話をしながら歩くうちに、アーベラインの街が見えてきた。
『なるほど……。いかにも異世界ファンタジー、って感じの街並みだな』
頭の中で、感慨深げなダイゴローの言葉が鳴り響く。
僕自身が現実に生活している世界を『異世界』とか『ファンタジー』とか言われるのは、ちょっと複雑な気分だが……。
それだけ大きく違う世界からダイゴローは来た、ということなのだろう。融合の際に意識へ流れ込んできた光景を思い出せば、納得も出来る話だった。
こうして目の前に広がるアーベラインは、石造りや木造建築の家屋ばかりで、高くても、せいぜい三階建てか四階建て。ほとんどは、平屋あるいは二階建てだ。
街の入り口から続く大通りも、人々の往来が激しくて、それ目当ての露店がたくさん出ている。間違っても、たくさんの馬車が走れるような状態ではなかった。
確かに、ダイゴローの世界とは別世界なのだろう。
『バルトルトって、もっと鈍いやつかと思ったが……。案外、頭は回るんだな』
いやいや、ダイゴロー。僕は当たり前のことを考えただけだぞ。今までダイゴローは、どれだけ僕を低く見積もっていたのだろう?
まあ僕だって「少し頭は鈍い方」という自覚はあったから、腹は立たないけれど……。いや、むしろ感謝すべきなのかもしれない。ダイゴローと融合したおかげで、魔力や体力だけでなく賢さもアップした、という可能性はあるのだから。
結局『回復の森』を出た後は、一度もモンスターと遭遇することなく、街に入ることになった。
アーベラインの舗装された大通りを踏みしめたところで、ニーナが立ち止まり、僕に話しかける。
「じゃあ、ここでお別れかな? 私たちは、このまま家に帰るけど……。キミは方角、違うよね?」
彼女は南を指し示した。
僕はまず冒険者組合に顔を出そうと思っていたから、確かに、その方向ではない。素直に頷くしかなかった。
しかし。
リーダーのニーナが言っているそばから、アルマが明後日の方向へ走り出す。
「焼き鳥と飴玉、買ってくるー!」
家へ帰る前に、露店で買い食いしたいらしい。飴玉は「いかにも子供」という感じだが、焼き鳥は少し渋い好みに思える。まだ酒のツマミを求めるような年齢ではないだろうに。
「あっ、こら! 帰ったら晩御飯でしょう? あんまり食べ過ぎてはダメよ!」
クリスタもアルマを追いかけて、飴玉売りの屋台へと向かった。カーリンも、黙って二人の後を歩いていく。
そういえば。
モンスターが出る森とか野外フィールドにいる間、「クリスタとカーリンが一緒に後列なのは、どちらも魔法を使えるから」と認識していたが……。
そもそも二人は同年齢なのだ。冒険者としてのジョブとは無関係に、街中の平和なプライベートでも、緑と青のコンビで行動しているのかもしれない。
そんなわけで。
街に入ってすぐの場所で、ニーナと二人、取り残される形になった。
同世代の女の子と急に二人きりになるのは――しかも相手は今日会ったばかりなので――、少し気まずいというか、気恥ずかしいというか……。
とりあえず無言は嫌だったので、場繋ぎの話題として、アルマが買い物に向かった先を指差してみる。
「あれ、君たちの家じゃないよね?」
「うん、違うね」
ニーナは軽く苦笑してから、
「じゃあ、別れる前に。最後に一つ、聞いておきたいんだけど……」
少し真剣な口調になり、別れの挨拶とは微妙に違うっぽい質問を持ち出した。
「この辺りのダンジョンで、ソロの冒険者、今までどれくらい会ったかな?」
ダンジョンでモンスター・ハンティングを行っていると、他の冒険者パーティーとすれ違うこともある。だいたい二人から数人程度までの規模だ。十人という大所帯に出くわしたことはないし、一人だけというのも見たことなかった。
冒険者組合で見かける冒険者たちも、一人ではなく誰かと連れ立っていることが多い。そもそも組合の建物内ならば、一人で動き回っていても単独パーティーとは限らないし……。
だから「全く会ったことはない」と答えようと思ったのだが。
口を開くギリギリで、それでは自分が用意した作り話と矛盾する、と気が付いた。
「ああ、うん。最初に話した、あの一度きりかな。ほら、『回復の森』の奥で助けられた、という……」
「その話なら、もちろん覚えてるけど……」
ニーナは僕の言葉を遮って、首を横に振ってみせた。
「その人は、体格からして違うのよね。私が探してるのは、キミと同じくらいの中肉中背で、黒髪で……」
出会った時もそんなことを言っていたな、と思い返している間も、ニーナの言葉は続く。
「……おそらく一人で行動してる冒険者。ジョブは戦士で……。そんな人を見かけたら、教えてね!」
それだけの情報では、もしも僕が出会っても、本当にニーナが探している人物なのかどうか、わからないと思うが……。
でもニーナとしては、これで十分と思ったらしい。
「私たち、丘の上の一軒家を借りてるから! 赤い屋根が目印よ! じゃあね!」
明るい声で別れの挨拶を告げると、元気に手を振りながら、立ち去っていった。
一時的とはいえ、一緒にモンスターと戦った女の子たちだ。なんだか名残惜しい気持ちもある。
少ししんみりとしながら、同時に、改めて彼女たちカトック隊を尊敬してしまう。
なにしろ、この街に来たのは僕たち――僕やエグモント団の者たち――より遅いのに、もう自分たちだけの家を借りて、そこで生活しているというのだから……。これこそ、冒険者としての格の違いなのだろう。
去り際のニーナの言葉を思い返しながら、ふと僕は呟く。
「赤い屋根か……」
『ん? 屋根が赤いと、何かあるのか?』
ダイゴローの反応は、僕には面白かった。
別に何があるというわけではないけれど。
でも、僕たちアーベラインの冒険者にとって、赤い屋根といえば……。
僕が心の中で思い描いたものとは別に、ふと見上げれば、すっかり空も赤くなっていた。夕方の空は色の移り変わりが早い、という当たり前の摂理を、しみじみと感じてしまう。
一人になって少し歩くと、目的地に到着した。
ここならば雑踏の中に埋もれるので、多少の独り言は大丈夫だろう。
だから心の中で思うだけでなく、敢えて口に出してみる。
「見てごらん、ダイゴロー。これだよ」
僕が指し示したのは、目の前の大きな会館だった。
美しい白壁に囲まれた、三階建ての建築物。ただし三階の窓より上の部分は、前も後ろも右も左も、一様に赤く塗装されている。
「冒険者組合アーベライン支部。通称『赤天井』へようこそ」
少し仰々しいくらいの口調で……。
別の世界から来たという相棒に対して、これから頻繁に訪れることになる場所を、僕は紹介するのだった。
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