「それは……」
リーダーであるニーナが代表して、赤髪の戦士に答えようとする。
しかし、向こうの雇い主であるオーラフに遮られてしまった。
「うだうだ言ってないで、早くモンスターを始末してくれ!」
目の前の三人組――ドライシュターン隊――は、彼に雇われている冒険者だ。ならば素直に命令を聞くのかと思いきや、赤い髪のリーダーは、毅然とした態度で撥ね付けた。
「そうはいかない」
「何だと……?」
「いくらゴブリンとはいえ、あちらの冒険者パーティーのメンバーであるならば、俺たちが勝手に殺すことは出来ない。だが代わりに……」
険しい顔のオーラフから僕たちの方へ視線を戻して、彼は言葉を続ける。
「……オーラフさんの店の損害は、彼らが弁償してくれるだろう。ゴブリンのやったことは全て、彼らの責任ということになるからな」
その場に依頼主がいるにもかかわらず、頼まれたモンスター討伐を実行する前に、まず問題のゴブリンの立場を明確にしよう、というのだ。大柄な鎧が与える印象とは裏腹に、理知的なタイプなのだろう。
だが、彼の雇い主の方は、それほど冷静ではなかった。
「金の問題ではない! 金が惜しければ、お前たちを雇ったりはせん!」
顔を赤らめるほど激昂して、オーラフは叫ぶ。
「私の怒りの矛先はどうするのだ? あのモンスターをそのままにしておいては、私の腹の虫が治らん!」
「このカトック隊とやらが、それも責任持って引き受けてくれるだろう」
と、赤い戦士は言うのだが……。
「もう十分じゃないか、リーダー。早く戦おうぜ! 冒険者として筋を通したいのはわかるけどさ、依頼人を怒らせるのは、冒険者失格だろ?」
青い軽装鎧の武闘家が、物騒な言葉を口にする。左右の拳を握りしめて、みなぎる戦意を態度に表していた。
赤髪のリーダーは、チラリと仲間を振り返る。紺色ローブの魔法士は無言のままだが、小さく頷いてみせたのが、僕の目にも見えた。
「ふむ。では仕方ない」
赤い髪の戦士が背中に手をやり、背負っていた斧を両手で構える。
戦斧と呼ばれるタイプの武器だ。片手では持てないような斧であり、ニーナの小型斧とは比べものにならないくらいの大きさだった。
「君たちが悪いのだぞ。こちらの質問に、即答しなかったのだから」
ニーナの返事はオーラフに遮られたが、たとえそれがなくても、彼女は言葉に詰まったことだろう。どちらにしても、僕たちにとっては嬉しくない状況だったからだ。
もしも「ゴブリンは仲間だ」と言い張れば、これまで村に迷惑をかけた分を全て僕たちの責任にされてしまう。
逆に「仲間ではない」と突き放せば、この冒険者たちに退治されるのを、黙って見ているしかない。
『というより「こう答えたらこうなる」って考えて答えたりはしないだろ? お前たちなら、どうせ正直に言うだけなんじゃねえか?」
僕の分析に対して、そう口を挟むダイゴロー。
そして、それは間違っていなかった。
ちょうどアルマが叫んだのだ。
「ギギちゃんはギギちゃんだよ! ちゃんと自分の意思で行動してる、一匹のゴブリンだよ! 操りモンスターでもないし、調教済みでもない!」
嘘のつけないアルマだから、仕方ないのだが……。状況を好転させる発言ではなかった。
「そうか。ならば決まりだな」
赤髪の戦士の言葉に続いて、
「ブリッツ・シュトライク・シュテークスタ!」
中性的な声による呪文詠唱が、その場に響き渡る。
紺色ローブの魔法士が、超雷魔法を唱えたのだ。
周りには村人もいる広場なのに、『弱』ではなく『強』どころか『超』の雷を落とすのか……?
僕は一瞬、焦りすら覚えたが、実際に空から降って来たのは、それほど強烈な雷ではない。五筋に別れた、細い雷光だった。
それらは全て、僕たちカトック隊の間に落ちて……。
「……!」
そのうち一つは、僕のすぐ右側だった。広場の石畳が焦げた跡を見て、ゾッとする。ほんの二、三歩、横にずれていたら、僕は今頃どうなっていたことか……。
「あら、ずいぶんと器用な芸当ね。超雷魔法を細かく分散させて、しかも、ここまで正確に狙うなんて」
穏やかな声で、平然と言ってのけるクリスタ。
おかげで、僕にも理解できた。あの魔法士が、わざとギリギリの位置に雷を落とした、ということを。
「そうだよ。今のは警告」
子供のような声質だが、魔法士としての腕前は、相当なレベルらしい。
「次はゴブリンに命中させるよ。巻き込まれたくなかったら、ちゃんと離れてね」
そう宣言してから、再び魔法を放つ。
「ブリッツ・シュトライク・シュテークスタ!」
「ギギちゃん!」
離れろと忠告されたのに、逆にゴブリンにしがみつくアルマ。まるで、とっさに子供をかばって抱きかかえる母親のようだった。
もちろん、本来ならば、その程度で超雷魔法から守り切ることは出来ず、ただアルマも一緒に被害を受けるだけなのだが……。
「ロイヒテンデ・ヴァント!」
落ちてきた太い雷をバチバチと弾いたのは、緑色の光の壁。クリスタの防御魔法だった。
前に見た時と同じく、縦も横も二メートルくらい。違うのは、クリスタが両手を前に突き出しているのではなく、斜め上に向けていること。
真上ではなく斜めなのは、上からの落雷に対して角度を付けて弾くためなのか、あるいは、上からだけでなく前方からの攻撃にも対処できるようにしたのか。
彼女の意図はわからないが……。そうやってアルマとゴブリンを守る様子を見て、ふと僕は、雨降りの日に他人に傘を差し掛ける、という光景を連想した。
「あちらの魔法士も、なかなかの力量のようだね。気をつけて、リーダー」
せっかくの超雷魔法を防がれても、紺色ローブの魔法士は落ち着いた様子だ。
一方、赤髪のリーダーは、少し困ったような表情を浮かべていた。
「こちらの仕事の邪魔をするつもりか……」
「ちょっと事情があってね。今このゴブリンを退治させるわけにはいかないの」
こちらのリーダーであるニーナが、相手に応じるようにして、腰から剣を引き抜く。
見れば、カーリンは既に槍を構えていた。僕も慌てて、ショートソードに手を伸ばす。
そんな僕たちの対応を見て、
「そうか。ならば仕方がない。実力で排除する! 大怪我しても恨むなよ?」
「それでこそ、俺たちのリーダーだぜ!」
赤い戦士と青い武闘家が、こちらに向かって駆けてくる!
刃物と刃物がぶつかり合う、ガキンという音。
それはニーナのところから響いてきた。
ゴブリンに斬りかかろうとした戦士の斧を、ゴブリンの遥か手前で、彼女が剣で受け止めたらしい。
武闘家に対しては、
「ハッ!」
カーリンが槍で応戦していた。ただし普通に穂先の刃を突き出すのではなく、反対側の石突を使っている。
『アーベントロートの森で、自警団の連中を相手にした時と同じだな』
ダイゴローの言う通り、早速前回の経験を活かす形だった。僕たちカトック隊は対人戦闘にも慣れてきた、と言えるのかもしれない。もちろん、今回は自警団のような一般市民ではなく冒険者だから、相手の実力が全く違うけれど。
「今うちに逃げようね、ギギちゃん!」
「ギギッ!」
ニーナとカーリンの二人が戦士と武闘家を抑えているのを見て、アルマはゴブリンの手を引きながら、三人組から逃げる方向へ走り出した。
三人組は村の外から馬車で入ってきたばかりであり、位置関係としては、僕たちの方が村の内側。つまりアルマとゴブリンは、村の中心街へ向かう形になった。
『おい、本当に逃げていいのか? クリスタの防御魔法の傘下から出ちまうぞ?』
ダイゴローが心配した通り、アルマとゴブリンだけ動き出しては、クリスタの防御魔法が無駄になる。戦士と武闘家からは距離を取れば大丈夫だが、魔法士の攻撃は、離れただけでは防げない。また雷を撃たれたら、どうするのか?
「ブリッツ・シュトライク!」
早速の雷魔法だが、これはあちらの魔法士ではなく、クリスタが放ったものだった。アルマが走り出したのを見て、すぐに防御魔法を解除、攻撃に転じたのだ。
「おっと!」
紺色ローブの魔法士が、ピョンと横に跳んで、クリスタの落とした雷を回避する。
「お姉さん……。警告のつもりじゃなく、本気で当てるつもりだったね?」
「避けてくれる、って信頼したのよ。それに……」
微笑みながら、そう返すクリスタ。
「……どうせ直撃しても、少し痺れる程度だわ。ただ私は、あなたに魔法を撃たせたくないだけなの」
ニーナが赤い戦士、クリスタが青い武闘家の相手をしているのだから、この紺色の魔法士を足止めするのは、僕の役目。そう思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「バルトルト! あなたはアルマたちを追って!」
クリスタの一言で、役割分担を理解する。
確かに、いくらクリスタでも、走りながら防御魔法を展開するのは難しいはず。ならば、彼女が防御魔法でアルマとゴブリンを守るのではなく……。
「わかりました! 護衛役は、僕に任せてください!」
クリスタだけでなくニーナとカーリンにも聞こえるよう、大声で叫んでから。
アルマの背中を追って、僕も広場を後にするのだった。
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