最下級のゴブリンたちに混じった、二匹の巨人ゴブリン。どちらも普通の巨人ゴブリンであり、装甲に覆われたタイプ――カトック隊ですら歯が立たず、僕が変身して倒したモンスター――ではなかった。
その点は不幸中の幸いだが、それでも。
こうして、まるで笛の音に誘われたかのようにモンスターの集団が出現するというのは、なんとも不気味な話だった。
『「まるで」じゃねえぞ、バルトルト! こいつら、本当に、あいつの笛で操られてるんだ!』
と、ダイゴローの興奮した声。
改めて黒衣の怪人に注意を向けると、確かに、まだ笛を吹き続けているようだった。かなり弱い音になっているので、意識しなければ聞こえにくいが……。
もしかすると、人間ではなくモンスターの耳には聞こえやすい、特別な周波数なのかもしれない。動物の訓練に用いられるという、犬笛のように。
『ポイントはそこじゃねえ! あの笛があるからこそ、あいつは新鮮なゴブリンの屍肉を得られる、ってことだ!』
新鮮なゴブリンの屍肉。
その言葉で、僕も初めて気が付いた。今まで自分の中に、無意識の違和感があったことに。
そう、ダイゴローの言う通りだった。そもそも、モンスターは死後の分解が速い、とダイゴローに教えたのは僕自身だ。そのルールに照らし合わせたら、革袋に詰められるほどの『新鮮なゴブリンの屍肉』を用意できるのは、少し不自然だったのだ。
しかし。
黒ローブの怪人がゴブリンを殺す際、僕たちのように森を歩き回るのではなく、いつでも自由に呼び寄せることが出来るのであれば……。
その違和感も解消する!
頭の中でダイゴローが喚くので、思考問答に付き合ってしまったが、それどころではなかった。
現実としては、リーダーのニーナが、テキパキと指示を出している。
「アルマは鞭で、クリスタは魔法で、巨人ゴブリンの足止め! 残りは、雑魚ゴブリンを各個撃破!」
泉の上でプカプカと浮いているだけの紫色の怪物――ヴェノマス・キング――と、笛を吹いているだけの怪人は、とりあえず後回し。まずは、こちらに向かってくるモンスター集団に対処しよう、という方針だった。
いくらカトック隊でも、二匹の巨人ゴブリンを倒すのは容易ではないはず。巨人ゴブリンに対しては『足止め』、ただのゴブリンに対しては『各個撃破』なのも、雑魚を一掃してから全員の力を合わせて巨人ゴブリンを倒す、という意味なのだろう。
「ファブレノン・ファイア・シュテークスタ!」
早速、超炎魔法を唱えるクリスタ。巨人ゴブリンに、大きな火球をお見舞いする。
ニーナとカーリンは武器を手にして、それぞれ一番手近なゴブリンへと駆け出していた。一瞬遅れて、僕もショートソードを引き抜いて走り出そうとしたが……。
視界の片隅に見えた光が、僕を躊躇させた。黒ローブの怪人と僕たちの中間くらいに、白い魔法の光が現れたのだ。
「まだ何か来るの? もう止めてー!」
鞭を振るいながら、アルマが悲鳴を上げる。彼女は特定のモンスターに対峙していたわけではなく、全体の戦況を見渡せるポジションだったから、真っ先に気づいたらしい。
『バルトルト! お前は違うだろ! やるべきことをやれ!』
ダイゴローに叱咤されて、再び動き出す僕。
近くのゴブリンに斬りかかり、少し苦労したものの、一匹は始末した。一撃では倒せず、二回、三回と剣を振るう必要があったのは、この混乱した状況に動揺している証かもしれない。
一方、ニーナとカーリンは、早くも複数のゴブリンを斬り伏せており……。
その間に。
「ほう……。また招かれざる客が来おったか」
と、黒衣の怪人が呟いたように。
転移魔法の光は収まって、姿を現したのは、新たな冒険者パーティー。武闘家とシーフと戦士と魔法士、つまり、エグモント団の四人――ゲオルクとザームエルとダニエルとシモーヌ――だった!
「見て! 黒いローブを着た怪人よ!」
「おお、聞いた通りじゃないか。早朝に来れば犯人を捕まえられる、って」
シモーヌとゲオルクの言葉から判断するに、どうやらエグモント団も、僕たちと同じ情報に辿り着いたらしい。
僕たちと違って、いきなり初日で怪人と遭遇できたのだから、運が良かったのか。あるいは、それでモンスター集団の真っ只中に出てしまったのだから、逆に悪かったのか……。
「見ろよ、ゲオルク! 泉の上に、変なものが浮かんでるぜ!」
と、ザームエルも騒いでる。
ちなみに、僕は彼らの声を聞くだけであり、もう四人の方を見てはいなかった。悠長に眺めている暇などなく、手近なゴブリンと交戦していたのだ。
それでも、耳から入ってくる情報だけで、彼らの様子は手に取るようにわかった。
「それどころじゃないぞ! モンスターに囲まれている!」
「大変! 低級のゴブリンだけじゃなくて、巨人ゴブリンもいるわ!」
ダニエルに言われて、初めて自分たちが置かれている状況を理解したのだろう。シモーヌの声色は、悲鳴に変わっていた。
そんな彼らの声に混じって、僕の仲間の声も聞こえてくる。
「いいところに来てくれた! キミたちに一匹、任せるからね!」
カトック隊のリーダーであるニーナが、エグモント団にまで指示を出していたのだ。
確かに、二匹の巨人ゴブリンのうちの片方を彼らが相手してくれるのであれば、カトック隊としても助かるのだが……。
「えいっ!」
目の前の雑魚ゴブリンを始末した僕は、次のゴブリンに向かう前に、チラッとエグモント団の方に目を向ける。
彼らはカトック隊ほど経験豊かな冒険者パーティーではないから、本当に巨人ゴブリンと戦えるのか、少し心配になったのだ。
しかし。
視界に入ってきたのは、四人を取り囲む雑魚ゴブリンの群れだった。怪人が、そのように笛で指示しているのだろう。こちらの思い通りには、させてもらえないらしい。
カトック隊の仲間たちに視線を向けると、クリスタが魔法攻撃を連打することで、巨人ゴブリンの一匹を足止めしている。だが、もう一匹まで相手する余裕はなかった。そちらは今、冷気を纏った槍を用いて、カーリンが一人で相手している状態だ。
いつものようにアルマは大地を鞭で叩いているが、モンスターの数が多すぎるせいか、巨人ゴブリンだけでなく、雑魚ゴブリンにも全く効いていないようだった。
『巨人ゴブリンは無理でも、あいつらが雑魚の数を減らしてくれるなら、意味はあるじゃねえか!』
僕の頭の中で、ダイゴローが冷静な分析をする。
なるほど、ニーナの思惑とは違うとしても、エグモント団がモンスター集団の一部を引き受けてくれているのは、間違いようのない事実だった。
僕たちの予定は既に崩れており、カーリンが巨人ゴブリンの足止めに回っているのだから……。エグモント団が雑魚ゴブリンと戦ってくれるのは、ちょうどカーリンが抜けた分の穴埋めになり、とても助かるのだ!
「うん、なんとかなりそうだ!」
自分を鼓舞する言葉を発しながら、気持ちも新たに、僕は別のゴブリンに斬りかかっていく。
場合によっては、仲間から見えない場所へ一時的に避難して変身するとか、最悪の場合、ダイゴローとの別れを覚悟してこの場で変身するとか、僕も考えていたのだが……。
『そこまで思い詰めるなよ、バルトルト。巨人ゴブリンは強敵とはいえ、普通のモンスターなんだろ? 前みたいに一人じゃないし、これだけ冒険者がいれば大丈夫だぜ!』
と、ダイゴローも僕を励ましてくれる。
しかし。
「バルトルトでも戦える相手だ! 俺だって!」
「ただのゴブリンなら、いつもの連中に過ぎないぜ!」
血気に逸るゲオルクやザームエルに対して、ダニエルが制止の言葉を投げかけていた。
「二人とも冷静になれ! 僕たちは、モンスター・ハンティングしに来たんじゃないだろう?」
「そりゃそうだが……」
「この数のモンスターと、わざわざ戦う必要はないよ。これじゃ、肝心の怪人には近づけないじゃないか。だったら……。一時撤退だ!」
「私も賛成! ゾフォルト・ベヴィーグン!」
リーダーであるゲオルクの許可を得るより早く、シモーヌが転移魔法の呪文を唱えたらしい。僕の視界の一部が明るくなったのは、彼らが魔法の輝きに包まれたのだろう。
『何しにきたんだ、あいつら!』
呆れたような、少し怒ったような声が、僕の頭の中で鳴り響く。
わざわざ視線を向けて確認するまでもなかった。
エグモント団の四人は帰ってしまい……。
僕たちカトック隊は、また五人だけで、怪人が呼び出したモンスター集団と戦わなければならないのだった。
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