「わあ、つかまっちゃった!」
「今度はパウラちゃんが鬼だあ! みんな逃げろー!」
「ほら、ギギちゃんも逃げるんだよ!」
ゴブリンのギギは、パトリツィアの娘パウラにタッチした後、鬼ごっこのルールに従って、すぐに彼女から離れる方向へ走り出していた。
モンスターが人間の子供を追いかけ回す姿を見て「まるで襲っているみたいだ」とカールたちは心配していたようだが、そうではないと実証された形だ。
その後も、しばらく見守っていると……。
「またギギちゃんが鬼だよ!」
どうやら、ゴブリンが『鬼』役にされる割合が、他の子供たちよりも多いようだった。おそらく、一緒に遊ぶのは珍しいという理由で、『鬼』役の子供は、ついついギギをターゲットにしてしまうのだろう。
別に「モンスターだから」という話ではなく、あくまでも「遊ぶ機会の少ない友だちだから」という理由だ。その証拠に、今日いきなり加わったアルマも、ギギと同じくらい『鬼』役にさせられていた。
「こうして見ていると、モンスターにしては運動能力が低いみたいね」
「うむ。いくら最下級のゴブリンとはいえ、普通ならば、人間の幼児と追いかけっこをして捕まるはずがない」
子供たちの遊びを観察しながら、クリスタとカーリンが、冷静な意見を交わす。
アルマは子供たちに合わせて、わざとゆっくり走っているようだが、さすがにギギは、そこまで考えたりしないだろう。二人ともそう判断したのだろうし、それには僕も同意できた。
『寝食を忘れる、って言葉があるが……。遊びに夢中になってる子供も、そんな感じなのかな』
僕の中で、ポツリと呟くダイゴロー。
確かに、お昼どきになっても食事休憩とはならず、子供たちは遊び続けていた。昼食のために一時帰宅する子供もいたが、それは少数であり、ほとんどは広場に残ったままだ。
早めの昼食を済ませてから来た子供もいるかもしれないが、それこそ、ごく少数だろう。
僕たちカトック隊の四人――子供たちと遊ぶアルマを除く四人――は、帰るでもなく昼食を抜くでもなく、ゴブリンと子供が遊ぶ様子を眺めながら、その場で携帯食でお昼を済ませることになった。
「ダンジョンならば普通だけど、まさか街中で、こういう昼食になるとは……」
僕の独り言を耳にして、ニーナが苦笑する。
「これも冒険者の仕事みたいなもんだよ。それに、ちょうどモンスターを見ながらだから、ちょっとダンジョン気分じゃない?」
「そう言われれば、そうかなあ? いや、なんか言いくるめられてる気もするけど」
軽い冗談を交わしながら、携帯食を口へ。
そんな僕たちを残して、
「あんたたち、ずっと見張っててくれるんだな? だったら、ちょっと帰ってメシ食ってくる」
カールたち村人は、まともな食事をしに家へ向かう。
「パウラちゃーん! お昼ご飯を食べに行きましょう!」
「はーい、ママ! 食べ終わったら、また遊びにきていいよね?」
「もちろんよ。今日は私が、ずっと見ていてあげるから」
「わーい!」
パトリツィアも娘の手を引いて、いったん広場から離れるのだった。
こうなると、可哀想なのはアルマだ。
今日の彼女は、いわばギギの保護者役。ゴブリンのギギが子供たちと遊び続ける限り、彼女も一緒に遊ぶしかない。ギギは食欲すら忘れるくらい楽しく遊んでいるため、アルマも付き合う形になっていた。
彼女はカトック隊の中でも一番の食いしん坊であり、おそらく今だって「食事抜きで遊びたい!」とは思っていないだろうに。
昼食から戻ってきた子供たちも交えて、午後も広場での遊びは続いたが……。当然のように、いつかは終わりの時間が来る。
空が赤くなる頃には、
「僕、そろそろ帰らなくちゃ」
「あっ、ママが迎えに来てくれた!」
と、帰宅する子供も現れ始めた。
芝生の上を駆け回る子供たちが半分くらいになったところで、パトリツィアも娘を呼び寄せる。
「パウラちゃーん! そろそろ私たちも帰るわよ!」
「はーい、ママ! ギギちゃん、また遊ぼうね!」
一言ゴブリンに告げてから、母親のもとへ走ってくるパウラ。
娘を抱きしめながら、パトリツィアは僕たちにも挨拶する。
「今日はお世話になりました。また明日、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。色々と案内してもらって、助かりました」
そう返すニーナに合わせて、僕も軽く頭を下げる間に、パトリツィアとパウラは去っていった。
「じゃあ、俺も帰るぜ」
パトリツィアに続いてカールも立ち去り、子供たちが全ていなくなる頃には、他の大人たちも帰っていった。
こうして、クラナッハ村の人間が誰もいなくなった広場に、僕たちカトック隊とゴブリンのギギだけが取り残される。
「今日は楽しかったね、ギギちゃん」
「ギギッ……!」
そんな言葉を交わしながら、アルマはゴブリンを連れて、僕たち四人の近くまで戻ってきた。
最後に彼女は、
「じゃあ、またねー! バイバーイ!」
と手を振って、僕たちと一緒に、ゴブリンが去っていくのを見届けるのだった。
釣られるようにして手を振りながら、ふと考えてしまう。
今までは子供たちと遊んだ後、武器を持った村人たちに追い立てられていたのだから、こうやって穏やかに帰って行けるのは初めてのはず。モンスターの表情なんて僕にはわからないが、あのゴブリンの顔に浮かんでいたのは、幸せの笑みではないだろうか。
そんな微笑ましい気持ちで、モンスターの後ろ姿を見送っていたのだが……。
『「バイバーイ」じゃねえぞ! バルトルトもみんなも、雰囲気にのまれてるだろ?』
心の中にいるダイゴローが大声で叫ぶので、僕はハッとする。
彼に言われて、今さらながらに思い出したのだ。
モンスターの背後には魔族の関与があると考えて、モンスターがどこから来たのか知りたいというのが、僕たちカトック隊の目的だったはず。ならば、このまま帰してしまっては意味がないではないか!
「あの、みんな……」
その点を指摘しようと、僕が口を開きかけたところで、
「さてと。これくらい距離を空ければ十分よね。そろそろ私たちも行きましょうか?」
余裕の笑みを浮かべて、クリスタがそう言い出した。
みんなは別に忘れていたわけではなく、こっそり尾行するために、わざと少し待っているだけだったのだ。
村の中を歩く一匹のゴブリンと、少し離れて、その後ろからついていく僕たち五人。ゴブリンのギギには気づかれないよう、建物の軒下や木陰に隠れながらの尾行だが、一応姿を隠している、という程度に過ぎなかった。
なにしろ、モンスターが自由に村を徘徊しているのだ。すれ違う村人たちは一様にギョッとした顔を見せるし、中には、叫び出そうとする者もいた。
そうした人々が現れる度に、僕たちはわざとらしく姿を見せて「冒険者が後ろにいるから大丈夫ですよ」「尾行しているので騒がないでくださいね」と示す必要があった。
このように中途半端な隠れ方なので、賢いモンスターならば、僕たちに気づいてもおかしくないはずだが……。
「普通のゴブリンと比べても、頭の出来は良くないのかしら?」
「うむ。モンスターにしては低レベルのようだな」
クリスタとカーリンが、小声でそんな会話をするくらいだった。
「二人とも、ひどーい! ギギちゃんを馬鹿にしないでよー!」
「馬鹿になんてしてないわ。クリスタもカーリンも、あのゴブリンはまるで人間の子供みたい、って言ってるのよ」
ニーナがアルマを宥めるが、そもそもアルマだって本気で怒っているわけではないのだろう。大きな声は出していないのだから、最初から冷静であり、それ以上の文句は口にしなかった。
村の中心ではなく、ゴブリンは村外れへ向かっているらしい。クラナッハ村の地理には不案内な僕たちでも、その程度は感じ取れていた。
しばらく歩くうちに、民家のない地域まで来ており……。突然、ゴブリンが立ち止まる。
「ギギ……?」
今さらのように、周りを警戒する気になったのだろうか。キョロキョロと左右を見回してから、ゴブリンのギギが小走りで入っていた先は、ポツンと建っている一軒の小屋だった。
僕たちは木陰に隠れたまま、その様子を見届けて、さらに数分くらい待ってみる。だが、ゴブリンが出てくる様子は全くなかった。
ニヤリと笑いながら、カーリンが呟く。
「どうやら、目的の場所を突き止めたようだな」
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