「ちょうどお昼の時間だから、今日はここで食べていこうか」
「わーい!」
リーダーであるニーナの提案に、歓声を上げるアルマ。
反対する者は一人もいなかったので、冒険者組合で食事をすることになった。
一階の奥にある食堂ホールは、以前に説明した通り、二階分の吹き抜けとなっていて、開放的な空間だ。時間的に、美味しそうな匂いが立ち込めていた。
高い天井では四枚羽根のファンが回っており、空気を攪拌している。だから、匂いはこもっていないはずだが……。いや、むしろ逆だろうか。食欲をそそる香りを、わざと辺り一帯に撒き散らしているのかもしれない。
お腹がグーッと鳴る音が聞こえて振り向くと、
「えへっ」
アルマが小さく笑っていた。店側の策略に乗せられて、この匂いに刺激されたのは、僕だけではなかったらしい。
依頼された仕事の場所が遠かったり、ダンジョンまでモンスターを狩りに出かけたりしたら、夕方まで戻ってこないのが冒険者というものだ。『赤天井』のホールで昼食を済ませるのは、街中での簡単な依頼――冒険らしい冒険とは言えない仕事――を引き受けている者や、今日は休みと決めた怠け者ばかり。
だから夕方ほどの混雑ではなく、それなりに賑わっていたものの、空席のテーブルは結構あった。
それでも一応、先に席を確保しておくに越したことはない。
「じゃあ、キミは場所取りをお願い。私とアルマで料理、カーリンとクリスタで飲み物を持ってくるから」
とニーナから頼まれて、
「何かこだわりある? それとも、普通に葡萄酒でいいかしら?」
クリスタの言葉に僕が頷くと、四人は早速、注文カウンターへと向かう。
こうして。
テーブル席の一つに腰を下ろして、ポツンと一人で待つ形になった。
『こういう世界観だと、やっぱり飲み物の「普通」は葡萄酒になるんだな』
何やら感慨深げな、ダイゴローの声。
彼の国では、違うのだろうか。
『ああ、俺んところには「とりあえずビール」って言葉があって……。いや、そもそも二十歳未満の飲酒は法律で禁止されてるのさ。まあ国によっては、十八歳とか十六歳でOKのところもあったはずだが……。俺の国の感覚からしたら、信じられない話だった』
僕の感覚からすれば、ダイゴローの話こそ、何だか奇妙に思えた。アルコール禁止をわざわざルールで定めるなんて……。
『この世界だと、その辺は自由なのか?』
各自の自由に任されている。ただし、子供には飲ませないよう、親が躾けるのが一般的だった。低年齢でのアルコール摂取は、体力と魔力を大きく損なう、と考えられているからだ。
『魔力にも影響するのか?』
試したことないので断言できないが、常識としては、そういう話になっている。
魔力は冒険者だけでなく、普通の生活を送る上でも極めて重要であり、「魔力に害が出る」というのは、強力な脅し文句になるのだった。例えば、もしも魔力を失ったら、魔法灯を点すことすら不可能になるのだから。
『なるほど。面白い抑止力だな。そういえば、魔力は電気みたいなエネルギー源、って話だったな? つまり魔力を失うってことは、自分だけ停電になるみたいなもんか……。そりゃあ大変だ』
彼の世界に置き換えて、納得したらしいダイゴロー。
僕だって、今でこそ葡萄酒は水代わりという感覚だが、小さい頃は一滴も口にしていなかった。初めて葡萄酒を飲んだのは、冒険者学院の卒業祝賀会であり、当時は美味しいと思えなかったのをハッキリと覚えている。
……などと、ダイゴロー相手に脳内会話を繰り広げている間に、
「お待ちどおさま」
クリスタがカーリンと共に戻ってきた。
五人分だから、二人が運んできたグラスは五つ。ただし、中身は三種類に分かれていた。見慣れた葡萄酒は二人分だけで、それより薄いのが――おそらく葡萄ジュースが――一人分と、色の濃いビールが二人分だ。
『「普通」のはずの葡萄酒、半分以下だな?』
ダイゴローの揶揄に、僕も口元に苦笑が浮かぶ。それを目ざとくクリスタが見つけて、
「葡萄酒は、あなたとニーナの分。私とカーリンは黒ビールよ。二人とも、これがお気に入りでね。あと、アルマは葡萄酒もビールも飲めなくて……」
「だって、葡萄酒は口の中が渋い感じになるし、ビールはモワモワして気持ち悪いもん!」
ちょうど戻ってきたアルマが、自らの嗜好を主張する。
子供らしく微笑ましい話だが、飲み物と食べ物は、事情が違うらしい。食べる方は「何でも大丈夫!」と言わんばかりに、大きなトレイを抱えて、何皿もの料理を運んできていた。後ろに続くニーナも、同じくドッサリ持ってきている。
五人で食べ切れるのか、心配になるほどの量だった。いつもならば、昼食はダンジョン探索中に、簡単な携帯食で済ませるだけなのに……。僕の胃袋は今日、驚いてしまうに違いない。
「カトック団の新メンバーに! 乾杯!」
ニーナの音頭で始まった昼食は、一応、僕の歓迎会を兼ねているようだった。
若鶏の丸焼きに、ローストビーフに、ポークソーセージに、フィッシュフライに……。パッと見ると肉食に偏っているが、ポテトフライやグリーンサラダ、緑黄色野菜のスープなどもあった。
バゲットパンの入ったバスケットも、一つではなく三つ用意されている。一つでは足りないにしても、食べ終わってから次を取りに行けばいいだろうに……。
一品ずつ見れば、夕食として食堂ホールで何度も口にした料理ばかり。だが、たとえ夕食であっても、こんなに一度に食べた経験はない。ましてや昼食なのに、本当に大丈夫なのだろうか?
「ほら、ぼーっとしてると、全部アルマに食べられちゃうわよ」
「ああ、ありがとうございます」
クリスタが若鶏を切り分けて、小皿に取ってくれた。
席取りで僕がテーブルの真ん中に座っていたせいか、食事の配置も、その通りになっている。両隣がクリスタとカーリンで、正面がニーナとアルマ。奇しくも、ダンジョンやフィールドでの陣形と同じになっていた。
「アルマはねえ、小鳥や小動物が大好きで、可愛がってるのに……。でも、食べるのも平気なのよね」
肉や魚をパクつくアルマの横で、ニーナが笑う。アルマほどではないが、ニーナがフォークとナイフを動かすペースも、かなりのものだった。
「だって、もう調理されちゃったんでしょ? それなら、美味しくいただかないと可哀想だもん!」
「そんなこと言って……。本当は、ただの食いしん坊のくせに」
と、冗談を交わす二人。
「あなたの歓迎会でもあるのだから、遠慮する必要はないのよ」
「いや、遠慮しているつもりはないのですが……」
右側で世話を焼いてくれているクリスタも、いつのまにか、小皿の上の料理が半分以上なくなっていた。
ふと左を見れば、カーリンも口数が少ない分、食べるのに専念できて、かなり捗っているようだった。
これもエグモント団とカトック隊の違いだろうか。
エグモント団にいた頃は、女の子は少食というイメージを持っていたが……。あれは『女の子』全般ではなく、シモーヌ一人が特別だったのかもしれない。思い返してみると、冒険者学院では、結構よく食べる女の子も多かった気がする。
「ちゃんと食べないと、体力も魔力も維持できないし、レベルアップも遅くなるわ」
まるで「食べるのも冒険者の仕事のうち」みたいな言い方だ。冗談なのか本気なのか、ちょっとわからないけれど。
「ははは……。そうですね、じゃあ僕も、みんなに負けないように……。いただきます!」
改めて、宣言して。
今までとは別人の勢いで、僕も料理を掻き込むのだった。
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