右斜め前方にある、緑の茂み。
低木が集まる中に、一本だけ、かなりの高さの木が混じっていた。
アルマが指し示したポイントは、その幹から伸びる太い枝。人間の目線より、頭二つか三つくらい高い位置だった。
足を止めた僕たちとは逆に、彼女は嬉しそうに叫びながら、その木に向かって駆けていく。
「わーい!」
「待ちなさい、アルマ!」
ニーナの制止も、完全に無視して……。
なぜかアルマは、木に向かって話しかけていた。
「大丈夫だからね? 怯えないでね?」
『おい、ありゃあ、口と手が合ってないぞ……』
呆れたような声で、ダイゴローがツッコミを入れる。
アルマは笑顔を浮かべながら、バシンバシンと、鞭で大地を叩いていたのだ。
モンスターを操ったり、仲間にしたりするのが、テイマーの鞭。だから理屈の上では、友好の証なのかもしれないが……。
パッと見た感じ、モンスターを威嚇する道具にしか思えなかった。
そもそも僕は、実際に彼女がテイマーとして成功する場面を、まだ見ていないのだ。だから、どうしても感覚的な違和感の方が上回ってしまう。
『それより、よく見てみろ。どうやら、いつものモンスターじゃないみたいだぞ』
ダイゴローに言われて、改めて注意を向けると。
枝から広がる緑の間に、違う色が混じっていた。
黄緑というほどではないが、葉っぱよりも薄い緑色。青色や赤色の部分もあって……。
それが何なのか理解したちょうどその瞬間、隣にいるクリスタが、僕の思い浮かべた名前を口にする。
「あら。あれが早起き鳥なのね」
アルマの振るう鞭には効果があったらしい。彼女が慌ただしく駆け寄っても、早起き鳥は、逃げようとも戦おうともしなかった。
パタパタと羽根を広げて、枝から飛び立つ様子を見せた時には、僕たちも少し身構えたが……。攻撃ではなく、低い枝に場所を変えただけだった。アルマの目線くらいの位置に移って、おとなしくしている。
姿を晒した早起き鳥は、手のひらより少し大きいくらいのサイズ。丸っこい頭部が可愛らしく、なるほど、モンスターというより、愛玩用の小鳥という雰囲気だ。
『インコやオウムみたいな感じか……』
ダイゴローの口調にも、早起き鳥を可愛らしく思っているのが滲み出ていた。
「ねえ、鳥さん。教えて。最近、森で変わったことあった?」
アルマが話しかけると、早起き鳥の方でも、ピーピーと鳴き声を返す。
「そうなの? それじゃ……」
「ピー! ピッピー!」
早起き鳥が何を言っているのか、僕たち四人には理解できないけれど。
どうやらアルマだけは、早起き鳥と意思疎通が出来ているらしい。
今までゴブリンやウィスプに対して、アルマがテイマーとしての能力を発揮できたことはなく、失敗ばかりだったが……。
そもそもアルマは、若くして冒険者学院を卒業しているのだ。少なくとも学院時代には、テイマーとしての資質――動物やモンスターと心を通わせるという特異な才能――を認められた、優秀な生徒だったに違いない。
改めて、アルマについて考えさせられる光景だった。
『他のモンスターと比べて、それだけ早起き鳥が扱いやすい、ってことか?』
そうかもしれない。
モンスター図鑑の説明によれば、確か早起き鳥は、もともとモンスターではなく動物――野鳥の一種――だと思われていたらしい。ところがペットして人間に飼われるようになったら、死後の分解スピードが速いと判明したので、分類が『モンスター』に変わったそうだ。
ならば。
動物に近いモンスターだからこそ、動物と同じように会話しやすい、という理屈が成り立つのだろう。
「面白い話が聞けたよー!」
早起き鳥との会話を終えて、僕たち四人のところに戻ってくるアルマ。
すっかり彼女に懐いたらしく、早起き鳥は、木の枝ではなく、アルマの肩に止まっていた。
「鳥さんが言うには、黒い人が来て森も住みにくくなった、って」
「ピー! ピー!」
アルマの報告をサポートするかのように、早起き鳥が鳴き声を上げる。
「それって……」
「例の黒フードね」
ニーナとクリスタの言葉は、僕たち全員の代弁だった。
あの女性武闘家が見たという、黒いローブを着た怪人物。今まで目撃者は彼女一人だけだったが、他にも証言者が現れたのだ。しかも今度は森の住民なのだから、話の信憑性も、いっそう高い気がする。
『いや「信憑性」という意味では、ちょっと違うだろ。アルマという通訳を介した情報だからなあ。直接の証言ではないわけで……』
僕の中でダイゴローがそう言っている間。
別の問題を提起する者がいた。
「それで、このモンスターはどうするのだ?」
手にした槍でカーリンが、アルマの肩にいる早起き鳥を指し示す。
「カーリンちゃん、ひどーい! 鳥さんは、モンスターじゃないよー!」
と言って、早起き鳥をかばうかのように、体の向きを変えるアルマ。
分類上はモンスターなのだが、アルマに反論する者はいなかった。「モンスターだから始末しよう」とは、誰も考えていないようだ。
意思疎通できた生き物を経験値の糧にするのは、僕も可哀想だと思う。
ならば、こういう場合、カトック隊ではどう対処するのだろうか。
リーダーのニーナが口を開くが、
「テイマーが味方にしたモンスターは、仲間として連れ歩くのが普通だけど……」
彼女らしくない、歯切れの悪い言い方だった。
むしろ。
あまり喋らないカーリンが、キッパリとした意見を述べる。
「戦力にはならんだろう。仲間に加えても、無駄死にさせるだけだ」
「そうね。せっかくだけど、自由にしてあげたら?」
クリスタに言われて、アルマは少し寂しそうな顔を見せるが、
「わかった。じゃあ、バイバイ!」
すぐに明るい表情を取り戻して、早起き鳥に別れを告げる。
こうして。
初めての仲間モンスターは、情報だけを残して、飛び立っていった。
「ここ……よね?」
結局、一度もモンスターと戦うことがないまま、僕たちは目的地に辿り着いた。
泉に面していない、一つ隣の小道。かろうじて木々の隙間から見えるだけだが、それでも、紫色に濁っている水面はハッキリと見てとれた。
「三人で泉を見張りましょう。アルマともう一人が、モンスターを警戒!」
と、ニーナが指示を出す。
泉の怪人が現れるのを待つ間も、ゴブリンなどのモンスターに襲われる可能性はある。アルマはそちらに専念してもらい、一応もう一人が代わる代わる、彼女と一緒に周囲を警戒することになった。
最初の一時間は、僕がアルマとコンビを組む形になって……。
何も現れることなく、一時間が経過。
クリスタと交代した僕は、毒々しい泉に視線を向けながら、ニーナやカーリンの真似をして、携帯食で朝御飯。
さらに時間が過ぎて、クリスタはカーリンと交代する。そのカーリンも、ニーナと交代して……。
「つまんなーい!」
アルマが悲鳴を上げる。じっと座ったまま周囲を警戒というのは、退屈この上ない役割なのだろう。それを三時間以上も続けたことで、限界が来たらしい。
「もうちょっと我慢してね、アルマ」
「でも、ニーナちゃん。もう早朝じゃないよ。怪人さんも、今日は来ないんじゃないかなー?」
泉を凝視する僕たち三人の背後から、二人の会話が聞こえてきた。確かにアルマの言う通り、時間帯を考えたら、そろそろ諦めた方が良さそうだが……。
『おい、バルトルト!』
気が緩んでいた僕を、ダイゴローが叱咤。
ハッとして、視線の向きを変える。すでにカーリンやクリスタは、そちらに目をやっていた。
「……!」
三人が見守る中。
紫色の泉のほとりに、白い魔法の光が出現していた。
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