転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第40話 泉のひみつ(2)

公開日時: 2020年11月12日(木) 17:30
更新日時: 2023年5月11日(木) 15:45
文字数:3,403

   

「クックック……。何を今さら驚いておる? お前たちだって、散々モンスターを殺してきたのであろう?」

 泉に肉片を投げ込み続ける、黒い怪人。背中を向けたままなので、こちらから表情は見えないが……。僕たちを嘲笑あざわらっていることだけは、口調からハッキリ伝わってきた。

「私たちは! 無意味な殺戮なんてしていない!」

 毅然とした態度で、ニーナが叫ぶ。

「経験値と討伐料のために、モンスターには死んでいただく……。それが冒険者にとっての、モンスター・ハンティングなのよ!」

 ニーナの言葉に、他の三人も頷いている。百パーセントの同意ではないが、僕も首を縦に振った。

 昔々の僕は「モンスターは人々の平和を脅かす存在だから全滅させるべき!」と考えていたくらいだが……。いざ冒険者になってみると「モンスターだって生き物であり野生動物と大差はない」という意識が強くなっていた。そうした見地に立つと、ニーナの言い分も理解できる気がするのだった。

『バルトルト、前に言ってたよなあ。冒険者を志した初心をいつのまにか忘れてた、って。モンスターに対する意識が変わったせいで、忘れちまってたんだろうな』

 それだけが理由ではないと思うが、そういう一面もあるかもしれない。

 ……と、僕が心の中でダイゴローと言葉を交わす間。

 黒い怪人は、さらに揶揄するような言葉を口にしていた。

「ほう? お前たちには、これが無益な殺生に見えるのか? 面白い……」

「違うとは言わせないわ! ただゴブリンの死骸を投げ入れて、泉を汚してるだけじゃないの! おかげで、せっかくの回復ポイントが……」

「どうやら勘違いしておるようだな」

 と、ニーナの言葉を遮る怪人。

「確かにワシの目的は、この泉の破壊だ。回復ポイントなどというものは、神が設置したイレギュラーであり、自然の摂理に反するチート設備だからのう」

「やっぱり!」

「しかし、神の手によるものだからこそ! 容易に汚染することは出来ぬ! 低級モンスターの死体ごときで、その効果が打ち消せるはずないではないか!」

「じゃあ、なんで……」

 ニーナは、すっかり相手の会話のペースに巻き込まれていた。

 とはいえ、それで情報が引き出せるならば問題ないだろう。この怪人物が何をやっていたのか、本人が語ってくれているのだから。

 口調を少し落ち着かせて、怪人は続ける。

「フッフッフ……。ここでワシは、ペットを育てていたのだよ」

「……ぺット?」

「そうじゃ。ワシの愛しい眷属……。神の力にも干渉できるほどの、強い毒を撒き散らすような……」

 怪人とニーナの会話を遮る勢いで、僕の頭の中でダイゴローが騒ぎ出す。もちろん、僕以外には聞こえないのだけれど。

『そういうことか! ゴブリンの生肉は、そのための餌か! そのぺットとやらを飼育するための、最適の餌……。それで、そいつの毒性も強化されたんだな?』

「見せてやろう! ワシが育て上げた姿を!」

 僕たちに背を向けたまま、怪人はガバッと立ち上がり……。

 両手を天に向けて掲げて、力強く叫んだ。

「現れでよ! ヴェノマス・キング!」


 怪人の言葉に呼応して、泉の真ん中あたりで水面が盛り上がる。

 水の中からザバーッと飛び出してきたのは、怪物の頭だった。毛むくじゃらの巨大な生首で、毒々しい泉よりも、さらに禍々しい紫色をしていた。

 ……と説明したら、誤解されるかもしれない。「鎌首をもたげた巨大生物、その胴体部は水の中にひたったまま、首から先だけが水面より上に出ている」と思われそうだが、そうではなくて。

 胴体なんて存在しなかった! 頭部のみしか持たない怪物だったのだ!

 なんとも不気味な顔であり、鼻の隆起はなく、両目と口の部分にポッカリと大きな穴。産毛にしてはハッキリし過ぎている体毛が、顔全体にビッシリと生えていて、髪の毛や顎髭と見分けがつかないくらいだった。

『あー。興奮してるところ悪いが、その認識は少し違うと思うぞ、バルトルト……』

 僕の頭の中でダイゴローが、何やら反対意見を述べ立てる。

『あれは別に、目でも口でもねえだろ。シミュラクラ現象……って言うんだったかな? ほら、三つの点があると顔に見える、ってやつだ』

 もう何度目だろうか。ダイゴローは、僕にはわからぬ用語を持ち出す。

 だが、彼の言いたいことは、なんとなく理解できた。言われてみれば確かに、目や口というより、ただの穴だと考えた方が自然かもしれない。たまたま顔のような配置だったから、そう連想してしまっただけで……。

『そもそも俺には、ありゃあ生き物の頭とは思えん。バルトルトの言う髪とか体毛とかも、ちょっと違う気が……。ああ、そうだ。長い藻が付着した岩の塊を水から引き上げたら、ちょうどあんな感じになりそうだろ?』

 ダイゴローは、目の前の物体を生物ではないと感じたらしい。

 だが、あの黒い怪人はこれを『ペット』と呼び、ヴェノマス・キングという名前まで披露したのだが……?

『そこは、ほら、生き物っぽくないモンスターってことじゃないか? 例えばウィスプみたいな……」

 異形型モンスターを引き合いに出すダイゴロー。

 なるほど、そういう見方もアリかもしれない。こんなモンスターは聞いたことがない、と一蹴するのは簡単だが、メカ巨人ギガントゴブリンの例もあるのだ。知らないものだから存在しない、と言い切れないのは、身をもって思い知らされていた。


 こうして、ヴェノマス・キングが何者なのか、僕の脳内で議論が交わされている間。

 カトック隊の仲間たちも言葉を失い、立ちすくんでいたのだが……。

 真っ先に自分を取り戻したのは、リーダーのニーナだった。

 泉の上に浮かぶ紫色の怪物に向けて、彼女はビシッと指を突きつける。その仕草には、まるで標的に狙いを定めた狩人ハンターのような、強い気迫がこもっていた。

「ならば! あのバケモノを倒せば、もう泉を汚されることもないのね!」

 そうだ。

 怪人と怪物の出現に圧倒されて、頭が回っていなかったが……。ようやく僕たちは、問題解決の手段に辿り着いたのだ!

 しかし。

「ほう? ワシの可愛いヴェノマス・キングに危害を加える、というのであれば……」

 黒ローブの怪人が、ゆっくりと振り向いた。

「……生かして返すわけにはいかんのう」

 僕は再び絶句する。

 仲間たちの、ハッと息をのむ音も聞こえてきた。

 こちらを向いた怪人には、顔がなかったのだ。


 もちろん、あの女性武闘家から話には聞いていた。だが、見るのと聞くのとでは大違い。まさに『百聞は一見に如かず』というやつだった。

 ローブに繋がったフードは、首から上を包み込むような形で落ち着いている。にもかかわらず、その中に肝心の『首から上』が存在しないというのは、一目見ただけで背筋がゾッとする光景だった。

 武闘家の彼女は「真っ黒な虚ろな空間」とか「虚無」とか表現していたが、僕に言わせれば『真っ黒』とは少し違う。暗闇の中でポツポツと、かすかな点が浮かんでいるような見え方だ。例えるならば、夜空で弱々しく光る星々のような……。

『弱々しく、だって? おいおい、バルトルト……。むしろ逆だろ? 空気の澄んだ田舎で夜空を見上げて、星座がハッキリわかるくらい強く輝いてる、って感じじゃないか』

 と、僕の頭の中でダイゴローが喚いたのと同じタイミングで。

「闇夜の暗黒みたいな顔……」

 横から聞こえてきたのは、アルマの苦々しい声だった。

「……え? 暗黒?」

 聞き返すつもりはなかったが、声に出してしまう僕。ダイゴローと僕の見え方が違うだけでなく、さらに別のパターンを提示されて、意表を突かれたのだ。

 小声なのでアルマには聞こえなかったようだが、もっと遠くの者が、なぜか聞きつけていた。

「ほう……。ワシの顔が見える者がおるのか? 面白い。ならば……」

 黒衣の怪人が、僕に目を向ける。明らかに人外である者から直視されて、内心で「ひっ!」と悲鳴を上げながら、僕は一歩、後退あとずさりしてしまう。

「……低級のゴブリンだけでは、失礼やもしれぬ。お前たちに相応しい相手を用意してやろうぞ」

 そう言いながら、怪人が懐から取り出したのは、一本の横笛だった。ピーッと鳴らすと、森が呼応して、ざわめき始める。

「みんな! 周囲を警戒!」

 ニーナが叫ぶと同時に、僕は思い出していた。この空気は、僕にも覚えがあるのだ。そう、あの時と同じで……。

「……!」

 思い浮かべた通りだった。僕たちカトック隊を取り囲むように現れたのは、モンスターの集団。ほとんどは最下級のゴブリンだが、巨人ギガントゴブリンも二匹、含まれていた。

   

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