転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第47話 その後(3)

公開日時: 2020年11月20日(金) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:18
文字数:3,452

   

 こうして。

 しばらくの間、僕たちは医務室で談笑していたのだが……。

「それで、いつまで俺たちは、ここにとどまるつもりだ?」

 会話が途切れたタイミングで、カーリンが言葉を挟む。彼女の声には、痺れを切らしたような響きも含まれていた。

「すいません、うっかりしてました! もう僕も回復したのだから、ここから出ないと……。医務室は休憩所ではなく、怪我人や病人のための部屋ですからね」

 僕は慌てて、ベッドから立ち上がる。

『いや、お前一人の責任じゃないだろ。おしゃべりに興じるのは、普通は女性陣の方で……』

 とダイゴローは言っているが、それも僕が寝ていたせいで発生した会話だから、やはり悪いのは僕なのだと思う。


 カーテンの仕切りを越えて、医務室の入り口側の部分で、待機していた魔法医の方々に礼を述べる。

 続いて医務室から廊下に出たところで、

「……!」

 見知った顔を目にして、僕は驚いてしまった。

 二人並んで、廊下の壁にもたれているのは……。

「やあ、バルトルト」

「元気そうね、バルちゃん」

 白銀の鎧に身を包んだダニエルと、清楚な白ローブのシモーヌ。エグモント団の二人だった。

 ならば、残りの二人――ゲオルクとザームエル――も来ているのではないか。僕は目で探してしまうが、

「僕たちだけだよ」

 とダニエルに言われて、その動きを止める。

『今さら何の用事だ? バルトルトの活躍を見て「エグモント団に戻ってこい」って話か?』

 そんなわけない。それくらい、言っているダイゴロー自身が理解しているのだろう。いかにもな冗談口調だった。

 僕が『活躍』したのは、転生戦士ダイゴローに変身した後だから、誰にも知られていないのだ。

 一応、アルマを助けようとして泉に飛び込んだのも、勇気を示したという意味では評価されるのかもしれないが……。それだってエグモント団がいなくなった後なので、彼らは知らないはず。

「そう緊張する必要はないわ、バルちゃん」

 シモーヌに言われて気づいたが、僕の体は、少しこわばっていたらしい。

「たいした用事じゃないよ。ただ、一言だけ伝えておきたくて……」

 ダニエルは、僕だけでなく、カトック隊の面々にも視線を向けていた。

「僕たちエグモント団は、あの戦闘には全く貢献できなかったからね。このままでは、あまりにカッコ悪いじゃないか。だから……」

 彼の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

「……せめて事後処理では、おおいに働かせてもらうよ」

 それだけ言うと、

「じゃあね、バルちゃん」

 軽く手を振るシモーヌと一緒に、ダニエルは立ち去るのだった。


「何だったのかな、あれ。事後処理とか言ってたけど……」

「そうね。今さら何かあるとは思えないけれど……。いずれ、わかるんじゃないかしら? ほら、ベッセル男爵に呼ばれた時にでも」

 真面目に考察するニーナとクリスタのかたわらでは、

「良かったね! バルトルトくんを返せ、とか言われなくて!」

 ダイゴローと同じ冗談を口にするアルマ。

 カーリンは黙ったままであり、彼女が何を考えているのか、表情を見ても僕にはわからない。

 そんな仲間たちと一緒に……。

 冒険者組合の建物――『赤天井レッド・ルーフ』――から、カトック隊の住処すみかへと帰るのだった。


 外に出て見上げると、既に夕焼け空。南の丘にある一軒家に帰り着く頃には、もう夕食の時間だった。

「急いで支度するから、みんな、少しだけ待っててね!」

 クリスタとカーリンが、テキパキと料理をして……。

「いただきまーす!」

 アルマの元気な声で、食事のスタート。

 この辺りは、いつもの流れだ。この家に来て僕も数日経つので、もう『いつもの』という表現を使って構わないはず。

 ただし、昨日までとは大きく違う点が一つ。

「あら! あなたも今日は、よく食べるのね!」

「はい。朝食も昼食も食べそびれましたから、お腹ペコペコです」

 と、クリスタに対して答えたように。

 僕は一日、何も食べていなかったのだ。

 厳密には、家を出る直前に、果物とミルクだけ口にしているが……。それでは足りないから、泉を見張りながら、携帯食を朝食にする予定だった。

 でも僕がアルマと組んで周囲の警戒役だった間に、早くも黒衣の怪人が現れたので、当然、食べている暇なんてなかった。また、怪人たちと戦った後は夕方まで気を失っていたので、昼食だって口に出来なかった。

『それだけじゃないぞ、バルトルト。加えて、転生戦士ダイゴローに変身した影響もあるだろ? ほら、疲労感は一眠りして回復したとしても、消費したエネルギーは、食べ物で摂取する必要がある』

 そんなこんなで。

 僕にしては珍しく、それこそカトック隊のみんなに負けないほど、たくさん食べることになるのだった。


 人間は満腹になると自然に眠くなるものらしい。昔どこかで、そう聞いた覚えがある。

 実際。

 朝から夕方まで――ほぼ一日――寝て過ごしたにもかかわらず、だから夜になっても眠れない、という事態にはならなかった。たっぷりの食事と心地よい入浴の後、ベッドに横になった僕は、あっという間に眠りに落ちたのだ。

 とはいえ。

 昼間の医務室で、肉体からだが要求する睡眠は既に満たされていたからなのか。あるいは、もう早起きが習慣になっていたせいだろうか。

 翌朝。

 僕は夜明け前に目が覚めてしまった。ベッドから起き上がり、窓際へ歩み寄って外に視線を向けると、まだ空は暗かったのだ。

『……ん? あれは何だ?』

 相棒の声で、ふと気づく。

 僕の部屋からは、ちょうど裏庭が見えるわけだが、そこに植えられている一本の大木の辺りだ。太い幹に隠れるようにして、規則正しい動きをしている人影があった。

 青い皮鎧を着た、水色の髪の少女。カーリンが一心不乱に、いつもの槍を振っていたのだ。

『朝の鍛錬って感じだな』

 バルトルトの言葉に、僕は大きく頷いた。

 カーリンやクリスタと三人で武器屋へ向かう際、カーリンは戦いに関することが大好きだ、という話になったのを思い出す。彼女が毎朝、人知れず素振りをしているとしても、全く違和感がなかった。

『なあ、バルトルト。せっかくだし、お前もトレーニングに混ぜてもらったらどうだ?』

 他人事として見ていた僕に、ダイゴローが妙な提案をする。

『いや「妙な」というより、むしろ真っ当な提案だろ。ほら、魔法剣のコツはカーリンから教わるべき、って話もあったし……』

 ああ、それならば。

 ハッキリと言葉にして意識していなかったので、まだダイゴローには伝わっていないと思うが……。

 おそらく、要領とか秘訣とか、そんな抽象的な話ではないのだ。やはり魔法のレベルが足りない、というのが原因だと思う。

『……その口ぶりだと、何か根拠がありそうだな?』

 例えば、カーリンが槍や剣に込める魔法は、いつも弱氷魔法、つまり氷系統の第一レベルだ。一方、モンスターに対して放つ魔法は、もう一段階上の強氷魔法。そこにはれっきとした差が存在していた。

『ああ、なるほど……』

 ダイゴローにも伝わっただろうか。

 武器に魔法を込める際、どんな魔法剣士でも、独特の集中力を必要とする。だから自分がギリギリ使えるような魔法ではなく、そのワンランク下くらいでないと、魔法剣は発動できないのだろう。

 僕が転生戦士ダイゴローとして、魔法剣ならぬ魔法拳を使えたのも、変身状態では使える魔法のレベルが上がっていたからに違いない。

『つまり、素の状態で使える魔法が弱炎魔法だけの間は、魔法剣なんて到底無理……。そういうことか』

 クリスタは魔法剣士ではなく純粋な魔法士だから、この辺の理屈は知らないのだろう。また、とっくの昔にカーリンは初心者の段階を過ぎているから、もう忘れてしまったのではないだろうか。

 あるいはカーリンの場合、最初からスイスイ魔法剣が作れたので、出来ない理由なんて考えたこともない、という話かもしれない。

『どっちにせよ、今のバルトルトがカーリンに師事しても、魔法剣に関しては無駄なわけか……』

 と、カーリンが規則正しく振る槍を見ながら、こんな脳内会話をおこなっていたのだが……。

 なんだか眠くなってきた。珍しく頭を使ったからだろうか。

『というより、あの槍の動きのせいじゃねえか? 五円玉の振り子を凝視するとか、電車でガタンゴトン揺られるとか、一定のリズムが続くと眠気ねむけを誘われる、って言うからな』

 五円玉とか、電車とか。ダイゴローは、また僕には理解できない用語を持ち出してきたが……。

 反論する気もなければ、質問する気もなかった。

 それよりも。

 まだ空が暗いうちに眠気ねむけが戻ってきたのだから、無理して起きている必要もない。

 おとなしくベッドに横になり、

「おやすみ、ダイゴロー……」

 僕は二度寝するのだった。

   

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