「ちょっと、お客さん! 困るよ!」
武器屋の主人が、すっ飛んできた。店内で攻撃魔法をぶっ放す迷惑な客、と思ったのだろう。
僕も一瞬誤解してしまったが……。店にダメージを与える意図はなく、カーリンの弱氷魔法は、彼女が手にする剣を覆っていた。
「……ん? 何か問題あったか?」
駆けつけてきた店主に、平然と言ってのけるカーリン。
主人としては、自分の店そのものが攻撃されたわけではないと理解できても、まだ釈然としないらしい。
「いや、ほら……。店の売り物に、勝手に魔法なんて……」
「勝手ではないぞ。俺は一言、きちんと断っただろう? 確かめたい、と」
彼女の言葉は「持ってみた感じなどを確かめたい」だったはず。それを聞いた時には、僕も、ここまでカーリンがやるとは思わなかったが……。
魔法剣として使う武器を買いに来た以上、魔法に耐えられるかどうかチェックするのは、理屈としてはわかる話だった。
「でもねえ、お客さん。うちの武器を、そんなふうにされると……」
主人は眉間にしわを寄せながら、改めて剣に視線を向ける。
柄の部分に変化はないが、刀身は氷でキラキラとしていた。見ているだけで体が震えそうなくらい、ハッキリとした冷気に包まれている。
「……ショーケースにも戻せないからねえ。その剣、今すぐ買い取ってくれるのかい?」
確かに、これを元の場所に寝かせたら、氷で張り付いてしまいそうだ。
「そう急かさないでくれ。どれか一本、買うのは間違いないが……。だからこそ、よく吟味した上で決めたい」
そう言ってカーリンは、冷気の込められた剣を僕に渡した。
「持ってみた感じは、どうだ?」
実際に使うのは僕なのだから、僕の手に馴染むかどうかは重要だ。
凍っているのは刀身だけだが、柄の部分も少しひんやりしているように感じられた。それはカーリンのせいだとして、剣そのものの感触としては、ズッシリと重量感がある。
今まで貧弱なショートソードしか扱っていないだけに、こういう剣を握るのは、どうも妙な気分。違和感と言っても構わないくらいだった。そもそも、一目見た時も思ったように、僕には立派すぎる剣だろう。
「はい、素晴らしい剣ですね。でも、ちょっと僕には合わないように感じます」
「そうか」
カーリンも頷いてくれたので、彼女に剣を返そうとしたが、
「いや、お前が持っていてくれ」
と拒絶される。
軽く困惑の表情を浮かべる僕には構わず、彼女はショーケースから、次の剣を取り出していた。
「ちょっと、お客さん!」
また店の主人が慌てたような声を出すが、カーリンは意に介さない。
「ヴェルフェン・アイス!」
と唱えて、二本目の魔法剣を作り出すのだった。
「ふむ、これも悪くないな。お前はどうだ?」
凍った剣を再び押し付けられて、右手で最初の剣、左手で今度の剣を持つ形になった。一本を両手で持っても重く感じたのだから、二刀流ともなれば、なおさらだ。
「やっぱり、僕には馴染まないような……」
「そうか。では、次を……」
僕に二本も持たせたまま、さらにカーリンは剣を取り出そうとするが、
「お客さん! うちの剣を全て凍らせるつもりかい?」
と武器屋に言われて、その動きを止めた。軽く振り返って、彼に告げる。
「大袈裟な物言いだな。安心してくれ、どうせ俺の魔力は長持ちしない。すぐに氷は消える」
魔法剣とは、本来そういうものだ。一回の戦闘どころか、斬撃ひとつで、ただの剣に戻ってしまう場合もある。
まだ魔法剣の使えぬ僕にも、それくらいの基本は理解できていた。
森でカーリンが槍に魔法を込めた時は、だいたい一振りでゴブリンを斬り伏せていたから、持続時間は気にならなかったが……。今思えば、確かに短めのタイプだったかもしれない。
「それにしたって……」
顔をしかめる主人。
その様子を見て、僕の中でダイゴローが笑いをこらえていた。
『クックック……。それなりに値の張る武器を買ってくれそうな客、という思いと、決めるまで時間のかかりそうな迷惑な客、という思い。相反する思いで複雑だ、って顔だぜ』
一方、クリスタは、カーリンのフォローに回る。
「ごめんなさいね、ご主人。慎重に選びたいから時間かかっちゃうし、氷が消えるまで待たなきゃいけないけれど……。その間、世間話でもして時間を潰しましょうか?」
クリスタが穏やかな笑みを店主に向けている間も、
「ヴェルフェン・アイス!」
カーリンは、三本目の魔法剣を生み出していた。
僕の両手が塞がっているので、カーリンは一時的に、今度の魔法剣をクリスタへ預ける。
黙って受け取りながら、クリスタは武器屋への言葉を続けた。
「ねえ、ご主人。冒険者相手の商売ですから、冒険者と話をするのも仕事のうち。武器の売れ筋にも関わってくるから、冒険者の動向にも敏感ですのよね?」
「まあ、そういう面もないとは言えんが……」
「こうして私たちが新しい武器を買いに来たのは、『回復の森』で手強いモンスターに出くわしたから、という理由もありますの。似たような話、何か聞いてません?」
「……『回復の森』か。色々と大変そうだな」
店主がわずかに口の端を吊り上げる。嘲笑にも見えるが、むしろニヒルな笑いという感じだった。
「あら! やっぱり私たち以外にも、あそこのモンスターに手を焼いた、という話がありますの?」
「いや、それは初耳だ。俺が聞いたのは、泉がおかしくなった、って噂の方だ。奇跡の泉とか聖なる泉とか、回復ポイントとか呼ばれてる、例の小さな池さ。……汚染されちまったらしいな?」
『さすがクリスタだ。うまく話を引き出したぞ』
感心したような、ダイゴローの声。
心の中で、僕は頷いていた。
そもそも、こうして店主を世間話に引きずり込んだこと自体が、巧妙だと思う。
彼はカウンターの奥に座っていたのだから、本来ならば、こんな会話は始まらなかったはず。でもカーリンの奇行のおかげで店の主人は飛び出してきて、しかも氷が消えるまでの間、一緒に待たざるを得ない状況になって……。
あらかじめ打ち合わせていたとは思えないから、偶然できた状況を咄嗟に活かしたのだろう。
『お前が「奇行」と言ったように、あれはカーリンが勝手にやったことだろうさ。でもクリスタなら親友として、あれくらいの行動、予見してたかもしれんぞ』
「泉の話! ええ、もちろん知ってます。そちらはそちらで、困らされてますわ」
「だろうな。今まで色々と回復してくれた湧き水が、反対に毒の泉になっちまえばなあ」
「あら! あれって、やっぱり毒ですの? 私たち、色が変わってからは使わないようにしてますけど……」
「それが賢明だぜ」
主人の口元に、先ほど以上の笑みが広がる。
「でも冒険者ってやつは、無茶をするのが多いだろ? 中には『見た目が変わったからといって効能まで変わるはずがない』と言い張って、あれを飲んだ馬鹿もいて……」
「まあ!」
「……解毒魔法でも簡単には治らず、三日間、寝込んだらしいぜ」
噂話には尾ひれが付くものだ。その点を考慮すれば、これはベッセル男爵の屋敷で聞かされた話――回復するどころか逆に気分が悪くなったという冒険者の証言――と同じものかもしれない。
だから、ここまでは、特に新しい情報ではなかったのだが……。
「あら、怖い。それにしても、どうして泉が毒に変わったのかしら? それについても、何か聞いてます?」
「ハッキリとした理由は、俺もわからん。ただ、眉唾な話で構わないなら……」
訝しげな顔で店の主人が続けたのは、驚きの発言だった。
「……昨日来た客が、それっぽいことを言ってたぞ。少し前に泉で不審者を見た、とか、そいつが毒を投げ入れてるに違いない、とか」
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