クリスタの言葉を耳にした瞬間、「なぜ僕が?」と疑問に思ってしまった。
同時に、昨日の出来事が頭に浮かぶ。
ゴブリンのギギを巡って、ドライシュターン隊と争った時の話だ。護衛役としてアルマを追うよう僕に指示したのは、リーダーのニーナではなく、やはりクリスタだった。
チラリとニーナに目を向けると、彼女は無言で頷いている。
メカ巨人ゴブリンへの魔法攻撃に参加している僕とは異なり、今の彼女は、モンスターの金属装甲が脆くなるのを待っている状態だった。魔法が使えぬニーナは、この場では牽制くらいしか出来ないのだ。だから、アルマを止めるにしろ手助けするにしろ、僕ではなくニーナが行けば良いのに……。
『理由は簡単だろ。それこそ昨日と同じだ』
僕の疑問に対して、ダイゴローが丁寧に解説してくれる。
『カトック隊の中で、お前は低レベルとみなされてるだろうが、それでも魔法剣士だからな。物理攻撃も魔法攻撃も出来るから、不測の事態にも対処しやすい、って評価されてるのさ』
なるほど、特に今日の場合、アルマを追いかければ、その先には魔族がいる。同じ魔族とはいえ『毒使い』と『機械屋』では微妙に特性が異なっていたし、今回の『怪物いじり』に対して、どんな攻撃が有効なのかわからない。ならばニーナより僕やカーリンの方が適任と考えられるわけだ。
ただしカーリンは、氷魔法の使い手として代わりが利かない。その点、僕は弱炎魔法を放つだけだから、ドライシュターン隊の魔法士が強炎魔法を扱える以上、実はこの場から抜けても困らない存在であり……。
『魔族対策だけじゃねえぞ。まだメカ巨人ゴブリンが出てくるかもしれねえだろ? それこそ、魔法必須の相手だ』
確かに、あの魔族はメカ巨人ゴブリンのことを『番犬』と呼んでいた。ならば、この場に連れてきた以外に、アジトに残してきたメカ巨人ゴブリンもいるかもしれないのだ。
文字で書き起こすと長くなるが、ダイゴローとのやり取りは脳内会話であり、ほんの一瞬の出来事だった。
現実では、
「ヴェルフェン・アイス・シュターク! ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
ちょうどカーリンが強氷魔法を撃ち出した直後であり、次は『炎』のターン。僕と紺色ローブの魔法士が詠唱するタイミングだったが、彼にポンと背中を叩かれた。
「炎魔法は僕一人でやるよ。お兄さんは、あのテイマーの子を守ってあげて」
短くそう告げてから、彼は魔法攻撃に戻る。
「ファブレノン・ファイア・シュターク! ファブレノン・ファイア・シュターク!」
強炎魔法の連発にしたのは、カーリンに合わせる意味もあったのだろう。
『むしろバルトルトがいない方が、氷と炎のバランス、良くなるんじゃねえか?』
ダイゴローの皮肉は聞き流して、
「わかりました! アルマのことは、僕に任せてください!」
仲間たち全員に聞こえるよう大声で叫んでから、僕は走り出すのだった。
もちろん、メカ巨人ゴブリンへ向かって突進するわけではない。アルマがやったのを真似して、左側の木々の間へ飛び込んだ。
もともと道なんてなかった場所だが、ちょうど獣道みたいに、アルマが分け入って進んだ跡が残っている。彼女は僕より小柄な分、そのままでは僕が通れない箇所もあったが、先鞭の付いた道なだけに、何もないよりはマシだった。木々を手で左右に押し開いて、間を縫って進んでいく。
そうやって、やはりアルマと同様、メカ巨人ゴブリンを迂回した向こう側で、森の小道に復帰する。
ここからは、アルマを追って全速力で走り出すのだが……。
最後に一度、チラリと振り返った。
視界に入るのは、仲間たちがメカ巨人ゴブリンと戦う様子。二匹のメカ巨人ゴブリンの片方をクリスタが単独で、もう片方をカーリンと紺色ローブの魔法士がコンビで相手している。残りの一匹は、相変わらず二匹のメカ巨人ゴブリンが壁になってしまい、攻撃もされないが自分からも攻撃できない、という状態だった。
そうした状況を確認してから、林道に沿って僕は駆ける。
しかし、すぐに足を止めてしまった。
『おい、バルトルト。どうするつもりだ?』
クリスタたちが呪文を唱える声は届かないものの、魔法が炸裂する音は聞こえてくる。だが道がカーブしている辺りは過ぎているので、ここで振り返っても仲間たちの奮闘ぶりを見ることは出来ない、という場所だった。つまり、彼女たちからも、今の僕の姿は全く見えないはずだ。
『ああ、そういうことか』
と納得するダイゴロー。
おそらく、クリスタ一人の超炎魔法と超氷魔法で、メカ巨人ゴブリン一匹の装甲を崩すには十分だろう。もう一匹も、カーリンとドライシュターン隊の魔法士が二人がかりで、なんとか破壊してくれるに違いない。そして金属装甲さえ駄目にしてしまえば、後はニーナや赤髪の戦士などの出番だ。
メカ巨人ゴブリン二匹を倒す。そんな未来図は、容易に想像できた。
だが、問題は残りの一匹だ。一昨日、カトック隊みんなで力を合わせてメカ巨人ゴブリンを倒した時の状況から考えて、今回クリスタ一人でメカ巨人ゴブリン一匹を相手にするのであれば、確実に彼女の魔力は空っぽになる。一昨日は補助的な立場だったカーリンも今日はメインだから、クリスタ同様、魔力を使い果たす可能性が高い。
その状態で、もう一匹が残っているのだ。壁になっていた二匹が消えれば、最後のメカ巨人ゴブリンは当然のように、カトック隊とドライシュターン隊に襲いかかるだろう。
『つまり、一手足りないという話だな?』
そう。
この問題を解決するためには、超自然的な、想定外の力が必要なわけで……。
僕は皮鎧の内側に手を入れて、銀色のアイマスクを取り出し、顔に装着するのだった。
「変身! 転生戦士ダイゴロー!」
急いでアルマを追いかける必要もあるが、変身すれば走る速さもアップする。その分、少しくらい寄り道しても大丈夫と判断。反転した僕は、先ほどの現場へ駆けつけた。
仲間たちの姿は、メカ巨人ゴブリンたちの巨体の向こう側に、かろうじて見える程度だが……。
たとえ『かろうじて』であっても、こちらからあちらが見えるということは、あちらからもこちらが見えるということ。
「あっ!」
「おおっ、また出たな!」
ニーナの小さな叫びに続いて、青い武闘家の嬉しそうな声が聞こえてくる。魔法攻撃に参加していない彼らは、周囲の状況に人一倍気を配っており、だから真っ先に気が付いたのだろう。
『格好が目立つのもあるんじゃねえか? 赤青銀の三色スーツのこの姿、確かバルトルトは、だいぶ前に「おかしな全身スーツ」って言ってたよな?』
「グギッ?」
手持ち無沙汰な様子でウロウロしていた一匹も、自分へ向かってくる存在に対しては、のんきな態度ではいられなかったらしい。
そのメカ巨人ゴブリンが、左腕の武器を構えるが……。
モンスターが光弾を放つより、僕の一撃の方が早い!
「とうっ!」
走り込んだ勢いを乗せて、軽くジャンプした僕は、モンスターの腹にドロップキックを叩き込んだ。
「グワッ!」
頑丈な装甲で守られているだけあって、メカ巨人ゴブリンは本来、この程度の蹴りを食らってもピンピンしているはず。実際この個体も、二、三歩、後退りするだけだったが……。
「グワッ……?」
後ろに壁があるのを忘れていたらしい。
背後のメカ巨人ゴブリンは二匹とも、ちょうど魔法攻撃で押し込まれていた。それら二匹と背中から衝突する形になり、三匹とも足をよろけさせるのだった。
その様子を見たダイゴローが、僕の中で興奮の声を発する。
『いいぞ、バルトルト! まるでランバージャック・デスマッチだな!』
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