「街にモンスターが? 大事件じゃないの!」
真っ先に反応して声を上げたのは、カトックではなく、彼の隣に立つニーナだった。
男は、ここで初めて僕たちに気づいたという顔で、困惑気味の声をカトックに向ける。
「カトックさん、この人たちは……?」
「アーベラインという街から、はるばる私を訪ねてきた方々で……。見ての通り冒険者ですよ、ブルーノさん」
改めて僕たちの装備を見て、ハッとするブルーノ。
「冒険者……! ちょうどいい! ぜひ手を貸してくれ! 報酬の話は後回しになるが……」
「お金なんていらないわ。だって、カトックの手伝いだから! そうでしょ、みんな?」
ブルーノの言葉を遮って、ニーナが仲間の顔を見回す。リーダーである彼女に反対する者は、僕を含めて一人もいなかった。
「じゃあ、決まり! 今すぐ行こう!」
「私も支度をして、なるべく早く追いかけます。それまでの間、よろしくお願いします」
というカトックの言葉を背に受けて。
ブルーノに先導される形で、僕たちは教会を後にするのだった。
「前にも街が襲われたって聞いたけど、またゴブリンなの?」
走りながら、ニーナが状況を尋ねる。
ブルーノは首を縦に振るが、自信のなさそうな表情だった。
「ゴブリンはゴブリンなんだが……。前に来たやつとか、森で見るやつとは違う。ゴブリンのくせに、鎧を着てるんだ。そんなやつが数匹以上、広場で暴れてる!」
「……鎧衣ゴブリンね。大丈夫よ、私たちカトック隊に任せて」
自信たっぷりに言い切るニーナ。その口元には、笑みすら浮かんでいた。
鎧衣ゴブリンといえば、彼女が冒険者デビューした日に出くわした相手であると同時に、カトックと知り合うきっかけにもなったモンスターだ。色々と思うところもあるのかもしれない。
一方、そんなニーナの事情を知らぬブルーノは、彼女が口にしたパーティー名に反応を示していた。まだ僕たちは自己紹介もしていないのだから、当然のリアクションだろう。
「カトック隊……? そういえば、カトックさんを訪ねてきた、って言ってたな。じゃあ、あんたたちは……」
軽く呟いてから、自分の発言を打ち消すかのように、彼は首を横に振る。
「いや、そういうのは後回しだ。とにかく、急いでくれ! こっちだ!」
走るペースを上げる彼に対して。
今この場で事情説明しようとする者は、誰もいなかった。
アーベントロートの中心街らしき場所を走り抜ける形で、僕たちは急ぐ。
本来ならば賑やかな街並みが、今は別の意味で騒然としていた。僕たちの進む先から、人々が逃げてくるのだ。
『これなら、人の流れに逆行するだけでいい。道案内なしでも、問題の場所まで辿り着けそうだな』
と、ダイゴローが言うほどだった。
ブルーノの話では、モンスターは広場で暴れているらしいが、その『広場』というのは、街の入り口近くに位置していたようだ。
問題のモンスターたちが見えてきた時、その向こう側に、外の草原地帯も視界に入るくらいだった。
広場には露店の屋台も多く、その点では、アーベラインの街の入り口から続く大通りを彷彿とさせる。ただし、ここは『大通り』ではなく、あくまでも『広場』だ。露店のような仮店舗に加えて、宿屋や食堂などの建物もあった。アーベントロートを訪れる旅人向けなのだろう。そこは、むしろアーベラインの『駅』――乗合馬車の発着場――と似ている雰囲気だった。
『バルトルトたちを乗せた馬車は、それ用の広場へ来たけどさ。どうせアーベントロートに来るのは乗合馬車じゃないんだし、普通は、こっちで客を降ろすんじゃねえのか?』
ダイゴローの言葉には一理ある。この世界の人間ではないのに、彼は本当によく理解していた。
本来こちらは、徒歩でアーベントロートへ来た人たちを歓迎する場所だろうが……。確かに小型馬車ならば、わざわざ発着場の方へ向かったり街の中まで入ったりせず、この入り口の前で乗り降りさせることも可能なはず。
僕たちが降りた広場はこじんまりとしており、むしろ閑散としているとさえ言えるくらいだったが、あの時は「小さな街だから」という理由で、全く疑問に感じていなかった。
でも、やっぱりアーベントロートだって一応は街なのだから……。
『あー。俺の方から話を振った以上、ちょっと言いにくいことだが……。なあ、バルトルト。そんな悠長な考え事してる場合じゃないだろ?』
そうだった!
ダイゴローに促されて、改めて、この場の状況に意識を向ける。
想定した通り、襲撃者は鎧衣ゴブリンだった。チラッと見た感じ、妙な違和感もあるのだが、それは後で考えよう。
既に広場の建物は固く扉を閉ざしており、露店からも人はいなくなっている。残っているのは、モンスターの侵攻を食い止めようと奮戦する、自警団の人間だけだった。
ブルーノと同じく、貧弱な装備の者が多いようだ。詳しい詮索は後回しにして、すぐにでも冒険者の助太刀が必要な有様だった。
状況を一目で理解して、僕たちカトック隊は動き出す。
「アルマ! お願い!」
ニーナの発言と、アルマが鞭を振るうのは、ほぼ同時だった。命じられたからではなく、アルマ自身もそのつもりだった、ということだ。
彼女がビシッと大地を叩くと、それに応じて、鎧衣ゴブリンたちがビクッと硬直する。
モンスターばかりではなく、
「……?」
その相手をしていた連中も、不思議そうな様子で、動きが一瞬止まったが……。
冒険者の僕でも、初めてカトック隊と一緒に戦った際は、やはり驚いたくらいだ。街の自警団ならば、当然の反応だった。
そして、今回の場合。
「カトックさんとは違うが……。助っ人か?」
この場で戦っていた者たちに、僕たちの参戦を知らせる、という効果もあった。
「続いて、魔法!」
ニーナが仲間に指示を飛ばす。
こんな状況では不謹慎かもしれないが、久しぶりにリーダーらしい振る舞いの彼女を見ることが出来て、僕は嬉しくなった。
「みんな、離れて!」
モンスターと戦う自警団にも、ニーナは声をかける。
彼らは、すぐには反応できないようだが……。
「ブリッツ・シュトライク・シュターク!」
クリスタが強雷魔法の標的としたのは、自警団と戦う鎧衣ゴブリンではなく、フリーになっている一匹だった。
その個体が暴れていたのは、広場にある露店の一つ。売り物である果物だけでなく、それを載せる木製の台まで、グチャグチャに壊しているところだった。
鎧衣ゴブリンの頭上に落ちた魔法の雷は、対象を黒焦げにするほどではなかったが、それでも強大な威力だった。倒れたモンスターが硬直しているのは、痺れて動けなくなったのか、あるいは一撃で絶命したのかもしれない。
『得意の炎魔法じゃなく雷を使ったのは、屋台が火事になる危険性を考えたからだろうな』
ダイゴローがクリスタの意図を分析している間に、ニーナとクリスタが、さらに叫んでいた。
「もう一度言うわ! みんな、離れて!」
「次、大きいの行くわよ!」
戦闘の最中だ。言葉だけでは通じにくいが、最初に一発、魔法を見せたことで、理解してもらえたらしい。
「お、おう! 俺たちは距離を取るぞ! 魔法攻撃の邪魔になる!」
この場のまとめ役らしき銀髪の男が、大声で叫ぶ。
着ている鎧は金属製で、手にした武器も農具ではなく普通の剣。冒険者でもおかしくないくらいの格好だった。おそらく、自警団の中では地位の高い男なのだろう。
戦っていた者たちは、素直に彼の言葉に従う。
これで、周囲を巻き込む恐れがなくなったので、
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
遠慮無用の超炎魔法を、クリスタが唱える。
彼女に続くようにして、
「ヴェルフェン・アイス・シュターク!」
「ファブレノン・ファイア!」
カーリンと僕も、それぞれ最大威力の魔法をお見舞いするのだった。
最下級のゴブリンではないものの、しょせん鎧衣ゴブリンは、槍ゴブリンや騎士ゴブリンよりも下の、低ランクのモンスターだ。
クリスタの超炎魔法を食らった個体は、それだけで死に至ったし、カーリンや僕の魔法を受けたモンスターも、それなりにダメージを受けていた。
「次は物理攻撃! みんな……」
ニーナの指示はいつもの流れであり、最後まで聞く必要もないくらいだ。ニーナやカーリンは既に武器を手にしていたし、新参のマヌエラも、武闘家らしく構えている。もちろん僕も、腰のショートソードを引き抜いて、斬りかかろうとしたのだが……。
カトック隊全員の動きをストップさせる言葉が、その場に響き渡った。
「冒険者のみなさん! ありがとうございました! もう十分です!」
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