転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第129話 モンスターな英雄(3)

公開日時: 2021年2月24日(水) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:11
文字数:3,369

   

 装甲で覆われているイメージの、がっしりした赤い金属鎧と、同じく赤い髪が特徴の戦士。

 青い軽装鎧と少し浅黒い肌、そして筋骨隆々とした体つきが目立つ武闘家。

 ダボダボの紺色ローブと、つばの広い黄色のとんがり帽子で顔を隠し、年齢どころか性別もわかりにくい魔法士。

 ドライシュターン隊の三人が、いつの間にか僕たちの近くに立っているのだった。


「何しに来たの!」

 弾かれたような勢いで、ガバッと立ち上がるニーナ。

 昨日剣を交わしたばかりの相手が、宿屋の食堂ホールまで乗り込んできたのだから、こういう反応になるのも無理はないだろう。

「ここで争ったら迷惑よ! 昨日の続きなら、外へ出て……」

 相手のリーダーである赤髪の戦士を見据えながら、ニーナはそう言いかけたのだが……。

 彼女の発言を遮るようにして、

「昨日の武闘家はいないのか? ほら、あの変なピチピチスーツを着たやつだ」

 赤い戦士より先に青い武闘家が、のんきな言葉を口にしていた。

「そうすると、お前たちの仲間ではないのか? うーん、残念。またあいつと戦えると思ったのに……」

「おい、やめろ。そういう話は後回しだ」

 ドライシュターン隊のリーダーは、軽く仲間を注意してから、改めてニーナに向き直る。

「君も交戦的な態度は控えてくれないか? まあ、座りたまえ。僕たちは戦いに来たわけではないからね」

 そして見本を示すかのように、自らも椅子に座った。

 仲間の武闘家と魔法士も、彼に倣って席に着く。


 カトック隊の五人に加えて、カールとパトリツィアの二人に、ドライシュターン隊の三人。

 全部で十人の大所帯になったが、僕たちが食事をしていたのは長テーブルであり、全員が座れるだけのスペースがあった。

「もう一度聞くわ。何しに来たの?」

 ニーナは言われた通り、おとなしく腰を下ろしたが、口調には敵対的な響きが残っている。

 その雰囲気を和らげるかのように、クリスタが穏やかな言い方で、ニーナの質問を言い直した。

「こんなに朝早くから来るなんて、どういう風の吹き回しかしら。あなたたちの目的は私たちではなく、ギギちゃんでしょう?」

「ああ、もちろんだ。俺たちは、そのために雇われたのだからな」

 赤髪の戦士が、今度は素早く返答する。彼の顔には苦笑いが浮かんでおり、まるで「仲間の武闘家が迂闊なことを言い出す前に急いだ」という感じにも見えた。

「君たちがギギと呼ぶ、そのゴブリンだが……。いつどうやって村へ来るのか、俺たちにはわからない。ならば、ゴブリンと仲良しの君たちをマークしておくのが最善手。そう判断したのだよ」

 向こうのリーダーが正直に事情説明するのに対し、こちらのリーダーは、軽く嫌味を返す。

「堂々としたストーカー宣言ね……」

 赤髪の戦士はそれを聞き流して、口元に小さな笑みを浮かべた。

「しかし、いざ君たちのところへ来てみると、少し考えが変わった。ゴブリンの巣がある、というじゃないか。どうだい、俺たちをそこへ案内する気はないか?」


「はあ? 何言ってるの? ギギちゃん狙いの冒険者なんて、私たちが連れて行くわけないでしょ!」

 再び立ち上がりそうな勢いで、ニーナは声を荒げる。

 ここでも冷静な対応を見せるのが、クリスタだった。

「待って。どういうつもりなのか、もう少し詳しく聞きたいわ。あなたたちの目的はギギちゃん一匹なのよね? それとも、ついでに同じようなゴブリンを全て駆除したい、と考え始めたのかしら?」

 彼らの雇い主であるオーラフは、そこまで要求していないはず。昨日の態度を見る限り、僕にはそう思えたし、おそらくクリスタも同じ考えだろう。

 オーラフがドライシュターン隊にゴブリン討伐を依頼したのは、自分のお店を荒らされたからだ。その事件と無関係なモンスターに対しては、何の恨みもないはずだった。

 そうなると「ゴブリンの巣へ乗り込みたい」というのは、ドライシュターン隊の勝手な考えに違いない。冒険者としての純粋な好奇心だろうか。

 しかし、赤髪の戦士は首を横に振った。

「いやいや、ゴブリンの巣を叩き潰すなんて、そこまでは考えちゃいないさ。ダンジョン探索の一種と思えば、面白そうな話ではあるが……。今は依頼仕事の最中さいちゅうだからね。そこまで手を広げるつもりはない」

 リーダーが説明する横では、紺色ローブの魔法士が無言で頷いている。仲間同士ならば十分な説明なのかもしれないが、僕たちには通じなかった。

「じゃあ、どうして……?」

 疑問をストレートに出すニーナに対して、

「君たちがギギと呼んでいるゴブリン。君たちも村の人々も、いつも同じ一匹が村へ来ると思っているようだが……。はたしてそうかな? 俺たち人間には、モンスターの個体識別なんて出来ないだろう?」

 赤髪の戦士の言葉は、全く回答になっていなかった。これでは、けむに巻かれた気分になってしまう。

 アルマに至っては、反論の声を上げていた。

「ギギちゃんはギギちゃんだよ! 他のゴブリンとは違うもん!」

「あら、そういうことなのね」

 混乱する僕たちの中で、クリスタだけが、赤い戦士の意図を正しく理解したらしい。

「モンスターの住処すみかまで行き、そこにいる全てを始末するのではなく……。むしろ、その逆ね。一匹だけを殺すつもりなのでしょう?」

「そういうことだ。わかってくれたようだな。話が早くて助かる」

 赤髪の戦士は、ホッとしたような表情を浮かべる。

 僕たちの仲間であるクリスタと、敵対するチームのリーダー。二人だけで通じ合っている感を見せられると、僕は少し複雑な気持ちであり、

『クックック……』

 心の中にいるダイゴローが面白がるくらいだった。

 もちろんクリスタとしては、そんなつもりはないのだろう。僕たちに対して、すぐに言葉を補足した。

「つまり、この人たちは、もうギギちゃんを始末する気はないの。代わりに別のゴブリンを殺して、その死体を雇い主に見せて『問題のゴブリンを討伐しました』と言うつもりなのよ」


「おいおい。それって、雇い主を騙すことになるんじゃないのか……?」

 クリスタの言葉に真っ先に反応したのは、カトック隊でもドライシュターン隊でもなく、それまで黙って聞いていたカールだ。

 冒険者というものに不信感を抱いたとみえて、彼は眉間にしわを寄せているし、隣のパトリツィアも、似たような表情になっていた。

「勘違いしないでほしい。俺たちは、オーラフさんを騙すつもりはない」

 嘘つき呼ばわりされた赤い戦士が、弁解じみた説明を始める。

「そこら辺で適当なゴブリンを捕まえて、それを使うのであれば、嘘になってしまうが……」

 例えば。

 近くにダンジョンの存在しないクラナッハ村とはいえ、野外フィールドをしばらく歩けば、野生のゴブリンにはエンカウントするだろう。それを殺すだけで終わるのであれば、指定された特定の一匹を屠るよりも、よほど簡単な話だ。

 その場合は、明らかに「違う」とわかっている個体なのだから、雇い主に対して詐欺になってしまう。

 しかし今回のプランでは、わざわざ問題のゴブリンがいる場所まで赴き、「おそらくこれが指定の個体」と思うゴブリンを始末するのだ。だから詐欺にはならないし、良心も痛まない。

 それが彼の主張だった。


「ポイントは、たとえ本当のギギではないとしても、それを俺たち自身が『これがギギだ』と信じることだな」

「さっき言ってた『見分けがつかない』という点ね」

 クリスタが頷く。

 なるほど、似たようなゴブリンが同じ場所にいたら、どれがギギなのか、彼らにはわからないのだろうが……。

 それでも、僕たちが「ギギだ」と言っている個体とは別のゴブリンを殺すのであれば、彼らも本心では「ギギではない」と承知していることになるではないか。

『だから、嘘も方便なんだろ。少なくとも体裁は整う、って話だ』

 釈然としない僕とは対照的に、ダイゴローは納得しているらしい。

「もちろん、ゴブリンが一匹だけで村まで来てしまったら、それが問題の個体と思われる。だから、そいつを始末せざるを得ないが……」

「だから、その前にモンスターの住処すみかまで連れて行け、と言いたいのね?」

 赤い髪の戦士の言葉を遮って、改めて要点を口にするクリスタ。

 ここまでの話を総括する形であり、彼も頷いてニヤリと笑うのだった。

「そうだ。これならばゴブリン一匹を巡って、俺たちと君たち、冒険者同士で争う必要もなくなる。どうだい、双方にとって良い提案だと思わないか?」

   

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