「……!」
眠りから覚めた僕は、バネのような勢いで、ベッドから飛び起きた。
もう夕方ではなく、夜と呼ぶべき時間なのだろう。窓に目を向けると、すっかり外は暗くなっていた。
反対に、開きっ放しのドアから、薄黄色の光が差し込んでくる。廊下の魔法灯が、既に点灯しているようだ。
『夕飯の時間になったら降りてこい、って言われてたよな。その「夕飯の時間」って、いつ頃だ?』
ダイゴローに言われるまで、僕も忘れていた。その肝心の『夕飯の時間』を聞いていないではないか!
『おいおい。バルトルトが敢えて尋ねないから、てっきり冒険者パーティーの夕食時間には一定のルールがあるのかと思ったが……』
そういえば、まだダイゴローと融合して二日目だ。昨日の僕が夕飯を食べた時間を標準と勘違いされても仕方がない。
『いや、昨日は一人だったし、宿泊の問題でバタバタしてたろ? だから、あれがいつも通りとは俺も思わなかったが……』
と、ダイゴローと脳内会話を繰り広げている場合ではなかった。
もしかすると、みんな既に食べ終わった頃だろうか? 新しい家に来たばかりなのに、自分だけ食事に遅れたりしたら、いきなり印象が悪くなる!
慌てて部屋を飛び出して、僕は一階へと向かった。
階段の途中で、美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。
ダイニングルームに入っていくと、アルマとニーナに迎えられた。
「あっ、バルトルトくんも来た!」
「うん、グッドタイミングだね」
元気なアルマと、ニッコリと微笑むニーナ。二人は、お皿を運んでいるところで……。
これが普段着なのだろうか。当然の話だが、昼間の『冒険者』の外見とは別物だった。
ニーナは赤いジャージの上下で、アルマは白いTシャツと青いショートパンツという格好。ニーナの方はシンプルに赤一色なので、特にファッションセンスは感じられなかったが、アルマは違う。
アルマのTシャツは首回りと袖口にオレンジ色の模様があったり、胸の辺りに黄色いヒヨコ柄がプリントされていたり、可愛らしいデザインだった。
『ああ、俺の世界だと、小さな子供がよく着てるような服だな』
ダイゴローは失礼な感想を述べるが、あながち否定できない、と僕も思ってしまった。
頭の中でダイゴローと話している間も、ニーナの言葉は続いていた。
「さっき見に行ったら、キミ、気持ち良さそうに寝てて……。でも、そろそろ起こさないといけないから、ちょうど良かったよ」
「ははは……。そう言われると、ちょっと恥ずかしいな」
「……ん? 何が?」
「ほら、無防備な寝顔を見られたのが……」
「そんなの気にすることないよ。仲間なんだから」
と笑うニーナに、アルマも言葉を被せる。
「そうだよ! 眠ってるバルトルトくん、可愛かったよ!」
部屋まで来たのは、ニーナだけではなかったようだ。
でも扉を開けたまま寝ていたのだから、中を覗かれたのも自己責任。そう納得することにした。
「お昼にガッツリ食べたから、今夜は軽めだよー!」
アルマの言う通り、テーブルに並んでいる品数は少なかった。
ダイニングと繋がったキッチンスペースに目を向ければ、サラダを作っているらしいカーリンと、大きな寸胴の鍋をかき回すクリスタが見える。
カーリンは水色のシャツと青いデニムのオーバーオール、クリスタは白いブラウスに緑色のエプロンスカートという服装だった。
『二人が二人とも胸当ての付いたファッションというのは、ちょっと面白いな。示し合わせたのか、偶然なのか……』
ダイゴローが妙な部分を気にする。どうせ部屋着なのだから、こだわるべきポイントとは思えないのだが。
それよりも。
まだ二人が料理中ということは、もう少しメニューは増えるのだろう。
「本当は、料理も当番制にした方がいいんだけど……」
二人を見ていた僕に、ニーナがまた、カトック隊の決まりを告げる。
「いつもカーリンとクリスタが作ってくれるから、ついつい甘えちゃってね」
「今のままでいいよ、ニーナちゃん。だって、カーリンちゃんとクリスタちゃんの作るご飯、とっても美味しいもん!」
軽めと言っていた割には、メインのクリームシチューは、大きめの野菜やチキンがゴロゴロと入っていて、結構なボリュームだった。
アルマの言葉通り、実際に食べてみると、味は素晴らしい。口に入れた瞬間、
「うまい!」
と声を上げてしまったほどだ。
突然の叫び声に驚いたらしく、一瞬みんなが手を止めて僕を見るので、何か言わなければいけない、と思った。
「クリームに何を混ぜたら、こんな味に出来るんだろう? コクがあるのに、しつこくない……。まろやかって言えばいいのかな? とにかく口当たりが良いから、何杯でも食べられそうです!」
拙いながらも精一杯の表現で、素直な感想を伝える僕。
「あら、やだ。そんなに持ち上げられても、何も出ないわよ……」
クリスタの微笑みは、いつもと少し違って、照れ笑いを含んでいるように見えた。
その間にも、僕の「何杯でも食べられそう」を実践するかのように、大声と共に立ち上がる者が一人。
「おかわり! 自分でよそってくるねー!」
空になったシチュー皿を持って、キッチンへ向かうアルマだった。
食べ終わったところで、
「私たちは、食事の前に入っちゃったからね。お風呂、あとはキミだけだよ」
とニーナから言われる。
「年功序列ー!」
「ちょっと違うわ、アルマ。今までは確かに、そう見えたかもしれないけど……」
「正確には、パーティー加入の順番ね」
苦笑するニーナの横で、クリスタが補足してくれた。
カーリン、クリスタ、ニーナ、アルマの順で入浴するのは、カーリンとクリスタがカトック隊では古株で、続いてニーナ、最も新参がアルマだからだという。
「これに従うと、今日だけでなく明日からも、あなたが一番最後になるわね。構わないかしら?」
「ええ、もちろん。順番なんてどうでも良くて、それより毎日お風呂に入れる、というだけで十分ですよ」
これが僕の本音だった。『赤天井』の冒険者寮には、風呂の設備はなかったのだから。
「ふうっ……」
湯船に浸かって手足を伸ばすと、自然に声が漏れる。
風呂場は、思ったより広かった。洗い場のスペースもそうだが、浴槽自体も、一軒家の家族風呂にしては大きい。宿屋や街の共同浴場ほどではないが、親が子供と一緒に入浴したり、夫婦二人で利用したりしても、十分な余裕がありそうだ。
「毎晩この風呂に浸れるのは、ちょっとした贅沢だなあ……」
独り言が、風呂場に反響する。
この言葉に、ダイゴローが反応を示した。
『この世界って、風呂があるんだな。こういうファンタジー世界って、シャワーが基本かと思ったぜ』
彼の言い方からして、ダイゴローの世界にも『風呂』という概念はあるようだ。
『ああ、もちろんだ。命の洗濯って言われるくらい、生活に根付いてる。ただし国によっては、浴槽にお湯を張ることなく、シャワーで済ますのが一般的な場所もあって……』
「ああ、それなら、この世界も同じだよ。僕たちの王国では風呂文化が浸透しているけれど、辺境の国々の中には、風呂のない国もあるらしい」
そもそも王国でも、田舎の小さな村だと、シャワーのみの家が多いという。いや田舎村だけでなく、それこそアーベラインの街でも、冒険者組合の寮はシャワーしかなくて……。
『毎日シャワーだけの生活なんて、ちょっと俺には耐えられそうにないぜ』
「その気持ち、わかるような、わからないような……。とにかく、文化の違いなのだろうね」
こんな感じで、ダイゴローと脳内会話を繰り広げていたので。
すっかり長湯になって、僕は少しのぼせてしまった。
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