「色々と噂が集まりそうな場所といえば……」
「大通りの屋台!」
クリスタの言葉を遮って、元気な声を上げるアルマ。
一昨日『回復の森』から街へ戻った途端、彼女が露店へ買い食いに走ったのを思い出す。微笑ましい光景だった。
とはいえ、情報収拾の舞台としては相応しくないだろう。欲しいのは『回復の森』に関する噂であり、ならば冒険者たちから話を聞く必要がある。
いくら露店の並ぶ辺りが人々で賑わっていて、その中に冒険者が含まれるとしても、あくまでも一部に過ぎないのだ。冒険者が集中している場所といえば、大通りの屋台などではなく……。
冒険者組合だ。
『馬鹿だなあ、バルトルトは。さっきニーナが言ったこと、もう忘れたのか?』
頭の中で響くのは、少し呆れたようなダイゴローの声。
『ほとんどの冒険者は今頃、街の外にいるんだろ? だから夕方以降まで待つんだろ? じゃあ今から冒険者組合に行ったところで、無駄足じゃないか』
言われてみれば、その通り。
食堂ホールで暇を潰している冒険者もいるだろうが、そもそも真面目に冒険に行かない連中ならば、『回復の森』の異変に関しても知らない可能性が高い。
『冒険者から直に話を聞けない以上、冒険者から話を聞いたであろう連中から、間接的に聞けばいいのさ』
それって、つまり……。
「そうだね。屋台に限らないけど、お店屋さんだね」
と、ニーナがアルマに笑顔を向けた。
昨日は違っていたが、冒険から戻ったアルマが屋台に立ち寄るのは、よくある出来事なのだろう。だから他の冒険者たちも同じはず、とアルマは考えたようだ。
一日の冒険を終わらせたばかりの冒険者が、買い物の際に雑談として、その日の出来事を話し始める、というのは容易に想像できる光景だ。だから、あの辺りの露天商に冒険者からの情報が集まっている可能性は高い、と僕にも納得できた。
そして、ニーナが「屋台に限らない」と言ったように、カーリンも具体的な場所を提案する。
「うむ。武器屋や防具屋も、冒険者の客が多い店だぞ」
カーリンは、何か意味ありげな視線を僕に向けているが……。
「うん、それも一理あるね。じゃあ、二手に分かれようか。いつものように、私がアルマと組んで、カーリンとクリスタで……」
と、今度はニーナまで僕の方を見る。
「……キミは、どっちと一緒に来る?」
カトック隊のグループ分け。
四人だった頃は二人と二人になるわけで、今言ったような組分けが自然だったに違いない。リーダーとサブリーダーは別々の班にするべきだし、カーリンとクリスタは同い年のコンビ。残ったアルマとニーナで組めば、ちょうどリーダーが新人の世話をする、という形になる。
そこに僕が加わるのであれば……。
『今じゃアルマより、バルトルトが一番の新参者だぜ。お前がニーナの方に入ると、リーダーが新人二人の面倒をみる、って話になっちまうな』
少し迷っている僕に、ダイゴローがちょっとしたアドバイス。なるほど、その意味では、僕とアルマも別々のチームに分かれた方が良さそうだ。
「じゃあ僕は、カーリンとクリスタの方で。……お世話になります」
最後の一言はニーナではなく年上の二人に向けて、僕はペコリと頭を下げた。
「うん、それがいいね。じゃあ、決まり!」
ニーナの宣言により、具体的な行動方針が決まったところで。
カーリンが、スッと僕の隣に歩み寄る。
相変わらず目つきは鋭いが、口元には笑みが浮かんでいた。何を思ったのか、いきなり僕の肩に腕を回してくる。
『おお! カーリンは言葉遣いが俺っ娘なだけじゃなく、態度も男らしいじゃねえか!』
ダイゴローは嬉しそうだが、僕にしてみれば、さすがに少し気恥ずかしい。こうして密着されると、異性であることを意識してしまう。
「よし! 今日は俺がお前のために、手ごろな武器を見繕ってやるからな!」
と言い出すカーリン。
あれ? 武器屋や防具屋へ行くのは買い物ではなく、情報収拾のためなのでは……?
少し混乱する僕だったが、
『いいじゃねえか。どうせアルマも、露店で買い食いして回ると思うぜ』
「商人から話を引き出すには、何も買わないより、何か買ってからの方がいいでしょうね」
ダイゴローとクリスタに言われると、そういうものかもしれない、と納得できるのだった。
このままでは恥ずかしいだけでなく歩きづらい、と心配したが大丈夫。カーリンは、すぐに僕から離れてくれた。
そして、
「それじゃ、夕方に冒険者組合で集合!」
と言って、ニーナとアルマの組は別行動になり……。
僕たち三人は、武器屋へ向かって歩き始めた。カーリンが先頭、その隣にクリスタ、二人の後ろから僕、という形だ。この街の武器屋は僕もいくつか知っているが、今日の行き先は「武器を買う」と言っている二人に任せるべきだろう。
歩きながら、クリスタが横のカーリンに話しかける。
「アルマの屋台に対して、あなたが武器屋を言い出したのは、武器を買う予定があったからなのね」
「うむ。約束したからな、バルトルトと」
チラッと振り返るカーリン。
「あら、いつのまに?」
クリスタもこちらに視線を向けるが……。
思い当たる話はなく、僕はキョトンとしてしまう。大袈裟に否定したらカーリンに悪いと思って、少しだけ首を傾げて、肩をすくめてみせた。
カーリンが、眉間にしわを寄せる。もともと目尻の形から「きつそうな性格」という印象もあっただけに、こういう表情をされると少し怖い。
「忘れたのか? 剣が安物で魔法に耐えられない、と言ったのはお前だぞ。だから新しいのを買おう、と言ったではないか」
「ああ、そういえば……。思い出しました」
正確には『思い出しました』ではなかった。あの時、僕もカーリンも「新しいのを買おう」とまでは言わなかったはず。
それでも、あの会話はそういう意味だったのか、と理解できたから、忘れていたことにしようと決めたのだ。
『カーリンが少し、言葉足らずだったんだな。いつも無口で、あまりしゃべらない弊害か?』
頭の中のバルトルトが勝手な評価を下す一方、
「そういうことね。そんな話もあったわね」
クリスタは、いつもの微笑みを浮かべる。
事情は察した、と言わんばかりの雰囲気だった。
「でも、本当にいいんですか? 今使っているショートソードだって、まだ壊れたわけじゃないのに、わざわざ買い替えるなんて……。代金は『みんなのお金』から出すのでしょう?」
僕としては、少し気が引けるのだが、
「遠慮することないぞ。お前も魔法剣を使えた方が、パーティー全体としてもプラスじゃないか。戦力の底上げになる」
「でも、剣だけ新しくしても、使えるとは限らないわけで……」
「魔法のレベルの問題か? そこは、クリスタに鍛えてもらえ」
カーリンの押しは強く、迫力もあった。カーリンにしては饒舌と思えるくらいだ。
「あなたと一緒にしないでね、カーリン。私、他人のトレーニングに付き合う趣味はないもの。どうせ私では、バルトルトの魔法剣習得には貢献できないと思うし……。むしろ同じ魔法剣士として、あなたが面倒みてあげて」
「いや、俺の専門は魔法というより、こっちだから……」
背中の槍に手をやるカーリン。さすがに街中を歩く間は、手に持ったままではなく、背負うスタイルになっていた。
「でも、武器に魔法を上乗せするのは、魔法士よりも魔法剣士の領分でしょう? あなたの方が、上手くコツを教えられるはずだわ」
とカーリンに向かって言ってから。
クリスタは、改めて僕に顔を向けた。
「魔法剣が出来るかどうかは別にして、お金のことなら気にしなくていいわ。今回は単なる買い物というより、調査のための必要経費を兼ねているもの」
「ああ、なるほど……」
クリスタの言っていた、商人から話を引き出すための買い物、という点を思い出す。
「必要経費といえば……」
カーリンの口元に、小さな笑みが浮かんだ。苦笑とか失笑とかの類いだ。
「……アルマも同じ理屈で、屋台で食べまくるに違いない」
「そうでしょうね。おやつは食事じゃないから自分で払うルールだけど、今日のところは『必要経費』扱いになって、共同資金から出すことになりそうだわ」
そうカーリンに返してから、クリスタはこちらに笑顔を向ける。
だから僕も気にする必要はない、と言っているような表情だった。
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