転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第108話 ゴブリンは友だち(4)

公開日時: 2021年1月30日(土) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:06
文字数:3,330

   

「わあ、つかまっちゃった!」

「今度はパウラちゃんが鬼だあ! みんな逃げろー!」

「ほら、ギギちゃんも逃げるんだよ!」

 ゴブリンのギギは、パトリツィアの娘パウラにタッチした後、鬼ごっこのルールに従って、すぐに彼女から離れる方向へ走り出していた。

 モンスターが人間の子供を追いかけ回す姿を見て「まるで襲っているみたいだ」とカールたちは心配していたようだが、そうではないと実証された形だ。

 その後も、しばらく見守っていると……。

「またギギちゃんが鬼だよ!」

 どうやら、ゴブリンが『鬼』役にされる割合が、他の子供たちよりも多いようだった。おそらく、一緒に遊ぶのは珍しいという理由で、『鬼』役の子供は、ついついギギをターゲットにしてしまうのだろう。

 別に「モンスターだから」という話ではなく、あくまでも「遊ぶ機会の少ない友だちだから」という理由だ。その証拠に、今日いきなり加わったアルマも、ギギと同じくらい『鬼』役にさせられていた。

「こうして見ていると、モンスターにしては運動能力が低いみたいね」

「うむ。いくら最下級のゴブリンとはいえ、普通ならば、人間の幼児と追いかけっこをして捕まるはずがない」

 子供たちの遊びを観察しながら、クリスタとカーリンが、冷静な意見を交わす。

 アルマは子供たちに合わせて、わざとゆっくり走っているようだが、さすがにギギは、そこまで考えたりしないだろう。二人ともそう判断したのだろうし、それには僕も同意できた。



『寝食を忘れる、って言葉があるが……。遊びに夢中になってる子供も、そんな感じなのかな』

 僕の中で、ポツリと呟くダイゴロー。

 確かに、お昼どきになっても食事休憩とはならず、子供たちは遊び続けていた。昼食のために一時帰宅する子供もいたが、それは少数であり、ほとんどは広場に残ったままだ。

 早めの昼食を済ませてから来た子供もいるかもしれないが、それこそ、ごく少数だろう。

 僕たちカトック隊の四人――子供たちと遊ぶアルマを除く四人――は、帰るでもなく昼食を抜くでもなく、ゴブリンと子供が遊ぶ様子を眺めながら、その場で携帯食でお昼を済ませることになった。

「ダンジョンならば普通だけど、まさか街中まちなかで、こういう昼食になるとは……」

 僕の独り言を耳にして、ニーナが苦笑する。

「これも冒険者の仕事みたいなもんだよ。それに、ちょうどモンスターを見ながらだから、ちょっとダンジョン気分じゃない?」

「そう言われれば、そうかなあ? いや、なんか言いくるめられてる気もするけど」

 軽い冗談を交わしながら、携帯食を口へ。

 そんな僕たちを残して、

「あんたたち、ずっと見張っててくれるんだな? だったら、ちょっと帰ってメシ食ってくる」

 カールたち村人は、まともな食事をしに家へ向かう。

「パウラちゃーん! お昼ご飯を食べに行きましょう!」

「はーい、ママ! 食べ終わったら、また遊びにきていいよね?」

「もちろんよ。今日は私が、ずっと見ていてあげるから」

「わーい!」

 パトリツィアも娘の手を引いて、いったん広場から離れるのだった。

 こうなると、可哀想なのはアルマだ。

 今日の彼女は、いわばギギの保護者役。ゴブリンのギギが子供たちと遊び続ける限り、彼女も一緒に遊ぶしかない。ギギは食欲すら忘れるくらい楽しく遊んでいるため、アルマも付き合う形になっていた。

 彼女はカトック隊の中でも一番の食いしん坊であり、おそらく今だって「食事抜きで遊びたい!」とは思っていないだろうに。


 昼食から戻ってきた子供たちも交えて、午後も広場での遊びは続いたが……。当然のように、いつかは終わりの時間が来る。

 空が赤くなる頃には、

「僕、そろそろ帰らなくちゃ」

「あっ、ママが迎えに来てくれた!」

 と、帰宅する子供も現れ始めた。

 芝生の上を駆け回る子供たちが半分くらいになったところで、パトリツィアも娘を呼び寄せる。

「パウラちゃーん! そろそろ私たちも帰るわよ!」

「はーい、ママ! ギギちゃん、また遊ぼうね!」

 一言ひとことゴブリンに告げてから、母親のもとへ走ってくるパウラ。

 娘を抱きしめながら、パトリツィアは僕たちにも挨拶する。

「今日はお世話になりました。また明日、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。色々と案内してもらって、助かりました」

 そう返すニーナに合わせて、僕も軽く頭を下げる間に、パトリツィアとパウラは去っていった。

「じゃあ、俺も帰るぜ」

 パトリツィアに続いてカールも立ち去り、子供たちが全ていなくなる頃には、他の大人たちも帰っていった。

 こうして、クラナッハ村の人間が誰もいなくなった広場に、僕たちカトック隊とゴブリンのギギだけが取り残される。

「今日は楽しかったね、ギギちゃん」

「ギギッ……!」

 そんな言葉を交わしながら、アルマはゴブリンを連れて、僕たち四人の近くまで戻ってきた。

 最後に彼女は、

「じゃあ、またねー! バイバーイ!」

 と手を振って、僕たちと一緒に、ゴブリンが去っていくのを見届けるのだった。


 釣られるようにして手を振りながら、ふと考えてしまう。

 今までは子供たちと遊んだ後、武器を持った村人たちに追い立てられていたのだから、こうやって穏やかに帰って行けるのは初めてのはず。モンスターの表情なんて僕にはわからないが、あのゴブリンの顔に浮かんでいたのは、幸せの笑みではないだろうか。

 そんな微笑ましい気持ちで、モンスターの後ろ姿を見送っていたのだが……。

『「バイバーイ」じゃねえぞ! バルトルトもみんなも、雰囲気にのまれてるだろ?』

 心の中にいるダイゴローが大声で叫ぶので、僕はハッとする。

 彼に言われて、今さらながらに思い出したのだ。

 モンスターの背後には魔族の関与があると考えて、モンスターがどこから来たのか知りたいというのが、僕たちカトック隊の目的だったはず。ならば、このまま帰してしまっては意味がないではないか!

「あの、みんな……」

 その点を指摘しようと、僕が口を開きかけたところで、

「さてと。これくらい距離をければ十分よね。そろそろ私たちも行きましょうか?」

 余裕の笑みを浮かべて、クリスタがそう言い出した。

 みんなは別に忘れていたわけではなく、こっそり尾行するために、わざと少し待っているだけだったのだ。


 村の中を歩く一匹のゴブリンと、少し離れて、その後ろからついていく僕たち五人。ゴブリンのギギには気づかれないよう、建物の軒下や木陰こかげに隠れながらの尾行だが、一応姿を隠している、という程度に過ぎなかった。

 なにしろ、モンスターが自由に村を徘徊しているのだ。すれ違う村人たちは一様にギョッとした顔を見せるし、中には、叫び出そうとする者もいた。

 そうした人々が現れる度に、僕たちはわざとらしく姿を見せて「冒険者が後ろにいるから大丈夫ですよ」「尾行しているので騒がないでくださいね」と示す必要があった。

 このように中途半端な隠れ方なので、賢いモンスターならば、僕たちに気づいてもおかしくないはずだが……。

「普通のゴブリンと比べても、頭の出来は良くないのかしら?」

「うむ。モンスターにしては低レベルのようだな」

 クリスタとカーリンが、小声でそんな会話をするくらいだった。

「二人とも、ひどーい! ギギちゃんを馬鹿にしないでよー!」

「馬鹿になんてしてないわ。クリスタもカーリンも、あのゴブリンはまるで人間の子供みたい、って言ってるのよ」

 ニーナがアルマを宥めるが、そもそもアルマだって本気で怒っているわけではないのだろう。大きな声は出していないのだから、最初から冷静であり、それ以上の文句は口にしなかった。


 村の中心ではなく、ゴブリンは村外れへ向かっているらしい。クラナッハ村の地理には不案内な僕たちでも、その程度は感じ取れていた。

 しばらく歩くうちに、民家のない地域まで来ており……。突然、ゴブリンが立ち止まる。

「ギギ……?」

 今さらのように、周りを警戒する気になったのだろうか。キョロキョロと左右を見回してから、ゴブリンのギギが小走りで入っていた先は、ポツンと建っている一軒の小屋だった。

 僕たちは木陰こかげに隠れたまま、その様子を見届けて、さらに数分くらい待ってみる。だが、ゴブリンが出てくる様子は全くなかった。

 ニヤリと笑いながら、カーリンが呟く。

「どうやら、目的の場所を突き止めたようだな」

   

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