昨日の戦いにおいて。
青い鎧の武闘家は、僕を叩きのめした後、再びアルマとゴブリンを追いかけていた。
転生戦士ダイゴローに変身した僕が、瞬間移動で駆けつけた時には、もう彼はアルマたちに追いつきそうだったのだ。
ならば、もしも僕が変身しなければ、あの場でゴブリンのギギは討伐されてしまっただろう。アルマは嘆き悲しんで、カトック隊としても魔族に繋がる手がかりを失う形になったはず。
しかし。
今にして思えば、それで良かったのだ。たとえ残念な結果であっても、それが僕たちカトック隊の実力なのだから仕方がない、と受け入れるべきだったのだ。
ニーナたちを悲しませないためだけに、転生戦士ダイゴローの力を使ってしまうのは、明らかに間違っていた……。
それが、今の僕の考えだった。
だから、もしも同じ状況に陥ったとしても、今度は変身しない。バルトルトという一人の人間のまま、僕自身の精一杯で戦おうと思う。
『魔族やモンスターのような悪者相手以外では変身しない。誰が見ても正義の戦いと言えるような時だけ変身する。……そういう方針だな? 立派な心がけじゃねえか!』
少し揶揄する口調にも感じられるが、基本的にはダイゴローも、僕に賛成のはず。そもそも彼は、最初の頃『ギリギリまで頑張って、踏ん張って、それでもどうしようもない時だけ変身するのが変身ヒーロー』と言っていたように、軽々しく変身するべきではない、という立場なのだから。
『でも、これだけは覚えておけ。死んじまったら元も子もないからな。もしも身の危険を感じたら、その時は迷わず変身しろよ!』
その点は大丈夫だ。
真っ当な人間である僕たちを殺そうとする敵ならば、たとえ魔族やモンスターでなくても、それだけで十分『悪者』と呼べるだろうから……。
今回の決意に矛盾することなく、変身しても構わない、と思えるのだった。
こうして、僕がダイゴローと脳内会話を繰り広げている間に。
カーリンを黙らせたクリスタは、ニーナと共に、本日の行動方針について検討していた。
「リーダーとしては、今日は、どうするつもりなのかしら?」
「本当は、私たちだけでも問題の森を探索したいところだけど……。ダイゴローとドライシュターン隊、どっちもギギちゃんを狙っているとなると、迂闊に村を離れられないよね」
「そうね。昨日の朝とは、状況が大きく変わったわ」
ニーナに頷いてから、クリスタは自分の考えを述べる。
「とりあえずダイゴローの方は、ギギちゃんに危害を加えよう、という気持ちはないはずよ。私たちと同じで、魔族に通じる手がかりだと考えてるでしょうから。問題は、ドライシュターン隊の方ね……」
結局は未遂に終わったが、僕たちは昨日、魔族の住処がある森へ行くつもりだった。ゴブリンのギギを良く思っていない村人もいるが、二日連続だからギギは来ないだろう、だから大丈夫と考えていたのだ。
ところが、僕たちの予測に反して、ギギは現れた。そうなると、今日も来るかもしれない。しかも現在のクラナッハ村には、村人以上に危険なゴブリン討伐部隊も滞在しているのだ。
この二点が、クリスタの言うところの「大きく変わった状況」だった。
よく考えてみると、カトック隊の目的は魔族からカトックの情報を得ることなのだから、ギギを作り出した魔族が森にいるとわかった以上、たとえギギが始末されても何とかなりそうだが……。
アルマと仲良くなったモンスターを平気で見捨てられるほど、ニーナもクリスタもカーリンも、薄情ではないのだった。
「ギギちゃんを保護しながら、森へも行くとなると……。ギギちゃんが来るのを待って、一緒に行くのが一番かしら」
「うん。それが理想なんだけど……」
クリスタの言葉に対して、ニーナは浮かない顔をする。
来るかどうか定かではないゴブリンを待つのは、ある意味、無駄に足止めされた気分なのかもしれない。
ニーナがアルマに視線を向けると、既に食べ終わっていたアルマは、何気ない口調で呟く。
「ギギちゃん、今日も来るかなー? 来るといいなー」
言っている内容はまさに問題の核心なのだが、言い方は明るかったので、その場の雰囲気が少し軽くなった気がする。
ニーナの表情が若干、穏やかになった。ただし、彼女の口から出てくるのは、まだ心配事だった。
「でもギギちゃんが来る頃には、またドライシュターン隊も出てくるよね……」
「そうね。だったら、いっそのこと……」
クリスタが何か提案しようとしたタイミングで、
「聞いたぞ! 討伐部隊が来たそうだな?」
「オーラフさんったら、勝手なことを……!」
カールとパトリツィアの二人が、朝の食堂ホールへ駆け込んできた。
僕たちと同じテーブルの、空いた席に腰を下ろす二人。
以前と同じく、カールは商人っぽい格好をしており、パトリツィアは特徴的な眼鏡をかけている。
僕たちがこの村に来た当初、この二人とは毎日一緒に行動していたので、二、三日顔を見なかっただけで、ずいぶんと久しぶりの気分だった。
しかし、そのような懐かしさを感じるのは僕だけだったのかもしれない。少なくともカールたちには、そんな余裕はないようだった。
「まったく、困った話だ……」
表情を曇らせるカールに対して、カトック隊を代表して、ニーナが尋ねてみる。
「ええっと……。カールさんは確か、ゴブリン退治には積極的な立場でしたよね?」
「ああ、そうだ。しかし退治するなら退治するで、時期というものがある。まだ今は、そのタイミングではない。俺にそう思わせたのは、他ならぬあんたたちだぞ?」
「あなた方のおかげで、この人も少しだけ丸くなったのですわ」
笑顔を浮かべながら、パトリツィアが補足する。
モンスターが頻繁に村を訪れるという異常事態。その再発防止のために原因究明が必要、というカトック隊の話を受け入れて、カールは村人たちに対して「ゴブリン一匹を始末するよりも、そのゴブリンを使って住処を暴き出し、発生源を叩き潰すべき!」と説いて回ったのだという。
「最終的には殺してしまおう、というのですから、そこは問題なのですけど……。でも以前ほど短絡的でない分、小さな進歩ですわ」
「ふん。パトリツィアがどう思うにせよ、俺の考えに同調する者が多い以上、そっちが村の主流派だからな」
相変わらず二人の意見は噛み合わないようだが……。
とりあえずカールたち強硬派が「今はゴブリンに手を出さない」という意見に変わってくれたのは、僕たちには朗報だった。
ならばオーラフは、村の総意に反する形で、ゴブリン討伐部隊を雇ったのだ。そのドライシュターン隊の雇い主を抑えるにあたって、カールは僕たちの味方になってくれるはず。僕はそう期待したのだが……。
「おい、あんたたち。今さっき、そこでヨゼフィーネから聞いたぞ。ついにモンスターの住処を突き止めたそうだな?」
彼が僕たちに向ける視線は厳しいものであり、とても味方とは思えなかった。
カールもパトリツィアも、こうして朝から僕たちのところへやって来たのは、カトック隊とドライシュターン隊がやり合った話を耳にしたからだ。
そして、いざ宿屋に来てみると、受付で女将さんから聞かされる。例のモンスターがどこから来るのか判明したらしい、と。
「ああ、それは……」
苦笑いするニーナ。
確かに昨日、女将さんには「村の外を調べてみるつもり」と告げていた。嘘はつかない方がいいと判断して、最低限の情報だけは伝える形だった。
言い方としては「手がかりが得られた」という程度だったはず。だが女将さん一人を経由するだけで、もう「突き止めた」に変わってしまったらしい。
どう答えようか、どこまで話そうか。ニーナが迷っている間に、クリスタが助け舟を出す。
「前に言いましたわね。アルマがギギちゃんに頼んでみる、って。それで一昨日、実際に案内してもらったのですけど……」
「おお! モンスターの巣に辿り着いたのか?」
「それが、そうもいかなくて…….。途中で手強いモンスターが現れて、ギギちゃんは逃げるし、私たちはそれを倒すだけで手一杯。その日は、それ以上の探索は諦めたのですわ」
と、いきさつを簡単に語るクリスタ。
メカ巨人ゴブリンの件も含めて、話せる範囲で正直に話そう、と考えたようだ。
「おい、それって、この村の近くの話だよな? 俺たちが知らないうちに、あのゴブリン以外に、そんな『手強いモンスター』なんてものが住み着いているのか……?」
顔をしかめるカールの隣で、パトリツィアも心配そうな表情を見せていた。
二人とも、さらに詳しく聞きたいようだったが、その前に。
「ほう。何やら面白そうな話をしているな」
突然、背後から声が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、そこにいたのは……。
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