転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第36話 早朝の森(2)

公開日時: 2020年11月7日(土) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:15
文字数:3,022

   

 右斜め前方にある、緑の茂み。

 低木が集まる中に、一本だけ、かなりの高さの木が混じっていた。

 アルマが指し示したポイントは、その幹から伸びる太い枝。人間の目線より、頭二つか三つくらい高い位置だった。

 足を止めた僕たちとは逆に、彼女は嬉しそうに叫びながら、その木に向かって駆けていく。

「わーい!」

「待ちなさい、アルマ!」

 ニーナの制止も、完全に無視して……。

 なぜかアルマは、木に向かって話しかけていた。

「大丈夫だからね? 怯えないでね?」

『おい、ありゃあ、口と手が合ってないぞ……』

 呆れたような声で、ダイゴローがツッコミを入れる。

 アルマは笑顔を浮かべながら、バシンバシンと、鞭で大地を叩いていたのだ。

 モンスターを操ったり、仲間にしたりするのが、テイマーの鞭。だから理屈の上では、友好の証なのかもしれないが……。

 パッと見た感じ、モンスターを威嚇する道具にしか思えなかった。

 そもそも僕は、実際に彼女がテイマーとして成功する場面を、まだ見ていないのだ。だから、どうしても感覚的な違和感の方が上回ってしまう。

『それより、よく見てみろ。どうやら、いつものモンスターじゃないみたいだぞ』

 ダイゴローに言われて、改めて注意を向けると。

 枝から広がる緑の間に、違う色が混じっていた。

 黄緑というほどではないが、葉っぱよりも薄い緑色。青色や赤色の部分もあって……。

 それが何なのか理解したちょうどその瞬間、隣にいるクリスタが、僕の思い浮かべた名前を口にする。

「あら。あれが早起き鳥アーリー・バードなのね」


 アルマの振るう鞭には効果があったらしい。彼女が慌ただしく駆け寄っても、早起き鳥アーリー・バードは、逃げようとも戦おうともしなかった。

 パタパタと羽根を広げて、枝から飛び立つ様子を見せた時には、僕たちも少し身構えたが……。攻撃ではなく、低い枝に場所を変えただけだった。アルマの目線くらいの位置に移って、おとなしくしている。

 姿を晒した早起き鳥アーリー・バードは、手のひらより少し大きいくらいのサイズ。丸っこい頭部が可愛らしく、なるほど、モンスターというより、愛玩用の小鳥という雰囲気だ。

『インコやオウムみたいな感じか……』

 ダイゴローの口調にも、早起き鳥アーリー・バードを可愛らしく思っているのがにじみ出ていた。

「ねえ、鳥さん。教えて。最近、森で変わったことあった?」

 アルマが話しかけると、早起き鳥アーリー・バードの方でも、ピーピーと鳴き声を返す。

「そうなの? それじゃ……」

「ピー! ピッピー!」

 早起き鳥アーリー・バードが何を言っているのか、僕たち四人には理解できないけれど。

 どうやらアルマだけは、早起き鳥アーリー・バードと意思疎通が出来ているらしい。


 今までゴブリンやウィスプに対して、アルマがテイマーとしての能力を発揮できたことはなく、失敗ばかりだったが……。

 そもそもアルマは、若くして冒険者学院を卒業しているのだ。少なくとも学院時代には、テイマーとしての資質――動物やモンスターと心を通わせるという特異な才能――を認められた、優秀な生徒だったに違いない。

 改めて、アルマについて考えさせられる光景だった。

『他のモンスターと比べて、それだけ早起き鳥アーリー・バードが扱いやすい、ってことか?』

 そうかもしれない。

 モンスター図鑑の説明によれば、確か早起き鳥アーリー・バードは、もともとモンスターではなく動物――野鳥の一種――だと思われていたらしい。ところがペットして人間に飼われるようになったら、死後の分解スピードが速いと判明したので、分類が『モンスター』に変わったそうだ。

 ならば。

 動物に近いモンスターだからこそ、動物と同じように会話しやすい、という理屈が成り立つのだろう。


「面白い話が聞けたよー!」

 早起き鳥アーリー・バードとの会話を終えて、僕たち四人のところに戻ってくるアルマ。

 すっかり彼女に懐いたらしく、早起き鳥アーリー・バードは、木の枝ではなく、アルマの肩に止まっていた。

「鳥さんが言うには、黒い人が来て森も住みにくくなった、って」

「ピー! ピー!」

 アルマの報告をサポートするかのように、早起き鳥アーリー・バードが鳴き声を上げる。

「それって……」

「例の黒フードね」

 ニーナとクリスタの言葉は、僕たち全員の代弁だった。

 あの女性武闘家が見たという、黒いローブを着た怪人物。今まで目撃者は彼女一人だけだったが、他にも証言者が現れたのだ。しかも今度は森の住民なのだから、話の信憑性も、いっそう高い気がする。

『いや「信憑性」という意味では、ちょっと違うだろ。アルマという通訳を介した情報だからなあ。直接の証言ではないわけで……』

 僕の中でダイゴローがそう言っている間。

 別の問題を提起する者がいた。

「それで、このモンスターはどうするのだ?」

 手にした槍でカーリンが、アルマの肩にいる早起き鳥アーリー・バードを指し示す。


「カーリンちゃん、ひどーい! 鳥さんは、モンスターじゃないよー!」

 と言って、早起き鳥アーリー・バードをかばうかのように、体の向きを変えるアルマ。

 分類上はモンスターなのだが、アルマに反論する者はいなかった。「モンスターだから始末しよう」とは、誰も考えていないようだ。

 意思疎通できた生き物を経験値のかてにするのは、僕も可哀想だと思う。

 ならば、こういう場合、カトック隊ではどう対処するのだろうか。

 リーダーのニーナが口を開くが、

「テイマーが味方にしたモンスターは、仲間として連れ歩くのが普通だけど……」

 彼女らしくない、歯切れの悪い言い方だった。

 むしろ。

 あまり喋らないカーリンが、キッパリとした意見を述べる。

「戦力にはならんだろう。仲間に加えても、無駄死にさせるだけだ」

「そうね。せっかくだけど、自由にしてあげたら?」

 クリスタに言われて、アルマは少し寂しそうな顔を見せるが、

「わかった。じゃあ、バイバイ!」

 すぐに明るい表情を取り戻して、早起き鳥アーリー・バードに別れを告げる。

 こうして。

 初めての仲間モンスターは、情報だけを残して、飛び立っていった。


「ここ……よね?」

 結局、一度もモンスターと戦うことがないまま、僕たちは目的地に辿り着いた。

 泉に面していない、一つ隣の小道。かろうじて木々の隙間から見えるだけだが、それでも、紫色に濁っている水面はハッキリと見てとれた。

「三人で泉を見張りましょう。アルマともう一人が、モンスターを警戒!」

 と、ニーナが指示を出す。

 泉の怪人が現れるのを待つ間も、ゴブリンなどのモンスターに襲われる可能性はある。アルマはそちらに専念してもらい、一応もう一人がわるわる、彼女と一緒に周囲を警戒することになった。

 最初の一時間は、僕がアルマとコンビを組む形になって……。


 何も現れることなく、一時間が経過。

 クリスタと交代した僕は、毒々しい泉に視線を向けながら、ニーナやカーリンの真似をして、携帯食で朝御飯。

 さらに時間が過ぎて、クリスタはカーリンと交代する。そのカーリンも、ニーナと交代して……。

「つまんなーい!」

 アルマが悲鳴を上げる。じっと座ったまま周囲を警戒というのは、退屈この上ない役割なのだろう。それを三時間以上も続けたことで、限界が来たらしい。

「もうちょっと我慢してね、アルマ」

「でも、ニーナちゃん。もう早朝じゃないよ。怪人さんも、今日は来ないんじゃないかなー?」

 泉を凝視する僕たち三人の背後から、二人の会話が聞こえてきた。確かにアルマの言う通り、時間帯を考えたら、そろそろ諦めた方が良さそうだが……。

『おい、バルトルト!』

 気が緩んでいた僕を、ダイゴローが叱咤。

 ハッとして、視線の向きを変える。すでにカーリンやクリスタは、そちらに目をやっていた。

「……!」

 三人が見守る中。

 紫色の泉のほとりに、白い魔法の光が出現していた。

   

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