「みんな、いなくなっちゃった……」
呆けたような声が、自然と口から飛び出していた。
僕を取り巻くのは、深い緑の森。大自然の香りに包まれて、これが森林浴ならば心地よいのだろう。だがモンスターが出没する『回復の森』では、とてもそんなウキウキ気分ではいられなかった。
つい心細くなって、無意識のうちに、胸元へ手が伸びる。今までならば、そこにはエグモント団の紋章――冒険者の記章を兼ねたもの――が掛かっていた。もう何もないのを確認する形になって、改めて「パーティーから追放された」という事実を思い知らされる。
いっそう気持ちが落ち込んでしまった。
「ハハハ……。ゲオルクもザームエルもダニエルも、もちろんシモーヌも、みんな友だちだと思ってたのに……」
きっと今の僕の顔には、乾いた笑いが張り付いているに違いない。
僕を含めた五人は、冒険者になることを目指して、一緒に学院で学んだ仲間だった。冒険者学院を卒業後、同級生でパーティーを組もう、ということで結成されたのがエグモント団だ。まだ冒険者になって一年も経っていない、駆け出しばかりのパーティーだった。
ゲオルクに奪われた――いや強制的に返却させられたと言うべきか――、あの青い紋章は、パーティー結成の際に冒険者組合で作ってもらったもの。だから、冒険者の記章という役割も兼ねていたのだ。
「あれを失くした今の僕は、まるで冒険者を辞めさせられたみたいな感じか……」
何故こんな悲しい言葉が、口から出てしまうのだろう。そこまで悲観的に考えることもないのに。
もちろん、一般的に冒険者は誰でも、冒険仕事やモンスター・ハンティングの際には必ず記章を身に付けている。それがないと戦う資格を失う、というルールではないが、持っていないと金銭や経験値が得られないからだった。
冒険者の記章は、特別な魔法器具であり、その日に狩ったモンスターの種類や数が記録される。依頼された仕事ではなく自発的なモンスター・ハンティングだとしても、冒険者組合に行けば、戦果に応じた金銭をもらえるのだ。
またモンスターを倒した瞬間には、そのモンスターのレベルに応じた経験値が、記章を通じて冒険者の肉体に流れ込むシステムだ。まあ『経験値』といっても、どこかに数字が表示されるわけではないから、よほどたくさん獲得しないと「経験値を得て強くなった!」という実感は湧かないのだけれど。
この経験値システムに関して、一部の冒険者は「経験値なんて概念自体が眉唾」と馬鹿にするそうだが……。
まだ新米の冒険者である僕たちエグモント団には、経験値獲得は大切な話だった。
「経験値のことを考えると……。僕は今まで、かなり甘やかされてきたのかもしれない」
ふと頭に浮かんだのは、今まで考えたこともない、新しい見方だった。
冒険者パーティーに属していると、たとえ自分個人がモンスターを倒せなくても、経験値が得られる。一回の戦闘ごとに得られる経験値は、パーティー全員へ均等に割り振られるからだ。
例えば、先ほどの戦闘ではゴブリン三匹を倒したから、その経験値の五分の一ずつが手に入る。戦闘に貢献できなかった僕のところにも。
いや『貢献できなかった』どころか、僕のせいで一匹取り逃がしているではないか! たかが一匹、されど一匹だ。あの一匹を倒していれば、全滅ボーナスでさらに経験値が入る、というシステムなのだから。
「そうやって考えていくと……。僕は本当に、大きく足を引っ張っていたのか……」
どれほど仲間たちに迷惑をかけていたのか、今さら気づいた。今まで同じパーティーに居続けさせてくれたことに、感謝するべきなのだろう。
たとえ最後は、このような場所に置いてけぼりにされたとしても。
やはり、彼らは良き友人たちだったのだ……。
現実逃避するかのように、森の中で立ちすくんで、考え込んでいた僕。
ハッと我に返ったのは、周囲の茂みが、ガサゴソと音を立て始めたからだった。
「まさか……」
早くも、次のモンスターか?
確かに、モンスター独特の生臭さも漂ってきたような気がする。
でも今モンスターと戦っても、冒険者の記章がないから経験値が得られず、無料働きだ。
……などと考えてしまうのは、まだ僕の心に妙な余裕があったに違いない。現実を理解できていなかったに違いない。
まず考えるべきは、戦うことではなく、逃げることだったのに。
状況は、それ以上考える暇を与えてくれなかった。
物音に続いて、問題のモンスターたちが姿を現す。
目の前の茂みだけではない。背後の音に反応して振り返ると、そちら側にも!
前後左右から取り囲むようにして、ざっと十数匹のゴブリンたち。
見回すうちに、その中の一匹と目が合った。胸元の体毛が焼け焦げて、その部分の皮膚は火傷で引き攣っている個体。体には、無数の切り傷の痕跡もある。
「……え? まさか、さっきのやつ? ゴブリンのお礼参り?」
モンスターって、そんな人間臭い行動をする生き物だったのか。驚く僕の耳と足に、ドスンドスンと地響きが伝わってくる。
傷だらけのゴブリンがスッと横に体をスライドさせて、まるで「用心棒の先生、お願いします!」みたいに手を動かして……。
森の奥から現れたのは、身の丈が数メートルもある化け物だった。
他のゴブリンをそのまま巨大化させたような形だが、体色は異なっている。茶色ではなく、深い森に紛れるような緑色。得物もナイフではなく、漆黒の金棒を手にしていた。
「このモンスターは……」
冒険者学院の授業で教わったことがある。熟練の冒険者でなければ相手にしてはならない、という上級モンスター。
巨人ゴブリンだ!
「万が一これに出くわしたら逃げろ、と言われたけど……」
僕だって、逃げられるものならば逃げ出したい。でもゴブリンたちに囲まれたこの状況で、どこへ逃げろと言うのだ?
ただのゴブリンだけでも、この数を相手するのは、僕一人では難しい。かといって、戦わずに棒立ちだったら、もう死亡確定だろう。
絶体絶命のピンチ。とりあえず駄目で元々、なんとか一匹だけでも斬り捨てて、脱出口を作るべきか……?
そう考えて、腰からショートソードを引き抜いた時。
鬱蒼として暗いはずの森が、魔力を入れすぎた魔法灯のように、強烈に明るくなった。
「ギギギ……?」
ゴブリンたちが鳴き声を発しながら、眩しいと言わんばかりの仕草で、手を目の前にかざす。
まるで魔法複製のように一致した格好で、モンスターたちは、同じ方向に首を向けていた。
眩しさに顔をしかめながら、僕もそちらに目をやると……。
数メートル先の、ちょうど僕の頭くらいの高さに、光源となる球体が浮かんでいた。
魔法灯のような器具や道具ではない。物質というより、もっと曖昧なフワフワした存在。大きさも形も異なるが、ウィスプ系モンスターのような曖昧さ、と表現したら伝わるだろうか。
白い光の塊。真ん丸で、大きさはメロンくらい。
これだけでも十分驚きに値する出来事なのだが、まだ続きがあった。
『おっ! ここが俺様の活躍する世界かい。なるほど、ファンタジーな異世界だ!』
なんと光球が喋ったのだ!
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