「勝ったな……」
カーリンがポツリと呟き、その場の沈黙は終わりとなった。
彼女の言葉が呼び水となって、他の者たちも口を開く。
「そうね。前の時は私たちだけじゃ歯が立たなくて、あのダイゴローという人に助けてもらったけど……。きちんと対策を立てて戦えば、何とかなるものなのね」
「うん、みんなで力を合わせた結果だよ!」
クリスタやニーナが素直に喜ぶ中、アルマは少し浮かない顔をしていた。もしかすると、ニーナの『みんなで力を合わせた』発言が引っかかって、また「自分だけ役に立っていない」とでも思っているのだろうか。
クリスタとカーリンの活躍が大きかったが、僕の魔法も少しは貢献していたはずだし、ニーナも最後の一撃に加わっている。一方、アルマが振るっていた鞭は、どれほど足止め効果があったのか、全くわからなかった。
少し心配になって、アルマに何か声をかけようと思ったのだが……。
「悪かったな、バルトルト」
それより先に、なぜかカーリンが僕に謝ってきたので、機会を逸してしまう。
「……え?」
「ほら、最後の時だ。ニーナの名前だけで、お前は呼ばなかっただろう?」
戸惑う僕に、説明しようとするカーリン。
彼女とニーナの二人で、メカ巨人ゴブリンを突き刺した件だ。
物理攻撃が効くような強敵は二人で倒す、というのが自然な流れだったので、僕は気にしていなかったが……。金属装甲を剥がした後ならば、確かに僕のショートソートでもダメージを与えられたはず。つまり、最後の一撃の際には、僕も呼んでもらって、加わるべきだったのだろう。
『それだけバルトルトが信頼されてなかった、ってことだよな?』
揶揄うような声のダイゴローに、僕は全く反論できなかった。
あの時、カーリンがニーナの名前を口にした瞬間、既にニーナはカーリンの隣に並び立っていたのだ。それだけ彼女たち二人の息がピッタリだった、という証だろう。
もしもカーリンが僕に声をかけたとしても、僕は呼ばれてから駆けつける形だから、最後の攻撃のタイミングが遅れてしまったに違いない。
頭の中で、そんなシミュレーションを思い描いていたら、ポンと肩を叩かれた。
「キミもまだまだ、ってことだよ。次に同じ場面があったら、言われる前に動いてね」
ニーナが笑っている。パーティーのリーダーとして小言を口にした、という感じではなく、もっと柔らかい口調だった。
だから僕も、冗談として軽く返す。
「もちろん次は頑張るけど……。でも『次』なんて想定したくないなあ。もう二度と見たくないよ、あんな手強いモンスターは!」
「ギギちゃん、いなくなっちゃった……。ギギちゃんが怖がってたのも、あのゴブリンだったんだね……」
明るくなった雰囲気に水を差すような、暗い口調のアルマ。
あのメカ巨人ゴブリンが現れる直前、確かにゴブリンのギギは、そのような態度を示していた。ギギが僕たちをおいて逃げ出したことは、アルマにとっては悲しい話だろうが……。
だから彼女は落ち込んでいる、というのであれば、僕の想像――また「自分だけ役に立っていない」と嘆いている――よりも、むしろ良かったではないか。
「普通のゴブリンじゃないからね、あれ。同じモンスターから見ても、恐怖の対象なんだろうね」
「『回復の森』で遭遇した時は、巨人ゴブリンの亜種かと思ったけれど……」
ニーナは単純にアルマを励まそうとしただけらしく、特に内容のある発言ではなかったが、クリスタの方は違う。いつもの微笑みを浮かべるのではなく、考え込んでいる表情だった。
「……魔族によって作られたモンスターだったのね、その正体は」
倒れ伏したメカ巨人ゴブリンの死体に、改めて視線を向けるクリスタ。
釣られるように、僕もそちらに目を向けた。同時に、アーベントロートにいた魔族のことを思い出す。
カトックの姿を装って、『機械屋』と名乗っていた魔族。彼は『回復の森』に現れた怪人を『毒使い』と呼び、その『毒使い』に改造ゴブリンを貸し与えた、と言っていたのだ。
「うむ。偽カトックは『改造ゴブリン』と呼んでいたな。仲間の魔族と共同開発した、という話だった」
そう言うのだから、カーリンも僕と同じ場面を思い浮かべていたらしい。
これに反応して、クリスタが笑顔を見せる。
「そういえば、前にカーリン、言ってたわね。魔族が連れている怪物を、カトック隊だけの力で倒してみたい、って。この改造ゴブリンも、そうした怪物に含まれるのかしら?」
カーリンの発言は、僕も覚えていた。
ブロホヴィッツの街を歩きながら、僕の肩に腕を回してきたカーリン。魔族やその配下の怪物と戦う可能性を考えて「腕が鳴る」とワクワクしていた彼女は、ちょうどアルマが「もしかして、私、お荷物?」と言い出した直後だっただけに、余計に強く印象に残ったのだった。
『そっちか? 肩に手を回されて、密着した女性の体の感触が伝わってきて、それで強い印象だったんじゃないのか?』
ダイゴローの冗談は無視して、カーリンの方を見ると……。
「そうだな。魔族の怪物をこの手で倒す、その一歩と言えるだろう」
彼女は、満足そうな笑みを浮かべていた。
僕にしてみれば、メカ巨人ゴブリンは、あくまでもモンスターだ。『毒使い』が飼っていたヴェノマス・キングや『機械屋』が作り出したキング・ドールとは異なり、『怪物』感は薄かった。
だが、強敵であったことは間違いない。そう考えれば、カーリンが満足しているのも理解できる話だった。
「カーリンの自己満足は別にしても……」
軽く苦笑いしてから、ニーナが森の奥に目を向ける。
「……この先に魔族がいる疑い、さらに濃厚になったね」
そう。
メカ巨人ゴブリン出現に関して、最大のポイントはそこだった。
ゴブリンのギギは普通のモンスターではないが、だから魔族が関わっているのではないか、というのは、僕たちの推測に過ぎなかった。
しかし、メカ巨人ゴブリンは違う。魔族によって開発されたモンスターであることが、他ならぬ魔族自身によって明言されているのだ!
「改造ゴブリンの作り手である、二人の魔族。そのうち片方はアーベントロートで倒したけど、もう片方は健在だから……」
敢えて口に出した僕の言葉を、クリスタが引き継いだ。
「その魔族自身がいるのか、あるいは、その魔族から改造ゴブリンを貸し出された魔族がいるのか。どちらにせよ、この森に魔族がいるのは、ほぼ確定だわ」
「うん。その魔族がカトックのこと知ってるかどうか、その点はまだわからないけどね」
ニーナがカトックの名前を出したので、僕はハッとして、彼女に視線を向ける。
ちょうど僕と目が合ったニーナは、まるで何かを否定するかのように、軽く手を振ってみせた。
「心配しないでいいよ。私は冷静だから」
続いてアルマに顔を向けて、その冷静ぶりの一端を示す。
「ねえ、アルマ。ギギちゃんのこと気になるだろうけど……。今日は諦めるしかないよね」
この森に転移した時点で、もう夕方の遅い時間だった。しかも、歩いたり戦ったりするうちに、さらに辺りは暗くなっている。普通に考えて、案内役なしで進める状況ではなかった。
さらに、冒険者としての戦闘力の問題もある。メカ巨人ゴブリン一匹を屠るだけで、かなりの魔力を消耗していた。
ある意味、魔法のゴリ押しで倒したようなものなのだ。僕やカーリンもいつも以上に魔力を使った気がするが、超炎魔法と超氷魔法を連発したクリスタなどは、ほぼ空っぽなのではないだろうか。平気な顔をしていても、相当な疲労感があるに違いない。
この先に魔族がいると思えばこそ、今の状態で前進するのは危険極まりない話であり……。
「じゃあ、決まり! クラナッハ村へ帰ろう!」
僕たちカトック隊は、撤退を決意するのだった。
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