転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第97話 ゴブリンの村(4)

公開日時: 2021年1月17日(日) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:04
文字数:3,397

   

 ゴブリンの村。

 冒険者としては、興味をそそられる言葉だった。

 ちょうど台帳に記入を終わらせたニーナが、ペンを持ったまま、その手を止めて質問する。

「北の『ゴブリンの村』って、いったい何です?」

「ああ、それは……」

 語り始めようとしたところで、宿屋の主人は言葉を切った。彼の視線は、僕たちの後ろへ向いている。

 釣られて振り返ると、いつの間にか、他にも二、三組の客が建物に入ってきていた。チェックインのために、僕たちが終わるのを待っている状態だ。

「……悪いねえ、お客さん。世間話はあとでいいかな?」

「こちらこそ、すいません!」

 恐縮するようにペコペコ頭を下げながら、僕たちはその場を立ち去り、部屋へ向かうのだった。


 以前にも説明したと思うが、冒険者は一般の人々ほど、男女の同室を気にしないものだ。例えば冒険旅行では、パーティー全体で一つのテントに泊まる場合もあるくらいで、たとえ一つの布団に入ったとしても男女の関係にはならないのが冒険者のマナーだった。

 ただし、これはテント泊を想定したケース。「テントから出た途端モンスターに出会う可能性もある。いつでも戦えるよう精神的にも体力的にも準備万端にしておくためには、男女の夜の営みで無駄に疲れるのは困る」という考え方だ。

 こうして街の宿に泊まる場合は、そこまで切羽詰まっていないのだが……。理屈ではなく感覚として、あまり男女同室も気にしない、という習慣は続いていた。途中の街での宿泊など、しょせん一泊程度の仮の宿なのだから。

 だからアーベントロートにおける滞在のように『一泊程度』でない場合は、少し話が違う。リーゼルとフランツがきちんと男女別々の部屋を用意してくれたのは、僕としてはありがたかったし、仲間たちも同じように感じていたかもしれない。

 そして、帰りの旅路。クリスタの提案により、行きとは違って、立ち寄る街での宿泊もそれぞれ数日に延びそうな状況だ。それでも冒険旅行だから、ここブロホヴィッツの宿屋でも、ニーナは一部屋しか借りなかった。わざわざ男女別々で二部屋も借りるのはお金の無駄、ということなのだろう。

『グダグダ言ってるが、要するにバルトルトは、女の子たちと一緒に寝泊まりするのが恥ずかしいんだろ?』

 そう簡潔にまとめられたら、返す言葉がなかった。

 女の子ばかりの冒険者パーティーに混じって行動するのは、とっくに慣れている。でも、やはり夜眠る間というのは、ちょっと感覚が違うものなのだ。

『まあ、わかる気はするぜ。ふだん異性として意識してないからこそ、彼女たちの寝顔とか寝息とか、異性を感じさせる部分に近づきたくないんだろ? 変に意識して後々まで引きずったら、パーティーで戦う時に困りそうだもんな』


 とはいえ、このブロホヴィッツの宿屋はマシなのかもしれない。おそらく、冒険者のような男女同室の客も想定済みなのだろう。行きに泊まった部屋には、折りたたみ式の衝立ついたてが用意されており、部屋を二つに仕切れるようになっていた。

 今回も同様であり、部屋に入った僕は、一番奥のベッドを確保してから早速、手前の四つのベッドとの間に仕切りをセットしようと考えたのだが……。

「あ、それはいいよ、まだ」

 壁に立てかけてある衝立ついたてに手を伸ばしたところで、ニーナがストップをかける。

「部屋が狭くなっちゃうもんねー」

「寝る時は着替えるけど、しばらくはこの格好だし。夕食だって、まだだからね」

「それともバルトルトは、早く私たちに着替えて欲しいのしら? 薄着の方が好き?」

 アルマやニーナとは異なり、クリスタの発言は、明らかに冗談だった。彼女のこの表情は、以前ソファーベッドの件で僕を揶揄からかった際に浮かんでいたのと、同じ笑い方だ。

「そんなわけないでしょう……」

 二度目なので、僕は変に慌てることなく、大袈裟に呆れたような声で対応。そのまま、自分のベッドに腰を下ろしたのだが……。

「キミ、離れて座りすぎ」

 ニーナに言われてしまった。

 彼女は入り口に一番近いベッドをキープして、今は椅子がわりにしている。隣のベッドで眠るはずのアルマも、彼女自身のベッドではなく、ニーナと並んで座っていた。

 三番目と四番目のベッドを使うクリスタとカーリンは、今は三番目の――つまり真ん中の――ベッドに、ニーナやアルマと向かい合う格好で腰掛けている。

『間にベッド一つ挟まってるが、馬車の中の座り方と同じだな』

 表面上はニーナの言葉に、実際は内心のダイゴローに対しても含めて、僕は頷いてみせた。そして、

「お邪魔します」

 軽く断ってから、クリスタとカーリンの隣に座る。

「どうぞ。……というより、この方が私たちには自然な配置かしら」

 僕が座ったのを見届けてから、いったん立ち上がって少し移動するクリスタ。クリスタ、カーリン、僕という並び方だったのを、わざわざカーリン、僕、クリスタに変更したのだ。

 確かに、いつも通りの『自然な配置』になったわけだが……。夜には女性が寝るであろうベッドの上に、その女性と別の女性に挟まれる形で座るというのは、そう意識してしまうと少し妙な気分になるのだった。


「それでニーナ、何か話があるのでしょう? こうして、みんなを集めたのだから」

「集めたってほどじゃないんだけど……」

 クリスタに水を向けられて、ニーナは苦笑いする。

「さっきの話、みんなはどう思った? ほら『ゴブリンの村』って話。宿屋のおじさん、説明は後で、って言ってたけど……。『ゴブリンの村』って言葉聞いただけで、色々と想像しちゃわない?」

「そうねえ。普通に考えるならば……」

「ゴブリンがたくさんいる村ー!」

 クリスタではなくアルマが、真っ先に具体的な回答を口にした。しかも明るい声で。

 人間の村なのにモンスターがたくさんいるとしたら、それは悲観的な想像になると思うのだが、アルマはテイマーだから違うのだろうか。

「アルマの言ってるのは、テイマーみたいな人が何人もいてゴブリンをたくさん飼い慣らしている、という状況かな? それとも、普通に人間を襲うゴブリンがたくさん、の方?」

「どっちもー!」

 直接質問した僕に対して、あっけらかんと答えるアルマ。その二つは、意味が全く異なるのに。

「そうね。アルマやバルトルトみたいな可能性を思い浮かべるのが普通でしょう。でも『飼い慣らしている』の方ならば良いけれど、『村が襲われている』だったら大問題よね」

 代弁するかのようにクリスタがまとめてくれたので、僕は大きく首を縦に振った。

 彼女はチラリと僕を見て、微笑みながら言葉を続ける。

「そもそも、アーベントロートのモンスター襲撃事件の話題から、この件に繋がったのよね。しかも『物騒な世の中だ』という、否定的なニュアンスで。そうなると……」

「……きっとアーベントロートと同じで、ゴブリンに襲われたのね」

 クリスタを引き継いで、そう結論づけるニーナ。深刻な表情を浮かべている。

 僕も彼女に賛同できる気分だったが、ここでカーリンが口を開いて、面白い意見を持ち出した。

「しかし、だからといって、その村はまだ壊滅したわけではあるまい。もしそうならば、この街の冒険者組合がもっと騒がしかったはずだ」

 確かに、『ゴブリンの村』と呼ばれるくらいであれば、ゴブリンに占領されたとか滅ぼされたとか、相当やられたイメージがある。でも、そんな雰囲気は、冒険者組合には一切漂っていなかった。掲示板に貼られている依頼内容までは確認していないが、それでも大規模な討伐部隊が派遣されそうなタイミングであれば、高揚したり緊張したり、冒険者全体の空気にそれが表れていたに違いない。

「襲撃の規模は不明だとしても、いずれにせよ……」

 カーリンの発言に対して肯定も否定も含めたニュアンスで、クリスタが続ける。

「……人々が平和に暮らしている村に、ゴブリンが現れた。その点だけは間違いないと思うわ。本来、起こり得ないはずなのに」

 そう、僕たちはアーベントロートで街が襲われる現場に立ち会ったばかりだから、少し感覚が麻痺しているかもしれないが。

 そのような襲撃事件は『本来、起こり得ないはず』の出来事なのだ。

 では、なぜアーベントロートでは例外的なイベントが発生したかというと……。

「その理由を突き詰めていくと、想像してしまうわよねえ? この『ゴブリンの村』にも、アーベントロートみたいに魔族が関わっているんじゃないか、って」

 クリスタはそう言って、僕たち仲間の顔を見回すのだった。

   

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート