転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第119話 ゴブリン討伐部隊(2)

公開日時: 2021年2月12日(金) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:10
文字数:3,630

   

「それは……」

 リーダーであるニーナが代表して、赤髪の戦士に答えようとする。

 しかし、向こうの雇い主であるオーラフに遮られてしまった。

「うだうだ言ってないで、早くモンスターを始末してくれ!」

 目の前の三人組――ドライシュターン隊――は、彼に雇われている冒険者だ。ならば素直に命令を聞くのかと思いきや、赤い髪のリーダーは、毅然とした態度で撥ね付けた。

「そうはいかない」

「何だと……?」

「いくらゴブリンとはいえ、あちらの冒険者パーティーのメンバーであるならば、俺たちが勝手に殺すことは出来ない。だが代わりに……」

 険しい顔のオーラフから僕たちの方へ視線を戻して、彼は言葉を続ける。

「……オーラフさんの店の損害は、彼らが弁償してくれるだろう。ゴブリンのやったことは全て、彼らの責任ということになるからな」


 その場に依頼主がいるにもかかわらず、頼まれたモンスター討伐を実行する前に、まず問題のゴブリンの立場を明確にしよう、というのだ。大柄な鎧が与える印象とは裏腹に、理知的なタイプなのだろう。

 だが、彼の雇い主の方は、それほど冷静ではなかった。

「金の問題ではない! 金が惜しければ、お前たちを雇ったりはせん!」

 顔を赤らめるほど激昂して、オーラフは叫ぶ。

「私の怒りの矛先はどうするのだ? あのモンスターをそのままにしておいては、私の腹の虫が治らん!」

「このカトック隊とやらが、それも責任持って引き受けてくれるだろう」

 と、赤い戦士は言うのだが……。

「もう十分じゃないか、リーダー。早く戦おうぜ! 冒険者として筋を通したいのはわかるけどさ、依頼人を怒らせるのは、冒険者失格だろ?」

 青い軽装鎧の武闘家が、物騒な言葉を口にする。左右のこぶしを握りしめて、みなぎる戦意を態度に表していた。

 赤髪のリーダーは、チラリと仲間を振り返る。紺色ローブの魔法士は無言のままだが、小さく頷いてみせたのが、僕の目にも見えた。

「ふむ。では仕方ない」

 赤い髪の戦士が背中に手をやり、背負っていた斧を両手で構える。

 戦斧バトルアックスと呼ばれるタイプの武器だ。片手では持てないような斧であり、ニーナの小型斧とは比べものにならないくらいの大きさだった。

「君たちが悪いのだぞ。こちらの質問に、即答しなかったのだから」


 ニーナの返事はオーラフに遮られたが、たとえそれがなくても、彼女は言葉に詰まったことだろう。どちらにしても、僕たちにとっては嬉しくない状況だったからだ。

 もしも「ゴブリンは仲間だ」と言い張れば、これまで村に迷惑をかけた分を全て僕たちの責任にされてしまう。

 逆に「仲間ではない」と突き放せば、この冒険者たちに退治されるのを、黙って見ているしかない。

『というより「こう答えたらこうなる」って考えて答えたりはしないだろ? お前たちなら、どうせ正直に言うだけなんじゃねえか?」

 僕の分析に対して、そう口を挟むダイゴロー。

 そして、それは間違っていなかった。

 ちょうどアルマが叫んだのだ。

「ギギちゃんはギギちゃんだよ! ちゃんと自分の意思で行動してる、一匹のゴブリンだよ! 操りモンスターでもないし、調教済みでもない!」

 嘘のつけないアルマだから、仕方ないのだが……。状況を好転させる発言ではなかった。

「そうか。ならば決まりだな」

 赤髪の戦士の言葉に続いて、

「ブリッツ・シュトライク・シュテークスタ!」

 中性的な声による呪文詠唱が、その場に響き渡る。

 紺色ローブの魔法士が、超雷魔法を唱えたのだ。

 周りには村人もいる広場なのに、『弱』ではなく『強』どころか『超』の雷を落とすのか……?

 僕は一瞬、焦りすら覚えたが、実際に空から降って来たのは、それほど強烈な雷ではない。五筋に別れた、細い雷光だった。

 それらは全て、僕たちカトック隊の間に落ちて……。

「……!」

 そのうち一つは、僕のすぐ右側だった。広場の石畳が焦げた跡を見て、ゾッとする。ほんの二、三歩、横にずれていたら、僕は今頃どうなっていたことか……。

「あら、ずいぶんと器用な芸当ね。超雷魔法を細かく分散させて、しかも、ここまで正確に狙うなんて」

 穏やかな声で、平然と言ってのけるクリスタ。

 おかげで、僕にも理解できた。あの魔法士が、わざとギリギリの位置に雷を落とした、ということを。

「そうだよ。今のは警告」

 子供のような声質だが、魔法士としての腕前は、相当なレベルらしい。

「次はゴブリンに命中させるよ。巻き込まれたくなかったら、ちゃんと離れてね」

 そう宣言してから、再び魔法を放つ。

「ブリッツ・シュトライク・シュテークスタ!」


「ギギちゃん!」

 離れろと忠告されたのに、逆にゴブリンにしがみつくアルマ。まるで、とっさに子供をかばって抱きかかえる母親のようだった。

 もちろん、本来ならば、その程度で超雷魔法から守り切ることは出来ず、ただアルマも一緒に被害を受けるだけなのだが……。

「ロイヒテンデ・ヴァント!」

 落ちてきた太い雷をバチバチと弾いたのは、緑色の光の壁。クリスタの防御魔法だった。

 前に見た時と同じく、縦も横も二メートルくらい。違うのは、クリスタが両手を前に突き出しているのではなく、斜め上に向けていること。

 真上ではなく斜めなのは、上からの落雷に対して角度を付けて弾くためなのか、あるいは、上からだけでなく前方からの攻撃にも対処できるようにしたのか。

 彼女の意図はわからないが……。そうやってアルマとゴブリンを守る様子を見て、ふと僕は、雨降りの日に他人に傘を差し掛ける、という光景を連想した。


「あちらの魔法士も、なかなかの力量のようだね。気をつけて、リーダー」

 せっかくの超雷魔法を防がれても、紺色ローブの魔法士は落ち着いた様子だ。

 一方、赤髪のリーダーは、少し困ったような表情を浮かべていた。

「こちらの仕事の邪魔をするつもりか……」

「ちょっと事情があってね。今このゴブリンを退治させるわけにはいかないの」

 こちらのリーダーであるニーナが、相手に応じるようにして、腰から剣を引き抜く。

 見れば、カーリンは既に槍を構えていた。僕も慌てて、ショートソードに手を伸ばす。

 そんな僕たちの対応を見て、

「そうか。ならば仕方がない。実力で排除する! 大怪我しても恨むなよ?」

「それでこそ、俺たちのリーダーだぜ!」

 赤い戦士と青い武闘家が、こちらに向かって駆けてくる!


 刃物と刃物がぶつかり合う、ガキンという音。

 それはニーナのところから響いてきた。

 ゴブリンに斬りかかろうとした戦士の斧を、ゴブリンの遥か手前で、彼女が剣で受け止めたらしい。

 武闘家に対しては、

「ハッ!」

 カーリンが槍で応戦していた。ただし普通に穂先のやいばを突き出すのではなく、反対側の石突を使っている。

『アーベントロートの森で、自警団の連中を相手にした時と同じだな』

 ダイゴローの言う通り、早速前回の経験を活かす形だった。僕たちカトック隊は対人戦闘にも慣れてきた、と言えるのかもしれない。もちろん、今回は自警団のような一般市民ではなく冒険者だから、相手の実力が全く違うけれど。


「今うちに逃げようね、ギギちゃん!」

「ギギッ!」

 ニーナとカーリンの二人が戦士と武闘家を抑えているのを見て、アルマはゴブリンの手を引きながら、三人組から逃げる方向へ走り出した。

 三人組は村の外から馬車で入ってきたばかりであり、位置関係としては、僕たちの方が村の内側。つまりアルマとゴブリンは、村の中心街へ向かう形になった。

『おい、本当に逃げていいのか? クリスタの防御魔法の傘下から出ちまうぞ?』

 ダイゴローが心配した通り、アルマとゴブリンだけ動き出しては、クリスタの防御魔法が無駄になる。戦士と武闘家からは距離を取れば大丈夫だが、魔法士の攻撃は、離れただけでは防げない。また雷を撃たれたら、どうするのか?

「ブリッツ・シュトライク!」

 早速の雷魔法だが、これはあちらの魔法士ではなく、クリスタがはなったものだった。アルマが走り出したのを見て、すぐに防御魔法を解除、攻撃に転じたのだ。

「おっと!」

 紺色ローブの魔法士が、ピョンと横に跳んで、クリスタの落とした雷を回避する。

「お姉さん……。警告のつもりじゃなく、本気で当てるつもりだったね?」

けてくれる、って信頼したのよ。それに……」

 微笑みながら、そう返すクリスタ。

「……どうせ直撃しても、少し痺れる程度だわ。ただ私は、あなたに魔法を撃たせたくないだけなの」

 ニーナが赤い戦士、クリスタが青い武闘家の相手をしているのだから、この紺色の魔法士を足止めするのは、僕の役目。そう思っていたのだが、どうやら違うらしい。

「バルトルト! あなたはアルマたちを追って!」

 クリスタの一言で、役割分担を理解する。

 確かに、いくらクリスタでも、走りながら防御魔法を展開するのは難しいはず。ならば、彼女が防御魔法でアルマとゴブリンを守るのではなく……。

「わかりました! 護衛役は、僕に任せてください!」

 クリスタだけでなくニーナとカーリンにも聞こえるよう、大声で叫んでから。

 アルマの背中を追って、僕も広場を後にするのだった。

   

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