アーベラインの街の、北側のエリア。
ベッセル男爵の屋敷を訪れた際、街の東側に関して『金持ちや貴族が住む高級住宅街』と説明したと思うが……。
『ああ、覚えてるぜ。だから足を踏み入れるのすら初めてだ、と言ってたな?』
そういう感じで特徴を述べるのであれば、北エリアは、店屋が多い区域と言い表せると思う。
『つまり、商店街ってことか! グッと身近に感じられるな!』
ダイゴローにも、僕の感覚が伝わったらしい。そう、北は庶民的な地域なのだ。
もちろん一口に『北側のエリア』と言ってもかなり広いので、全部が全部、同じではなく……。
北の大通りと呼ばれるメインストリートから曲がって、裏路地を進んでいくと、武器屋や防具屋の建ち並ぶ区画に入る。この辺りは、細い裏道なのに石畳で舗装されており、一風変わった雰囲気に包まれていた。
『おお! オシャレな街並みじゃねえか! ファンタジーというより、なんだかメルヘンって感じだぞ!』
別に観光名所というわけでもないのに、感激の声を上げるダイゴロー。アーベラインの市民の一人として、僕まで誇らしい気分になる。
『これって、あれか? いわゆる木組みの街ってやつか?』
武器屋や防具屋は、確かに木で造られた建物が多い。それも独特の工法による木造建築らしい。ダイゴローの言う『木組み』というのは、それに相当するのだろう。
外壁を塗装する際も、基調となる色の他に、組み合わせた木材に沿って、別の色で縦横のラインが入るのが一般的だった。そのため、少しカラフルな街並みになっている。
『色合いで目立たせるのも、店をアピールしようという、商店の戦法の一つだろうなあ……』
そこまで考えたことのない僕には、ダイゴローの反応が、むしろ面白いくらいだった。
こんな感じで、ダイゴローとの会話に気を良くしていると。
心なしか、前を歩く二人のペースが早くなっていた。カーリンが速度を上げて、クリスタが彼女に合わせているようだ。
そのクリスタが、後ろを振り返る。
「いつもこうなの。武器とか戦闘とか、そういうものにしか、カーリンは興味がなくて……。こうして武器屋に近づくと、ウキウキして急いじゃうのよ」
「モンスター退治を生業とするのが冒険者だ。戦闘やそれに関わるものに心を向けるのは、当然というものだろう?」
同意を求めるような目を、カーリンは僕に向ける。
素直に頷けなくて少し困ったが、僕が反応を返すより早く、クリスタが言葉を続けてくれた。
「そうだとしても、限度があるわ。冒険者学院の寮が同室になった時だって、あまりにも殺風景だったから驚いたのよ。もしかして、間違えて男の子と一緒にされたんじゃないか、って」
クリスタは、フフフと笑った。さすがに、これは冗談に違いない。
「それを言うなら、俺も驚いたのだぞ。ぬいぐるみとかアクセサリーとか、乙女乙女した小物をたくさん部屋に持ち込んで……。知っているか? こう見えてクリスタは、可愛らしいものに目がないのだ」
最後の部分は、僕に向けた説明だった。
僕から見たクリスタは、いかにも年上のお姉さんという雰囲気だから、確かに少女趣味は少しイメージが違うかもしれない。
「あら、『こう見えて』とは失礼ね。女の子としては当然の話よ?」
言いながら、わざとらしく口を尖らせるクリスタ。
少し話題を変える意味で、僕は言葉を挟んだ。
「二人は年齢が同じというだけでなく、学院時代から一緒だったのですね」
「そうなの。腐れ縁よ」
と返すクリスタの顔には、いつもの微笑みが戻っていた。
こういう話題になったついでに、さらに尋ねてみる。
「クリスタとカーリンも、ニーナみたいに王都の冒険者学院で……?」
「あら、違うわ。私たちは西の学院だったの。ニーナと初めて顔を合わせたのは、彼女がカトック隊に入ってきた時で……」
いったんクリスタは言葉を切って、カーリンと顔を見合わせた。
「……ニーナ加入のいきさつは、彼女の口から聞かせてもらう方がいいでしょうね」
「うむ。俺もそう思う」
目配せを交わす二人。何か事情がありそうだが、ニーナのことはニーナから聞くべき、というのは当然であり、今ここで詳しく聞き出そうとは僕も思わない。そもそもニーナについては、話の流れで出てきたに過ぎず、それほど強い興味があるわけでもなかった。
『それにしても、面白いもんだな』
僕の頭の中では、またダイゴローが何か思うところある雰囲気だ。
『いや、たいした話じゃないが……。ニーナやアルマと別行動になってから、カーリンの口数、増えたんじゃないか?』
それは僕も感じていた。
別にカーリンが二人を嫌っているとか、二人と仲が悪いとかではなく、それだけクリスタと仲良しだという証なのだろう。
厳密には僕も一緒だから三人だが、その僕は今、二人の後ろを歩く形になっている。カーリンやクリスタとしては、振り返らない限り視界に入らない以上、二人きりで歩いている感覚に近いのかもしれない。
『クリスタと二人だけなら、カーリンも案外しゃべる娘みたいだな』
ダイゴローの言葉に、僕は心の中で大きく頷くのだった。
「ここにしよう」
カーリンが足を止めたのは、僕が入ったことのない武器屋の前。
二階建てで屋根は赤茶色、白い壁にも同じく赤茶色のラインが入っている。
『縦横だけでなく斜めの線もあるから、幾何学模様って感じか? 丸や曲線はないものの……』
バルトルトは、木組みの商店をいたく気に入ったらしい。ずいぶんと細かいところまで観察していたようだ。
だが、いつまでも店の外観を眺めているわけにはいかない。カーリンがドアを開けて中へ入っていくので、クリスタと僕も続いた。
『さすが武器屋だ。剣とか槍とか斧とか弓とか……。色々と置いてあるぜ!』
当たり前のことを言いながら、感動している様子のダイゴロー。モンスターが存在しないほど平和な世界から来ただけに、武器そのものが珍しいようだ。
僕にしてみれば、武器なんて見慣れたものだが……。貼ってある値札の数字は、僕が行く武器屋より明らかに大きかった。なんだか落ち着かない気分になる。
一方、カーリンは奥のカウンターまでズカズカと歩み寄って、そこにいる店主に声をかけていた。
「剣を買いたいのだが、オススメはどれだ? 魔法剣として使える剣だ」
店の主人は、年齢相応に頭が薄くなった中年男性。椅子に座ったまま、値踏みするかのような視線を僕たちに向けた。
「十把一絡げの剣なら、そっちにあるが……」
主人が指し示したのは、左側の奥にあるコーナーだ。傘立てに傘を入れておくような感じで、大きめの筒に、何本もの剣が無造作に突き立ててあった。
「……あれだと、魔法には耐えられんだろうな。魔法剣として使うなら、こっちだ」
続いて視線を向けたのは、傘立て剣の手前にあるショーケース。ガラス張りの棚の中では、各段に数本ずつ、見るからに立派そうな剣が寝かされていた。
「実際に持った感じなど、確かめてみて構わないか……?」
「鍵は掛かってない。勝手に開けて、手に取ってくれ」
ぶっきらぼうな言い方ながら、気さくに許可をくれる主人。
カーリンは、早速ケースに歩み寄り、まずは最上段から一本取り出す。
僕とクリスタも、カーリンに従って店の中を移動。でも剣を手にしたカーリンが何を考えているのか、近くで彼女の表情を見ても、僕には読み取れなかった。
しっかりと両手で剣を握り、刃の先端から柄の末端まで視線を這わせて、彼女は呟く。
「ふむ……」
「いい剣だろ?」
「ああ、悪くない。では……」
カウンターから声をかけてきた主人に、そう返してから。
カーリンは、いきなり魔法を唱えた。
「ヴェルフェン・アイス!」
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