魔族へ向かって伸びていく、アルマの鞭。
最初は『伸びていく』という状態からゴム紐を連想してしまったが、標的を捕捉しようと進む様は、ゴム紐のような無機物ではなく、むしろ生物的な動きだ。
獲物を狙う蛇のようなイメージだろうか。そう思って見ると、先端部の開き具合も、蛇がパカッと口を開いて牙を覗かせているみたいだ。だが僕に言わせれば、アルマの鞭は『蛇』ではなく、あくまでも『花』だった。
蕾が開いた内側は、生き物の口内みたいな生々しい色とは違って、明るい白色であり、美しさすら感じさせる。中央に黄色い部分があるのも、いかにも『花』という雰囲気だが、その輝きは、まるで宝石のようにも見えた。
黄色く輝くといえば、先端部以外でも所々に、黄色い光のラインが浮かび上がっていた。鞭に込められた魔力が粒子となって溢れ出しているのではないか、と想像してしまう。
このようにアルマの鞭攻撃は、花を飛ばしているようなものであり、女の子に相応しい優雅な戦い方だった。
しかしそれは、傍から見ている僕のイメージに過ぎない。攻撃を受ける側にしてみれば、『花』どころではない攻撃力を感じたらしい。
「グワーッ!」
魔族をかばうようにして、左側のメカ巨人ゴブリンが横に移動する。魔族から番犬扱いされたモンスターの面目躍如といったところだろうか。
こうして、『怪物いじり』を打ちのめすはずだった鞭は、代わりにメカ巨人ゴブリンに叩きつけられる。強固な装甲で覆われたモンスターには、もちろんダメージは与えられないのだが、
「絶対に許さない! ギギちゃんの仇!」
同じ言葉を繰り返すアルマは、さらに怒りの表情を強めていた。
その分、鞭に流し込まれる魔力も高まったらしい。
彼女が再び鞭を振るうと、それを受けたメカ巨人ゴブリンは、ビクンと体を震わせる。一瞬硬直したかと思ったら、回れ右をして、飼い主であるはずの『怪物いじり』に襲いかかった!
「グワーッ!」
『形が変わろうと長さが変わろうと、アルマの鞭は、やっぱりテイマーの鞭なんだな。あくまでも調教用だぜ』
感心したような口調のダイゴロー。
確かに、目の前の光景には、僕も舌を巻いていた。初心者用ダンジョンの弱いモンスターくらいしか操れなかったアルマが、まさかメカ巨人ゴブリンを支配してしまうとは!
『直接モンスターを叩く方が、調教能力はアップするみたいだな』
ダイゴローの言う通り、今までのアルマは、まるで威嚇するかのように大地を叩く、という使い方だけだった。
だが、直接か間接かという違いだけが影響するならば、これまでもモンスターに近づけば良かっただけ。それをしてこなかったということは、あまり大きなポイントではないのだろう。
アルマの様子はいつもと違って見えるし、鞭の形状も違う。彼女自身なのか武器の方なのか、あるいは両方なのかわからないが、とにかく覚醒したのだ!
「おやおや……」
番犬と称していたメカ巨人ゴブリンが襲ってきても、『怪物いじり』は悠然と構えていた。
魔族が何か指示するまでもなく、もう一匹のメカ巨人ゴブリンが割って入る。
二匹のモンスターは、『怪物いじり』のすぐ目の前で殴り合いを始めた。
それを見て魔族が呟く。
「改造ゴブリンの知能は、しょせんこの程度ですね。よりにもよって、人間の命令を聞き入れて、私に逆らうとは……」
もしも顔があれば、呆れた表情を見せていたに違いない。そんな口調だった。
これに対して、アルマが反応を見せる。
「モンスターも人間も馬鹿にしないで!」
叫びながらアルマは、また鞭を操る。これほど長くなれば扱いにくいだろうに、動きも魔力でコントロールされているのかもしれない。特殊な鞭を器用に用いて、今度は二匹目のメカ巨人ゴブリンを叩いていた。
一匹目と殴り合っていたその個体は、やはりビクンと体を震わせてから、アルマの制御下に入り……。
「グワーッ!」
咆哮を上げながら、最初の一匹と一緒に、魔族ヘ立ち向かう!
「やれやれ。二匹ともですか……」
この場の手駒を両方失っても、まだ『怪物いじり』は平然としていた。
二匹のメカ巨人ゴブリンは、大きな体を屈めながら、魔族に向かって拳を振り下ろす。上から叩きつけるような激しさだったが、
「私は武闘派ではないし、いくら下等生物とはいえ、無駄に命を奪いたくはないのですが……」
魔族はそれぞれ片手で、二匹のパンチを軽々と弾いていた。
しかもモンスターが次の行動に移るより早く、勢いよく両手を突き出す。
魔族が何をやったのか、僕の位置からではハッキリ見えなかったが……。
響いてきたのは、硬い金属が割れるような重たい音と、何かが生き物の肉にめり込むような湿った音。
それだけ聞けば明らかだった。『怪物いじり』の拳がメカ巨人ゴブリンの腹に突き刺さったのだ、ということは。
『あの野郎! 武闘派じゃない、とか言っておきながら……!』
僕の心の中では、焦りと怒りの両方が混じったダイゴローの声。
メカ巨人ゴブリンの装甲は、転生戦士ダイゴローの力をもってしても、魔法拳のコンビネーションという工夫でようやく壊せるレベルだ。それを素手で貫くというだけで、『怪物いじり』の強さが伝わってくる!
魔族がズボッと両腕を引き抜くと、メカ巨人ゴブリンの巨体が大地に倒れ込む。腹に風穴を開けたモンスターは、それだけで致命傷だったらしく、二匹とも動かなくなった。
『バルトルト! こいつ相手に肉弾戦はダメだ!』
言われなくても、もちろんそのつもりだ!
「ええいっ!」
超炎魔法をイメージしながら、僕は右手を前へ突き出した。
人間サイズの魔族の体くらいならば、軽く包み込めるほどの巨大な火球だ。
しかし、そんなものが迫ってきても『怪物いじり』は動じることなく、
「今度はあなたですか……。ところで、一体あなたは誰です? 先ほどの人間たちの中には、いませんでしたよね?」
片手で軽く、ポンと横へ弾き飛ばした。
僕は気圧されそうになるが、すかさずダイゴローのアドバイスが響く。
『ビビることはねえぞ、バルトルト! わざわざ弾き飛ばしたってことは、食らいたくないってことだ!』
言われてみれば。
僕たちが初めて相対した魔族、アーべラインの『回復の森』で暗躍していた『毒使い』。
彼はクリスタの超炎魔法により、視覚的には松明のように見えるほど燃やされたにもかかわらず、炎が消えると、火傷ひとつないピンピンした姿で現れたものだった。
アーベントロートの『機械屋』も、鉄壁の防御力を誇っていた。魔族自身の能力ではなく、魔王の加護が付与されたペンダントのおかげだったが、そのペンダントがある限り、どんな攻撃にも耐えられる。そんな態度を示していた。
それらと比べれば、目の前の『怪物いじり』の防御力は低いはず。僕の魔法だけでなく、先ほどメカ巨人ゴブリンが殴りかかった時も、その攻撃を弾いていたのだから。
つまり素直に食らえば、それなりにダメージを受ける、ということだ。
『そうだ、バルトルト! はねのけるのが無理なくらい、強力なのを叩き込んでやれ!』
「おや? あなたの体からは、わずかではありますが、神のニオイが漂ってきますねえ。ということは……」
相変わらず悠長な態度で何やら呟いている魔族に対して、僕は両腕に異なる魔力を込めていた。それらを交差させることで、合わさった光を放出させる。
「ダイゴロー光線!」
モンスターならば消滅させてしまう威力の必殺技だ。これを弾き飛ばすのは不可能なはず!
いつものように、渦を巻きながら光のドリルとなって、標的に向かって進んでいくが……。
「おっと!」
小さく叫んだ魔族は、身軽な動きで、大きく横へジャンプ。
僕のダイゴロー光線は、一瞬前まで『怪物いじり』がいた場所を素通りしていき、後方の木々を無駄に消し去るだけだった。
「今のは危なそうでしたからね。回避させてもらいましたよ。それにしても……」
魔族の発する禍々しい気配が、いっそう濃さを増す。
「……あんな光線を撃つということは、やはり普通の人間ではない。神の回し者ですね?」
その妖気に気圧されて、僕は少し後退りしてしまう。
そんな僕を見て、魔族の言葉に、揶揄するような響きが混じった。
「でも、ダメですねえ。どんな強力な技でも、当たらなければ意味がない。あんなに大袈裟なモーションで放つなんて、避けてください、って言ってるようなものですよ。あれを食らうのは、よほどの間抜けだけでしょうねえ」
ハハハと笑い声さえ上げた後、
「では、今度はこちらから……」
と、余裕の態度で『怪物いじり』は続けようとしたのだが……。
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