転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第113話 ゴブリンは友だち(9)

公開日時: 2021年2月5日(金) 17:30
更新日時: 2023年10月30日(月) 22:07
文字数:3,295

   

 アルマと手を繋ぐゴブリンを先頭にして、その斜め後ろにニーナ。さらに後列に、僕とクリスタとカーリン。

 五人と一匹という混成部隊で、カトック隊は、夕方の村の中を歩いていく。

 家路を急ぐ村人とすれ違うこともあったが、彼らはゴブリンを目にしても、それほど驚いた様子は見せなかった。もちろん皆無というわけではないが、一昨日と比べれば、はるかに少ないのだ。

 冒険者が一緒だから大丈夫、という認識が、それだけ広く浸透してきたのだろう。あるいは単純に、村の中でゴブリンを見かけることに、慣れてきたのかもしれない。

『普通の村人がモンスターに慣れるというのは、あんまり良い兆候とは思えないけどな』

 ダイゴローの言葉は、カールに聞かせてやりたいくらい、彼と同じ側の意見だった。


「ギギッ……!」

「うん、ここを通って行くんだねー」

 北の外れまで来た僕たちは、例の馬小屋の前で足を止める。

 ゴブリンのギギは、両手を大きく広げて、身振り手振りまでつけて、何やら説明しているようだった。

 既に僕たちは、この中に転移の魔法陣があることを承知しているが、ゴブリンの方では尾行されていたことを知らない。だから親切心で、詳しく教えてくれているらしい。

「ありがとう、ギギちゃん。でも話だけじゃ、よくわからないから……。実際に、やってみせてね?」

 ゴブリンに応じてから、アルマはこちらを振り返った。

「みんな、この小屋へ入るよー! ギギちゃんが招待してくれるからー!」

「私たちからも『ありがとう』って言いたいから、改めて伝えてね?」

「うん、ニーナちゃんの言う通りにするー!」

 ニッコリと笑うアルマ。モンスターであるゴブリンに対して、僕たちが感謝の気持ちを示すというのが、彼女としては嬉しいようだ。


 建物の中は、一昨日と同じだった。違うのは、僕たちの前を行くゴブリンの背中が視界に入る、ということだけ。

 そのゴブリンは、まっすぐ一番奥の仕切りへ入っていく。前に調べた時、僕たちが思った通りに。

 ゴブリンに続いて、僕たちも同じブースの中へ。

「ギギッ! ギ、ギギギーッ!」

「ちょっと狭いけど我慢して、って言ってるよー」

 魔法陣の中央に座り込むゴブリンの言葉を、アルマが伝えてきた。

『モンスターにしては気がくなあ』

「案外、心配りが出来るのね。思っていたより、賢いのかしら」

 ダイゴローとクリスタが同じポイントを指摘するが、その口調は違う。ダイゴローは皮肉じみた言い方であり、クリスタの方は柔らかい感じだった。

 僕たちが五人とも、ゆかに描かれた円の中へ入ったところで、改めてアルマがゴブリンに頼む。

「それじゃギギちゃん、お願い」

「ギギッ!」

 ゴブリンは頷いてみせてから、ゆかの魔法陣に手をついた。ちょうど一昨日の僕たちと同じ格好だ。モンスターの魔力が人間のそれとは異なる性質だとしても、注ぎ込むやり方は似たようなものらしい。

「ギッ!」

 力を入れて踏ん張っている、という様子の鳴き声を上げる。見た目でも同じ印象であり、肌の色が――ゴブリン特有の茶色が――少し濃くなったのは、人間でいうところの「頬が紅潮する」に相当するのだろう。

「あら? 何かしら、あの背中のあざ……」

 クリスタの呟きで、僕も気が付いた。

 いつの間にか、ゴブリンの背中の真ん中に、赤黒いあざが浮かび上がっているのだ。一見すると星形のようだが、その突起は五つではなく六つ。

『これも六芒星だな。この魔法陣に描かれてるのとおんなじだ』

 外側の丸はないので、魔法陣の図形そのものではないが、ダイゴローの言う『六芒星』であることは確かだった。ニーナが「偽カトックのペンダントを思い出す」と言っていた形であり……。

 しかし、それ以上は考えている暇もなかった。ゆかの魔法陣が輝き始めて、僕たちは白い光に包まれたのだ!


 エグモント団にいた頃、何度もシモーヌの転移魔法のお世話になったが、それと同じ感覚だった。すぐに光は収まり、その時にはもう、僕たちは全く違う場所へ移動していた。

 高い木々に囲まれているので、森の中なのだろう。密集した木と木の間ではなく、少し開けた場所らしい。それでも、昼間ではなく夕方遅くのため、かなり薄暗くなっていた。夕日も森の中までは届きにくく、建物の中から野外へ転移したはずなのに、むしろ前より暗く感じるくらいだった。

「私たちも、ちゃんと転移できたわね」

「うむ。問題点が一つ、クリアーされた形だな」

 クリスタとカーリンの会話を耳にして、僕も思い出す。

 一昨日に馬小屋の転移魔法陣を調べた際、クリスタは懸念していたのだ。モンスター専用の転移装置ならば、一緒に転移しようと試みても人間は弾き出されるのではないか、という可能性を。

「それはいいとして、この森って、どの辺なのかな? 私たちが帰る時も、ギギちゃんに送ってもらえるのかな?」

「聞いてみるー!」

 新たな心配をニーナが持ち出すが、すぐにアルマがゴブリンと話し始めた。

 その結果。

 ここは村の南側にある森であり、しかも村から見えるくらいの距離にある森だと判明。

「だから転移じゃなくて、普通に歩いて帰るのも可能、って言ってるー」

「ギギッ!」

 アルマの通訳に合わせて、ゴブリンのギギは、クラナッハ村の方向を指さした。

 薄暗い森ではあるが、僕たちの足下に転移魔法陣が描かれているのはわかったし、このちょっとした広場から三本の小道が通じているのも見えた。ゴブリンが指し示したのは、そのうちの一本。つまり、それを行けば森の出口となり、村へ戻れる、ということなのだろう。

「じゃあ、帰りは送ってもらわなくても大丈夫だね。それで、今から行くのは……」

「こっちだよー!」

 クラナッハ村とは反対方向の道へ、アルマとゴブリンは走り始めた。


 小走りに駆けていく一人と一匹を追う形で、僕たちも森の奥へと進む。アルマとゴブリンの背中が常に視界に入るので、僕はふと呟いた。

「例のあざ、消えてますね。何だったのでしょう?」

「そうね。転移魔法陣の発動に呼応したのか、あるいは、ゴブリン自体が魔力を高めたら現れるのか……。どちらにせよ、一時的なものだったみたい」

 クリスタも僕に同意してくれたので、薄暗いから見えないというわけではなく、本当に背中のあざは消失していたようだ。

 他に気になる点もなく、かといって世間話をする状況でもない。暗くなってきた森の中、僕たちは周囲を警戒しながら、ほとんど無言で歩いていた。

 モンスターが出てくる様子はないから、ダンジョンではないのだろう。それでも危険な野生動物が生息しているかもしれないし、アーベントロートの薬草の森のように、ダンジョンでなくてもモンスター出現の可能性はゼロではない。

 そもそも進む先には、ギギという一匹のゴブリンの住処すみかがあるのだ。しかも僕たちの想定通りならば、そこには魔族の関与もあるはずであり……。

 警戒を怠るわけにはいかなかった。


 そうやって、しばらく進んだところで。

「ギギッ……!」

「どうしたの、ギギちゃん?」

 突然、ゴブリンが立ち止まる。ブルブルと震えており、今まで見せたことがないような態度だった。

 状況に戸惑うのは僕たちばかりではなく、

「ギギちゃん、怖いって言ってる……」

 振り返ったアルマの顔にも、怪訝な表情が浮かんでいた。彼女は唯一、ゴブリンと意思疎通できるはずなのに。

 そして、アルマが目を離した一瞬のうちに、ゴブリンは脱兎のごとく駆け出していた。

「あっ、待って!」

 アルマは手を伸ばしたが、追いかけようとはしなかった。迂闊に動いてはいけない、と感じたのだろう。周囲に不気味な気配が漂い始めたのだ。

「みんな、気をつけて!」

 リーダーのニーナは、叫ぶと同時に、剣を引き抜いていた。カーリンも槍を構えており、僕もショートソートに手を伸ばす。

 ちょうど、右斜め前方の木々の間から、ドスンドスンという足音と共に、何者かが現れるところだった。


 身の丈は数メートル。一見すると巨人ギガントゴブリンのようだが、体は胸から腰まで金属で覆われており、右目には怪しく光る赤いレンズ、そして左腕は肘から先が筒状の武器……。

 見覚えのある怪物だった。

 かつて『回復の森』で相見あいまみえたメカ巨人ギガントゴブリンが、再び、僕たちカトック隊の前に現れたのだ!

   

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