『……そういえば、マヌエラの話にあったな。針葉樹林の森だ、って』
ダイゴローも気づいたように、独特の形状の葉を持つ木々が立ち並んでいた。
その名の通り、針のように細く尖った葉っぱであり、アーベラインの『回復の森』とは正反対だ。あそこは特殊な泉の影響で、普通以上に、広々と大きく育っていたのだから。
『葉っぱだけじゃないな。こうして見ると……。あんまり横に枝分かれせず、太い幹が一本、真っすぐ上に伸びている、って感じだ』
さらに特徴を観察するダイゴロー。
この『真っすぐ上に伸びている』というポイントは、針葉樹が材木として適している理由になるそうだが、今の僕たちにとって重要なのは、そこではなかった。
葉が細い上に、横に広がる枝も少ないのであれば、木々の間隔が大きくなるのだ。そうなると、道ではないような木々の間も普通に歩けるし、隣のルートを進む仲間の姿もよく見える。
つまり、全員が一つに固まって同じところを歩く必要もないわけで……。
『今まで草の原っぱを歩きながら、俺も少し心配してたんだぜ。これから森に入るって時に、こんなに横に広がってどうすんだ、って。でもこれだけ隙間があれば、この状態でも問題ないわけだな!』
と、ダイゴローがコメントしたように。
「さあ、森に入ります! いっそうの注意を!」
カトックの号令のもと、自警団は横に広がったまま、モンスターの出る森へ突入する。
僕たちカトック隊も、軽く顔を見合わせてから、その集団に続くのだった。
「でも、いいのかなー? 私たちが後ろで」
アルマが、心配そうな声で呟く。
だからといって、前を歩く自警団の集団へ駆けていこうとはせず、みんなと足並みを揃えている。
「いいんじゃないか? さっきまでの野外フィールドでも、そうだったじゃないか。どうせ、あたしたちには戦わせないで、自分たちだけでモンスターを始末する気だろうし」
軽い口調でマヌエラが返すが、まだアルマは納得いかない様子。
「草原地帯なら見晴らし良かったけど、ここは森の中だから……」
「モンスター発見係だもんね、アルマは」
会話に加わったニーナが、パーティー内のアルマの役割を改めて強調する。
だからアルマは、ここでも前の方でその役目を務めたいのだろう。戦うのはカトックたち自警団に任せるとしても、今のフォーメーションではモンスターに気づくのが遅れて、対応が後手に回るのでないか、という心配だ。
しかし。
アルマの気がかりは、完全に杞憂だった。
ちょうどタイミング良く、自警団の一人の声が聞こえてきた。
「出た! カトックさん、モンスターだ!」
「ええ、あそこですね。さあ、みなさん! 武器を構えて!」
森といっても、ここは木々の隙間が多い針葉樹林。野外フィールドほどではないが、かなり遠くまで見通せるため、アルマが気配を察知するより早く、一般市民の自警団でもモンスターの姿を視認できるのだった。
先ほどまでとは異なり、カトックが単独で――あるいは適当な人数と共に――集団から離脱して斬り込んでいく、ということはしない。臨戦態勢のまま、自警団の全員がペースを変えずに歩き続けて、敵と接触。
相手は三匹のゴブリンであり、アッサリと数の勝利を収めるのだった。
「また出た!」
「みなさん、武器を構えて!」
このような遭遇戦が、何回か繰り返された。
当然のように、僕たち六人は戦いに参加せず、後ろで眺めているだけだ。カトックは何も僕たちに指示してこないし、ニーナも特に何か言い出すことはなく、暗黙の了解となっていた。
それは構わないのだが……。
『どうした、バルトルト。気になることがあるのか?』
心の中でダイゴローに答えようと思ったタイミングで、ちょうどカーリンとクリスタが、似たような会話を始める。
「聞いていたより、モンスターの出現頻度は高いようだな」
「そうね。最下級のゴブリンしか出ない、というのは話の通りだけど」
ダンジョンではないから、モンスターは数も種類も少ない、という事前情報。『種類』は間違っていないとしても、『数』は印象とは大きく違うのだった。
『ああ、それか。お前が気になってたのは』
心の中でダイゴローに頷いてから、僕も二人の会話に参加する。戦闘に加わらなくても、カトック隊はいつもの習慣で前衛後衛に分かれて歩いており、カーリンとクリスタは僕を挟んで言葉を交わす形だったのだ。
「どうなんでしょうね。これが普通なのか、あるいは、今日だけ特別なのか……」
「私も少し気になるわ。後で自警団の人たちに尋ねてみようかしら? 今この瞬間は迷惑でしょうし」
一昨日のモンスター襲撃事件で、クリスタは自警団の何人かを治療している。たとえ自警団メンバーが僕たちをよく思っていないにしても、その際クリスタに世話になった者ならば、彼女の質問には対応してくれるに違いない。
それでも、今はモンスターが出没する森の中。彼らに僕たちと話す余裕などあるはずなく、クリスタも尋ねるのは後回しにするつもりだったが……。
僕たちの会話は、前を歩く自警団の耳にも届いていたらしい。最後尾の一人が振り向いて、話しかけてきた。
「確かに今日は、いつもより多いですね。僕たちも驚いているくらいです」
灰色の鎧を着ているロルフだった。戦いには不向きと思われて一昨日の戦闘には不参加、昨日は自警団本部の門番として僕たちが入るのを阻んだ男だ。
「最下級のゴブリンと言いましたが、ゴブリンって、そんなに種類が豊富なのですか? 僕たちが知っているのは、今日出てくるのと同じやつばかりですけど……」
「一口にゴブリンと言っても、色々いるのよ。シンプルなゴブリン以外に、鎧衣ゴブリンとか槍ゴブリンとか騎士ゴブリンとか……」
「巨人ゴブリンになると、私たちにも結構な強敵かな」
「鎧衣ゴブリンだったら、あんたたちも知ってるだろ? ほら、つい最近、街を襲ってきたやつらだよ」
クリスタだけでなく、ニーナやマヌエラも話に加わる。
いつモンスターが出てきてもおかしくない状況だが、まるで酒場や食事の席での談笑のような、和やかな雰囲気になっていた。
「ああ、あれが……。僕は見ていませんが、話には聞きましたよ。ただ装備が異なるだけで、別種族という扱いになるのですね」
「それより、出現頻度の話だ。思い当たる理由はあるのか?」
珍しく積極的に質問していくカーリン。戦闘大好きなだけに、こういう話題には関心が高いようだ。
「いや、それは……」
ロルフが気圧された顔を見せる。カトックの人物評だけでなく、外見的にも気弱そうな男だから、理解できる反応だった。慣れない者が見たら、カーリンの目つきからは、キツそうなイメージを感じるのだろう。
「おい、ロルフ。あんまり無駄話するなよ」
隣を歩くメンバーから小突かれて、いっそう慌てるロルフ。
モンスターを警戒するべき森の中だから『無駄話』なのだが、それだけではないだろう。もしかしたら自警団の中には、僕たちと言葉を交わすこと自体を不快に思う空気があるのかもしれない。
今のロルフはそれほどでもないが、今朝建物の前で僕たちを出迎えた自警団の表情は、皆一様に厳しいものだった。
仲間に注意されたとはいえ、中途半端なところで会話を切り上げるのは失礼、と判断したらしい。最後にロルフは、適当な冗談を残してから、前を向く。
「もしかしたら、あなた方冒険者を出迎える意味で、森中のモンスターが出てくるのかもしれませんね。ほら、ジルバさんの話にあったでしょう? モンスターにとって冒険者は特別だ、って」
口調や表情から判断する限り、彼自身はあくまでも冗談のつもりだったはず。
しかし、森を歩く自警団の中には、本気で僕たちのせいだと考えている者もいるのではないか。僕には、そう感じられるのだった。
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