死んでしまったゴブリンのギギを抱きかかえる、アルマの姿。
その向こう側に見えてきたのは、走ってくる仲間たち。つまり、カトック隊とドライシュターン隊の面々だった。
そこまでは、僕の期待通りなのだが……。軽い絶望に繋がるのは、その先だった。
クリスタは顔に疲労の色を浮かべており、よろよろした足取りだ。ここまで一人で走ってくるのは無理だったとみえて、ニーナの肩を借りていた。
カーリンも表情や歩き方はしっかりしているものの、クリスタ同様、ドライシュターン隊の青い武闘家に支えられている。紺色ローブの魔法士は、もう全く歩けないらしく、仲間の赤い戦士に背負われていた。
三人に共通するのは、魔法が使えるということ。
要するに、メカ巨人ゴブリンとの戦いで魔力を使い果たして、疲労困憊という有様だ。
これでは……。
仲間が来たならば、この赤メカ巨人ゴブリンは仲間に任せてしまおう。そんな僕の目論見は、あっけなく砕け散ったのだった。
『何を今さら……。お前、何のためにサッサと変身したのか、もう忘れたのか?』
ダイゴローに指摘されて思い出す。
カトック隊とドライシュターン隊だけでは、メカ巨人ゴブリンを三匹も相手に出来ない。だから僕が転生戦士ダイゴローとなって、そのうち一匹を倒す。
いつの間にか忘れていたが、それは、他ならぬ僕の判断だった。
実際、転生戦士ダイゴローの力で倒したのは一匹だけ。僕が想定した通り、仲間たちは二匹のメカ巨人ゴブリンを突破して、駆けつけてきたのだが……。
二匹屠るだけで魔力が空っぽになる、というのも、あの時の僕の想像通りになったわけだ。
「グワーッ!」
ひときわ大きな叫び声を発しながら、赤メカ巨人ゴブリンがその場に立ち上がる。こちらのパンチやキックを振り払ったのだ。
僕が仲間に目を向けたのは、ほんの一瞬。よそ見のつもりはなかったけれど、隙が生まれていたのだろう。
「グワーッ!」
再び大きく咆哮したモンスターは、両手を掲げて、こちらを殴ろうとする素振りを見せた。
しかし、その直後。
ビクンと体を震わせて、そのアクションが止まる。続いて、左腕の筒状の武器を、モンスター自身の腹に向けた。
「……?」
混乱して僕の動きまで止まる間に、赤メカ巨人ゴブリンは、強力な光弾を撃ち出していた。
ほぼゼロ距離で、ズバン、ズバンと発射されるエネルギー弾。その破壊力は凄まじく、あの頑丈な金属装甲にヒビが入っていく。
僕が殴った手応えでは、これまでのメカ巨人ゴブリンと同等の頑丈さだったはず。ならば、もしかすると赤メカ巨人ゴブリンが放つ光弾は、通常のメカ巨人ゴブリン以上の威力を誇っているのかもしれない。
しかも赤メカ巨人ゴブリンは、反対側の右手も、体を覆う装甲プレートに叩きつけていた。こちらはただ衝撃を与えるだけでなく、光弾のダメージで脆くなった箇所から次々と、素手で無理矢理に剥ぎ取っていく。
どう見ても、自殺行為でしかないのだが……。
ここで僕は、ようやく気づいた。
赤メカ巨人ゴブリンの足首に、アルマの鞭が巻き付いている!
つい先ほど『怪物いじり』を転ばせたのと同じだ。魔族を始末して、一度は元の長さにまで縮まっていた鞭が、再び攻撃的に伸びていたのだ。
ただし赤メカ巨人ゴブリンは、魔族とは体のサイズが全く違う。だからアルマの力では、引きずり倒すのは無理なようだが……。
いや最初から、今度は転ばそうという意図がなかったのだろうか。
現在の赤メカ巨人ゴブリンの『自殺行為』を見ていれば理解できる。鞭を介して、アルマがこのモンスターを操っているのだ、ということくらいは。
慌てて振り返ってみれば、彼女と目が合った。
「ダイゴローくん! これはお返し! ギギちゃんのために戦ってくれたお礼だよ!」
ギギの仇だった『怪物いじり』を倒したことで、かなり怒りも収まっているのだろう。アルマの表情には、僕に対する微笑みの類いも含まれていた。まだまだ気分の高揚も感じられたけれど。
僕がそれだけ見てとる間に、アルマは鞭を引き戻している。
花が咲いたように見えていた先端部も再び閉じて、鞭全体が振りまく魔力の光の粒子も消えて、元の長さに縮まっていた。
だが、いったんアルマに操られてしまった赤メカ巨人ゴブリンは、もうしばらくの間、彼女の支配下にあるに違いない。
『一度の助太刀だけで、バルトルトには十分だな!』
心の中に響くダイゴローの声と、目の前で声援を送るアルマと、両方に向かって頷いてから、僕はモンスターに向き直る。
赤メカ巨人ゴブリンは、自分で自分の装甲をボロボロにしてくれたから、僕にとっては確かに『十分』だった。
「えいっ!」
少し助走をつけて、渾身のドロップキックを叩き込む!
「グワッ?」
己を攻撃していた途中なだけに、踏ん張りが利かなかったのだろう。
赤メカ巨人ゴブリンは吹っ飛んでしまい、ちょうどモンスター自身が内側から破壊した小屋、その残骸の中へ、頭から倒れ込んでいた。
ゴキゴキという音が響きそうな角度で首を曲げながら、立ち上がろうとする赤メカ巨人ゴブリン。そんなモンスターに対して、
「ダイゴロー光線!」
本日四発目の必殺技だ。
右腕に込めた炎と、左腕の氷の魔力が合わさり、恐るべき破壊力となった光の渦。魔族が生体実験を行っていた建物ごと、そこで生み出されたモンスターを飲み込んで……。
「グゲエエエエエ!」
赤メカ巨人ゴブリンは、絶叫を上げながら爆発するのだった。
『おいおい、爆発しやがったぜ。こいつ、もうモンスターじゃなかったんだな』
そもそもメカ巨人ゴブリンは、二人の魔族――『機械屋』と『怪物いじり』――によって共同開発されたモンスターという話だった。あくまでも『モンスター』であり、ダイゴロー光線に飲まれれば粉々になって消滅するのが、お決まりのパターンだった。
しかし今回の赤メカ巨人ゴブリンは違う。その散り際は、むしろ魔族及びその眷属と同じだった。『怪物いじり』秘蔵の実験体であり、六つ突起の星印も刻まれていたので、特別な個体であることは最初からわかっていたのだが……。
もはや、モンスターに分類される生き物ですらなかったとは! なんだか悲しい話のようにも感じられた。
『しんみりしてる暇はないぞ、バルトルト』
もう本当に、変身のタイムリミットギリギリなのだろう。ダイゴロー光線を四発も放った疲労感もあって、この場で変身を解いて倒れ込みたい気分だが、そうはいかない。
仲間たちの方をチラリと振り返り、
「じゃっ!」
いつものように軽く挨拶した後。
瞬間移動で、激闘の場から去るのだった。
「ふう……」
転移した先で、ようやく変身を解除する。
左右に高い木々が並び立つ、森の小道の途中だ。前を見ても後ろを見ても、ただ緑ばかり。仲間たちの姿も、もちろんモンスターの姿も、全く視界に入らなかった。
それくらい、先ほどの戦いの場所からは離れていた。ただし、最初に変身した辺り――魔族やメカ巨人ゴブリン三匹が現れた近く――まで戻ったわけではない。少し歩くだけで、仲間たちに合流できるはずの地点だった。
『最後の一仕事だな、バルトルト』
心の中にいるダイゴローが、軽く笑う。
彼もわかっているように、今の僕は、本当に疲れ切った状態だ。ここで手足を広げて寝転んだら気持ちいいいだろうな、と考えてしまうほどだった。
でも「旅行は家に帰るまでが旅行」という言い回しもある。仲間を放り出して、自分一人だけで休んでしまうのは無責任だ。
だから僕は、悲鳴を上げそうな肉体に無理をさせて、走り出し……。
「おーい! みんな!」
顔に笑顔を浮かべながら、仲間のもとへ向かうのだった。
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