「会議中だっていうなら、仕方ないよなあ。こういう時は気分転換だ。美味いもんでも食いに行くか? アルマじゃないけどさ」
歩きながら、ニーナの背中をポンと叩くマヌエラ。
名前を出されたアルマが、
「マヌエラちゃん、いいこと言うね! 行こうよ、ニーナちゃん!」
反対側からニーナの顔を覗き込む。
僕のところからは表情が見えないので、どれだけニーナが顔に出しているのか不明だが……。ガッカリしているであろう彼女をアルマたちが慰めるというのは、もう見飽きた光景だった。
自警団本部から追い返されて、僕たち六人は、あてもなく街を歩いていた。とりあえず来た道を戻っていたので、まずはアーベントロートの中心街へ向かう形になっている。
「お昼を食べるには、まだ早いから……。だったら、軽くお茶する程度かしら?」
前を歩く三人に、後ろからクリスタが声をかけた。マヌエラとアルマの提案に、クリスタも賛成のようだ。
アルマが笑顔で振り返る。
「そうだよね。気分が落ち込んだら、甘いもの食べるのが一番だもん! そうすれば、みんな幸せー!」
その方法で回復するのはアルマだけではないか。一瞬そう言いたくなったが考え直す。ニーナだって女の子なのだから、アルマほどではないにしろ、甘いお菓子の類いは好きなはず。
ならば、僕もこの話に乗っかろう。
「このまま行けば、アーベントロートの中心、商店街みたいな場所だけど……。そういえば、昨日の朝アルマが気にしていたケーキ屋、その辺りにあったよね?」
「おっ、バルトルトくん、グッドアイデア!」
パンと手を叩いて喜んでから、アルマは、改めてニーナに話しかけた。
「ニーナちゃんも、それでいいよね?」
「うん。特に反対する理由ないから……」
消極的賛成という口調のニーナに対して。
「じゃあ、決まりー!」
まるでニーナの決まり文句を奪うかのように、冗談っぽい響きで、アルマが宣言するのだった。
「いい匂いがするー!」
気になっていた看板のお店に、アルマがパタパタと駆けていく。
近づいただけで甘い香りの漂ってくる、明るい店構えのケーキ屋だった。
オープンテラス形式というのだろう。店先には、簡素だがお洒落な感じのパイプ椅子と丸テーブルが並べられている。ケーキをその場で食べられるシステムになっており、実際に何組かの客が、お茶とケーキを楽しんでいる最中だった。
「私、これとこれー!」
アルマに続いて店内に入っていくと、彼女は目を輝かせて、ショーケースのケーキを二つも指差していた。
ガラスケースの中には、白や赤や黄色など、色とりどりのケーキが並んでいる。クリームでデコレーションされたものだけでなく、ゼリーやムースだったり、チーズケーキだったり、詳しくない僕でもわかるくらいに、種類が豊富だった。
「いらっしゃい! どれも美味しいよ!」
店の主人が満面の笑みで出迎える。服も帽子も純白で、胸元のスカーフだけが赤色。いかにもケーキ職人というスタイルだった。
彼に向かって、カトック隊の女の子たちは、思い思いのケーキを注文する。
一方、僕は朝から甘いものを食べる気分にはなれず、
「甘さ控えめのケーキもありますか?」
「あるよ! 男の人には、こっちの緑色がオススメだね!」
店主の言葉に従って、野草のシフォンケーキを選んだ。
それぞれのケーキを持って、店の前のテラス席へ。丸テーブルは六人で使うほど広くないので、三人ずつで二つのテーブルを占拠。街を歩いていた順番のまま店に入ってケーキを注文したので、ここでも自然に、前衛組と後衛組に分かれる形になった。つまり、僕はクリスタやカーリンと一緒のテーブルだ。
「美味しいー! こっちはコクがあって、こっちはふわふわー!」
ニーナたちのテーブルからは、楽しそうなアルマの声が聞こえてきた。早速、食べ始めたらしい。しかも、二つ同時に。
「私たちもいただきましょう」
クリスタに促されて、僕もケーキに口をつける。
「あっ、これは……」
顔に近づけただけで漂ってくる爽やかな香りが、口の中いっぱいに広がった。
店の主人が自ら勧めるだけあって、あっさりとした味の食べやすいケーキだ。シフォンケーキのほのかな甘みの中で、えぐみというほどではない野草独特の苦味が、良いアクセントになっていた。
「その様子だと、二人のケーキも美味しいみたいね」
笑顔のクリスタが食べているのは、イチゴやブルーベリーなどで飾られた、ベリー系のフルーツタルト。
カーリンの方は、茶色のロールケーキだ。僕の目には、特に表情や態度を変えたようには見えないが……。それでもクリスタにはカーリンの満足が伝わったように、
「うむ。悪くない味だ」
彼女も言葉に出して、ケーキを高評価した。
こうした会話が聞こえたから、というわけではないだろうが、
「これはサービスだよ!」
先ほどの店主が、ティーポットとカップをトレイに載せて、僕たちのテーブルへやってくる。
紅茶を注いで回ると、隣のニーナたちのテーブルへも行き、
「お客さんたち、見慣れない顔だけど……。旅人さんかい?」
と、気さくに話しかけた。
「小さな街だけど、いいところだからね! たっぷり楽しんでっておくれよ!」
性別は異なるが、ちょっとリーゼルを思い出させるような話し方かもしれない。この街の人々の特徴だろうか。
『街の住民として「いいところだ」って言うくらいなら、観光名所の一つくらい、教えてもらいたいよなあ』
僕の中でダイゴローが茶々を入れている間に、ニーナが主人に対応していた。
「旅人というより、冒険者ですね。アーベラインという街から、カトックに会いに来て……。彼の昔の仲間なのです、私たち!」
彼女の方を見るまでもなく、その声の響きだけで、ニコニコ顔が目に浮かぶ。僕も釣られて頬が緩むくらいだったが……。
「カトックさんの……?」
店主の声が、急に冷たくなる。
いや、彼の声だけではなかった。オープンテラス全体の雰囲気が変わったのだ。
ハッとして、僕はそちらに視線を向ける。クリスタとカーリンも同様だった。
「そうかい、あんたたちが……」
困ったように呟く主人。その姿と一緒に視界に入ってきたのは、周りの客が、まるで示し合わせたかのように、一斉に席を立つ様子だった。
「……うちのケーキを気に入ってくれた客だから、悪い扱いはしたくないけどさ。必要以上の長居はしないでくれよ」
僕たちの存在自体が営業妨害になる……。そんなニュアンスを漂わせながら、彼は背中を向けた。
「カトックさんの知り合いといえば聞こえはいいが、カトックさんを連れ去ろうって連中だからなあ。酷い話だ、まったく」
小声なので、独り言だったのだろう。こちらに聞かせるつもりはなかったようだが、彼の意に反して、しっかり僕たちの耳に届いてしまうのだった。
せっかくの素晴らしいケーキも、こうなると美味しさ半減だ。誰と一緒の食事なのか、それ次第で違って感じられるように、食べ物の味には場の雰囲気も大きく影響するのだから。
慌てるようにして急いで食べ終わり、僕たちはケーキ屋から立ち去って……。
また、あてもなく街を歩き始めた。
『街の者たちの視線、やっぱり気のせいじゃなかったんだな』
自警団本部へ向かう際の話を、ダイゴローが再び持ち出す。
僕は心の中で、あの時よりも強く頷くしかなかった。
現に今も、すれ違う人々の視線が突き刺さるのだ。少し時間が経っただけで、それだけ噂の広がり具合も大きくなったのかもしれない。
ケーキ屋での出来事があったばかりなので、おそらく僕だけでなく、他の仲間たちも気づいたはずだ。
「まだ早いけど、今のうちにランチの場所も探しておきましょうか?」
食べたばかりにもかかわらず、クリスタがそう提案したのは、街の食堂で門前払いされる可能性を考えたからではないだろうか。
実際。
僕たちが近くを通りかかるだけで、中から扉を閉ざす店もいくつかあって……。
ようやく入れた食堂でも、従業員の態度は悪かった。
「ほら、これだよ」
料理を運んできた女性は、ぶっきらぼうな――とても客相手とは思えない――言い方で、ドンと音を立てて乱暴に皿を置く。そのまま僕たちとは目も合わせず、逃げるようにして店の奥へ引っ込んだ。
幸い、料理そのものの味は悪くなかったが……。
「私たち、あんまり歓迎されてないみたいだね」
「うん、ニーナちゃん。食べ終わったら、もう街を歩き回るのは止めて、まっすぐ戻ろうよ」
アルマが「美味しい」の一言もなく、そう言い出す始末。
「安心しなよ。少なくとも、リーゼルたちは受け入れてくれてるからさ」
とマヌエラは言ってくれたが……。
それは「あの家が最後の砦だ」という意味にも聞こえて、むしろ重苦しく感じられるのだった。
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