「予約はしないとしても、運行スケジュールだけでも把握しておきたいよね」
ニーナの言葉に、僕たち全員が頷いた。
直近の乗合馬車で帰るにしろ、その次で帰るにしろ、馬車が出る期日だけは知っておく必要があった。それ次第で、この街での滞在の仕方も変わってくるのだから。
尋ねてみると、東へ向かう馬車で一番早いのは三日後。その次は八日後だという。
「微妙ね。三日後だと、近隣の村を回るとしても、一つが精一杯。八日後の便なら余裕あるけど、でも、もしもブロホヴィッツ近隣に訪れるような村がないとしたら、ここに一週間も滞在することになるから、長すぎるわよねえ」
そう言ったのはクリスタだが、他の者も同じように考えたに違いない。どちらの乗合馬車を使うか現段階では決められない以上、次の街までの乗車すら予約できないのだった。
「じゃあ、今日のところは予約せず、とりあえず宿をとろう!」
ニーナの号令で、僕たちは冒険者組合を後にした。
ブロホヴィッツで泊まる場所は、特に誰も何も言い出さなかったが、既に暗黙の了解として確定していた。往路でも利用した、リーゼル――マヌエラの従姉妹――が勧めてくれた宿屋だ。
ハーブティーが美味しかった宿屋でもあり……。
「そういえば、クリスタは『帰りに茶葉を買っていく』と言っていましたね」
隣を歩く彼女に尋ねると、少し困ったような表情を返してくる。
「そうねえ。あの時は、そのつもりだったけど……。どうしようかしら? 帰りは帰りで長旅になりそうだから、あんまり荷物は増やしたくないわ」
「気にすることないだろう、クリスタ。茶葉なんて、かさばるものでもない」
「カーリンがそう言うなら……」
僕を跨いで、二人の言葉が飛び交う。こういう平和な会話を聞いていると、何だか心が和むのだった。
「ここだねー!」
パタパタと駆けていくアルマに続いて、僕たちは宿屋に入っていく。緑色の屋根が特徴的な、小洒落た外観の建物だ。
「おや、お客さんたち! また来てくれたのかい!」
受付カウンターにいた宿屋の主人は、僕たちの顔を覚えていた。たくさんの旅行者が訪れる大きな街だとしても、一週間も経たないうちの再訪は珍しいのかもしれない。
「はい、またお世話になります。今度は一泊ではなく、少し長くなるかも……」
「私たち、アーベントロートへ行ってきた帰りー! 色々あったから、ちょっとのんびりしたいのー!」
チェックインの記帳をするニーナの横で、アルマが気さくに、宿屋の主人へ話しかける。
すると。
「アーベントロート? ああ、噂は聞いてるよ。モンスターに襲われた、って話だろ」
「ええ、そうなんです。私たちも巻き込まれて……」
今度はクリスタも会話に加わったのだが、彼女の穏やかな笑みに対して、主人は難しい表情を返した。
「物騒な世の中だねえ。北の『ゴブリンの村』の話もあるし……」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!