「昨日あんな事件があったばかりですからね。その関係だと思いますが……」
カトックは自警団の会合に呼ばれて、集会所へ行っているのだという。
情報に続いて、神父は地図も書いてくれた。
「青色に塗られた建物です。行けばわかるでしょう」
ロマンスグレーの似合う、柔和な笑顔の神父に見送られて。
僕たちカトック隊は、教会を後にするのだった。
教会からアーベントロートの中心街を抜けて、少し南へ進んだ辺りにあるのが、次の目的地だ。
途中までのルートは昨日も通った道だが、今日は全く雰囲気が違う。人々の往来から感じられるのは、日常に根付いた活気。平和な街並みだった。
「美味しそうなお店、たくさんあるねー!」
「今はダメよ、アルマ」
「自警団へ行くのが先だからね。その後で、カトックと一緒に食べ歩きしようか?」
通りの商店に目移りするアルマに対して、軽くたしなめるクリスタとニーナ。同じ『たしなめる』であっても、カトックの名前を出して注意するのが、いかにもニーナらしい。
「うん! この街に住むカトックくんなら、オススメのお店もあるよね。楽しみー!」
と、アルマもニーナの言葉に応じている。
ある意味、微笑ましい光景だが……。
『なあ、バルトルト。それより、周りの視線が気にならないか?』
ダイゴローに言われて、改めて意識を周囲へ向けると。
すれ違う人々や、店先から僕たちを眺める人々。つまりアーベントロートの住人たちが、時々、妙な視線を送ってくるように感じられた。
考えてみれば、小さな街なのだから、ここの人々は顔見知りだらけ。見知らぬ者が街中を歩いていたら、それだけで目立つのかもしれない。
ましてや僕たちは、ただの旅行者ではなく冒険者だ。常駐する冒険者のいない街では、戦士の鎧や魔法士のローブなど、市民の目には奇異に映るのだろう。
『自警団の連中も、格好だけなら、冒険者と似たり寄ったりじゃねえか?』
いや彼らの装備は、似ているとはいえ、やはり僕たちとは大きく違う。例外的に冒険者っぽいのは、もともと冒険者だから当然のカトックと、彼の信奉者となったジルバくらいだろうか。
『まあ、冒険者のバルトルトがそう言うなら、俺は否定できんが……。それよりさ。お前たちが好奇の目を向けられてるの、昨日の騒動が噂になってる、ってのもあるんじゃねえか?』
ああ、そうかもしれない。
昨日、帰ったら既にリーゼルの耳に入っていたくらいだ。モンスター襲撃の際、僕たち余所者の冒険者が関わったという話は、とっくに街中に広まっているのだろう。
僕は納得して、心の中でダイゴローに頷くのだった。
「あった! あそこだね」
ニーナの指差す先に建っているのは、青い壁が特徴的な、小さな会館。
近づくと、入り口に『アーベントロート自警団本部』と掲げられているのも見えてきた。
看板の文字よりも明らかに真新しい塗料で、銀色のマークも描かれている。三本の棒を組み合わせた形、つまりカトックが持っていたペンダントを記号化したものだ。
カトックの持ち物というだけでなく、昨夜わざわざジルバが見せつけに来たペンダントでもある。「自警団のシンボルマークにする」と言っていたが……。
「あのジルバって男。サブリーダーだけあって、ちゃんと有言実行してるじゃないか」
僕と同じことを考えたのだろう。揶揄するような響きで、マヌエラが呟いていた。
カトックのペンダントを、自警団のシンボルマークにする……。
その具体例は、看板に描き加えられた表記だけではなかった。
建物の前で、門番のように立っている男。彼の胸元にも、ジルバと同じく、銀色のペンダントが堂々と輝いていたのだ。おそらく街の飾り職人が、自警団全員へ行き渡るように、がんばって大量生産したのだろう。
男は、ペンダントが不釣り合いに感じられるくらいの、粗末な灰色の鎧を着ていた。皮製ですらなく、厚手の布を何枚も重ねて作った装備のようだ。
自警団の一員というより、喫茶店で働く方が似合いそうな、いわゆる優男だった。僕たちを目にして、困ったような顔をする。
「あっ……」
小さく発したきり、言葉が続かないようだ。
彼に歩み寄り、ニーナが挨拶する。
「おはよう。カトックに会いに来たんだけど……。いるよね?」
灰色の鎧の男は、まだ十代のように見えた。僕たちと同じか、あるいは少し若いくらいだ。だからニーナも畏まるのではなく、敢えてフレンドリーに接していた。
「ええ、いることはいるのですが……」
彼の困り顔が、さらに激しくなる。
「……申し訳ありません。あなた方を中に入れるわけにはいきません」
「えっ? 私たちはカトックの知り合いで……」
ニーナが『仲間』ではなく『知り合い』という言い方をしたのは、微妙な進歩かもしれない。自分たちカトック隊ではなく、今では自警団の方がカトックの仲間なのだ、と彼女も認め始めたのだろう。
僕は少し嬉しくなったのだが……。
そんな彼女に対して、灰色の男は、冷たく首を振った。
「聞いております。カトックさんの昔の仲間、カトック隊ですよね? だからこそ、ここを通すことは出来ないのです」
「どうして……!」
詰め寄るニーナの迫力に負けたのか、灰色の男は、少し後退りする。
それでも。
門番としての職務は忘れず、扉の前に立ち塞がったまま、事情を説明する。サブリーダーのジルバから厳命されているのだ、と。
「ジルバ? あの銀髪の男……!」
ニーナが眉間にしわを寄せる。昨夜の言い合いを思い出したのだろう。
「彼の言葉なんて関係ないわ! カトックは? 肝心のカトックは、どう言ってるの?」
「カトックさんは……」
おそらく、カトック自身は何も指示していないのではないか。そもそも彼は、それほど僕たちに関心を持っている感じではなかった。
僕はそう思ったし、この男も返答に困っているようだったが、このタイミングで、
「おいおい、どうした? 何やら騒がしいが……」
扉が開いて、中から一人、自警団の者が飛び出してきた。
ただし、残念ながらカトックではない。濃紺の皮鎧を着ており、その顔には見覚えがあった。僕たちを昨日、カトックのいる教会からモンスター襲撃現場まで案内してくれた男だ。確か名前は、ブルーノだったはず。
表で揉めている気配が、中まで伝わっていたのだろう。僕たちの顔を一瞥して、彼は表情を曇らせる。
「なんだ、あんたたちか……」
「ああ、ブルーノさん! お願いしますよ、この人たち……」
「心配するな、ロルフ。この場は俺に任せろ」
という会話から、最初の男の名前も判明。
『昨日の広場で、名前だけ出てきた自警団メンバーだな。戦闘には参加せず、医院の様子を見に派遣された、という……』
ダイゴローの言葉で、カトックの言っていた「あまり戦いに向いていない」という人物評を思い出す。なるほど、僕の目にも、ロルフはそんな感じに見えた。
ロルフを背にかばうようにして、ブルーノがズイッと一歩、前に出る。まるで睨みつけるような厳しい視線で、彼はニーナに対峙した。
「昨日の事件では、あんたたちにも世話になった。現場へ案内したのは俺だから、いわば俺があんたたちを巻き込んだようなもので……」
「それは気にしないで。私たち、カトックを手伝いたかっただけだから」
「……そう言ってもらえるとありがたいが、それとこれとは話が別だ。ジルバから聞いたんだが……」
ここでブルーノは、表情の険しさを増す。
「……あんたたち、カトックさんを街から連れ去ろう、って魂胆らしいな?」
「だって、もともとカトックは、私たちのリーダーだから……」
「それは困る」
反論しようとするニーナを、ブルーノはバッサリと切って捨てた。
「ジルバが昨日きちんと説明しただろうから、もう一度ウダウダ言う気はない。ただ、これだけは言っておく。頼むから、わがままを言わないでくれ」
彼の表情が、少し変わる。寂しさや悲しさが混じったように、僕には感じられた。
「あんた、カトックさんの名前を冠した冒険者パーティーの、リーダーなんだろ? だったら、リーダーらしく振る舞ってくれよ。ここで今わがまま言ったり暴れたりしたら、カトックさんにも迷惑かかるじゃないか」
この発言は、おそらく『カトック隊』の名前に傷がつく、という意味だけではない。中で行われているカトックたちの議事進行にも差し障る、と言いたいのだろう。
それくらいは、ニーナにも理解できたらしい。彼女は何も言えなくなってしまった。
「わかったな? じゃあ、今日のところは、おとなしく引き下がってくれ」
そう宣言されて。
僕たちは、自警団の青い建物から、すごすごと立ち去るしかないのだった。
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