転生変身ダイゴロー 〜パーティーを追放されたら変身ヒーローになった僕〜

烏川 ハル
烏川 ハル

第74話 街の空気(3)

公開日時: 2020年12月21日(月) 17:30
更新日時: 2023年5月8日(月) 16:24
文字数:3,491

   

「会議中だっていうなら、仕方ないよなあ。こういう時は気分転換だ。美味うまいもんでも食いに行くか? アルマじゃないけどさ」

 歩きながら、ニーナの背中をポンと叩くマヌエラ。

 名前を出されたアルマが、

「マヌエラちゃん、いいこと言うね! 行こうよ、ニーナちゃん!」

 反対側からニーナの顔を覗き込む。

 僕のところからは表情が見えないので、どれだけニーナが顔に出しているのか不明だが……。ガッカリしているであろう彼女をアルマたちが慰めるというのは、もう見飽きた光景だった。


 自警団本部から追い返されて、僕たち六人は、あてもなく街を歩いていた。とりあえず来た道を戻っていたので、まずはアーベントロートの中心街へ向かう形になっている。

「お昼を食べるには、まだ早いから……。だったら、軽くお茶する程度かしら?」

 前を歩く三人に、後ろからクリスタが声をかけた。マヌエラとアルマの提案に、クリスタも賛成のようだ。

 アルマが笑顔で振り返る。

「そうだよね。気分が落ち込んだら、甘いもの食べるのが一番だもん! そうすれば、みんな幸せー!」

 その方法で回復するのはアルマだけではないか。一瞬そう言いたくなったが考え直す。ニーナだって女の子なのだから、アルマほどではないにしろ、甘いお菓子のたぐいは好きなはず。

 ならば、僕もこの話に乗っかろう。

「このまま行けば、アーベントロートの中心、商店街みたいな場所だけど……。そういえば、昨日の朝アルマが気にしていたケーキ屋、その辺りにあったよね?」

「おっ、バルトルトくん、グッドアイデア!」

 パンと手を叩いて喜んでから、アルマは、改めてニーナに話しかけた。

「ニーナちゃんも、それでいいよね?」

「うん。特に反対する理由ないから……」

 消極的賛成という口調のニーナに対して。

「じゃあ、決まりー!」

 まるでニーナの決まり文句を奪うかのように、冗談っぽい響きで、アルマが宣言するのだった。


「いい匂いがするー!」

 気になっていた看板のお店に、アルマがパタパタと駆けていく。

 近づいただけで甘い香りの漂ってくる、明るい店構えのケーキ屋だった。

 オープンテラス形式というのだろう。店先には、簡素だがお洒落な感じのパイプ椅子と丸テーブルが並べられている。ケーキをその場で食べられるシステムになっており、実際に何組かの客が、お茶とケーキを楽しんでいる最中さいちゅうだった。

「私、これとこれー!」

 アルマに続いて店内に入っていくと、彼女は目を輝かせて、ショーケースのケーキを二つも指差していた。

 ガラスケースの中には、白や赤や黄色など、色とりどりのケーキが並んでいる。クリームでデコレーションされたものだけでなく、ゼリーやムースだったり、チーズケーキだったり、詳しくない僕でもわかるくらいに、種類が豊富だった。

「いらっしゃい! どれも美味しいよ!」

 店の主人が満面の笑みで出迎える。服も帽子も純白で、胸元のスカーフだけが赤色。いかにもケーキ職人というスタイルだった。

 彼に向かって、カトック隊の女の子たちは、思い思いのケーキを注文する。

 一方、僕は朝から甘いものを食べる気分にはなれず、

「甘さ控えめのケーキもありますか?」

「あるよ! 男の人には、こっちの緑色がオススメだね!」

 店主の言葉に従って、野草のシフォンケーキを選んだ。


 それぞれのケーキを持って、店の前のテラス席へ。丸テーブルは六人で使うほど広くないので、三人ずつで二つのテーブルを占拠。街を歩いていた順番のまま店に入ってケーキを注文したので、ここでも自然に、前衛組と後衛組に分かれる形になった。つまり、僕はクリスタやカーリンと一緒のテーブルだ。

「美味しいー! こっちはコクがあって、こっちはふわふわー!」

 ニーナたちのテーブルからは、楽しそうなアルマの声が聞こえてきた。早速、食べ始めたらしい。しかも、二つ同時に。

「私たちもいただきましょう」

 クリスタに促されて、僕もケーキに口をつける。

「あっ、これは……」

 顔に近づけただけで漂ってくる爽やかな香りが、口の中いっぱいに広がった。

 店の主人が自ら勧めるだけあって、あっさりとした味の食べやすいケーキだ。シフォンケーキのほのかな甘みの中で、えぐみというほどではない野草独特の苦味が、良いアクセントになっていた。

「その様子だと、二人のケーキも美味しいみたいね」

 笑顔のクリスタが食べているのは、イチゴやブルーベリーなどで飾られた、ベリー系のフルーツタルト。

 カーリンの方は、茶色のロールケーキだ。僕の目には、特に表情や態度を変えたようには見えないが……。それでもクリスタにはカーリンの満足が伝わったように、

「うむ。悪くない味だ」

 彼女も言葉に出して、ケーキを高評価した。


 こうした会話が聞こえたから、というわけではないだろうが、

「これはサービスだよ!」

 先ほどの店主が、ティーポットとカップをトレイに載せて、僕たちのテーブルへやってくる。

 紅茶をいで回ると、隣のニーナたちのテーブルへも行き、

「お客さんたち、見慣れない顔だけど……。旅人さんかい?」

 と、気さくに話しかけた。

「小さな街だけど、いいところだからね! たっぷり楽しんでっておくれよ!」

 性別は異なるが、ちょっとリーゼルを思い出させるような話し方かもしれない。この街の人々の特徴だろうか。

『街の住民として「いいところだ」って言うくらいなら、観光名所の一つくらい、教えてもらいたいよなあ』

 僕の中でダイゴローが茶々を入れている間に、ニーナが主人に対応していた。

「旅人というより、冒険者ですね。アーベラインという街から、カトックに会いに来て……。彼の昔の仲間なのです、私たち!」

 彼女の方を見るまでもなく、その声の響きだけで、ニコニコ顔が目に浮かぶ。僕も釣られて頬が緩むくらいだったが……。

「カトックさんの……?」

 店主の声が、急に冷たくなる。

 いや、彼の声だけではなかった。オープンテラス全体の雰囲気が変わったのだ。

 ハッとして、僕はそちらに視線を向ける。クリスタとカーリンも同様だった。

「そうかい、あんたたちが……」

 困ったように呟く主人。その姿と一緒に視界に入ってきたのは、周りの客が、まるで示し合わせたかのように、一斉に席を立つ様子だった。

「……うちのケーキを気にってくれた客だから、悪い扱いはしたくないけどさ。必要以上の長居はしないでくれよ」

 僕たちの存在自体が営業妨害になる……。そんなニュアンスを漂わせながら、彼は背中を向けた。

「カトックさんの知り合いといえば聞こえはいいが、カトックさんを連れ去ろうって連中だからなあ。酷い話だ、まったく」

 小声なので、独り言だったのだろう。こちらに聞かせるつもりはなかったようだが、彼の意に反して、しっかり僕たちの耳に届いてしまうのだった。


 せっかくの素晴らしいケーキも、こうなると美味しさ半減だ。誰と一緒の食事なのか、それ次第で違って感じられるように、食べ物の味には場の雰囲気も大きく影響するのだから。

 慌てるようにして急いで食べ終わり、僕たちはケーキ屋から立ち去って……。

 また、あてもなく街を歩き始めた。

『街の者たちの視線、やっぱり気のせいじゃなかったんだな』

 自警団本部へ向かう際の話を、ダイゴローが再び持ち出す。

 僕は心の中で、あの時よりも強く頷くしかなかった。

 現に今も、すれ違う人々の視線が突き刺さるのだ。少し時間が経っただけで、それだけ噂の広がり具合も大きくなったのかもしれない。

 ケーキ屋での出来事があったばかりなので、おそらく僕だけでなく、他の仲間たちも気づいたはずだ。

「まだ早いけど、今のうちにランチの場所も探しておきましょうか?」

 食べたばかりにもかかわらず、クリスタがそう提案したのは、街の食堂で門前払いされる可能性を考えたからではないだろうか。


 実際。

 僕たちが近くを通りかかるだけで、中から扉を閉ざす店もいくつかあって……。

 ようやく入れた食堂でも、従業員の態度は悪かった。

「ほら、これだよ」

 料理を運んできた女性は、ぶっきらぼうな――とても客相手とは思えない――言い方で、ドンと音を立てて乱暴に皿を置く。そのまま僕たちとは目も合わせず、逃げるようにして店の奥へ引っ込んだ。

 幸い、料理そのものの味は悪くなかったが……。

「私たち、あんまり歓迎されてないみたいだね」

「うん、ニーナちゃん。食べ終わったら、もう街を歩き回るのはめて、まっすぐ戻ろうよ」

 アルマが「美味しい」の一言もなく、そう言い出す始末。

「安心しなよ。少なくとも、リーゼルたちは受け入れてくれてるからさ」

 とマヌエラは言ってくれたが……。

 それは「あの家が最後の砦だ」という意味にも聞こえて、むしろ重苦しく感じられるのだった。

   

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