転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第60話 カトック隊西へ(11)

公開日時: 2020年12月5日(土) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:21
文字数:3,348

   

 語り続けていたマヌエラが黙り込む。もう話のネタも尽きたようだ。

 僕にはそう見えたが、違う受け取り方をする者もいた。

「……それで? それから、どうなったの?」

 今までおとなしく聞いていたニーナが、先を促し始めたのだ。

 しかし。

「ああ、いや。従姉妹いとこの手紙に書いてあったカトックさんの話は、それくらいだが……」

 マヌエラからは、そう言われてしまう。

 残念そうに眉尻を落とすニーナに対して、クリスタが微笑みを向ける。

「あとはアーベントロートに着いてからのお楽しみね。慌てなくても大丈夫よ。カトックがいるのは確実なのだから」

「そうだね。こうして話を聞く限り、変わってないみたいだもんね。たとえ色々忘れてるとしても」

 クリスタの言葉で、改めて「ようやくカトックに会える」という気持ちになったのだろう。ニーナの表情は、明るいものに戻るのだった。


 こうして、カトックに関する話題が一区切りついて。

 また外の景色へと視線を向けたところで、僕の中のダイゴローが話しかけてきた。

『なあ、バルトルト。この世界の街や村は、何でモンスターに襲われないんだ? 普通はモンスターなんて来ないから、さっきの話が特別になるんだろ?』

 カトックが来てからアーベントロートが襲われた、という件だ。ダイゴローは、それが少し気になっていたらしい。

 改めて「なぜ街や村は安全なのか」と問われると、僕も返答に困るが……。

『それがこの世界のルール、ってことか? 神様がそう定めた、とか?』

 まあ神様の御加護と言う者もいるが、それは言葉の綾に過ぎない。実際には、モンスターだって人間を恐れている、ということなのだろう。

『モンスターが人間を恐れる……? モンスターの方が強いんだろ?』

 もちろん、一人の人間を恐れるモンスターなんているわけがない。一対一で戦えば――冒険者のような例外を除けば――、モンスターの方が強いに決まっている。でも一人ではなく、集団となれば話は別。

 だから、街や村のように大勢の人間がいる場所には、モンスターも近寄らないようにしており……。

『ああ、住み分けしてるようなもんか。人間は街や村、モンスターはダンジョンというように、それぞれの縄張りがある。つまり……』

 ダイゴローは、自分で自分の考えを整理して、

『……山奥に住む野生動物が人里には降りてこない、というのと同じ話だな?』

 その通り。

 説明する側である僕よりも上手くまとめてくれるのは、僕としても助かる。

『なるほどなあ。改めて、思い知らされるぜ。この世界はゲームとは違うから、変なルールがあるわけじゃないし、モンスターだって野生の生き物に過ぎない、って』

 いったん納得するダイゴローだが、ここで口調が少し変わり、からかうような響きになる。

『そうすると、冒険者がダンジョンに立ち入るのは、モンスターの縄張りを荒らしてる、ってことになるんだな?』

 縄張りという考え方では、そうなるかもしれないが……。

 例えば、アーベラインの街から『回復の森』までの草原地帯。もうダイゴローも経験しているように、あそこは野外フィールドだからダンジョンではないけれど――モンスターの縄張りではないけれど――、モンスターが出没する。もちろん街の外だから人間の縄張りとも言い切れないが、それでも野外フィールドは、人々が出歩く場所でもある。つまり、一般市民とモンスターが遭遇する危険性のある領域だ。

 この世界には、そんな場所がたくさんあり……。

『いや、俺だってわかってるさ。気にしないでくれ、冗談だよ。野生動物に例えるとしても、モンスターは特別危険な野生動物に相当するんだろ? だから駆除の対象ってわけだ』

 そう、モンスターは危険なのだ。街を出た途端、そんな生き物に出くわす可能性がある以上、一匹でも多く駆逐しておく必要がある。だから僕たち冒険者は、日々ダンジョンに乗り込んで、凶暴なモンスターを狩り続けるのだった。


 窓の外に広がる大自然を眺めたり、仲間たちとの雑談を楽しんだり、さらに僕の場合は、ダイゴローとの脳内会話があったり……。

 いつもの冒険者生活とは全く違う、のんびりとした時間を過ごすのが、僕たちカトック隊の馬車旅行だった。

 馬は夕方まで走り続けて、ようやく一日の仕事から解放される形になった。残念ながら隣の街までは辿り着けず、今晩は野宿だが、でも大丈夫。『野宿』と言っても、広野にテントを広げるわけではない。

 街道沿いに設置された、大きな倉庫のような建物。宿泊用シェルターの中へ、馬車は入っていった。

『なるほど! 野外はモンスターも出没するエリアだから、こういう施設の中でテントを張るのか!』

 先ほどの話もあったから、ダイゴローにも理解しやすかったらしい。


 場所によって少し内装は異なるはずだが、ここのシェルターは、左右の壁の上側に大きな窓があったり、天井にも採光用の小窓があったりして、明るい造りになっていた。ちょうど、赤くなり始めた空の色が差し込んできている。

 だだっ広い上に、天井も高い。馬車一台を収めるだけにはもったいないくらいの、がらんとした空間だった。物がないから、余計に広々と感じるのだろう。

 ただし全く何もないわけではなく、隅っこの方では、保存の効く食料が備蓄されていた。モンスターの襲撃や天災などで、何日も立てこもるケースを想定しているのだ。

『食べ物もあるのか! まるで、高速道路のサービスエリアみたいだなあ!』

 と、感嘆の声を上げるダイゴロー。彼の世界にも、似たような施設があるらしい。

『そういやあ、長距離馬車は凄いスピードで飛ばすわけだし……。街と街を繋ぐ街道は、単なる道ではなく、俺の世界で言うところの高速道路に相当してるんだな!』

 シェルターに入ったことで、今日の旅路について改めて気づいた点もあり、さらに理解が深まったようだ。

 なお、ここのシェルターは、食料の備蓄だけではない。壁際に視線を向けると、シャワールームがあるのも確認できた。魔力を注ぎ込むことで貯蔵水を浄化したり、お湯にしたりする魔法器具が、きちんと設置されているのだ。

『おいおい、凄いな! そんな設備まであるのかよ! うーん、確かに高速のサービスエリアでも、入浴施設完備の場所があるそうだが、その数は少ないから……』

 感心したように唸るダイゴロー。この世界の技術を褒められたようで、なんだか僕は嬉しくなるのだった。


 このように。

 街道脇の宿泊用シェルターを使う場合もあったが……。日が沈む前に次の街に到着して、宿屋に泊まる場合の方が、もちろん多かった。

 そうやって旅を続けて、八日目の夕方。馬車が停まったのは、ブロホヴィッツという街の中だった。

 出発したアーベラインと同じような、馬車のための広場。ただし中央にあるのは、噴水ではなく大きな花壇だ。もちろん円形であり、その周囲を馬車が回って、方向転換するために設置されていた。

 ここブロホヴィッツは、他の乗客にとっては、途中で経由する街の一つに過ぎないだろう。しかし僕たちにとっては、別の意味があった。

「御者のおじさん! 今までお世話になりました!」

 馬車から降りる際、ニーナが深々と頭を下げる。

「ありがとー!」

 アルマの言い方は軽かったが、それでも感謝の気持ちが込められているのは、しっかりと伝わっていた。僕を含めて他の者たちも、それぞれ「ありがとうございました」と挨拶した。

 僕たちカトック隊の旅路は、ここで大陸横断の乗合馬車ルートから外れる。一週間以上の時を過ごしてきた馬車とも、ここでお別れなのだ。

 ふと見れば、

「お馬さんも、ありがとー!」

 牽引していた蒼の疾風ブルー・ウインドに駆け寄り、アルマはポンポンと、その首筋に触れていた。

『御者への挨拶より丁寧だな』

 というダイゴローの言葉に、心の中で僕は苦笑いする。

 でもアルマは、動物と心を通わせる能力のあるテイマーだ。どこまで明確に意思疎通できるのか定かではないが、僕たちを代表して馬をねぎらうには、彼女が適任のはず。

 一方、僕の後ろでは、同じく馬車から降りたクリスタが、マヌエラに声をかけていた。

「さあ、ここからはあなたの出番よ」

 乗合馬車のルートにいる間は、特に案内役も必要ない。しかし、その先は話が別。だから彼女が雇われたのであり……。

 僕たちの視線を受けて、マヌエラがニッと笑う。

「そうだな。それじゃ、まず最初に……」

   

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